罰ゲームで付き合ったカノジョは命令を望む

第８話 カノジョと下校

　その声に振り向くと、篠崎が立っていた。

　息を切らしているので、走ってきた事が伺える。

「い、一緒に……帰らない？」

「帰らない」

　即答した。

　きっと付き合っているから“そういうこと”をしにきたのだろう。

　だけど、俺はコイツに何の感情を持っていない。

　罰ゲームに従うのも嫌なので、嫌われようと決めたのだ。

「じゃあな」

　そう言って、さっさと行こうとする。

　けれども、後ろからぺたぺたと足音がした。

「お前はどこの雛鳥だ」

「あぅ……」

　無表情で突っ込みを入れると、篠崎はシュンとする。

　謝るタイミングを逃したのか、肩を竦めてごめんなさいと言いたそうな仕草を見せた。

　幼気な身体付きが本当に雛鳥のように思えて、見捨てられたら死んでしまいそうな雰囲気を醸し出す。

「い、一緒にいるのが嫌なら、少し離れて歩くから……ね？」

「ストーカーかよ」

「えっ……」

　呆気に取られたのか「ストーカー……」とショックを受けている。

　その後、仕切り直してこう言った。

「あ、あのね、蓮くんがこうしてこいって、言ってたから」

「人のせいかよ」

「えっ……」

　篠崎の言葉尻を捕らえると固まった。

　まるで人形だ。他人の言われた通りにしか動かない、情けない人間だ。

　だからイジメられるんじゃないのだろうか。

「ご、ごめんね……でも私も、一緒に帰りたいなって、思って……」

　これが本音なのだろう、頬を赤く染めている。

　一見可愛らしいと思える仕草、そんな篠崎の方へと俺は近付いた。

「ど、どうしたの？」

　少し触れただけで折れてしまいそうな華奢な身体。

　俺はその肩に向けて、張り手をかました。

「ひゃっ！」

　思いがけない攻撃だったのか、なかなかのオーバーリアクション。

　力がないのだろう、俺が小突いた程度の力で、篠崎は三歩後ろへ下がった。

「ご、ごめんな……ひゃぁっ！」

　無言で何度も突っ張りをかます。

　どっかいけと言わんばかりに。早く嫌ってくれと言わんばかりに。

　そして、それは次第にエスカレートする。

「ひっ、あう、ごめんっ、ごめん……！」

　じわじわと瞳に雫が浮かんでいく。

　だけど、俺は効果的だなと思うだけ。止めることはない。

「やだ……ひぐっ……ご、ごめん、やぁっ……」

　殴る度に『ガキィン！』『ジャキィン！』と、金属のぶつかり合う音でも出るならば、イジメの現場というものは、もっと減るのかもしれない。

　そんな思考を働かせている間にも、篠崎は苦悶の表情を上げている。

「も、もう……ぐすっ、や、やめて……お願い……」

　篠崎は目尻いっぱいに水気を含ませ、子猫のように身体を丸くし訴えている。

　いいぞ、憎め、俺を嫌え……。

　その後、そいつはやってきた。

　～～ビリッ……ビリビリッ！

「……っ！」

　突如、脳に不快な痛み、刺激が走った。

　頭部を鈍器で殴られた後のような、痛みの後にくる眩暈のようなモノ。

　それは車の事故のように、突然だった。

「え……だ、大丈夫……？」

　ジワリジワリと、鎌を肩に差し込まれていくような鋭い痛み。

　ふと、俺の様子に気付いた篠崎が、不安そうな顔をしている。

「い、いや……何でも、ない……」

　一体何が起きたのか不思議だった。

　けれど、コイツを叩いた事によって、不快感が襲ってきたのは確かだ。

　分からない……もしかすると、身体に調子の悪い所があるのかもしれない。

「あの、あの……」

　不意にも、謝ろうかと思った。

　そうすれば楽になるのかもしれない。

　だけど、嫌われることを徹底しなければならない。

「くっ、なんなんだよ……」

「？」

　俺が独り言を呟くと、篠崎は不思議そうな顔をした。

　そういえば、人を殴ると己の中の鍵が外れるというのを聞いた事がある。

　理性の暴走というもので、だから皆暴力は良くないと習うのだ。

　人が道を踏み外さないように、常識から外れないようにするために。

「し、篠崎……」

　この痛みの意味は、そういう事だろうか。

　謝るべきか。いやしかし——

「——お、お前が悪いんだからな」

　謝るのは止めておく事にした。

　それに対して、篠崎はやっぱり素直な反応を見せる。

「ご、ごめんなさい……」

　プライドが許せないとか、相手に申し訳ないとか、そういう事ではない。

　ただ、よく分からない自分を保つために、こういうしかなかった。

「あ、あの……」

「なんだよ」

　篠崎が不安そうにしている。

　だけど、意を決して俺に尋ねてきた。

「私と、楠木くんって……つき、あってるんだよね……？」

　イチイチ聞かないといけない事だろうか。けれど、篠崎には重要なのだろう。

　俺には関係ないが、コイツは付き合っているつもりなのだ。

　最後にこっぴどく振るつもりだが、仮にも恋人。

　甘い言葉で誘惑してあげないといけない、蓮に怒られる。

　そういうバカバカしいことに付き合いたくないので、嫌われたい。

　だけど、どこか篠崎に嫌なモノを感じ取ってしまった。それは恐怖か。

　その葛藤の中で出てきた言葉がこれだった。

「そうかもな……」

　けれど、良く分からない気分に陥るのだ。

　コイツを見ていると、何だか不快な気持ちになってしまうのだ。

　今一つだけ、思えることといえば——『人の道を踏み外してしまいそう』である。

「だ、だったら……あきらくん……」

　本来であればおかしいと思う。

　恋人同士の関係であれば、相手に対して性的な気持ちを持ったり、何か特別な事をしたくなるのが普通なハズだ。

　なのに、俺はコイツを見て一般人が思う、ごく普通な感情を用いる事が出来ない。

　きっと恋とはかけ離れた感覚に違いない。

「い、いっしょに……」

　だから、何か言おうとした篠崎に対してこんな言い方が出来てしまうのだ。

「……うるさい、ちょっと黙れ」

　罰ゲームに従いたくない自分と、篠崎に感じた何かに怯える自分。

　その葛藤の中で、俺は明確な答えが出せないでいた。

「……き、今日は一人で帰らせろ」

　今の俺はどんな顔をしているのか分からないが、感情が表に出ているような気がする。

　苦しげにそう呟くと、彼女はもう俺の後を付いてこなくなった。