第6話 物々交換をする転校生

 四限の授業を終えお昼休みの時間になったのだが雪野さんは言いつけを守ってくれたようで少年と呼ばれることはなかった。そもそも一度たりとも声をかけられることがなかったので機会が訪れなかっただけであり気が緩む休み時間こそが警戒対象なのかもしれない。午前中にあった雪野さんとの絡みをあげれば授業中に彼女が消しゴムを落とし背中を叩かれ拾ってあげたくらいだ。さすがに約束をしていなかったとしても授業中に少年などと呼ばれるとは思いにくいが実際はどうだっただろうか。

 考えても結論など出るはずもなく思考力を駆使するだけ無駄だと諦め机の横にかけてあった鞄へと手を伸ばし弁当箱を取り出す。風呂敷の結び目を解き蓋を開ける瞬間だけは三年経った今でも気分が高まる至福の時で今日のおかずはなんだろうなと蓋に手を伸ばしかけたまさにそのとき静止がかかった。またもや背後からトントンと優しく小突かれおあずけをくらうかたちで振り返る。


「お昼を一緒に取らないかしょ……言ってないぞ、断じて私は言っていない」


 少年と言い切らず堪えてくれたことに免じてというか初めて焦りを見せ早口でまくし立てる彼女の姿にほっこりしてしまい許すしかない。それはいいのだがお昼を一緒にとはこれまた悩ましい持ちかけをされたもんだ。お誘いされたことそれも異性からとなれば光栄なことではあるが場所は教室でクラスメイトの目がある。思春期真っ只中の中学生には歓喜よりも気恥ずかしさだとかそわそわする気持ちが勝りとてもではないが首を縦には振りずらい。屋上や非常階段といった人気のない場所であれば喜んでついて行っただろうが季節は冬で外でご飯を食べるとなれば度胸と根性が試される。そもそも我が校は屋上などの出入りが禁じられているので冬でなくても使用できないが。


「今のは言ってないってことにしとくから。それよりも机の半分借りさせてもらうけどいいよな」


 悩みこそしたが今朝の岡林の発言が決め手となり雪野さんと一緒に昼食を取ることを選択した。担任にはすでに関係性が出来ていると認知されてしまっているしクラスメイトにも薄々感じ取られているところがあるだろうから今更周りの目を気にしたところで取り越し苦労に終わると判断したのだ。

 一度席を立ち椅子を回転させると雪野さんと正対するように座り直し、雪野さんの机に置いた弁当箱の蓋を開けた。雪野さんの視線も弁当箱へと注がれ二人して弁当の中身に釘付けとなっているところお披露目された本日のメニューは昨晩の余り物を詰め合わせた唐揚げ弁当だった。昨日と同じで残念などとは口が裂けても言えず朝早く起きて用意してもらえるだけでもありがたく全て残さずに食べるべく箸を取り感謝を込めて手を合わせる。

 雪野さんの昼食に目を向けると机の上には弁当箱ではなく惣菜パンや菓子パンが入った袋が置かれていた。 透明な袋に入ったパンはこの学校に通っている生徒であれば誰もが馴染みのあるものであり雪野さんはどうやらパン注をしたらしい。

 朝礼のときに注文用紙に個数を記入しその分の金額を渡すとお昼に学校と提携したパン屋のパンが届くシステムそれがパン注。パンは一袋三個入りで中身は完全にランダムらしく当たり外れがあるのがまた面白いところだ。今日はパン注をしたのが雪野さん一人だったらしく見られなかったが複数人がパン注をしたときはジャンケンをして袋を取り合う姿が見られる。お弁当が用意できなかった家庭の救済処置として設けられたシステムなのだろうが自分自身パン注に憧れというか特別感を抱いていることは否めない。うちの母親は毎日欠かすことなくお弁当を用意してくれるので三年間で一度もパン注をしたことがないが卒業までに一度は食べてみたいなとやりたいことが一つ出来た。


「そんなにこのパンが気になるなら何か一品と交換するかい」


 昨日までなら交換するかいの後に少年と付け加えていただろうが休み時間でも約束は守ってくれている雪野さん。机に並べられたパンを眺めながらご飯を食べていたため卑しく思われてしまったのかもしれないと少し危惧する。だが交換の申し出自体は非常に魅力的で迷うことなく弁当箱を雪野さんの前へと押し出した。入れ替わるように自分の前に差し出されたのは未開封のメロンパンとマヨコーンパンでありどちらも気になったが今回選ばれたのはメロンパン。

 パンを選んだはいいもののここで一つの問題が生じた。お弁当であればおかず一品など目安があるがパンに関してはどれくらいの量が適正なのだろうか。まさか一個まるまるとはいくまい。恥ずかしながらこれまで昼食を誰かと交換したことはもちろん食べた経験すらなくメロンパンを手に持ったまま停止してしまう。結論としては気分を害さないであろう世間一般的に一口と言われているサイズにパンを気持ち小さくちぎるが正解だとうと口に運んだ。

 欠けたメロンパンと手付かずのマヨコーンパンを返しお弁当箱を再び手元に引き戻すと卵焼きが一つ消えていた。てっきり唐揚げが選ばれるものだと思っていたので本当にメインディシュではなくて良かったのかと顔色を伺ってしまう。


「私の顔に何かついているのか、それとも卵焼きを食べてはまずかったか」


「そういうわけじゃない。ただこういうときって唐揚げを選ぶのが王道というかなんというか」


「食べたいと思ったものを選んだんだ、私は卵焼きで満足している。甘めの味付けでとても美味しかった。逆に聞くがパンの方こそ一ちぎりだけで良かったのか。もっと食べてくれてもよかったのに」


 人にもよるだろうがもう少し多くちぎっていても雪野さんの場合は許容範囲内だったらしい。だがその惜しさは次への布石となりより一層次のパン注への期待を煽る。今日は一種類のパンを一口だけ食べたがメロンパンは当たりの部類だと確信した。外のクッキー生地はサクサクで中の生地はもっちりふわふわと最高の出来上がりに別のパンへの期待も膨らむばかりだ。

 少年と口にされそうになる怪しい場面はあったものの転校生と一緒に昼食を取り交換までするという長閑のどかな時間を過ごし午後からの授業へと突入するそんな日だった。

 

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雪の少女 いけのけい @fukachin

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