第7話 社畜 VS ギャルお婆ちゃん。
なんでも長らく鳴宮麗子に付いていた「黒井」という担当編集が退職したため、副担当としてついていた白石がそのまま受け持つ事になったのだという。
当時から鳴宮麗子が連載を持っていなかったこともあり「ウチの新人編集を育ててください」といったような話で白石をあてがったらしいが、おそらく「強情な天才漫画家」の担当は誰も引き受けたがらなかったのだろう。
大五郎のスマホを借りて話した白石は、話しているこちらが不安になる程慌てていて、何度も「もう一度ゆっくり話してください」と聞き直すハメになった。
そんな白石の話を要約すると、夜食の卵にあたった鳴宮麗子及び専属アシスタント二名は病院に担ぎ込まれ即入院となったが、漫画に情熱を燃やす大先生は原稿を落とすまいと病室に原稿を持ち込んで作画を続けたらしい。だが体調が万全でないせいか、納得いく作画が出来ずにヒステリーを起こしているということだった。
電話を切った私は大五郎に一つの頼み事をした。私の申し出に大五郎は眉を顰めたが、背に腹は変えられないということもあってか渋々要望を聞いてくれた。
会社を出ると超高層ビルたちの隙間から太陽が容赦なく降り注いでいた。午後十二時。入稿のタイムリミットは明日の昼三時だ。猶予は二十七時間。
とにかくまず、病室に持ち込まれたという原稿を取りに向かわなくてはならない。
大通りを走るタクシーをつかまえ、鳴宮麗子が運ばれたという病院へ向かった。幸いなことに道はあまり混んでおらず、二十分程度で病院前のロータリーに乗り付けることができた。
広く綺麗な入り口をくぐり、総合受付に向かう。
私は有難いことに病院というものに縁遠い人生を送ってきた。そんな私でも名前を知っている大病院は華美な装飾がないことを除けばほぼほぼ高級ホテルの様相で、もし私が卵にあたっただけでこんな高そうな病院に担ぎ込まれたら、入院費の心配で具合が悪くなりそうだ。
デパートにあるものより広く美しい総合受付で話を聞き、指定された病室へと向かう。鳴宮麗子の病室は十二階建てビルの十二階、つまり最上階にあるということで専用エレベーターに乗り込んだ。音もなく滑らかに進んだエレベーターがチンと音を立てて扉を開ける。その瞬間、太陽の光に目が眩む。
到着した十二階のエレベーターホールは、目の前一面がガラス張りになっており、広く開放感のある中庭から燦々と光が降り注いでいる。「本当に病院だよな?」と疑いたくなる気持ちに蓋をした。鳴宮麗子から原稿を受け取ることだけ考える。それ以外のことは瑣末な事だ。
太陽光を浴びながら広い廊下を歩いていくと、突き当たりに移動式点滴をつけて立っている若い女性の姿が見えた。彼女がおそらく白石だろう。ジュエルに配属されて三日、同僚と顔を合わせるのは初めてのことだった。
「白石さんですか?ジュエル編集部より参りました美空です」
会釈しながら話しかけると、白石らしき女性は今にも泣き出しそうな顔をして頭を下げた。
「お手数おかけして本当にすみません」
入院者特有の白い服を着ている白石は、血の気のない顔をしている。大先生の担当とは思えぬ気の弱そうな姿に多少の苛立ちを憶えたが、いくら私が鬼悪魔でも、病人に対して背筋を伸ばせぇ!ハキハキ話せぇ!と言い放つような人間ではない。
「こちらに鳴宮先生が?」
白石の背後にある病室扉を指差すと、白石は蚊の鳴くような声で「はい」と答えた。先生を食中毒にしてしまった申し訳なさからくるものなのか、元来の白石がそうなのかはわからないが、意志の弱そうな姿を見ると無性に腹が立ってしまう。今この瞬間の現状をわかっているのだろうか。原稿が落ちれば最悪ジュエルは廃刊なのだが。
だが白石の態度はまぁどうだっていい。肝要なのは鳴宮麗子の状態だ。点滴のついた棒を握って弱々しく立つ白石の横を通り抜け、病室のものとは思えぬ重厚なスライドドアに手をかけた。
