異世界を制する覇者は平和で快適な生活を切望する

@tomoki4524

第1話 異世界への召喚

トモキは薄暗い部屋で目を覚ました。視界に入ったのは、石造りの壁と天井にかかった古びたシャンデリア。埃が舞うその空間は、どこか昔の映画セットを思わせた。


目を開いた瞬間、脳裏に浮かんだのは、残業後に疲れ切って会社を出て、自宅への帰り道にあるスーパーで特売の弁当と酒のツマミを購入し、一人で暮らしてる1DKマンションの自室で晩酌をしていた昨夜の記憶だった。おまけに、趣味でやっているRPGゲームを深夜までプレイしていて、気がつけば寝落ちしていた。


「ん?ここは…夢か?」




ありきたりに頬を思い切りつねってみる。痛い——どうやら夢ではないらしい。現実の感触がじわじわと胸に広がり、トモキは混乱を覚えた。自分がいる場所は、まるで中世ヨーロッパ風の王宮の一室のようだ。天井には複雑な装飾が施され、壁には歴史的な絵画や紋章が掛けられている。木製の家具は細かな彫刻が施され、明らかに普通の部屋とは違って見える。


「ここは…どこだ…本当に夢じゃないのか?」


思わず独り言ちるが、返ってくるのは自分の声が反響する音だけ。周りを見渡すと、壁には鋼鉄の剣や盾が掛けられている。何かのセットか?いや、本物だ。光の加減で剣の鋭さがわかる。だが、そんなことを考えている暇もなく、トモキは頭を抱えた。


「待て、冷静になれ。昨日は…昨日は普通に仕事して、ゲームして、寝て…なんでこんなところにいるんだ?てか、こんなリアルな夢があるか?」


混乱が頂点に達しようとしていたその時、扉の向こうから重々しい音が響いた。ギィィという音と共に、巨大な木製の扉がゆっくりと開かれた。そこから現れたのは、長い白髪と立派な髭を持つ、ローブ姿の年老いた男。賢者——としか呼びようのないその風貌に、トモキはさらに驚きの声を上げた。




「おや、目が覚めましたか?突然の異世界への招きは驚きましたでしょう?」


年老いた男は、その言葉と共にゆっくりと歩み寄り、トモキの前で立ち止まった。顔には深いしわが刻まれているが、その目は鋭く、何かしらの期待を込めて輝いている。トモキは反射的に一歩後ずさりして叫んだ。


「ちょ、ちょっと待て!俺がここにいる理由は?異世界への招き?……いや、解った!理解したぞ!俺は異世界に召喚される勇者と言うことか!?」


「全然違います」


「ちげーのかよ」


「はい。ただ、あなたには何か特別なものを感じました。あの特売の日の情熱。あの時、誰よりも鋭い目つきで半額シールを狙い、他の客を押しのけて手に入れたその勇姿は、まさに伝説級でしたよ。"あの者、ただものではない"と賢者内で噂になったほどです」


「そこ見てたの!?てか、その判断基準おかしくない!?何でそんな瞬間をピンポイントで選んだんだよ!」


賢者は満面の笑みを浮かべ、うんうんと頷いている。どうやら冗談ではないらしい。トモキは呆然として言葉を失った。背後の窓から差し込む日差しが、賢者の顔に照らされ、彼の表情に微妙な影を落としているが、その笑みは崩れなかった。


「まあまあ、突然で驚かれているでしょう。私も驚きましたよ。昨日、メガネをなくしたと思ったら、頭の上にありましたから」


「そんな小話今必要!?それ共感できるけど場違いすぎるだろ!」


「はっはっは、アイスブレイクは大事ですからね」


賢者は陽気に笑い、まるで長年の友人に接するかのようにトモキに肩を叩いた。その力が意外に強くて、トモキはバランスを崩しかける。




「勇者ではありませんが貴方にはこれから異世界に転生してもらうことになります。そして、これから行く世界は、あなたに助けを求める多くの者たちがいます。しかし、その理由は今は話せません。秘密の味が多い料理ほど美味しいものですからな」


