第11話 夜遊びする転校生

 久しぶりに未智瑠と一緒に下校した翌日、俺はまた同じ問題に頭を悩まされていた。雪野さんとの今後の関わり方について自分の中でまだはっきりとした結論が出せていないのだ。教室の中ではクラスメイトの目を気にすることなく一緒にお昼ご飯を食べたりできるが、放課後はお隣さんの目や知り合いの大人の目が気になってしまうお年頃である。

 一日を通して授業中、休み時間関係なく思考のほとんどを費やし考えてはいたが時間は待ってくれず答えを出す前に放課後になってしまった。雪野さんと一緒に帰りたくないわけではないが母親や知り合いから彼女ができたらしいと言及されたくないし運悪く鉢合わせするなどという事態は是が非でも避けたい。


「雪野さんごめん。今日は急いで家に帰らないといけないから先に帰るよ」


 二つの感情がせめぎ合うなか決断し起こした行動は昨日とは違う嘘をついて速やかに帰宅というものだった。机に置かれた鞄に教科書やノートを入れていた雪野さんに出来るだけ小声で尚且つ早口で告げると返事も聞かずに隣を通過し教室から姿を消した。

 三年生だけでなく全校生徒で数えてもこの日一番に校門を通過すると学校から見える範囲は速度を落とすことなく公言通り急いでいるかのように走り、学校から見えない死角に足を踏み入れた辺りで一度立ち止まった。まだ完全に太陽が沈んでいないせいか、それとも走ったせいか寒さが嘘のように感じられず腕まくりをしたい気分だ。まさか雪野さんが走って追いついてくることはないだろうと少しの休憩をはさみ乱れていた呼吸を整えると残りの帰り道はいつも通りゆっくり歩いて帰った。

 

「今から相生公園まで来れるか少年」


 突然家の電話が鳴り出したのは帰宅し夜ご飯を食べ終えてテレビを見ながらゆっくりくつろいでいるときだった。家の中で手が空いているのが俺だけだったので甘んじて電話に出る役を買って出たのだが受話器から聞こえてきた声はまさかの人物のもので受話器を落としそうになりかける。通話相手は雪野さんでありそれだけでも驚いたというのに、今から公園に来いという謎の誘い付きで頭の中は真っ白に。一から十まで詳しく説明を求めたかったし、なぜ家の電話番号を知っているのかも気になったが「待っている」と一方的に通話は切られてしまいプープーと虚しい音だけが廊下に木霊している。

 夢かと思うほどに現状を理解出来ず折り返し電話しようと着信履歴を確認したのだが電話番号は存在せず非通知と表示されているだけでかけ直す術が失われ強制的に相生公園まで行くしかなくなった。全てが雪野さんの思惑通りであり掌の上で転がされているような気がしてならないが、帰宅してからも彼女とのことを考えモヤモヤしていたこともまた事実。ここは素直に誘いを受け話してみるのもいいだろう相生公園へ行くことに決めた。


「別に出かけるのはいいんだけどこんな時間からなんて珍しい。もしかして例の彼女さん。やっぱりあんた彼女がいるんじゃないの。今から出かけるのも彼女に呼ばれたからなんでしょ」


 無言で出て行くわけにはいかず、母に一言伝えなければならないとなった時点で予想はしていたが何かと彼女の存在に話をこじつけてくる母親。一回口を開いただけで彼女という言葉が三回も出てくるほどだ。外出許可が出たことで第一関門を突破し一安心としたいが母の含みのなる憎たらしい表情を見ると腹立たしさが勝る。うんざりしつつ雑に否定しあしらうと玄関へ向かい「警察のお世話にだけはならないようにしなさいよ」という母の言葉に送り出されるように家を出た。これが俺の人生における初めての夜遊びになるのだと思うと少し気分は高揚し寒い夜道を我慢して歩きながら相生公園を目指す。

