ep.2 帝国の選択

 柱島泊地に停泊している連合艦隊GF旗艦の戦艦『加賀』では、司令部の定例会が開かれていた。司令長官の嶋田繁太郎以下、全司令部幕僚が顔を揃えている。


「本年6月現在、在フィリピン米軍の航空兵力は、戦闘機が約150機、中型爆撃機が約50機、重爆撃機が約50機と推定されます。その他に偵察機や飛行艇、輸送機なども併せて20機程度が展開しております」


 航空参謀の千田貞敏が最初に発言した。


一一航艦第11航空艦隊司令部の報告によれば、フィリピンに展開する機体はいずれも米軍の主力機で構成されております。昨年まではP26やB18といった二線級の機体が過半を占めておりましたが、現状そのような機体は全て後方へと引き上げられているとのことです」

「艦艇についてはどうだ?」


 嶋田の問いに対して、戦務参謀の山本裕二が答えた。


「巡洋艦と駆逐艦を中心としており、戦艦、空母といった大型艦は配備されておりません。巡洋艦6ないし7隻、駆逐艦は20隻を越えていると見積もられます」

「そうか……」


 嶋田は考え込むような表情で呟いた。

 巡洋艦6、7隻というと大戦力に思えるが、連合艦隊を相手にするなら役者不足もいいところだ。さらに届けられた報告によると、重巡はペンサコラ級、軽巡はオマハ級によって構成されているという。

 本気でフィリピンを防衛するつもりがあるのなら、少なくとも最新鋭のニューオーリンズ級やブルックリン級を配備するはずだ。


「アジア艦隊の編成から考えると、米軍はフィリピンを軽視しているように見えるのだが……」

「その可能性は非常に低い、と考えます」


 嶋田の発言に、先任参謀の田村三郎が反論した。


「フィリピンは我が国と蘭印の間に立ち塞がる壁です。同地の米軍が健在であれば、南方から我が国に資源を運ぶ船団を、恒常的に脅かすことが可能となります。そのような有力な拠点を軽視するとは思えません」

「主席参謀に賛成です。オーストラリアが中立を宣言した今、フィリピンは極東で唯一米軍の拠点となりうる地です。同地を失えば、米軍はハワイまで後退することを余儀なくされてしまいます」

「政治的な理由も考えられます。フィリピンには多数の米国民も居住しているほか、同地に利権を持つ有力者も少なくありません。そのような場所をあっさり明け渡したともなれば、政権への打撃は半端なものでは済まされないでしょう」

「……参謀長はどう考える?」


 ひと通り話を聞いた嶋田は、考え込むような表情を見せつつ、参謀長の宇垣纒に視線を送った。


「米軍がフィリピンを航空機中心の編成としているのには、二つ理由があると考えます。ひとつに整備能力の欠如、ひとつに米軍が航空機に持つ自信です」


 宇垣は慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりとした口調で語った。

 自身の発言が今後の戦略を大きく左右する、そう認識しているような口ぶりだった。


「アジア艦隊の拠点であるマニラのキャビテ港には、戦艦や空母といった大型艦を長期間停泊させられる設備がありません。規模的に考えて、大破レベルの修理を行う能力はなく、ハワイ真珠湾パールハーバーか西海岸サンディエゴまで回航する必要があります。そのような場所に有力艦艇を配備したとしても、扱いきれぬと考えているのでしょう」

「大規模な艦隊を展開させない、のではなく、できない。それが貴官の主張か?」

「おっしゃる通りです」


 宇垣は机上に広げられている広域図に指示棒を伸ばし、フィリピンとグアムの間を行き来するように軽く叩いた。


「米軍の基本方針は二点。第一にフィリピンを航空部隊によって持久させ、同時に我が国の資源補給線を脅かし、帝国陸海軍を弱体化させる。第二に太平洋艦隊主力の来援を待ち、しかる後に攻勢をかけて屈服を迫る。米軍は、連合艦隊が主力を太平洋艦隊の迎撃に使おうとしていることに気付いているのでしょう。だからこそフィリピンには台湾への抑えとなる航空戦力と一定レベルの水上戦力を置けばよいと判断した。こう考えれば辻褄が合います」

「グアムについてはどうだ、航空参謀」


 嶋田が話題を変え、千田が答えた。


「グアムの戦力は小規模であり、戦闘機に絞っても30機ほどしか配備されておりません。爆撃機は20機足らず、それも双発機が中心です。マリアナの二三航戦第23航空戦隊で十分抑え込めるでしょう」

「グアムの攻略については考えずともよいか?」

「現状グアムの米軍はさほど脅威ではありません。フィリピンと異なり、グアムからでは我が国の根幹に打撃を与える作戦行動はとれませんから」

「フィリピンにせよ、グアムにせよ、共通するのは外から物資を運び込まなければならないという点です。互いの主力が健在である限り、日米双方にとって容易なことではありません」

「つまり開戦となった場合――」


 嶋田はひとつ頷き、納得したような口調で言った。


「我々は可及的速やかにフィリピンを落とす、あるいは無力化し、南方航路の安全を確保せねばならない。同時に米太平洋艦隊を撃退ないし足止めし、フィリピン、グアム両地を孤立させねばならない。ということか」

「はい。フィリピンを落とせなければ、遠からず南方航路は遮断され、我が国は戦どころではありません。かといって連合艦隊が米太平洋艦隊に敗れ、しばし動けなくなるようなことになれば、ハワイからグアム、フィリピンまでが一直線に繋がり、マーシャルやトラック、マリアナはもちろん、本土までもが敵に脅かされることになります」


 作戦参謀の三和義勇が遠慮のない口調で言った。

 連合艦隊が敗れるなどという不吉な仮定をすることに表情を歪める者もいたが、嶋田は特にそれを咎めなかった。元々部下に自由に発言をさせた上で最終的な判断を下す人物だ。保守的な考えを持っているが、四角四面ではない。


「……難しい戦になるな」


 フィリピンの航空戦力を無力化する。

 ハワイから来たる太平洋艦隊を迎撃する。

 開戦となれば、これを同時に行わなければならないのだ。


GF連合艦隊の方針としましては、一にフィリピン攻略と考えてよろしいでしょうか」

「うむ」


 宇垣の言葉に嶋田は鷹揚に頷くと、それでよいか?と言いたげな視線を幕僚たちに向ける。反対意見は無かった。

 米軍がどこに来寇し、戦場をどこに限定するのか。

 それに対してどのように戦力を投じるのか。

 議論がそれらに移ろうとしたとき、嶋田は片手を小さく上げて幕僚らを制すと、宣言するように言った。


「作戦について議論する前にひとつ言っておくことがある。今更改めて伝えるべきことでもないが、先制攻撃は絶対にならぬ。軍令部の山本総長や海軍省の堀大臣も同じ考えだ。あくまで最初の一発は米軍が撃つという前提で、作戦は立ててもらいたい」

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