第3話 告白

 あれから、放課後になった。

 あいつらは罰ゲームに興味を無くしたのか帰ってしまい、俺一人で校舎裏で待つことになる。

 一体何がしたかったんだよと思いつつも、俺は別の文句を垂れていた。


「……遅い、遅すぎる」


 ホームルームを終えて30分も経とうとするのに、相手はまさかの遅刻。

 

 まぁそもそも俺が呼んだわけじゃないから誰が来るのかは分からないが、なんで俺相手にこんなに遅いんだよ。

 来たら一発ぶん殴って……いや、けれど今回はあまり良くないかもしれない。

 何故なら、とある女が来るということだけは分かっているのだから——


「あっ――ご、ごごご、ごめんなさいっ……!」


 たたたっ、ズデン! と何もない場所で転ぶ一人の女子生徒。


「へ、へーき……かな?」


 どうして疑問形なのだろう。

 その少女は、柔らかさの増した閑古鳥の鳴き声のような声で、土埃で汚れた服を手で拭いながら、こちらへと向かってくる。


「わ、私……あの、えとえと……」


 自信のない臆病な瞳、溶接に失敗した鉄のように曲がった背中、叩いたら折れてしまいそうなほどに、華奢な身体。鷲掴みにあったのであろう乱れたミディアムヘア。

 いじめられっ子の象徴をコンプリートしたかのような風貌に「あぁ、なるほどな」と思わず口ずさんでしまう。


「えっと、その……言われて、きたんですけど、合っています……か?」


 だが、ポジティブに考えれば『萌え』の象徴にもなりかねないこの女は、先程クラスでイジメを受けていた女子生徒だ。


「……お前が——篠崎ゆか?」


 先程、怒鳴られていたクラスのイジメられっ子だ。

 初対面ではないにしろ、会話を交わした事のない相手をお前呼ばわり。

 本来ならば、失礼にもほどがある。


「あっ、合って……ます……」


 コミュ障特有の『返事の前に「あっ」を付けちゃう』スキルをお持ちのよう。

 だから、こんな奴に気なんて遣う必要なんかない。


「ごめん、なさい……身だしなみを、整えていたら、遅くなっちゃって……」


 そうだな、さっきゴミ箱の中身をぶっかけられていたもんな(卑猥な要素0で頼む)。

 俺はちゃんとした会話をすべく「別に良い」と返事をした後、出来る限りの笑顔を取り繕って、こう言った。


「……実は、話があるんだ」


 ——今から、俺はコイツに告白をする。


「ひっ……」


 たまに言われるのだが「お前の作り笑いって殺し屋みたいだよな」って。

 そのせいか、予想以上に驚かれてしまった。

 やはり、俺は相手を気遣ったり、愛想を浮かべる事が苦手である。

 更に言えば、どうしてこんな事をしなければならないのだ……という気持ちが強い。


「ご、ごめんなさい、私、何か悪い事をしました……か?」


 篠崎ゆかの警戒心を解けそうにない。

 ……まぁ、無理もない。

 ここは体育館裏。学内スキャンダルを避けるべく、不良が下級生をカツアゲしたり、調子に乗っている奴をシメる場として、最も有効活用されている場だ。

 きっと、この子は今から酷い事を受けるのではないかと、被害妄想で脳を膨張させているに違いない。だから、単刀直入に告白した。


「お前、俺と付き合わない?」


 初めての告白だが、どう出るか。

 しかし、コイツは微妙な反応をした。


「……ふえ?」


 照れているわけでも、嬉しそうにしているワケでもない。

 困っているならまだしも、困っている態度を見せるのだ。


「言ってる意味わかる? 付き合うかって聞いてんだよ」

「ど、どうしてですか……?」


 少し傷付くが、まぁ罰ゲームだしおちょくっても良いかもしれない。


「いや、だってお前可愛いじゃん」

「え、えっと……そうなの……?」

「そうだよ、だから呼び出したんだ」


 答えはイエスかノーのハズだ。

 なのに、何と答えたら良いかさっぱり分かっていない様子。

 沈黙の末にコイツが言い出したことがこれだ。


「あの……それだけですか?」


 ……なんなんだ、この高飛車な態度は?


「いや、この状況わかんだろ」

「ご、ごめんなさい……あ、ありがとう、ござい……ます……」

「ありがとうじゃなくてな、他に言う事あるだろうが」


 この上手くいかないやり取りにイライラしてしまい怒鳴りつける。

 そのせいで彼女は萎縮してしまい、言葉に詰まったようだ。


「あ、あう……あうあう……」


 何だか見ていて、徐々にイライラしてきた。

 ……もう見て分かるだろうが、これは罰ゲームなのだ。

 イジメられっ子の篠崎ゆかに告白をして、一か月間付き合うというお話である。

 しかし、ドンくさい彼女はなかなか返事を出そうとしない。


「良いから答えろよ」

「な、何を、何をですか……?」

「付き合いたいか、付き合いたくないかをだよ!」


 答えが決まらないのだろうか、時間稼ぎをされているような気がする。

 けれども、この煮え切らない反応を見る限り、イジメられているのも分かるような気がする。

 そして、コイツはこんな事を切り出してきやがったのだ。


「あ、あの……ぐすっ……ごめんなさい……どう答えたらいいですか……」


 涙ぐんだ謝罪だった。

 何に対する無礼を詫びているのか分からないが、俺は我漫が出来なかった。


「おい」


 ビクリと肩を震わせ、小動物はこちらを向く。

 俺は衝動に任せてキレ気味に伝えた。




「――俺と“付き合え”って言ってんだよ!」




 乱暴な言葉だった。

 流石の俺でも、こんな言われ方をすれば逃げてしまうのではないか。

 そう思ったのだが——


「……」


 篠崎から怖がる様子は消え去り、ぽかんと口を開けていた。

 経験談だが、俺が乱暴な言葉を使うと、大抵の女子は驚いたり竦んでしまう。

 しかし、彼女からはそう言った素振りがなく、むしろ肩の力が抜けていた。


「俺の彼女になれって言ってんだよ」


 妙な気持ちを覚えた。

 だけど、感情に任せた命令口調でそう告げると、篠崎ゆかはコクリと頷く。


「わ、わかりました、ううん……わかった」


 逃げられないと思ったのだろうか。

 そっとこちらにまで近寄って手を差し出してきた。

 コイツなりの服従の仕方と捉えるべきか、バカバカしい。


「分かったらそれでいいんだよ」


 ペシッ。

 俺はその小さくも色白な手の甲をはたき、その場を後にした。


 告白して付き合えばいいんだろ付き合えば。

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