第5話 タマに趣味を与えたい

 自責の念に駆られる。

 有能な右腕をマンガオタクに、元騎士団長をギャンブラーにしてしまったから。生半可な気持ちで、この世界に適応させてやろうと画策した結果と言える。甘い考えだった。


 「でもあの二人も悪いよなぁ……」


 と、口では責任転嫁する。

 けれど考えれば考えるほど、私の考えの甘さが招いたことだっていう答えが見えてきてしまう。

 どの趣味に関しても、用法用量を守って遊ばなければ毒になってしまう。けれどその毒にも濃さがあって、私が彼女たちに与えてきた趣味というのは、毒素の濃い趣味たちであったと言える。

 嗜む程度で留まるだろうと思ってた。余裕ぶっこいてた。で、結果的これだ。

 ユキのに関しては六割くらいパパが悪いと今でも思っているが、カレナに関しては完全に私の責任。先を見通せなかった私の責任だ。


 とはいえ過去を振り返ってただ悔いるだけじゃどうしようもない。過去を振り返り悔いたからにはこれからに活かしていかなきゃならない。


 「タマには健全でのめり込まないような趣味を……」


 ベッドから立ち上がり、腕を組んで、天井をぐぐぐと見上げる。


 「健全でのめり込まないような……健全でのめり込まないような……健全で、のめり、込まないようなぁ?」


 そんな都合の良い趣味なんてあるのかな、と根本的なことを考える。

 ハマったことにのめり込むなって無理な話だよな。歴史オタクは歴史にのめり込むし、数学オタクは数学にのめり込む。そうやってのめり込んだ結果、学者になったりするわけだから。のめり込んでも毒素の少ない……って、それもまた難しい話だ。

 どれを毒と見るか。それによって答えは変わってくる。


 「あれ、じゃあつまり、健全でのめり込まないような趣味って存在しない?」


 真理に辿り着く。


 「ならのめり込んでも引かれない趣味を与えてあげれば良いか」


 という結論に達する。


 マンガオタクもギャンブルも、生きる上で使えるかと言われれば怪しい。前者は王道マンガであれば多少活用できるだろうが、まぁほんのわずか。後者に至っては活用するどころか絶対にダメ人間認定されてしまう。


 コミュニケーションツールとして有効的に活用できて、周囲からの評価も上々な趣味が一つある。


 「スポーツ」


 やる方も、観戦も、だ。


 「すぽーつー?」


 ひょこっと私の前に現れたタマ。ぴょんぴょんと跳ねて、目を合わせてくる。いつ入ってきたんだ。ノックしたか? してないよな。てか扉開けた? それすらよくわからん。自由気まますぎる。猫かよ……。って、猫耳ついてるし、猫みたいなもんか。


 「運動だよ」

 「おー」

 「一緒にやろーかなと思ってね」

 「タマやるー」


 わーっと手をあげる。

 両方の脇腹を掴んで、ぐいっと抱っこする。するとタマは満面の笑みを浮かべる。強さはピカイチだが、精神年齢はまだ子供なんだなぁと痛感する。それはそうと抱っこしている最中に足をバタバタさせるのはやめて欲しい。転びそうになるから。

 下ろすと少しだけ不満そうになる。


 「そんな顔しないで。私、これ以上疲れたら今日、運動なんてできないからさ」

 「コヒナこんなんじゃつかれないでしょー」


 タマは痛いところを突いてくる。その通りだ。

 異世界ではもっと過酷だった。

 これくらいで音を上げたらあっという間に死ぬくらい過酷だった。だからこんなんで疲れるとかありえない。

 そう、疲れはしない。体力は摩耗していない。

 逆説的に考えるのならば、疲れてないだけ。


 ……。


 えーっと、はい、あのままタマを抱っこしていたら腰痛めそうだった。だからやめた。

 体力があっても、身体の丈夫さはどうしようもない。


 「ほ、ほら、タマ運動好きでしょ? 一緒にやろうねー」

 「うん、からだうごかしたーい」


 話を逸らす。まぁ元に戻したっていう方が正しいのかも。どっちでも良いか。





 とりあえず外に出てみた。

 目的地は決めていない。

 ランニングでも、と思ったが、それじゃあ異世界となんら変わらない。趣味ってよりも、トレーニング感があって面白くない。いや、タマ的にはそれで良いと思うかもしれないが。私が面白くないからダメ。却下。パチンコの二の舞だけは避けたい。


