第14話 苦手なこともある転校生

 先週は花火にチョコ作りとイベント尽くしの一週間を過ごしたわけだが夢のような時間は特別だからこそ夢にも見間違うわけで、翌週は平々凡々とした一週間だった。少し退屈でどこか物足りなさを感じつつもつい先月前までは何もない日常が当たり前だったと言い聞かせる。花火をした日をきっかけに俺はまた雪野さんと一緒に下校するようになっているのだが二人で帰ることは特別ではなく普通の日常となっていた。

 流石に毎日となるとただ話して帰るだけではつまらないのか最近は雪野さんの突飛な思いつきに巻き込まれることがあり、その度に俺は付き合わされていた。きっかけは川沿いを歩いているときに川辺で遊ぶ小学生を目撃したことであり、雪野さんは私も水切りがしたいと駆け出したのだ。このとき雪野さんを放って一人帰っていれば数日後に小学生たちと一緒になって巨大雪だるまを作る羽目にならなかったのかもしれない。

 水に濡れ外気にさらされていた氷のように冷たいであろう石を厳選する雪野さんを俺は上着のポケットに手を突っ込んで見守っていた。確かに少し離れた場所では小学生三人が石を投げてはしゃいでいるが、彼らは無邪気で無敵な小学生であり見ていても微笑ましく蛮行が許されているのではないだろうか。中学生、それも最高学年の俺たちが冬の川辺で石を投げる姿は世間の目にはどのように映るものなのか心配だ。

 下校中、突如として水切りをすることになったのだが発起者である雪野さんは水切りが超がつくほどに下手くそだった。雪野さんが投じた石はポチャンと一回音を響かせるとそのまま川の底に沈んでいった。二投、三投と続けて石は投擲されたが石が水面を走ることは一度もなく言いたくはないが見込みも才能の欠片も見受けられない。

 日没間近の川辺で夕陽に照らされながら佇む女子中学生の背中は絵になりそうな眺めだが反対側は果たしてどうだろうか。今この一瞬だけを切り取れば趣のあるいい絵画として評価されるかもしれないが俺はこの背中が誕生するストーリーを知っているからいたたまれない気持ちだ。どんな表情をして雪野さんが帰ってくるのか、そして第一声が何か気になる。

 張り切って川辺に走って行った雪野さんは自分の才能のなさに落胆し、羞恥で頬を真っ赤に染めているだろうか。そして第一声は帰ろうという虚しい一言だろうから俺は変に励ましたりしないで何も言わず頷きだけを返そうと心に誓った。

 想定では雪野さんを温かい目で受け入れると川に背を向け歩き出しているところのはずだったのだがどういうわけか俺は川と対峙させられていた。果たしてどんな顔をしているのか気になっていた雪野さんは澄ました表情で振り返り、俺の元まで歩いてくると石を一つ手渡してきたのだ。言葉は無くやってみろと言わんばかりに突き出された雪野さんの右手には石が乗せられており手の隙間からは水が滴り落ちていた。思考回路は一瞬で全ての意図を察すると石を受け取り、代わりにハンカチを落として俺は川岸に向かった。

 雪野さんが厳選した石は水切りには適切な厚さの無い平たい石で知識としては間違っていないことを確認すると一刻も早く俺の体温を奪う石を手放すため振り被った。俺と雪野さんに違いがあったとした振り被った後の動作であり雪野さんが水面に上から叩きつけるように投げていたのに対し俺は水面に並行になるように石を投げた。

 石が水面を跳ねた回数は五、六回と多い方では無かったが手先が冷え切った状態でさらに鞄を背負っての投擲だったので上出来といえよう。気がつけば近くで遊んでいた小学生たちはもう帰ってしまったようだが、俺も数年前は同じように水切りを嗜んでいたためちょっとしたコツは知っているし、一回などという恥ずかしい記録も出さない。

 雪野さんのやってみろという誘いに乗っかり自分の実力を誇示したはいいもののどういう顔をして俺は戻ったらいいのだろうか。得意気な表情で戻るのは論外として、だが澄ました顔で戻るのもこれくらい出来て当然と煽っているようで嫌な感じを与えてしまいそうだ。つまりどんな顔で戻ろうが印象は悪く、正解があったとすれば水切りを失敗させて俺も一回しか出来なかったとアピールすることだったのだと後になって気が付いた。


「なるほどな、角度の問題だったか。参考になったぞ少年。それとハンカチを貸してくれてありがとう。洗って返すべきだが少年も使うだろうからここで返すよ」


 冷たい風を受けながら寒い寒いと体をさすりながらわざとらしく雪野さんの元まで戻ると何か要領を得たと一人納得の表情を浮かべていた。嫌なやつだとか勝手に与える印象を想像して悩んでいたが無駄な心配だったようだと少し自分の心配症を反省しつつ、受け取ったハンカチで手を拭いた。

 何かコツを俺の姿から学んだというのであればギリギリ日が沈んでおらず石が跳ねた回数を数えられる今、再挑戦するものだと待つつもりでいたのだが雪野さんの水切り成功の瞬間はまたのお預けとなった。

 水切りをしたのが月曜日のことであり、いつからと問われたらこの日を境に雪野さんは放課後、寄り道をするようになったのだ。毎日とまではいかなかったが五日間で三回俺は雪野さんの気まぐれに付き合わされては骨を折った。

 転校生が現れてからもうすぐ一ヶ月であり来月には晴れて卒業の日を迎える。時間が過ぎ去るのはとても早くあっという間の二月だったのだが、中学三年間を振り返ったとき一番と言えるほどに内容の濃い一ヶ月だったとそんな気がした。

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