「料理の話!?今!?何その微妙な例え!俺、腹は空いてないけど情報は空腹だよ!」


妙なコミカルをぶっ込んでくる賢者はにこやかに笑い、ゆったりとした動きで杖を掲げた。杖の先からかすかに光が漏れ、部屋全体に柔らかい光を投げかけた。トモキはその光景に見入ってしまい、思考が一瞬止まった。


「え、ちょっと待って、どういうこと?もしかしてもう転生させようとか考えてない?いやその前に色々と教えて欲しいことがあるんだけど!」


賢者は掲げた杖を降ろしてしばらく考え込むと、ぽんと手を打って言った。「ではヒントを一つ。貴方の力は…たぶん役に立ちます!以上!」


「たぶんって何だよ!もう少し具体的なヒントをくれ!曖昧すぎるだろ!」


賢者は静かに首を振り、続けた。

「まあそんな若手漫才コンビばりにツッコミ頑張らなくても結構ですよ。ほっほっほ。ご安心なさいまし、異世界へ転生してもらう代わりに特別な能力を1つ渡しましょう。スキルと言われるものです。時が来れば、貴方は自分のスキルに気づくでしょう。それまでは、自ら学び、戦い、見出すのです。」


「そんな漠然とした…おい、本当に頼りになる説明はないのか?スキルってどんなスキル?まだアイスブレイクしか貰えてないんだが」




賢者は頷くと、部屋の片隅にある古びた机を指差した。そこには重厚な本が山積みされ、巻物が乱雑に置かれていた。机の上には、奇妙な形のインク壺や、今にも崩れそうな古びたペンが置かれている。トモキはおそるおそる歩み寄り、手に取った一冊を開いた。中にびっしりと書かれている文字は異様に歪んでいて、見るだけで頭がくらくらするほど不可解だった。読もうとすればするほど混乱が増し、トモキは思わず眉をひそめた。


「何だこの文字…全然読める気がしないぞ…」と呟きながらも、なぜか心の奥底で何かが反応しているような感覚を覚えた。その瞬間、頭に不思議な感覚が広がり、文字の意味が自然と脳内に流れ込んでくる。トモキは驚きながらも、異世界の文字が徐々に読めるようになっている自分に気づいた。


「これが…何かしらの特権なのか?でも、勇者じゃないんだよな、俺。それよりもこの本の内容が重要だ。どんな異世界のヒントが書かれてるんだ?」


「いや、それはただの古い料理レシピ本です。お腹が空くといけませんから」


「何で料理本なんだよ!情報じゃないのかよ!てか、この内容、カボチャのグラタンのレシピ!?俺、異世界で何作らせようとしてるんだよ!」


「そうです。あなたはこの知識をもとに、これからの試練に備える必要があります。異世界への転生はすぐに始まりますぞ。」


「いやいや、料理本でどうやって試練に備えろって言うんだよ!カボチャのグラタンで敵を倒せるなら、むしろ平和すぎるだろ!」


「良きツッコミですな。さて、そろそろ魔法のカーテンコールと参りましょうか。時間が押していますので、テンポ良く行きますよ!」


「え、もう!?心の準備とかないの?てか魔法のカーテンコールとかウザ!そして結局なんの情報ももらえず異世界へ行く事になるのかよ…」


トモキは額に手をやりながらため息をついた。予想以上に重い現実に押しつぶされそうになりながらも、どこかで感じる興奮が彼を支えていた。




これが本当に新しい人生の始まりなのか——今はわからないが、これから行く世界で何が待っているのか自分自身で確かめるしかない。現実味が希薄でも、歩みを止めることはできなかった。


賢者は杖を高く掲げると、柔らかな光が部屋を包み込み、次第にその光がトモキを飲み込んでいった。「行きますぞ、異世界へ!」


眩しい光が視界を白く染め、風が全身を吹き抜けたような感覚の後、トモキは目を開けた。気づけば、青々とした草原に降り立っていた。澄んだ空気と広がる空、遠くにそびえる山々が見える。




「これが…異世界か?…てか賢者の対応ザツすぎるだろ」

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