「失礼します。ジュエル担当編集の…」
「きぇぇえええ!」
猿のような鳴き声が聞こえたとほぼ同時に、顔の横を何かが通り抜けた。
反射的に背後を見ると、ショッキングピンクの塊が廊下の壁に当たって落ちるところだった。床に落ちたピンクの塊にはギョロリとした目玉がついており、こちらと目があっているように見える。
三秒ほど塊と視線を合わせたところで、海外でしか見ないような色のぬいぐるみを投げつけられたのだ、と理解した。
「アタシの「ぴ」、奪いにきたんでしょぉ!」
頭に響くキンキン声に病室内へと視線を戻す。
海外サイズの白いベッドの上、金髪女性がこちらを睨みつけていた。手にはライトグリーンの塊を握っている。ここからでは確認しきれないが、握っているのはおそらくギョロ目のぬいぐるみだろう。
「イヤ!絶対にイヤよ!ぴは誰にも渡さないんだからぁっ!」
そう叫びながら投げられたライトグリーンの塊を、体を少し動かして避けた。弾速はそう早くない。
「なんで避けるのぉ!」
語尾を嫌に伸ばしたキンキン声。頭に響くその声を聞き流しながら、ベッド上の金髪女性を見つめた。女性はベッド脇のサイドボードに乗っているオレンジ色に手を伸ばし、威嚇するように顔をこちらに向けている。その顔は以前パーティ会場で見かけた鳴宮麗子のものだったが、髪色が違うので受ける印象も随分と違う。
煌めく金色の髪、重ねた年月を感じさせる肌、キンキン声を響かせる超ベテラン漫画家、鳴宮麗子。
これは少々予想以上だなと思ったが、目の前の人間が奇人であればあるほど、私の心は落ち着いていく。
「ぴに手出しはさせないんだからぁっ!」
鳴宮麗子はそう叫び、オレンジ色の塊を投げてきた。やはり弾速は速くないので当たっても痛くはなさそうだが、とりあえず避けた。鳴宮麗子は顔を真っ赤にして怒りを露わにし、サイドボードに乗っている黄色の塊に手を伸ばす。原稿を奪おうと寄ってくる編集者に投げつける為だろう。いや、原稿というよりは「ぴ」を奪おうとする敵といったところか。
サイドボードにはパッと見で十個程大小様々な塊が乗っており、その塊達に見守られるような形で原稿用紙が置かれていた。
鉛筆で力無く下描きが入るだけの原稿用紙。その横にペン軸に付けられているGペンが転がり、スクリーントーンなどが乱雑に散らばっている。ぬいぐるみに囲まれ、神への捧げ物のように置かれている原稿と、ベッド下に散らばる破り捨てられた何枚もの原稿用紙。
電話で聞いた通り、鳴宮麗子はここで作画を続けていたものの、未だ納得のいく物が仕上がっているということはなさそうだった。締め切りギリギリまで待ったとしても原稿が仕上がる可能性は低そうに見える。
万が一病状が回復して原稿が仕上がればよし、だがそうなる可能性だけに賭けるのは分が悪過ぎる。回復しなかった場合全てが終わってしまうのだから。
廃刊の危機すら見える現状で、病状の回復だけに賭けるわけにいかない。
幸いなことに、仕上げなくてはならない原稿の枚数はたったの二枚だ。細々とした背景や小物の作業もあるとはいえ、他の作家に描かせられない程の膨大な枚数ではない。
ぬいぐるみの中央に祀られている原稿用紙、あの原稿を鳴宮麗子の手から奪う。そのための手段は用意してきた。
病室内へと歩みを進めると、鳴宮麗子は黄色の塊を投げつけてきたが、弾速は遅いので、受け取るような形で塊をキャッチした。私のその姿に絶望を感じたのか、鳴宮麗子は原稿を隠すようにサイドボードに覆い被さった。
「来ないでぇ!帰ってよぉ!」
頑なな態度を示す鳴宮麗子を見つめ、一旦深呼吸をする。
「…バカ言ってんじゃ無いわよッ!」
そう声をかけて鳴宮麗子の元にズカズカと歩いた。私の言動に驚いたのだろう、鳴宮麗子は顔を上げた。その顔を見つめてすかさず二の句を繋ぐ。
