みゆきちゃん、ひさしぶりだね〜冬山深雪は前世が見える 2〜

葉月クロル

第1話

 俺の名は鳩羽はとば。とある大学の情報システム科に通っている割と真面目な学生だ。

 最近、同じ学科の変な女と仲良くなったというか、距離を縮めたというか、惚れた腫れたはまったく抜きで友達付き合いを始めた。


 彼女の名は冬山ふゆやま。その特技は前世を見ることだ。

 こんな胡散臭い女を彼女にしたいと思う奴はいない……と思いきや、長い黒髪ストレートがいつもサラサラツヤツヤで、小さな白い顔にいちごのような赤い唇、まん丸ぱっちり二重という白雪姫のような冬山は、けっこう男子から声をかけられるらしい。


 俺も最初のうちは、冬山にアプローチしていると誤解をされた。

 ちなみに今は大丈夫だ。ふたりの間にむんむんしたピンク色のもやが漂っていないからだと友達に言われた。

 むんむんってなんだよ。


「冬山の下の名前ってさ、なんだっけ?」

 

「………………」


 長い沈黙のあとで彼女は「深雪」と答えた。


「すげえ寒そう」


「うるせーですわよ」


 頭ひとつ分背が低い冬山は、「ちょっと顔をお貸しになって」と上品に俺の耳をひっぱり下げてから、デコピンを炸裂させやがった。


「いてーよ」


「人の名前を笑う奴は、人に名前を笑われるのです」


「笑ってないじゃんか。素直な感想を述べただけですよ」


 見た目はおとなしそうなくせに酷い女である。

 冬山は真っ黒くて底知れない穴みたいな目で俺を見つめた。


「鳩羽の名前は何? 思いきり笑ってやるから言ってごらん」


「………………」


 長い沈黙のあとで、俺は名前告げた。

 

「カモメ」


「はい?」


「カモメって言ってる」


「……波止場はとばのカモメ? えっ、波止場の? カモメ? 名前が鳩羽はとばカモメ? 鳩とカモメがいる? 鳥祭り開催中?」


 俺が無言でいると、冬山は「ごめん、これは笑えないね。強く生きて」と真顔で言った。

 笑われるより辛いんだが。


 他のパーツは小さいのに冬山の目はくっきりした二重で大きい。そして、目力が強い。ブラックホールみたいに吸い込まれそうになる。


「なに?」


「底なし沼みたいな目をしてる」


 ついうっかり、心の中を漏らしてしまった。

 冬山は目を細めて口を少し尖らせると、真顔になって俺を見た。


「なんだよ、なに見てるんだよ」


「鳩羽の額の未来を見てます」


「うわあああああーっ! やめてくれ! ごめんなさい、許してください」


 俺は額を押さえて「それ以上言わないで!」と叫んだ。

 俺の遺伝子上の父(オリジナルというやつだ)の頭が、若い頃から謎のツルツルスキンヘッドだということを知ってから、それは俺のトラウマになっている。


「鳩羽くん、言われて嫌な気持ちになることを人に言ってはいけませんね。小学校で習わなかった?」


「習いました。ごめんなさい、もうしません」


 しょんぼりする俺を見て、冬山は「ごめんね、わたしもちょっと言い過ぎた」と謝った。


「わたしは前世は見えるけど、未来は見えないから安心して」


「そうなのか」


「でも、おばあちゃんなら見えるよ。気になるなら紹介してあげようか?」


「気になるけど絶対に知りたくないからいいです」


「そう……」


 冬山は少し首を傾げてから「小学校といえば」と遠くを見た。


「昔、不思議な前世を持っている男の子がいてね」

 

 個人情報が含まれるから内緒話だよ、と冬山さんは子どもの頃の思い出話をした。





「その子、仮にアーくんという名前にするね。アーくんは、幼稚園の時から一緒の幼馴染みだったんだ。わたしが人の上に前世の姿を見られるようになったのは、七つの誕生日だったから、アーくんの上にも見えたんだけど」


 冬山さんは、鼻にしわを寄せた。


「アーくんの前世、アーくんだったんだよ。つまり、本人の姿が前世として見えたの。不思議に思っておばあちゃんに話したんだけど、本人に話してはいけないよって注意されただけなんだ」


「え、わかんない。どういうこと?」


「わたしもわからなくて、いろいろ考えたんだけどね。ちょっと怖い仮定を思いついたんだ。もしかして、アーくんは二回目のアーくんをやってるんじゃないかなって」


「二回目? なんだそれ」


「つまり、人生をループしてるんじゃないかな」


「やだ、怖い」


「怖いよねー」


 冬山さんは「まだ続きがあるんだよ」と言った。


「アーくんは五年生の時に引っ越して、それからしばらく会ってなかったんだけどね。なんと、この大学で見かけてしまいました」


「マジかよ」


「マジだよ」


「絶対に本人?」


「間違いないわね」


「あっ、前世を見たんだね」


「そう。学内のコンビニで見かけたんだけど、パワーアップしてた。前世がね、二人のアーくんになってた」


「なんだよそれ! やめて、本当に怖い」


 全身にうわあって鳥肌が立っちゃったぜ!


「わたしも怖くて泣きそうになったから、鳩羽くんにおすそ分けね」


「そんなの分けないでよ、くれるならチョコとかにしてよ」


「自分よりも怖がる人を見ると、落ち着くねー」


 冬山さんは、悪い雪女みたいに冷たく、うふふふと笑った。


「ループを二回、したのかなあ。やだなあ、俺怖いからもう帰ろうかな」


「さぼる言い訳にして……」


 冬山さんは途中で言葉を止めて、遠くの方を洞穴のような目で見た。


「どうしたの?」


 彼女はひどくしゃがれた声で「アーくん……」と呟いた。

 俺はまた全身に鳥肌を立てながら、冬山の視線の先を見た。学生がひとり、こっちを見ている。


「えっ、みゆきちゃん? みゆきちゃんでしょ? 久しぶりだね!」


 男子学生が声を張って冬山に言った。こっちに向かって手を振り、笑顔で歩いてくる。


「なに、冬山、なにが見えてるの?」


「……」


「まさか……前世のアーくんがまたひとり増えてたり……して?」


 冬山は、大きな目に涙をいっぱいにためて俺を見て、口を開いた。


「団体になってる」

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みゆきちゃん、ひさしぶりだね〜冬山深雪は前世が見える 2〜 葉月クロル @hazuki-c

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