第12話 何でもありの転校生
冬の花火の欠点を挙げるとしたらそれはやはり寒さ問題だろう。花火は野外で行うイベントでありさらに日が暮れてからの開始となるため寒さは相当なもので対策は必須級。悪いところもあれば冬だからこその利点もあるというもので暗くなる時間が早いことで開始時間が早いこと、蚊などの虫がいないこと、花火の暖かさをより一層感じられることなどが挙げられる。
公園に来た時よりも体温は下がり寒さも増しているがそれ以上に冬の花火が新鮮で楽しくてアドレナリンが溢れ出し帰りたいとは微塵も思わない。花火が燃え尽きると役目を終えた棒切れをバケツの中へと投げ捨て次の花火に手を伸ばし着火させては声に出してはしゃぎこそしないが楽しんでいる男子中学生がいた。花火だけでこれほどまでに昂っているわけではなく、さらに初めての夜遊びという付加価値が加算されてさらにテンションが上がっているのだろう。二人にしては花火が減っていく量が早く、残り半分ほどとなった花火の残量を確認しながらそろそろ二刀流を解禁しようかと思惑を抱いていたときだった。ずっと隣で同じように花火を嗜んでいた雪野さんが急に話をふってきたのは。
「少年が最近避けるようになりつつあるのは私に問題があったからか」
電話をもらいこの場所に来た本当の目的も忘れ花火に夢中になっている俺に、悩みを思い出させ軌道修正してくれたのは雪野さんの一言だった。昨日、今日と嘘をついて雪野さんとの下校を拒んだことで彼女にいらぬ不安を抱かせてしまっていたのだとこのとき初めて俺は理解する。花火は俺と話すための手段でしかなく真相を本人から聞き出すことこそが公園に呼び出した本当の目的だったのだとしたら雪野さんは尊敬に値する。うじうじと問題を先延ばしにしながら悩んでいた自分が恥ずかしく、雪野さんの行動力を見習うと同時に俺は正面からぶつかってきてくれた彼女に応えなければならない。家を出たときから話そうと思っていたのだから嘘をつくことなく胸の内を明かした。
「私が彼女と間違われた挙句、変に意識してしまってどうしたらいいか分からなくなったとは少年にも可愛らしいところがあるんだな」
二人が手にしている花火はとっくに燃え尽き、再び静寂に包まれた公園で全てを話し終えると雪野さんは哄笑した。俺はただ彼女と誤解されて一緒に帰りづらいと伝えたのであり決して意識していたなどとは言っていないのだが。解釈としては間違ってもいないので訂正こそしないが、自分だけが赤っ恥をかいているようでいたたまれず逃げるように花火に手を伸ばし火を付けた。自業自得ではあるが雪野さんの不安を払拭し恥を晒すことでまた笑ってくれるようになったのであれば安いものだ。
「悩める少年に一つアドバイスがあるのだが隠そうとぜず堂々としていた方がいいのではないか。少年の態度が噂に余計な拍車をかけていると私は思う。いっそのこと私がお母さんに会って話してみようか」
いっそのことと聞こえてきた瞬間、その後に続く言葉が「付き合ってみるか」などという悪い冗談だったらどうしようと身構えたが続いた言葉は一つの解決策に過ぎなかった。会って話してもらうことが一番手っ取り早いが、家にまで連れてくるほどの仲となるとまた話がややこしくなりそうだ。
「そう言ってくれるのはありがたいけどうちの母親はちょっと面倒臭くて、遠慮しとくよ。でも今日から変に周りの目を気にすることはもうやめる」
「そうか、気が変わったときはいつでも声をかけてくれていいぞ少年。これで問題は解決したということでここからは花火大会後半の部を開始しよう」
言うが早いか雪野さんは右手に一本さらには左手に一本花火を持つと二本同時に火を付け俺よりも先に二刀流を実践されてしまった。普段の言葉使いから感じられる大人びたような雰囲気は現在目に映る雪野さんからは感じられず、花火を両手に持ち振り回す姿はまるで妹に似た幼さを感じさせる。二刀流になったことで花火が減る量はさらに加速しこのままただ眺めて後れを取るわけにはいかないと巷で話題の二刀流にジョブチェンジし俺も参戦した。
後半の部は二刀流の影響かそれとも心が解放されたことが要因かあっという間に終わりを迎え、綺麗に並べられたくさんあったはずの花火は線香花火を残すのみだ。手持ち花火のシメといえばやはり線香花火に尽きる。親戚が集まったときや家族で花火をするときは線香花火の入っている数が少なく一人一本が相場なのだが今日の参加者は二人であり俺と雪野さんには三本の線香花火が支給された。
振り回したとしても消えない手持ち花火であれば体を動かし寒さをごまかせていたが、火の提灯が落ちないように腕を固定し微動だにしてはいけない線香花火は火種をいかに落とさないかだけでなく寒さとも我慢比べをしなければいけないらしい。パチパチと音を鳴らし弾け始めこれからというときに手が震えてしまい一本目は呆気なく終了。二本目も同じように体が寒さに負け手先の制御が効かなくなり線香花火の趣を感じることすら出来ないまま最後の一本になってしまった。
「お互い次が最後の一本のようだな少年。せっかくだ先に火種が落ちた方が負けで勝った方の言うことを何でも聞く権限を賭けて勝負しないか」
手を擦り合わせたり息を吐きかけたり、屈伸をしてジャンプをしてみたりと最後の一本に火をつける前に出来る限りの方法で体を温め準備万端といったところで挑戦状が叩きつけられた。火の元である蝋燭の近くで俺も雪野さんも屈み込み線香花火と向き合っていたので彼女の様子は目に入っていたが、雪野さんも苦戦している様子だったので十二分に勝算はあると勝負に乗っかる。