「アンタがワガママばっかり言ってるって、くろっち滅茶苦茶怒ってんだかんね!」
両手を腰にやり、アニメでしか見ないような「怒り」のポーズをして見せると、鳴宮麗子の瞳が揺れた。
「アナタ…誰よ!なんでくろっちのこと知ってるの?」
「知ってるに決まってるでしょ?アタシはくろっちに頼まれてここにきたんだから」
まぁ嘘だ。誰に頼まれたわけでもない。ただこの言葉は鳴宮麗子に多少なりとも響いていることが見てとれた。
「くろっち」というのは鳴宮麗子の前任編集者である黒井のことだ。
黒井は鳴宮麗子が新人時代からの担当編集であり、ほぼ半世紀を共に過ごした親友とも呼べる間柄の人物だったが、既に定年退職して編集の世界から離れていた。
退職した?関係ない。私は使えそうなものはなんでも使う。
退職した人間を頼ることはお門違いだと渋る大五郎から何とか連絡先を聞き出し、タクシー内で電話をかけた。
幸いなことに、すぐに電話は繋がった。雑誌のピンチを伝えると、黒井は快く鳴宮麗子について話してくれた。
黒井によると、鳴宮麗子はいわゆる「自己投影型」の漫画家で、描く漫画は自分の経験や心情を漫画に落とし込んだものになっているそうだ。
だが長年少女漫画を描き続けていくうち、自身の経験だけでは到底足りなくなってしまった鳴宮麗子は、悩んだ末「自己投影型」でありながら「女優型」の漫画家へと進化したらしい。
自分自身が作り出したキャラクターに女優のようになりきり、そのキャラクターの経験(当然全て妄想なのだが)を自己投影する形で漫画を描くようになったそうだ。
その能力のおかげで鳴宮麗子は半世紀もの長い間、現役少女漫画家として第一線で活躍してきたのだという。
そんな鳴宮麗子が現在描いている漫画は、過去彼女が描いた「虹色の窓」の正統続編であり、主人公の親友である金髪ギャルを主人公にした作品であることから、おそらく鳴宮自身も金髪ギャルになっているであろうとのことだった。
―…変態である。
「自己投影型」だの「女優型」だのカッコイイ言葉で括れば天才っぽくて聞こえはいいが、今私の目の前にいるのはギャルなりきり金髪おばあちゃんである。さらに言えば、真っ白な入院服を着せられ点滴に繋がれたギャルなりきり金髪おばあちゃんだ。
だが、めちゃくちゃ売れる漫画や小説を作る天才に、所謂「変な人」は多い。そして私はそういった変態たちにめっぽう強いのだ。
「くろっち怒ってはいたけどさ、怒った上でメチャクチャ心配してたよ。アンタが具合悪くっちゃ「ぴ」の良さを伝えることができないんじゃないかって」
友達の温度でかけた私の言葉に、鳴宮麗子はきゅっと唇を結んだ。
自己投影型である鳴宮麗子は、心や身体の状態が作画にもろに影響する漫画家だそうで、風邪を引いたりした時には一切作画をしないそうだ。
万全じゃない時に描いてもほとんどの場合納得できる作画にならず、原稿を破いては捨てるらしい。「いや昭和か!」と思ったが、実際鳴宮麗子は昭和の時代から漫画を描いているんだったと思い出した。
「ねぇ「ぴ」の良さをさ、みんなに分かってもらおうよ」
そう言いながら鳴宮麗子のベッドに腰をかけた。真っ直ぐ金髪お婆ちゃんの顔を見つめる。
黒井曰く、鳴宮麗子と交渉がしたければ、まず自分が「鳴宮麗子の作る漫画世界の住人になって話しをしろ」とのことだった。そうしているうちに徐々に鳴宮麗子は「漫画世界の住人」から「現実世界の住人」に戻ってくるので、現実世界の鳴宮麗子と話がしたければ、まずは自分が漫画世界の住人になれ、という、まぁおそらくこの世の中で「変態天才作家の担当編集」にしかわからない貴重なアドバイスを受けた。
「ぴのかっこいいところ、めっちゃ見たいとアタシ思ってるよ」
