第4話 いじめっ子たち
ジリジリと日差しの照り付けるアスファルトは、人を痛ぶる凶器と化していた。
梅雨が過ぎ、季節は初夏を迎え始めており、じめじめとした気候が俺の体力を奪っていく。
「あっつ、ダルすぎだろ」
身体を蝕む夏の暑さに悪態を付いていると、乾いた心を潤すオアシスを思わせる二人組の女子(俺はそうは思っていない)がやってきた。
「あら、楠木くんおはよう」
潮風を運ぶような上品口調で挨拶するのは、
頭頂部に青いリボン、紅くウェーブの掛かった髪が特徴的で、俺がつるんでいるグループの女子メンバーの一人である。
そして、もう一人が——
「おっはよーあきらくんっ! なぁに、元気ないね?」
背中を叩き、サバサバ体育会系のノリでやってきたのが、
肩まで切り整えられたショートカットに、額を全開にした気の強そうな女子である。
ちなみに、この二人に共通する事といえば、篠崎ゆかを率先してイジメている加害者たちであるという事。
そんなイジメっ子二人に絡まれ、俺は生まれたての小鹿になってしまいそうだ。
「お前らが元気過ぎるんだよ」
自分の息は臭くないだろうか、変な顔や発言はしていないだろうか。
ふるふる、とっても不安である。
「えへへっ、元気が良いのは取り柄だもんねー歌乃っ」
「そうね。たとえ、いつもながら楠木くんがナメ腐った態度を取っていてもね」
「……そうか」
俺の素振りなど一切気にする事もなく、佳乃は子犬のようにはしゃぎ、歌乃は佳乃の反応に対して「ふふふ」と口元に手を添え、華のように笑う。
まぁ、そんな二人を見ても、とりわけ嫌悪感や軽蔑を抱くことはない。
こいつらも、俺の卒業までの腰掛けの一部である事に変わりがないのだから。
「っていうか聞いたよあきらくん、なんでアタシらに黙ってたの~?」
第一に、佳乃が俺の触れて欲しくない話題に突っ込んできた。
「何のことかさっぱり……」
「——なんであんなのと付き合ったの?」
間髪入れずに、冷めた口調で言われた。
チョー信じらんないマジ病み鬱100%と、とても残念がっている様子。
まぁ、一応話しておいてやるか。
「や、なんか罰ゲームでね」
「はぁ? またいつもの賭け事やってたの?」
「今回はお金を賭けてない」
「いやいやいや、そういうことじゃなくって」
と、続けて質問攻めに合う。
それらに淡々と答えるなり、佳乃は事の流れを大方把握してくれた。
「うっわー、蓮のやつマジで信じらんない」
俺が今まで散々イカサマをし、美味しい思いをしてきた事は伏せておく。
二人を味方に付けるなら、無理矢理やらされているのだと思わせておいた方が良い。
スーパーのバイトをするなら、オバちゃんを味方に付けたら勝ちという理論である。
そんな悪巧みを考案する中、歌乃はこんな事を言いだすのだ。
「でも、恋人になったからといって、普段通りで接して良いのよね?」
「あぁ、別に構わないが?」
即答したつもりだったのだが、質問と返答の間に、佳乃が少し驚いたような顔をしていたのを眼の端で捉えた。
「あ、あぁ~……よかったー! なんかお邪魔虫みたいだもんねーあたしたち」
が、いつも通りの元気の良い声が聞こえたので、何か変なモノでも見たのだろう。
「充分虫だし邪魔だからどっか行けよ」
「ひっどー、女子にそんな事言う?」
「俺は一人でガッコーに行きたいんだよ」
そんな友人同士、仲睦まじいやりとりを演じていると——
「はぁ、なにを言っているの?」
この和んだ空気を一蹴する歌乃の口調に、佳乃はピクリと固まる。
恐らく、佳乃は歌乃が怒るのを恐れているのだろう。
俺が歌乃の方を向くと、彼女は毒花のように口を潤わせこう言った。
「——〝楠木くんには〟普段通り接するに決まっているじゃない」
