第18話 思うところがある転校生

 誰が何のために俺を多目的室に誘い出したのか全く見当がつかないが、まずは考えるよりも先に教室の明かりをつけようと手探りで電気のスイッチを探すことに思考を切り替える。明かりがついていれば見回りに来た教師や事務員さんが不審に思い助けてもらえるだろうという思惑があった。今日中には帰ることが出来るだろうと楽観的に考えつつ探し始めたのだが、スイッチを探し始めて僅か数秒、そう悠長にはしていられない現象が身を襲ったのだ。誰もいないはずの暗い室内から足音のような物音が聞こえてきてその場でびくりと立ち止まり耳を澄ませた。反射的に立ち止まったが気のせいだったのかその後は何も聞こえてこない。一応の確認で誰かいるのかと薄暗闇に問いかけてみるが当然返答はない。ネズミかそれとも幽霊か怪奇現象でなければ許そうとスイッチ探しを再開し手探りで入り口付近の壁を撫で回していると指先が何かに引っ掛かる感触が伝わってきた。スイッチらしきものがあった場所を円を描くように触ってみるとボタンが三つ配置されていることが確認でき、これだと俺はスイッチを押した。

 右端、真ん中、左端と数秒遅れで天井に設置されている蛍光灯が順に点灯し、室内が明るくなると光が思いの外眩しくて目眩しを喰らったような感覚だった。瞑っていた目をゆっくりと開けると不気味だった室内は一転して暖かさに満ちた安心感のある空間に変貌した。問題はまだ山ほどあるがまずは光源を確保できたと息を吐いたのも束の間、今度ははっきりとした音が、確かな笑い声が聞こえてきた。

 

「おいおい、お前のせいでバレちまったじゃねえか」


 笑い声がしたのは教室の右端に設置されている掃除用具入れのあたりで振り返り注視していると机に身を潜めるように隠れていた男子生徒が一人立ち上がった。隠れていたのは一人だけではなくさらに男子生徒が一人と女子生徒一人が姿を露わにした。   冬でも制服を着崩しパーカーを羽織っている女子生徒は同じクラスの生徒であり耳につけたピアスが目立つ男子生徒二人は別のクラスの生徒である。そんな三人には共通点があり学内では不良生徒として位置付けられていることだ。そして吉野さんを使って俺を多目的室まで誘い出した黒幕が誰なのか今この瞬間はっきりと理解した。


「何がしたくて相沢さんたちは吉野さんを使ってまで俺をこの教室まで誘い出したんだ」


「最近調子乗ってるみたいだからよ、俺らにちょっと付き合ってもらおうと思ってな。そうだよなあ莉緒」


 腹の探り合いはいらないと真っ直ぐに現状の意図を聞いてみたのだが、返ってきた言葉は理解し難いものだった。誰がいつ調子に乗っていたのか、もしかしたら人違いではないかと言いたくなるほどの戯言だ。仮に調子に乗っていたとしても相沢さんたちに迷惑をかけた覚えはなく、理不尽としか思えない状況だ。


「榊原、あんた最近転校生に仲良くしてもらって浮かれてるみたいじゃん。教室の角で勉強だけしてればよかったのにさ。それが自分は先に受験を終えて、今度は当て付けのようにうちらが勉強する教室内で転校生とイチャイチャして鬱陶しいんだよ。はっきり言ってうちらだけじゃなくてクラス全員からお前キモがられてるから」


 調子に乗っていなければ浮かれてもいないし、雪野さんとの関係を見せびらかしているつもりなど俺には毛頭無い。教室内で一緒になるのも昼ご飯のときだけであり、誰かとご飯を食べる光景など教室のあちこちに広がっており俺だけが指摘される謂れは無いはずだ。確かに三学期になってからは先に受験を終えた自分と必死に合格を目指して勉強するクラスメイトに温度差のようなものは感じていた。しかし俺の行動はクラスメイトの感情を逆撫するほどのものだっただろうか。温度差を感じていたからこそ、朝や放課後だけに限らず勉強している人の邪魔をしないように気を配っていた節が俺にはあるというのに。


