後編 青春と死
私の剣を、かつて誰かが『悪魔の一閃』と呼んだことがある。
マントを羽織ったまま下段に剣先を据えると、逆手に握っている右手が隠れる。誰もその構えから予備動作なしで突きが飛んでくることを予知できないのだ。
およそ私が求める美しさとはかけ離れた、卑怯な戦術。
しかし、一度も負けられない戦場においては、これが最も私自身の命を繋いだ。
…今、この瞬間までは。
幾人もの兵士たちを貫いてきたはずの、必中の一撃。しかしやつは、草刈りの鎌ごときで簡単にそれを絡め取り、束の間、私の剣を右腕ごと刎ね飛ばした。
夕闇に陰る居間の中に、紅く鋭い陽光が差す。
やつの表情は、逆光で窺えない。
どんな顔をしている?
何を感じている?
そう、お前はいつもそうだ。
お前の考えていることは、何も分からない。
この町で私と別れたとき、悲しかったか?
私が英雄と呼ばれたとき、悔しかったか?
あの激しく燃える戦火の中を一緒に駆け回るとき、私はいつでもお前と共に死ぬつもりだった。
若き力と栄光への志を、私はあの輝きのうちに終わらせてもいいと思った。
天に与えられた、強さという身に余る宿命。
それを分かち合えるのは、お前だけだと思っていた。
なのにお前は素知らぬ顔で、いつも風のように自由だ。
私が過ぎた想い出に胸を焦がされて苦しんでいる間、お前はこの家で、女と肌を合わせたのだろう。赤子の世話をしたのだろう。
お前は何をやっても手を抜いて、何も極めようとはしなかった。ただ時代の流れるまま、運命の流れるままに生き、その中で器用に、自分にとって快適な居場所を見つけていたに過ぎない。
それが難なくできる程の力と才がありながら、どうしてお前は、そんなに情熱と野心を持たないのか?
それでも私は、一度もお前に勝てはしなかった。
戦いに全てを捧げ、汚い技を使っても、お前が片手に振るう草刈り鎌にさえ及ばない。
英雄の名を手に入れても、お前が家族と過ごすささやかな日常の前では、私の栄光は干からびていくばかりだ。
私の憧れた男は、私の欲しい全てを持っていながら、簡単にそれを捨て、凡庸な民草でも手に入る幸福を啜ってきらきらと生き、輝いていた。
ああ、愛おしい、忌まわしい。
お前の物語の中で、私は何者だっただろうか。
あれほどに生と死と、歓びと悲しみに溢れた若き日々は、お前の戦記にはどう綴られている?
どうか、答えないでくれ。
今際に見えたお前の子供が、お前と同じ目の色をしていた。
それが実に不愉快なのだ。
アルバンはそのまま床に伏し、絶命した。
ルドルフ戦記 野志浪 @yashirou
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