誰もいない教室
鮫島楓
誰もいない教室
俺、綿貫 冬馬は放課後の学校で宿題をやっている。家じゃ集中できないし、今の時期(十月下旬)図書館は高校生とかで埋め尽くされている。受験が近いからしょうがない。
中学受験する予定だからそれ用の勉強も必要。宿題の量が半端じゃないから潰れそうだ。
「トイレ行ってくるか……」
俺はノートを開きっぱなしにしてトイレに向かった。
廊下に出ると西側の窓からオレンジ色の夕日が差し込んでいる。まぶしいくらいだ。
トイレを済ませて席に着く。
「うん??」
席に着いたらすぐ再開できるように真っ白のページを開いておいたはずだ。でもノートには黒のボールペンで文字が書いてあった。
『お前は誰だ?』
俺が書いてないのは確実だし、他の子たちは帰ってるはずだし、先生がこんなことをするはずはない。
別に無視して別のページで始めてしまえばいいんだけど、俺は興味本位でノートに鉛筆で書いてみる。
『俺の名前は綿貫冬馬です』
するとボールペンの文字は消えて新しい文字が現れた。
『冬馬君か 俺は佐伯風斗だ。風斗って読んでくれ』
また文字は消えて新しい文字が出現する。
『今からここに書くことは他の誰にも言ったらダメだよ。言ったら君もこちら側に来てもらうことになるから。』
『わかりました。今周りには誰もいません』
SNSのダイレクトメッセージみたいだな……
『俺は三十年前、俺はこの教室の生徒だった。オトナから聞いたことはないか?三十年前に生徒が集団失踪したって。』
いろんな人に聞いたことがある。大体、噂好きの近所のおばさんだけど……。
『えぇ聞いたことがあります。』
『そうかじゃあ話は早そうだな。あの日、俺たちは殺されたんだ。物的証拠もある。犯人を追い詰めるのを協力してくれないか?』
こ、殺された!? だったら何か痕跡があるはずだし、そもそもこの風斗がどこの誰かもわからない。でも、これは紙のノートだ。俺はボールペンも持ってないから多分本当の事だろう。
『詳しく教えてください。』
俺はそう返答した。
俺は、家に帰ってから動きやすい服に着替えて学校に戻ってきた。
ちなみにちょっとこわいから親友の桐谷健二がいる。一応は風斗に了承はとった。他の人に話したら『こちら側』に行かなきゃいけなくなる。多分これは「死」を意味するのだろうから。
「なぁ君を嘘つきだとは思いたくないけど、さっきの話って本当なんだろうな」
「たぶん。俺のノートに書かれたことをそのまま伝えただけ。嘘だったら殺してもいいぞ」
「物騒だな。まぁ行こう」
俺たちは事前に開けておいた窓から学校に入る。
「バレたらとんでもないことになりそうだな」
「あぁ叱られるだけじゃすまなそうだな」
俺たちは小声でしゃべりながら廊下を歩く。懐中電灯を持つ手が二人とも若干震えている。声もすごく響いている。普段の声量の半分くらいだと思うけどトンネルのように響いている。
「何だ? ビビってんのか?」
「お前だって……なぁほんとにやるのか?」
「やるしかないだろ? やらないと殺すって脅してるんだから」
「しょうがねーな」
俺たちが最初に向かったのは俺たちの教室、六年三組だ。
ちょうど真ん中のタイル四枚が剥がれるらしい。その下に地下室があるんだとか。
「机、どかすぞ」
健二が俺に懐中電灯を渡し机をどかし始める。懐中電灯を消せば真っ暗で何も見えなくなる。俺は健二やその周辺の机を照らす。
「この四枚か……」
タイルは大体三十センチ四方。周辺のタイルと見た目は変わらない。周囲のタイルをたたいてみる。
「音が違うな、この下は空洞だな」
俺は近くの机に入っていた物差しをタイルの隙間に差し込んだ。
タイルが四枚まとめてバコっと外れる。懐中電灯で照らしてみる。
「すげーでけーな。入るか?」
「いや?」
俺は真顔で返答する。
「お前が行かないでどうするんだよ」
健二はもっと真顔だ。
「わかったよ」
俺は足から地下空間に入る。生臭いというか、かび臭いというか異様な匂いだ。懐中電灯で部屋を照らす。
「!…………うっ」
悲鳴を押し殺す。十メートル四方ぐらいの部屋におびただしい量の人骨だ。体操服を着ていたり制服を着ている。どうやら当時このクラスメイトたちだろう。
「どうした?」
健二が顔を見せる。
「どうやらあの話は本当みたいだ」
俺の声は奇妙にうわずっている。
