第4話 謎に溢れた転校生

「質問攻めはそこまでだ少年。あまり私のことを詮索してくれるな」


 すっかり暗くなってしまった通学路を等間隔に並ぶ街灯に照らされながら歩き始めてからまだ数分しか経っていないのだが早くも謎の解明は本人の申し出により打ち切られてしまった。聞いたことといえばどこから転校してきたのかと目を引く髪色についての二つだけであり、質問攻めと称される程だろうか。内容にも気を使ってできるだけ当たり障りのないものを選んだつもりだ。だというのに何が彼女の機嫌を損ねる要因になってしまったのか皆目見当もつかない。

 三つ目の謎を解明するため今後の進学先はと口にしたところで詮索するなと口を封じられたわけだがどうやら本当にここまでのようでいくら待てども答えは返ってこない。必然的に会話は途切れしばらくの間無言の時間が続く。耳に入ってくるのはまだ固まりきっていない柔らかい雪を踏み締める音だけだった。


 一つ目にした質問は転校前の学校についてであり何から聞いたものかと頭を悩ませ手始めにと転校生に聞くには無難なところを選択したわけだが、雪野さんの口からは曖昧な言葉が返ってきた。


「よく思い出せないんだ」


 言いたくないと黙秘権を行使するわけではなく思い出せないと記憶喪失であるかのような言い回しをした雪野さん。一番に想像できたことは前の学校での不調和やいじめといったものであり思い出したくないという方が正しいのかもしれないが、もしそうであるならばこの話題にこれ以上気軽に首を突っ込むことはできなかった。だからといって無言のまま歩くのも気まずいのですぐに次の話題へと移行する。

 二つ目は強烈な第一印象を与える特徴的な髪色について聞いてみた。中央ではっきりと分割された白と黒のハーフ&ハーフの髪はおそらく黒色が地毛であり白色は染められたものだろうが、どうして奇抜で珍しい髪色にしようと思ったのか興味があったのだ。


「この髪は地毛だからな、どうしてと聞かれたら生まれつきで遺伝のせいとしか言えない」


 この世に生を受けたときから二色の髪色など聞いたことがないが可能性としてはあるわけで本人がそう言うのであれば信じるしかない。この件に関しても体質や遺伝といった個人の問題で迂闊に茶化したりは出来なかった。色こそ派手ではないが現代においてツートンカラーはそれだけで目立ちどちらかの色に統一しようとは思わないのかと次なる疑問が浮かぶ。


「髪色については私だけの個性だと気に入っているところがあるからな。今のところ手を加える気はない。それに髪色の均衡が崩れどちらかの色に完全に染まってしまった時は……」


「どうなるって言うんだよ」


 思わせぶりな発言をしたまま黙り込まれては衝動的に少し声量を上げて続きを促してしまっていた。実は髪色の比率は世界崩壊までのカウントダウンで一色に染まるとき世界が消滅するとでも言うのだろうか。仮にそうであるならばすでに五分五分である現状は楽観視できず数年後には終焉が待っているかもしれない。


「何を想像したかは知らんがそう思いつめなくてよい少年。何も起こりはせん冗談だよ、冗談」


 本気で世界が滅んでしまうなどとは思っていなかったが、好奇心を煽られたからにはそれなりの回答を期待していただけに冗談で済まされては残念でならない。だが関係値が浅い転校してきたばかりの雪野さんには求めすぎというもので今日のところは勘弁しよう。

 現在地はだいたい自宅までの折り返し地点であり、雪野さんもまだ別れる気配がなかったのであと二つ三つは彼女のことが聞けるかなと次なる話題へと移行しようとしたのだがそこで釘を刺されてしまったというわけだ。

 詮索するなと言われたらそこまでであり、知らんと引き続き話を続けたところで彼女は聞く耳を持たない壁に徹してしまい独り言を並べるだけに終わってしまう。こちらからの打つ手は封じられてしまい残り半分ある帰路の場つなぎは雪野さんに委ねられたわけだが、そこは問題ないとすぐに話題が提供された。


「少年は受験勉強を諦めたのか。おかげで私は今こうして一人ではなくいられるのだが実際のところどうなんだ」


 中学三年生の二月という受験勉強最終追い込みもいいところの時期に必死さが感じられない生徒は確かに諦めたとみなされても致し方がない。だが諦めたと決めつけるのはこれまた早計であり別の可能性を提示してみせる。


「諦めたんじゃなくて終わったんだ。前期選抜試験に合格し一足先に受験生の身から解放されているから転校生に話しかけられても付き合ってあげられる余裕がある」


「そうかそれは優等生様に向かって失礼なことを口にしてしまったな。すまない少年」


 個人的には謝ってもらうようなことではなく、発言について謝罪するのであれば今もなお続けられている少年呼びに改善が見られないことの方を謝ってもらいたいものだ。ほとんど諦めの領域に足を踏み入れつつあり少年呼びを容認しそうになっていたが今なら雪野さんの抱いている申し訳なさに付け込めるのではと再度訂正を求める。

 厳密には求めたかったであり話しているうちに自宅のすぐ側まで到着してしまっていた。自宅の前で異性と話し込むのは近隣住民の目もあって気が引けたので話はここまでと今度こそ本当にさようならだと別れを告げた。結局学校からここまで雪野さんと俺は同じ道を歩み先に別れのときが訪れてしまう。道端には街灯が並んでこそいるが冬のこの時期はすでに辺りは真っ暗であとどのくらいなのかと家の所在地を聞いた。


「なんだ少年、私のことを心配してくれるのか。気持ちはありがたいが言ったはずだぞ余計な詮索はしないことと。送るついでに家を探ろうとしてもそうはいかない。なに私の家もそう遠くはない、また明日学校で会おう。今日はいろいろと世話になったな、ありがとう少年」


 雪野芽述湖はそう言い残すと一人歩き出し手を高く掲げ頭上で振りながら闇の中へと消えていった、こちらを一度も振り返ることなく。

 確かに彼女にとってはまだ慣れない土地だろうから送って行った方がいいかと考えてはいたが、家の特定などと浅ましい考えは微塵もありはしない。言われた言葉をそのまま返すようだが早とちりしすぎというか考えが先走りやすい転校生だ。そんな雪野さんの後ろ姿が見えなくなるまで律儀に見送ると自宅へと駆け込む。

 雪野芽述湖という人柄についての情報が更新される事がほとんどなかった下校時間であり謎は返って増すばかりのように思える。髪色といい少年呼びといい不思議な転校生が時期外れにも現れたそんな一日だった。



 


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