さも鳴宮麗子を心配しているかのように話しかける。「ぴ」というのは彼ピッピが派生した彼氏のことを指すギャル言葉だ。三十路を超えた私がギャル言葉を使うことに大分抵抗があるのだが、原稿が手に入るならなんだってやってやる。
鳴宮麗子は今、コミュニケーション能力が高くてグイグイ系のギャルだが、大好きな彼氏にはなかなか素直に甘えられない、だけど世界で一番彼氏のことを自慢したいと思っているいじらしい一面が可愛い少女、になっているそうだ。
なんじゃそらと思うが、天才作家の変態性にしてみれば可愛いものだ。
目の前の金髪おばあちゃんに微笑んで見せる。
「ぴのかっこよさをさ、世界中のみんなに知ってもらいたいと「麗子」も思ってるっしょ?」
ここであえて「鳴宮麗子」に話しかけてみた。
黒井のアドバイス通りなら鳴宮麗子は徐々に「漫画の人物」から「現実の人物」に戻る。今彼女がどんな状態なのかを知るため「麗子」と声をかけたのだ。鳴宮麗子が漫画の人物になりきっている時は「麗子」と声をかけてもきょとんとするらしい。
「別にぃ。…ぴのよさはウチだけが分かってればいいしぃ」
鳴宮麗子は斜め下を向きながら唇を尖らせた。「麗子」と声をかけても反応するということは、目の前の金髪おばあちゃんは漫画から現実に戻ってきつつあるということだろう。俯く鳴宮麗子にずいっと顔を近づけた。
「そんなこと言ってると、ぴがこの世から消えちゃうよ?」
漫画と現実の間にいるであろう鳴宮麗子に、わざと強い言葉を放つ。
「ぴ、世界から消えてなくなっちゃうよ。それでもいいの?」
強い言葉に鳴宮麗子の瞳が揺れているのが見える。明らかに動揺している。
「ぴは…ぴは消えないもぉん」
小さく口を開いた鳴宮麗子の言葉尻に被せるように
「消えるよ」
と言いきった。
「麗子が今ここワガママ押し通しちゃったら、ぴは消えちゃう。ぴ、死んじゃうってことだよ」
はっきりそう言うと、鳴宮麗子は押し黙った。
彼女がどこまで現実に戻ってきたかはわからないが、現実世界の鳴宮麗子は超ベテラン漫画家だ。自身の体調が戻って原稿が完成すればよし、だが体調が戻らず残り二枚の作画が終わらなければ、彼女の漫画は一ページだって読者に届かない。そのことは当然理解しているはずだ。
「このままだと「ぴ」は死んで、麗子以外の誰にも見えない、世界の誰からも愛されない幽霊になっちゃうんだよ?本当にいいの?」
もう一押ししてみると、鳴宮麗子は薄く口を開いた。
「だって」
そう溢した鳴宮麗子は急激に肩を振るわせた。
「だってだってぇ!アタシ以外に、ぴ、触って欲しくないんだもぉん!」
唸りをあげて泣き始めた鳴宮麗子を見つめる。
これが少女漫画の中だったら「強情なギャルが彼氏を想って泣き出した」感動的なシーンで、花の一つも飛ぶのかもわからないが、都内随一の高っかそうな病院の個室内、点滴に繋がれた金髪おばあちゃんが脇目も振らず泣き出したのだ。なんというか、地獄である。
ただ現場が地獄になればなるほど、鬼悪魔と呼ばれる私にとっては呼吸がしやすい。
泣きじゃくる麗子の背中を柔らかにさすってやる。
「ねぇ麗子、気持ちはわかるけどさ、ぴが死んじゃうよりマシでしょ?超優秀なお医者さんに任せると思ってさ、絵の上手い漫画家に任せなよ」
私の提案に鳴宮麗子は強く首を横に振る。
「イヤッ!誰が描いても絶対にぴにならないもんっ」
―計算通りだ。
嫌がる麗子の神経を逆撫でるように、出来る限り能天気な声を心がける。
「大丈夫だよ。ちゃんと麗子の作画に似せてもらうから」
「馬鹿にしないでよぉ!」
麗子は顔をあげ、私をまっすぐ睨みつけた。
「わかるもん!どこのどいつが描いたぴなのか、アタシだったら絶対わかるもぉん〜」
そう言って一際大きく泣き始めた鳴宮麗子に、私は内心ほくそ笑む。
