第5話 付き合ってられるか
ガラガラと、教室のドアをくぐると、いつも通りの教室だった。
この教室には二種類の生徒で分けられる。
『お調子者』と『無気力組』。大体3:7くらいの割合で、無気力組の方が多い。
そいつらは、ひっそりと徒党を組み、静かに余暇を楽しむような連中。もしくは、学業に専念し、机に向かいあっているガリ勉タイプ。
まぁ、オワクラの連中なので、俺たちに目を付けられないように演技をしているだけに過ぎない。ノリの合わない気持ちの悪い連中だ。
だが、俺にだって付き合う相手は選びたい。
「やぁ、青木くん」
「く、楠木くん……おはよう」
陰キャに声をかけた。彼の名前は青木なんとかと言う。
平均身長、中肉中背で物腰が低いを通り越したほどの猫背、表情を暗くさせるアイテム——眼鏡をかけた本当に目立たない青年である。
俺との絡みが難しいのだろう、気まずそうな態度を示している。
「この前借りたゲーム、すごく良かったよ」
「あぁ、そうなんだ……」
きっと、俺とのクラスカーストの差を感じているのだろう。
どこの学校でも一人はいるハズだ、陽キャが陰キャに話しかけている光景。
けれど、そんなあっさりとしたモノではない。彼とは家にお邪魔し、遊んだ事のあるような関係であるのだ。
「また面白いゲームあったら教えて欲しいな、俺最近このアプリとかハマっててさ——」
こんな地味で目立たない奴と話すのは、俺くらいなものだろう。
相変わらず打ち解けた気はしないが、彼の少しばかりの嬉しさを残した顔付きは、何だか俺の心をそそるのだ。
「……楠木くんは優しいね」
「どうして突然そんな事を言うんだ?」
「だって、僕みたいなのと仲良くしてくれるから……」
そうだったかな? けれど、もちろん理由はある。
「君と関わっていると何かと都合が良いしね」
俺は裏で何かを操るのが好きなタイプだと思う。
だから、クラスの人間からの票を買って、いざという時に何か面白い事が出来たらいいなと、常々考えているのだ。
「つ、都合が良いって……?」
「新しい発見があったり、妙な刺激を受けたりすることがあるからね」
と、微風のようにきまぐれな嘘をつく。
「そ、そういうことかぁ……が、頑張るよ」
おどおどしながら言われるので、少しだけからかいたくなった。
「そんなに気を張らないで、普段通りで接してくれよ。見返りを求めて友達でいようとは思っていないし、高望みなんてもはや——俺は青木くんに何かしてあげた事がない。恩を返した覚えもないし、なんなら君が俺なんかと関わるメリットなんてないんじゃないか?」
「すごく謙虚な態度で物凄い気を遣われるの逆に怖いよ、悪い事が起きる前兆じゃないよね? えっ……ねぇ、どうして突然無言になるの、ちょっと」
まぁ、ブラックジョークも決まった事だし、ここらで会話を打ち切るとしよう。
「じゃあ、また何かあったらそっち行くよ」
「あ、あぁ……じゃあね」
長居は無用だ、デメリットしかないのだ。何故なら……
「おっ、あきらじゃーん」
教室に入ってすぐ声を掛けてきたのは、一番のお調子者。
厄介なコイツとの関わりのせいで、俺の行動はやや制限され気味なのだ。
「蓮か、どっかいけ」
「冷たスギィ⁉ 思わず淫夢用語出るところだったよ⁉」
「また馬鹿の一つ覚えか」
「バカバカうっせーな、シメんぞコラ?」
俺は蓮に悪態をつきながら、自分の席へと向かう。
どっかりと、偉そうに腰掛けた瞬間、蓮が耳打ちをしてきた。
「(ていうかよ~、あんな奴と長々喋るの楽しいか~~?)」
やっぱりな。
我々貴族階級の人間は、下賤な民どもと口を利いてはならないとの、大臣の忠言である。
「(おいおい聞こえるだろ)」
「(クヒヒ、だから耳打ちにしてやってんだろ?)」
ニヤニヤしながら、助言をくれる蓮。
俺は人気者でいたいというワケではないが、クラスの空気が悪くなるのを避けたい。
そうなれば、俺の行動が制限されてしまうのだ。
「あー朝から説教かよ、ムカつくな先公かよ」
とりあえず、コイツには悪態はかかせない。
俺はこの男のことが嫌いだから、という単純な理由だけではない。
「で、今日の朝は熱い時間を過ごせたかよ?」
ニタリと下衆の笑いを浮かべながら、指で俺の横腹を突いてくる。
もうお察しの通り、絶対にこいつがからかってくるだろうなと思ったからだ。
「生憎、特に浮ついた事なんてないぞ。だって罰ゲームなんだから」
「本日は最高気温33度の最低27度、前日より蒸し暑い一日となるでしょうって答えるかと思った」
「お前、俺の事大好きかよ」
真面目に答えると、俺が普段答えそうな事を先読みしている。
普通の人ならば、自分の事をよく分かってくれている、理解者だと感じる喜びを得られるようだが、俺は違う。
やっぱり、嫌いな奴には何をされても嫌いなのだ。
「あきらさぁー、罰ゲームだからってちゃんとやってくれないと困るわけよ」
「罰ゲームってか、イジメだろ」
「物は考えようだって。だってさ——」
蓮は、今日一番に見せる笑顔でこう言ってきたのだ。
「——最後にこっぴどくフるんだからさ」
その一言に、俺が鼻で笑い返事をすると蓮も釣られて笑う。
「それまで良い思い出を作ってやればいい、そうしたらイジメじゃなくなる。まぁ、別にあきらがどんな風に付き合おうが勝手だけどな」
——くだらない。
人を小馬鹿にし、嘲笑うこと、それ自体がくだらないのではない。
コイツらが考えた事だからこそ、尚更くだらないと思えてしまうのだ。
「分かってるよ、でもめんど……じゃなくて慣れてないからさ」
「お前今めんどくさいって言ったな? 俺の超名案を?」
普通の生活に飽き飽きすることはある。
だからといって、コイツらの戯言に付き合わされる事には、嫌悪感が芽生えてしまう。
「いや、最高に名案だと思ってる、さいこー」
「棒読みかよ、いつかぜってーあきらの事シメてやるからな」
周囲の奴らから知性を感じる事が出来ないし、つるむ奴の気が知れない。関わっているだけで恥ずかしく思う。
ただ、俺にとって……その環境に身を置くことが、暇を潰す良い機会なのだと心に言い聞かせ、心を鎮めている。
「ま、なんやかんやお前には感謝している所もあるんだよ」
「……お? なんか珍しい言葉聞いたな、雨でも降るんじゃないか?」
それに、下手に怒らせると厄介だからな……。
「残念ながら本日は晴れのち曇り、降水確率は10%の空模様」
「いつものあきらに戻ったな」
そして、決心する。
——俺は篠崎ゆかという女に、嫌われよう。
自然な流れで別れを切り出されれば、コイツらも諦めがつくという事だ。
訳の分からないノリでくだらない事に付き合う事は、俺にとって一切、何の価値もないのだから。
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