探偵は只今就活中

@au08057406264

第1話

《残念ですが今回の採用は見送らせて頂きます》

高三の秋の昼休み、勝山秀斗(かつやましゅうと)は幼馴染みの仁科尊(にしなたける)と一緒に弁当を食べていた。

ご飯を一口食べながら、この間の通知を思い出し、秀斗は溜め息を吐いた。

『これで五社目だっけか』

尊が言った。

『まあな』

秀斗が返した。

そんな二人に声がかかった。

『どうしたの?元気無さそうだけど』

『徳永さん』

尊が名前を言った。

徳永雫。(とくながしずく)

読書好きで物静かな性格、そしてこのクラスにいる数少ない美人の一人だ。

『ちょっと就活の面接でね』

秀斗がそう打ち明けると、雫が言った。

『それならうちで働いてみない?』

そして、日曜日。

秀斗はリムジンに揺られていた。

尊も一緒だ。

迎えを寄こすからと雫に言われ、二人で待っていたら、リムジンに乗せられたのだ。

一時間くらいかかっただろうか。

街並みを抜けて畔道に入ると、大きな棚田と屋敷が二人を迎えていた。

門の開閉の操作を執事が行い、二人は玄関に送り届けられた。

『いらっしゃい』

雫が出迎えた。

尊は応接間に通され、秀斗は厨房(ちゅうぼう)へと案内された。

秀斗は様々な仕事を任されたが、厨房では食器を割り、調味料を間違え、和室の掃除では障子に埃を残し、水の入ったバケツをひっくり返した。

池の鯉や金魚の餌やりも、転んで袋ごと池の中に入れてしまい、ことごとく失敗をした。

『はあ……』

秀斗は大きな溜め息を吐いた。

今は裏庭の落ち葉を掃いている。

『終わったかしら?』

家政婦がやって来て言った。

『まあ、なんとか』

ゴミ袋を結びながら、秀斗は答えた。

すると家政婦は湯呑みの乗ったお盆を差し出した。『旦那様に渡して』

『分かりました』

秀斗は受け取った。

『それでどちらに?』

『離れの書斎で読書している筈だから、宜しくね』

家政婦が去ると秀斗は離れに向かい、書斎の前に座った。

ノックをすると向こうから返答があり、逆に訊ねられた。

『どなたかね?』

名前と用件を言うと入室が許され、中に入った。

『やあ、宜しく』

水仙が言った。

手と頭を着いて、改めて挨拶すると、水仙は指示した。

『その机に置いといてくれ』

返事をして立ち上がると、目の前に一匹の蝶(ちょう)が現われ、湯呑みの周りを飛び回ると、その縁に留まった。

それまで秀斗の身体に留まっていたらしい。

『おや、可愛いお客が一緒のようだ』

秀斗が捕まえようとすると、水仙がそれを止めた。

『これも風流』

言われて秀斗はそれを受け入れた。

掃除道具の片付けがまだ残っている事を伝えて、書斎(しょさい)を後にした。

尊からのラインで、昼食が出来たと知った秀斗は、書かれていた通り、応接間に来た。

鯛の舟盛り(たいのふなもり)や握り寿司、(にぎりずし)懐石料理(かいせきりょうり)といった和食がずらりと、並べられていた。

二つの座席を除く全員が座っていた。

秀斗もその一つに座った。

空席が気になり見ていたら、水仙が現われた。

見守るように座るのを見ていた時だった。

水仙が倒れた。

『きゃあああ!!』

家政婦が悲鳴を上げた。

『お爺(じい)様!?お爺様!!』

雫が駆け寄り、水仙を呼んだ。

尊が呼んだ救急車で、水仙は病院に搬送された。

同乗者として雫の母、青星子(せいこ)も一緒に乗って行った。

事態を把握した秀斗と尊は、家に連絡を入れた。

病院からの連絡を待つ間、秀斗は事件について考えた。

水仙が倒れた原因に秀斗は思い当たる節があった。

そして、ある考えを持っていた。

その考えを秀斗は尊に耳打ちした。

『なあ、尊、教えて欲しいんだけどさ』

『ーーーああ、いるな』

答えを聞いた秀斗は家政婦に訊ねた(たずねた)。

『皆さん不安そうですね』

『それはそうよ、一家の大黒柱が倒れたんだもの』

『気分転換に飲み物でも作ろうと思うんですけど、如何(いかが)でしょう?』

『そうね、気晴らしにいいかも、で、何を作るの?』

『お爺様……』

雫が呟くように水仙を呼んだ。

重々しい雰囲気の中、家政婦が声を上げた。

『皆さん、生姜(しょうが)湯を作って来ました、気分が落ち着きますよ、如何ですか?』

そう言って湯呑み(ゆのみ)を配った。

すると数匹の蝶が現われ、湯呑みの周りを群がって(むらがって)飛び交い(とびかい)暫く見ていると、縁に留まった。(とまった)

秀斗と尊はお互い親指を立て、合図をした。

生姜湯が出来る間、尊が玄関の戸を開けておいたのだ。

《毒花を喰らって育つ蝶がいるか?》

先程の耳打ちは、そう聞いていたのだ。

『これが水仙さんの倒れたからくりです』

秀斗が言った。

翅(はね)の鱗粉(りんぷん)が湯呑みに落ちて、水仙はいつものように、それを飲んでしまったのだ。

『毒花を植えて育てた水仙さんだけでなく、花に寄る蝶を追い払う事も無く、放って置いた僕達にも責任があります、よって此処(ここ)にいる全員が犯人であって、犯人ではない』

『そう、そうだったの、それが事件の真相なのね』

雫が言った。

『お爺様、ごめんなさい……』

雫の瞳から一筋の涙が流れた。

ふいに音楽が聞こえた。

家政婦のスマホからだった。

『はい、もしもし、あ、奥様?え?ええ、ええ、はい、はい、分かりました、ありがとうございます、失礼します』

通話を切った家政婦が、明るい声で言った。

『旦那様が意識を取り戻したそうです』

事態は一変し、みんなが大いに喜んだ。

翌日の月曜日。

また昼休みに弁当を食べていると、雫がやって来た。

『ありがとう、事件を解決してくれて、おかげで警察を呼ばなくて済んだわ』

雫の言葉に秀斗は首を振り、言った。

『礼なら尊に言ってくれ、こいつに蝶の知識があったおかげで、事件が解決出来たんだから』

『ふふ、これからは何かあったら、シュウカツ君に相談するわね』

『シュウカツ?』

不思議な言葉を聞いた秀斗が訊ねた。

『カツヤマシュウトを入れ替えてくっつけるとシュウカツ、私が考えたの、仇名(あだな)にどうかしら?』

『いや、どうと言われても』

返答に詰まっていると、尊が言った。

『いいじゃねーか、受け入れてやれよ、シュウカツ、俺は賛成だ』

『ですって、宜しくね、シュウカツ君』

冗談交じりに雫が言った。

『これからも頼むぜ、シュウカツ』

尊も秀斗をからかった。

『何だよ二人して、もう』

秀斗が言った。

声と言葉で怒ってるように聞こえるが、まんざらでもなさそうだ。

こうして就活探偵・シュウカツが誕生した。

数日後、雫から手紙が届いた。

水仙が退院した事と、事件が起こったので、この間の秀斗の働きが無かった事になり、後日改めて面接をするとの知らせだった。

『ちくしょう、次こそは絶対に受かってやる』

部屋の窓を開け、そう叫び、誓った秀斗だった。








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