作画を他人に任せることを嫌う鳴宮麗子に対して、地雷を踏み抜くような発言をしたのは「ある作戦」を実行するためだ。
そもそも鳴宮麗子がどれだけ泣き喚こうと、ここで原稿を受け取るのは決定事項なんだ。映画の宣伝含んだ巻頭カラー五十ページ絶対に落とすわけにいかない。
けれど鳴宮麗子の意思を無視して原稿を奪い去るようなことをすれば、法的な問題に発展するかもしれない。そんな厄介ごとは抱え込みたく無いので、あくまでも「鳴宮麗子が承諾した状態」で原稿を受け取る必要がある。
だが鳴宮麗子から了承を経て原稿を受け取ったとしても、問題は山積みだ。
原稿を完成させるには、残りの作画を誰かに頼まなければならないわけだが、ジュエル連載作家陣を頼ることは限りなく不可能に近い。黒井にも確認してみたが、彼女も大五郎と同じように「鳴宮麗子の人となりを知る人物に頼むのは無理がある」との見解だった。重鎮大先生の恨みを買いたい漫画家はいないということだ。
それに万が一引き受けてくれる漫画家がいたとしても、その漫画家が人気であればあるほど絵柄の癖で「別の漫画家が描いた」と気付く読者が出る可能性はある。SNSの発達した現代でそんな話が出れば、鳴宮麗子限界説や絵柄のパクリ疑惑など心無い憶測が飛ぶ可能性だってある。私とてそれは本意ではない。
だからこそ、それらの問題を一挙に解決する「作戦」を携えてここに来た。
まぁ作戦というより、ほとんど賭けといっていいが。
漫画を読者に届け、ジュエルを廃刊から救うためなら、どんな手を使ってでもこの賭けには必ず勝つ。
「…ねぇ麗子、ひとつ面白い話があるんだけど」
泣き喚く金髪おばあちゃんに、ニコリと微笑んでみせた。
「私ね、麗子よりぴをカッコよく描ける人間を知ってるの。しかもまだどこの雑誌にも掲載経験がないから、世の中のだぁれも知らない秘蔵っ子」
私の言葉に鳴宮麗子はギュッと眉根を寄せた。
「アタシよりぴをカッコよく描けるやつなんかこの世にいないっ!」
「そう?ずっと漫画描いてきたからって、麗子ちょっと天狗になってるんじゃない?」
あえて挑発的に鳴宮麗子を見つめる。
「鳴宮麗子よりぴをカッコよく描ける人間がいる。その存在を知るのが怖いんじゃないの?」
「そんなヤツいないって言ってるでしょ!いるなら証拠見せてよ」
―かかった。垂らした釣り針に、鳴宮麗子はいとも簡単に食いついてきた。
「ええいいわ。じゃあまずその原稿に超絶カッコいいぴを描いて貰ってくる」
サイドボードに乗っている原稿を指差す。鳴宮麗子の瞳がぐらりと揺れるのが見てとれた。彼女の思考を乱すよう、身を乗り出して話続ける。
「怖いの?麗子よりぴを格好よく描ける人間がいるって知るのが怖いんでしょ?」
「こ、怖くないもぉん!そんなヤツこの世にいないんだしぃ」
「いるかいないかは、その目でご確認いただければいい」
私は手のひらを差し出した。
「原稿、渡してくださいますね」
手のひらと共に丁寧な言葉を申し添える。今の私は現実世界の人間であると鳴宮麗子に伝えるためだ。漫画の世界の人物ではなく、現実世界の鳴宮麗子に原稿を渡してもらわなければ意味がない。
意図が伝わったのだろう、鳴宮麗子は黙ったままじっと私の顔を見つめていた。沈黙が病室内を支配する。
実際は十秒程度だっただろうか、幾千もの時間が交差するような中、鳴宮麗子と視線を交わしていると、彼女は深く息を吐いた。
「わかりました」
細く骨ばった腕を動かして、サイドボードに置かれた未完成の原稿をそっと撫でる。
「一つだけ、約束してください」
柔らかに撫でた原稿を見つめた後、鳴宮麗子は私に向かって強い視線を投げてきた。
「私の漫画を、殺さないでください」
金の髪よりなお強く光るその目に、私はゆっくり頷いた。
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