 「どこいくのー」


 手を繋いで歩いていると、ぐいぐいと手を引っ張って問いかけてくる。

 そうだよね、気になるよね。

 私がタマの立場なら気になる。


 「秘密」


 納得したから教えるとは限らない。

 納得しても教えられない時もあるから、今みたいに。


 「けちー」


 ぷくーっと頬を膨らませるタマ。

 あと私、ケチではない。





 なんかないかなーと歩……彷徨う。

 大きな駅までやってきた。所謂連絡通路と言われるところ。改札があって、北と南を繋ぐ動線となっている。

 この周辺に踏切はない。ここを使わずに線路を挟んだ向こう側へ行こうとするとかなりの時間を要することになる。だから当然人の往来が多い。そんなところにスポーツできるような場所はない。いくらなんでも適当に歩きすぎた。

 あまりにも遅すぎる後悔がじりじりと押し寄せる。


 「ここではしりこみー?」

 手を繋ぐタマは上目遣いで問う。

 たしかに一直線なので形状的には走り込みに適しているかもしれない。地面も凸凹していない。硬いので足を痛めそうだが、異世界のあの凸凹していて走る度にゴリゴリ体力が削られる、あの環境に比べれば天と地の差。

 とはいえ、だ。

 某夢の国のような人の多さがあるこの通路で走り込みとか、迷惑なやつが居たってSNSに晒される。

 SNSに晒されるのは社会的に死んだも同然。タマを殺すわけにはいかない。


 「違うよ、違うからね。迷惑になるからやめてね」

 「えー」


 と、不貞腐れるような態度をとるが首を横に振ると諦める。


 はてさて、どこに行こうか。


 「あっ……」


 良いものが目に入ってきた。歩道に寄せて停車しているバスだ。スポーツをメインにしたアミューズメント施設に向かうシャトルバスである。


 運動する場所もやることもないのならば、そういう施設に行って好き勝手自由に遊ぶのも一興か。なによりよその方が楽しそうだなと思う。

 うん、そうだね。その方が良い。

 謎の自信に満ちる。


 私はタマを引っ張る。


 さすがは異世界の住人。

 体幹が神がかっているので、それだけじゃぐらつかない。


 「わー」


 と、なんなら楽しむ。一種のアトラクションとでも思っているんじゃないだろうか。

 まぁ良い。楽しめ、楽しめ。


 停車中のシャトルバスに乗り込む。

 ガラガラな車内の後部座席を確保する。シャトルバス特有のエンジンの揺れを身体で感じる。それすらもタマは楽しいらしくキャッキャ喜んでいる。


 「これなーに」

 「バスだよ」

 「ばす! かっこいいね」


 カッコイイ……のか?

 まぁタマがそういうのならカッコイイのだろう。ちょっと私にはわからない感性だがこんなのは今に始まったことじゃない。異世界に召喚されてからずっと感性のズレはあったし。




 バスに揺られること三十分。

 目的のアミューズメント施設に到着する。大きな道路に面しているだけあって、駐車場の広さも特徴的であった。

 地上に降り立ち、数歩動く。タマは当然の様に私の手を握る。

 信頼されてるなぁと思う。


 自動ドアが開いて、中に立ち入る。

 ピンクや紫の照明がピカピカしており、ラブホテルという単語が真っ先に浮かんだ。まぁ行ったことないんだけど。


 「コヒナ、すごーくきれー」


 タマの純情さと比較して、勝手に虚しくなる。


 「コヒナ?」

 「ううん、なんでもない」


 なにもなかったかのようにエスカレーターへと足を踏み出した。






 アミューズメント施設を名乗るだけたって、ゲームセンター感がすごい。大量のUFOキャッチャーがあって、ワイワイガヤガヤ騒がしい。まぁ昨日のパチンコ屋と比べれば、こっちは可愛いものなのだが。

 でも今日の目的はこの子たちではない。

 気にならないと言えば間違いなく嘘になるのだが。今日は運動をしに来た。たくさん汗を流しに来たのだ。目的を間違えるな、私!