「少なくても三十体はあるな」
「何があるって? 大体予想はつくけど」
「白骨死体。身長からして小学校高学年。男子も女子も一クラス丸々だと思う」
死者の墓を荒らす気はないけど、本当に風斗たちなのか知りたい。制服の上着のポケットだったり、体操服のポケットをまさぐってみる。
……手袋持ってきてよかった。
「何か、わかったか?」
「いや、ほとんど手がかりはないよ」
俺は健二の助けを借りて地下室から這い出す。
とりあえず地下室のパノラマ写真をスマホでとっておいた。……呪われたりしないよな。
「通報した方がいいと思う?」
健二に聞いてみる。
「先にもう一つのところだな」
「とりあえずな。でも匿名で通報は後でしよう」
「未解決事件だしな」
俺たちは体育館の器具庫に向かう。
風斗の話によれば一部始終を目撃した先生が詳細な手記があるとのこと。さっきのこともあったから多分本当だ。
体育館に入って器具庫の重い扉を開ける。
「よし、探すぞ」
二人で手分けをして探し始めた。床は教室みたいにタイルにはなってないから床下にはないだろう。天井裏か……最後にしておこう。
「冬馬! これ」
健二が手帳を掲げてみせる。
ボロボロの手帳だ。
「間違いない?」
「うん。手帳の日付がちょうど三十年前だ」
二人で手帳を開く。あの日、あのときあったことが事細かに記されてあった。白骨死体の数といなくなった児童数が一致した。児童の名前一覧が手帳に挟まっていた。
「…………君が行ってた、風斗って言うやつ、こいつじゃない?」
名簿の中段くらいに若槻 風斗と書いてあった。
「だね」
手帳の一番最後のページに、手帳の所有者であった人物の名前があった。
そしてその下に犯人の名前が書いてあった。しかも電話番号の特典付き。
「……この人、犯人でいいんだよね」
「あぁ、もうちっと首を突っ込む覚悟はある?」
「もう、引き返せないよ。首だけじゃなくて体全体突っ込んでるよ」
「そういうと思ってた」
俺は手帳を持ってきたチャック付きビニール袋に入れておく。
「とりあえず俺んちで作戦を立てよう」
「おけ」
俺たちは入ってきた窓から外に出て俺の家に向かった。
〈二日後〉
駅前のビルの屋上。一人の六十代くらいのおじさんがうろうろしている。俺は隠れて様子をうかがっている。まだ十八時くらい。帰宅ラッシュの時間帯で至るところから車のエンジンやクラクションの音が聞こえてくる。
「誰だよ! こんなところに呼び出しといて!!」
おじさんが叫ぶ。
「ったく、帰るか……」
おじさんはドアの方に向かっていく。
俺はスマホのメッセージで健二に合図のメッセージを送った。そして足下に置いたパソコンで事前に録音した音声を流す。これは風斗に助言してもらいながら俺と健二でボイスチェンジャーとかを使って作ったやつだ。
『キモトせんせい……』
屋上の至る所からおじさん、元を言えば犯人である、当時担任だった木元先生を呼ぶ声が聞こえる。
「な、何なんだよ!」
『ねぇ、僕たちのことを忘れたの?』
俺だったら失神してるな。背筋がゾーッとする。
ドアの方からコツコツと足音がする。だんだんと足音は大きくなっていく。
ガチャッとドアが開く。制服姿の健二が出てくる。三十年前と今で制服は替わってないから、やりやすい。安物のウィッグで目元は隠れている。別に暗いし階段室の蛍光電球が逆光で、よく見えないからここまでやる必要はない……とおもう。(前日に大体同じ時間に二人でリハーサルした)
「だっ誰だお前!?」
木元先生は勢いよく、後ずさりして尻餅をついた。
「あれ? 忘れたんだ……、俺だよ……佐伯風斗……」
とりあえず、風斗の名前を使っていいとは許可はもらった。何回も言うが、墓を荒らす気はない。
「……お、お前! 何でそんなところに!!」
「センセイも聞いたことない? オバケって」
いや、まぁ足はついてるし、中身は健二だし、全貌を知っていれば、多分大丈夫。
「センセイもこっち側に来てよ……」
同時にスピーカーからザワザワと『センセイ待ってるよ……』『早く来てよ……』口々に言っている。
「お、俺は! ……何にも!……」
「そんなはずないでしょ…………センセイが僕たちにしたこと、忘れたとは言わせないよ……」
「な! なんでもするから!!」
木元先生は今にも吹っ切れそうに叫ぶ。