……そういう事かよ。
「ホント、趣味悪いなお前」
「誉め言葉かしら、うふふ……」
「気持ち悪いって言ってんだよ、クソ女」
こんなにも罵倒しているのに、余裕の笑みを崩さないどころか、喜んでいるように見えてしまう。
何故だか分からないが、これが俺との普通の絡みだと思われているのかもしれない。
「……はっ。あ、アタシ話についていけてないんだけど~~??」
歌乃の機嫌を損なっていない事に気付くなり、ぷりぷりと佳乃は怒り始めた。
何だか単純な奴だ。
その後、ふと思い出した歌乃は言う。
「そういえば、あの子と仲良くなろうと連絡先を交換してみたのよ」
多分、歌乃の性格の悪さはピカイチだ。
そんな彼女の発言に対し、俺は怪訝そうな顔で尋ねた。
「仲良くなれるのか?」
「今じゃスマホは誰とでも仲良くなれる時代よ?」
「けれど、関係にヒビを入れやすいツールでもある」
「おかしな話ね」
そんな軽快な口調で、歌乃は続ける。
「なのにね、あの子ったら私にこんなモノを渡すの」
歌乃が取り出したのは一枚のメモ用紙。
080や090から始まらない市外局番が、真っ先に目に入った。
「よかったな、それでライムに追加できるな」
棒読みで言った。
ライム、それは誰もが連絡手段として使っているスマホアプリである。
だが、歌乃は呆れたような顔をして告げた。
「わざと言っているのかしら、これは自宅の電話番号よ?」
つまり、そういう事だ。
そんな歌乃の指摘に対し
「うっそおっ、あの女ってスマホも持ってないの⁉ すっご……普段何が楽しくて生きてるんだろ~……」
佳乃が驚きのあまりに感極まっている。
「なんだか変わっているでしょう?」
「イジメられる原因も少しだけ分かるような気もするな」
まぁ、そういう人間も世の中には一人くらいはいるかもしれない。
感慨深げに頷いていると、歌乃は何かに気付いたようだ。
「あら、噂をすれば。私たちお邪魔虫みたいね、佳乃行きましょう」
すると、急に態度が変化する佳乃。
「えーあー、ほんとだ。いこっか」
ゴミでも見るかのような乾いた目付きと、抑揚のない声が別人の様を思わせた。
「じゃあね~あきらくんっ、また教室でーっ」
歌乃の後ろについていく佳乃。
それを見届けると、後ろからずでんと音がした。
「い、いたた……」
また何もない所で転んでいる。
おでこをぶつけたのか、打った部位を手で抑えている。
身体は小さいのに、頭がとても重いのかもしれない。まるで赤ちゃんだ。
「あっ、お、おはよう……あきらくん」
篠崎ゆかだ。
罰ゲームというお決まりの上で成り立っている関係。
そんな奴と仲良くする必要なんかないので、俺は無視して学校へと向かった。
「あ……あのあの、あのっ……」
テンパっているのか、自身を鼓舞する為の下準備かは知らないが、何度も「あの」を繰り返す篠崎。
視界に入れるだけでも頭痛がしそうである。
「あぁそうだな」
この俺の一言で「あの」が止んだ。
今日は晴れのち曇り、降水確率は10%と良いお日柄ですね。
テレビの人が全国民に向けて言う挨拶と変わりない口調で
「おはようございます」
と、仮の恋人に向かってロクでもない挨拶をすると——
「お、おぁようっ!」
……と、息継ぎの失敗した挨拶で返してもらったので、今日のノルマ達成だろう。
俺はこの女を視界から外して一言。
「さて、今日のログインボーナス貰いにいかなくちゃな」
こんな事をさせた奴らに、何か労いのモノでも貰わなきゃ気が済まない。
そして、俺はロクに会話もしないまま、篠崎を放って一人で学校に向かうのだった。
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