二人同時に蝋燭の火を線香花火に着火させるとなんでも言うことを一つ聞く権利を賭けてリスクリターン共にイーブンの一発勝負が夜中の相生公園にて開幕。両者なんの動きも言葉もないあまりにも地味な一戦が誰もいない公園のど真ん中で繰り広げられているなど誰が予想しようか。
試合展開は非常に早く両者順調に火種を大きくし火花が弾け始めるとここからが本番であり相手、そして己との戦いが始まる。いつ負けの瞬間が訪れてもおかしくない一戦に一瞬たりとも手元から目が離せない状況にも関わらず選手である俺自身が反射的に視線を切ってしまっていた。
「少年、私と実際に付き合ってみるのはどうだ」
予期しないタイミングでの申し出に集中に糸は切れ勝負のことも忘れ反応してしまったというか耳栓でもしていない限り回避不可能な暴挙であり妨害行為である。言いたいことは山ほどありどこから口にすればいいかわからずそのまましばらく硬直状態に陥るしかなかった。
「ハハハ、油断したな。少年の負けだ」
悪魔のような笑い声と共に告げられたのは無慈悲な敗者宣告であり、手に持っていた線香花火を確認すると小さくも儚い輝きは完全に失われ薄っぺらい紐が虚しく空中を漂っているだけだった。いまだ綺麗な輝きを放つ線香花火を手にしている雪野さんとそうでない俺では確かに決着がつき敗北者に成り下がってしまっているが、参りましたと鞘を収めるわけにはいかない。明らかな不正行為が行われたのはまごうことなき事実であり、観客がいれば暴動が起きていたかもしれないのだ。そんな観客の思いも背負って(実際には誰一人としていないのだが)戦った俺が屈してはいけないと無効試合を主張する。
「この勝負は何でもありの一発勝負ではなかったかな少年。ルールブックがあると言うのであれば提示してもらおうか」
言葉巧みにあたかも俺が間違っているかのように説き伏せられると、確かにこの勝負に禁止事項は存在していないと納得してしまうから不思議だ。だが人には常識の範疇がありやっていいことと悪いことがあるのではないだろうか。
「何を言われようが勝ちは勝ちだ。よって一つ言うことを聞いてもらうぞ」
「不服ではあるが今回は負けを受け入れる。だがその前に返事をしておこう、俺はさっきの告白を受け入れる」
負けっぱなしは許されないと反撃するため付き合ってみないかという誘いに至って真面目に答えてみせた。冗談だとわかっていてもこっちが本気で返せば少しは雪野さんにも羞恥心というものが芽生えるだろうという魂胆だ。成り行きではあるが本当に付き合えてしまったときは人生初の夜遊びでこれまた人生初めての彼女が出来るだけでどう転ぼうがこれ以上に傷を負うことはない。
「少年は本当に面白いな、あれは意識を線香花火から逸らすための罠だ。本気に受け止められても困る」
頬を赤らめ恥ずかしがるでもなく淡々と理路整然と現実を突きつけるという対応はカウンターとしては百点であり狡い。今日は何をしてもうまくいかない日であり牙が完全に折られた俺は約束に従い忠犬に成り下がるしかないみたいだ。
「それで俺は何をしたらいいんだご主人様」
忠実になろうと心では誓いを立てたとしても男児であるという自負が働いたのか一度も口にしたことのないご主人様という敬称を使って最後の悪あがきとばかりに口にした。
「そうだな、少年は今週の土曜日が何の日か知っているか」
恥ずかしがってくれとはもう言わないからせめて動揺したりツッコミ返したり何かしらの反応を示して欲しいところであり、無表情で受け流されることが一番辛い。傷心しつつも何の日かと聞かれたからには一応考えてはみるが皆目見当がつかなかった。
「どうやら少年はこれまでモテてこなかったようだな。正解はバレンタインデーだ」
一言余計だと咎めるところはしっかり咎めつつも確かに来週の土曜日は二月十四日であり異国の文化であるバレンタインデーとして認定されていることを思い出す。モテないと雪野さんはおっしゃいますが俺だって毎年必ず一個はチョコをもらっているのだ。その相手は可愛い可愛い妹からというのは内緒だが。
「というわけで少年にはチョコ作りを教えてもらおうと思う」
手伝って欲しいというのであれば了承もしやすいが教えて欲しいとなると話は随分変わってくる。雪野さんには俺が料理をするような人物に見えているというのだろうか。根拠は不明だが見当違いもいいところで残念なことに俺の料理経験は家庭科の授業で行われた調理実習のみという片手で数えられる回数であり、非家庭的な人間それが俺だ。
「何でも言うことを聞く、そういう約束だろう」
その願いは残念ながら聞けそうにないと別の願いに変えてもらうように頼みたかったが、実際に俺が言葉を発せたのは「その」という二文字だけで、かぶせるように雪野さんの圧がかかった。有無を言わせぬ圧力に屈し「はい」と返事をしてしまったがはてさてどうしたものか。現代社会においてネットの海に潜れば無数のチョコ作りに関する情報を得ることはできるだろうが問題は俺がそれを習得できるかだ。そして習得する時間は明日の一日しかなく明後日の金曜日にタイムリミットが設定されているためほとんど不可能に近く行動に移す前から万策尽きた状況。こうなったら助けてミチえもんと嘆くしかなく俺は明日、学校で未智瑠に頭を下げることを決意した。
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