 「こっちこっち」


 券売機でチケットを購入し、従業員に案内される。

 エレベーターに乗って、違う階に到着する。

 まるで異世界に来たかのような、空気の違いがそこにはあった。


 「ここは?」

 「この世界のスポーツを体験できる場所だよ」

 「へー、楽しそー!」

 「楽しいと思う……よ」


 楽しいか楽しくないかと言われれば楽しいだろう。けれど、私がしっかりと案内できるかはまた別問題。

 元々活発な子供ではなかった。異世界を挟んだことで、この世界でも無尽蔵の体力を手に入れたが……。とにかくそういうわけだがら、各スポーツのルールややり方には精通していない。しっかりと教えて一緒に楽しめるか、不安であった。


 まぁ杞憂だった。

 身体を動かすことが大好きなタマにとって、やり方とかルールとか、そういうのは些細な問題だったのだ。

 別にこれは大会じゃない。厳密なルールに沿う必要はない。

 楽しけりゃそれで良い。

 単純明快だ。


 バブルサッカーに、ロデオ、卓球に、ゴルフ、3on3(と言いつつ二人なので1on1)も。


 「コヒナコヒナコヒナ」


 休憩室でほっと一息吐く。自動販売機でスポーツドリンクを購入し、少し溜まった疲労に癒しを与える。向かいに座るタマは健康的な汗を流している。


 「たのしーね!」


 無邪気な笑顔を見せた。


 連れてきて良かった。

 そう本気で思った。


 休憩を終えてからやってきたのはバッティングエリア。流れでバッティングセンターって言いたくなるけど、バッティングセンターではない。

 ボールの射出音とバットで打ち返す音が響く。


 「これなーに」

 「ボールをバットっていう棒で打ち返すんだよ」

 「かんたんそー」

 「遅いのは簡単だけど、ホールの速度が上がると一気に難しくなるよ」

 「ふーん?」

 「とりあえず見てて」


 得意げに120キロと書かれたブースに入る。

 今までのスポーツは未経験同然であったが、野球は違う。っても、未経験なのは未経験なのだが。ただ知識がある。ギャンカスのパパが夕食時にテレビを占領して、贔屓の野球を観ていたせいで嫌でも知識がついてしまった。ルールもわかるし、選手もわかる。


 「一番 ショート ……」


 誰に向けるわけでもないが、ぺこりと頭を下げて打席に入る。バットを振って、ボールに当てる。120キロであるが、機械相手なので、さほど驚異ではない。タイミングさえ合わせればボールを見なくても当てられる。


 「二番 ライト――」

 「コヒナー、タマもやりたーい」


 ブースの外から声が聞こえてくる。

 応援歌でも歌ってくれるのかと思ったが、そういうわけじゃないらしい。まぁタマが急に応援歌を歌い始めても怖いか。


 途中でタマに交代する。

 タマにはちょっとバット重たいかなぁと思ったが、杞憂だった。大人用のバットを渡したのだが、ひょいっと余裕そうに持った。

 そして打撃に入って、私の真似をする。私は野球選手の真似をしていたので、実質タマはその野球選手の真似をしていることになる。

 機械はボールを放つ。

 一、二、三でバットを振る。軽く振ったように見えたのに、ボールは勢い良く飛んでいく。

 一瞬で向かいのネットに飛ぶ。バッティングセンターのようにホームラン演出はないが、ホームランレベルの打球だった。

 たまたまたまたまだよね、って見守る。

 タマはバンバンボールを飛ばす。

 まるで四番打者だ。異世界の四番タマ。


 回数に到達して、機械は停止する。


 タマはブースから出てくる、


 「こひなのせかいにはたくさんたのしーのがあるね。タマきてよかった!」


 瞳を輝かせるタマ。


 そうそう。こういうのだよ、こういうの。

 こういうのをやりたかった。


 マンガオタクにしたかったわけでも、ギャンブラーにしたかったわけでもない。こうやって純粋にこの世界の娯楽を嗜んで欲しかったのだ。


 タマと同じかそれ以上に私も満足していた。

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