「全て相沢さんたちの勘違いだが、一つだけ合点がいったこともある。ここ数日、上靴に雪が詰められていたり鞄にゴミが詰められてたりしたのは全部相沢さんたちの仕業だね」


「さすがガリ勉なだけはあって鋭いね。全然反応してくれなくてつまらないから今日は直接こうやって遊んであげてるの」

 

 今になって思えば三月に入ってから身の回りで起き始めた異変は全て予兆だったのだ。気が済んだら終わる、最悪卒業まで後少しだから我慢しようと軽い気持ちで悪戯の内容が可愛いこともあって手を打たず放置していたのだが裏目に出てしまったらしい。


「遊ぶって相沢さんたちにそんな余裕があるのか」


「そういう上から目線ほんときもい。自分だけ先に受験が終わったからって勉強を頑張ってるうちらのことはどうでもいいんだ」


 夏休み、俺は相沢さんたちを一度だけ目撃したことがあった。図書館で朝から閉館時間まで勉強して帰宅するとき、コンビニでたむろする姿を俺は目にしている。当時コンビニ前で他のお客さんのことも考えず騒いでいた相沢さんたちにとっては俺の姿など眼中にすらなかっただろう。必死に受験に向けて勉強する俺と、中学最後の夏を満喫する彼女たち。温度感は天と地ほどの差があり今とは逆の立場だった。夏の努力を知らない相沢さんに立場が逆転しただけでどうして俺は責められなければいけないのか苛立ちがふつふつと湧いてきそうだ。


「人の努力も知らないで勝手なことを言うな。今こうして時間を無駄にしている間も、他のクラスメイトは必死に勉強している。そもそもずっと遊んでばかりの相沢さんたちと今も机に向かって頑張っている生徒を一緒にしないでくれ。それこそが侮辱だ」


 未智瑠やクラスメイトが目の前で笑っている相沢さんたちと肩を組んでいるように一括りにされるのは、未智瑠たちの努力を知っているからこそ許せない。何と言われようが俺は絶対に同等であると認めないし、自分のことを棚に上げて語られるのはしれだけで不愉快だ。


「黙れ、うちらだって頑張ってる。調子に乗ってるあんたがうちらの気に障るから悪いんだ。あんたはうちらの言いなりになってストレス発散の道具になっていればいいのよ」


「そんな都合のいい玩具になるつもりはない。頑張ってきたって言うなら尚更こんなことは今すぐやめた方がいい。俺や吉野さんにしたことが知れ渡ったら全てが水の泡となってしまうんだぞ。今ならまだ引き返せるし俺は今日のことを一切口外したりしない」


「なにそれ、情けをかけてくれてるつもり。うちらも舐められたものね。榊原、あんた何様のつもり、自分が置かれてる立場理解してんの。あんたの気持ちなんか関係なく今日からうちらの犬なんだから卒業まで誰にも相談できないのは当たり前。だって変な真似したら転校生に飛び火しちゃうんだもん。それでもいいならいいんだけど」


「ふざけるな。雪野さんは関係ないだろ」


「誰に向かって口聞いてんの。あんたがこれから口にしていいのは『はい』の一言だけ」


「だから最初から言っただろ莉緒、口で言っても無駄だって。こういうヤツはぶん殴れば一発で言うこと聞くんだから俺たちに任せとけ」


 交渉は決裂し、俺の声は誰一人として響くことはなかった。そのうえ風向きはさらに最悪の状況へと変わり、これまで相沢さんとの対話を黙って静観していた男子生徒が迫ってこようとしている。雪野さんの名前さえ出てこなければ今後の対応はいくらでもあったかもしれないはずだった。






 







 


 

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