 指定された相生公園までは徒歩十分程度の道のりではあったが気温が氷点下を下回っているのではないかという寒さは何度帰宅するという選択を突きつけてきただろうか。本当にいるかも分からない転校生のことなど忘れて引き返すことなく寒さに震えながら目的地までたどり着いたが夜の公園には人っ子一人いなかった。日中であれば園児や小学生が走り回り遊ぶ明るく愉快な声が聞こえてきただろうが、夜中の公園は正反対のおどろおどろしい雰囲気に包まれている。

 明かりが全くないなんてことはなく、公園を囲むように外周にはいくつか街灯が設置されており端の方は明るく照らされているが中心地点に近くなるほど光は届かなくなり真っ暗闇が大きく口を開けているように存在している。雪野さんが先に到着しているとしたら街灯の下にあるベンチだろうと思っていたのだが見渡す限り彼女の姿はなく数歩公園内へ足を踏み入れたところで風の音かなんなのか判別つかない音が聞こえてきた。立ち止まり砂を踏む足音が消えると今度ははっきりと音の正体を耳が捉える。音の出所はどうやら前方からのようで目を細めて暗闇をじっと睨み付けていると徐々に暗闇の中に一人の人物の姿が浮き彫りになり、さらに数歩進んだところではっきりとした声が聞こえてきた。


「少年、こっちだ」


 公園の中心地に立つ人物が雪野さんだと確信を得ると小走りで彼女の元まで向かう。相生公園を目指す道中、実は雪野さんからの電話はいたずらで公園に行っても誰もいない、公園内で怖いお兄さんたちに取り囲まれるという可能性としては低いがあり得る世界線を想像していたので雪野さんの姿を視認したときから謎の安堵感に包まれていた。学校であるいは子供たちがいる公園だったら雪野さんの元にたどり着くなり開口一番、大きな声で少年と呼ばないでくれと慌てただろうが今はなんのために呼び出したかを今は口にしたい。


「いきなり呼び出して悪かったな少年。来てくれたこと心から感謝しよう。今日はこれを一緒にしようと思って呼んだんだ」


 ずっと背中に隠されていた雪野さんの両手が引き抜かれたのと一緒に正体を見せ俺の目に飛び込んできたのは転校生同様に時期外れのファミリーパックの花火袋だった。雪野さんが言うには夏の売れ残りがセール品で安く販売されていたので買って花火がしたくなったという経緯があったらしい。冬の花火が法律で禁じられているわけでもないのに何故か花火は夏のものだと認識し、この時期に花火をした経験がないというかそもそも冬に花火をする発想がなかった。転校初日に校内を案内した時にみせていた廊下を走ることへの執着、そして今回の冬に花火という発想と雪野さんの感性は他の人とは違うものがある。


「広角が上がっているところを見ると、少年も心が高鳴っているみたいだな。私はここで準備をしているから少年はバケツに水を汲んできてくれ」


 言われて雪野さんの足元を確認すると用意周到にバケツが置いてあり、中には太い蝋燭やチャッカマンまで入っていた。指摘されるまで気がつかなかったがどうやら未知なる体験に対するワクワクが隠し切れていなかったようで少し恥ずかしいが、バレてしまったからには体面を気にする必要もないと心中を表現するかのように愉快な足取りで水道まで向かう中学三年男児が一人。

 半分ほど水が入ったバケツを手に舞い戻ると暗闇の中に小さな明かりが一つ存在感を示していた。火のつけられた蝋燭を前にバケツを地面に置くと人類の本能に従うように炎に手をかざし暖を取ってしまう。ストーブやエアコンになど本来ならば遠く及ばないはずなのに夜の公園における蝋燭の火種は近代科学の結晶に匹敵、いや凌駕するほどの暖かさをもたらした。


「それではここに冬の相生花火大会を開催を宣言する。好きな花火を自由に使ってくれていいぞ少年」


 コホンと一つ咳払いが頭上の方から聞こえゆらゆらと揺れる蝋燭の火から雪野さんへと視点を合わせると高らかに開会宣言が二人以外誰もいない公園に響き渡った。蝋燭のそばには袋から出され綺麗に並べられた手持ち花火が置いてあり一本手に取ると先端に火をつけ色鮮やかな火花を撒き散らした。



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