第4話 祈り

 俺だって本当は、朝が苦手なんだ。


 出来ればギリギリまで眠っていたいし、朝ごはんはコーヒー一杯で良い。甘い物だっていらない。でも、ユヅルと暮らし始めてから、早起きをしてふたり分の朝ごはんを作るようになった。

 手間暇かかるそれがちっとも苦にならないのは、ユヅルの笑顔が見たいからだ。


「んー、ほっぺたが落ちそう」


 トーストを頬張ったユヅルが頬を緩ませる。

 その笑顔にまたひとつ、愛おしさが募っていった。


「ねえタケさん。俺考えたんだけど、もし予報通り雨が降っても願い事は叶うし、織姫さまと彦星さまも逢えると思うな」


 口元についたミルクを舌で拭い、ユヅルが言う。


「なんでそう思うんだ?」


 脈絡のない言葉に呆れながらもマグカップを持つ手を止め訊くと、ユヅルは面映そうにしながら小首を傾げた。


「だって、タケさんは雨の中でも俺のことを見つけてくれたでしょ? だから俺思うんだけど、神さまは雨が降っても赤い糸を切ったりしないんだよ」


 柔かに笑むユヅルのその真っ直ぐさが眩しくて、目を細めて小さく顎を引いた。


「……ああ、そうだな」


 心からそう、願って。


 その夜、すやすやと気持ちよさそうに眠るユヅルの顔を眺めていると、窓の隙間を縫ってしとしとと雨の音がした。


 ああ、降ってきちゃったな。


 ユヅルの横髪に、指先で掠めるように触れる。すると、ユヅルの瞼がゆるゆると持ち上がった。


「悪い、起こしたか?」

「ううん」


 ユヅルが身体を寄せ、俺の肩に額を預ける。


「タケさん、ぬくい……。ホッカイロみたい」

「……暑いか?」

「ううん。きもちいー……」


 ユヅルの静かな寝息が、微睡を誘う。


 瞼を下ろすと、縁側に腰掛けて肩を寄せ合う織姫と彦星の後ろ姿が見えた。

 藍色の空には煌々と輝くまん丸い月と帯状に敷き詰められた白星があって、幾つものほうき星が尾を引くように流れていく。


 見惚れていると、「ほら、逢えたでしょ?」ってユヅルの誇らしげな声が聞こえてきて、笹に吊り下げた短冊が想い浮かんだ。


『健康第一! 武雄』

『タケさんとずっと一緒にいれますように 弓弦』


 織姫と彦星のように寄り添う、ふたつの願い事。


 俺はユヅルより先に老いていく。それは決して変えられないし、いつか離れ離れになってしまうんだろう。


 でも、もし神さまがいるなら。

 赤でも黒でも、それが何色だって構わない。だからどうか、俺とユヅルを結ぶ糸は切らないで。


 明日の朝も、ユヅルと一緒にいたいんだ。


 祈るような気持ちで、天の川を灼きつけるように眺めた。


 でも神さまはいたずら好きで、時にその大きな手のひらで星を隠してしまう。


「行ってくるね……、タケさん」


 まるで嘲笑うかのように、目を覚ますと――ユヅルがいなかった。

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