「じゃあ、こっち側に来てよ……それか、ぼくがそうしようか? 僕たちにしたように」
木元先生は魂が抜けたようにコテンと気絶した。
「おーい、風斗?」
健二がネクタイを緩めながら俺を呼んでいる。
俺はパソコンを鞄にしまって、隠れているところから出た。
「お疲れ、上出来みたいだな」
「俺にしては、頑張った方じゃない?」
「それにしてもこの方法が一番よかったんだと思うか?」
「いや、まぁ別に……でもこれ以上にいい方法ってある?」
「わかんね。とりあえず、片付けよう。そしてとっとと帰ろう」
「おう。でも、もう、ごめんだな」
俺たちはスピーカーを回収して、屋上を後にした。
屋上よりも下の階は普通のショッピングモールだ。ちょっとだけ、買い物をしてスーパーに売ってあったホットスナックを食べながらショッピングモールを後にする。自動ドアから外に出るとき、隣を二人の制服警官がドタバタと非常階段の方へ走っていった。その後ろをスーツを着た大人(たぶん、刑事さんかな?)がスマホに怒鳴り散らしながら追いかけて走って行った。多分、俺たちが匿名で通報したから来た警察だろう。
「これで、風斗たちが安らかに眠ってくれればいいかな……」
俺は満月を見上げながらつぶやいた。
「だな……これからもよろしくな」
「急だな! 別にいいけど、これからもずっと、一緒だぞ」
「わかってる。っていうか、本当に中学受験するのか?」
「今のところは……でも君と同じ中学に行きたいな……」
「一緒に親に話しに行こう」
「ごめん、ありがと」
そんなことをしゃべりながら、家に帰った。
〈後日談〉
俺は中学に進学した。隣には健二がいる。俺は中学受験はしなかった。あの後、健二と二人で俺の親を説得した。親は渋々だったけど、中学受験を諦めてくれた。
二人で、桜が散る土手を歩きながら話している。話題は去年の十月の話になった。
「あのときは、大変だったな、特に俺?」
「そうだな~。君は演劇を二日間で学んだような感じだし」
「風斗だっけ? 彼、っていうか彼ら? 今あの世で元気してるか?」
「たぶんな。あの後、報告して、『ありがとう。君たちにはとっても感謝しているよ』と来てからはもう連絡とってない」
「まぁ、元気ならうれしいよ」
後ろから元気な足音が聞こえてくる。
「兄ちゃん! おめでとう!」
俺の弟の裕樹が走ってくる。小学二年生の元気な男の子だ。でも血はつながっていない。義理の兄弟だ。でも、俺にすごいなついている。俺は頭を撫でる。
「ありがと。ほんとに」
俺たちは公園のベンチで話している。
「なぁ、裕樹」
俺と健二の間に裕樹が座ってサンドウィッチを食べている。一応、昼食。
「どうしたの?」
裕樹は満面の笑みでこちらを向く。俺はそれをみて一瞬戸惑った。これから話すことで、彼との関係が壊れてしまいそうで、口にするのをやめようかなと考えてしまった。
「お前、風斗か?」
「…………フッ」
裕樹はちょっと不思議そうな顔をした後、懐かしむような表情になった。
「風斗、それって、どういうこと?」
「あの後、最後のメッセージが届いた後、次の日ぐらいに追加でメッセージが来たんだよ。『君の近くに行くね』って」
「それで、この子って事か。でも、よくわかったな」
「なんか、最初にあったとき『赤の他人』じゃなくて、一緒に協力した仲間みたいな感じだった」
裕樹はベンチからピョンと飛び降りて、俺たちの方を向いた。
「兄ちゃん、健二くん、二人ともありがとう!」
裕樹は深々と頭を下げた。多分記憶は、風斗の記憶もあるんだろうけど、言動は小学二年生の七歳そのものだ。
俺は裕樹のそばに跪いて背中を撫でる。
「ごめんな、気づけなくて……」
「……いいよ! あの時、僕の話をちゃんと聞いてくれてうれしかった」
「これからもよろしくね!」
「うん!!」
裕樹は満面の笑みで俺たちに抱きついた。俺の頬にうっすらと涙が伝った。
「あれ? もしかして、冬馬泣いてる?」
健二が茶化してくる。俺は健二に軽くけりを入れた。
ちなみに、木元先生は俺たちの匿名通報で駆けつけた警察官たちに逮捕され、今は裁判中だ。でも、もう何も関わることはないだろう。
〈誰もいない教室・終〉
誰もいない教室 鮫島楓 @KinYou3124
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