第4話 ユキに趣味を与えたい
翌日。
異世界人へこの世界の常識を授ける時間がやって参りました。
本日の来訪者はこの方です。
……。
約束の時間になったというのに音沙汰がない。
まぁそういうこともある。ゆっくり、じっくり待つことにしよう。
約束の時間から五分が経過した。
さすがに遅い。寝坊でもしているのだろうか。
若干不安になる。声掛けに行こうかな。そう思って立ち上がったタイミングでちょうどノックされた。
果たしてちょうど良いのか、少し疑問は残るがまぁ良い。
「邪魔するぞ」
ノックを放置していると、扉の向こう側から声が聞こえてきた。意図して放置していたわけじゃない。無視していたわけじゃない。
「どうぞ」
と、返答しながら扉を開けてあげる。
結果的に無視したような形になってしまったことに対する罪悪感と、立ち上がったしついでに扉くらい開けてあげようという優しさによるものだ。
「どうも」
扉の向こう側にいた銀髪の美女はピシッと敬礼をする。敬礼と同時にこの家の中で一番わがままな胸をぶるんと揺らす。鎧がないだけでここまで暴走するのかと、見蕩れてしまう。
じーっと見つめていると、両手で胸を隠す仕草を見せた。ゆっくりと手で覆う。けれど大きすぎるが故に腕からこぼれている。いや、どんだけ大きいんだよ。
っと、変態オヤジになりたいわけじゃない。
「さあ、入って」
「こんなにおっぱいみてたのにノーリアクション!?」
「おっぱいおっぱいうるさいよ、ユキ。女の子がはしたない。というか、騎士道にそぐわないんじゃないの、下ネタなんて」
「騎士道じゃなくて道徳的にマズイだろ」
ユキは至極真っ当なツッコミを入れてきた。
めずらしい。
あまりにも真っ当で、一切の指摘のしようがない。もしかしたら明日は季節外れの雪が降るかもしれないな。
「とりあえずお邪魔する」
「どうぞ」
「……これがコヒナの部屋、か」
見渡して、呟く。
「なにか思うことでもある?」
「いいや、ただ地味な部屋だなと思っただけだ」
「地味って……ひっどいなぁ」
「コヒナのお父上と昨日リビングでテレビとやらを観ていたが、あれに出てくるげーのじんとやらの部屋は凄かったぞ。きんぴかぴんで王城でも見たことがないほどに輝いていた」
なにを見ていたのか知らないけど、変な知識を身につけてしまったらしい。きんぴかぴんの部屋がデフォなわけなかろう。
まぁあの異世界からこっちに飛ばされてきて、あれやこれやと技術力を見せつけられれば、そういう突飛な部屋が普通なのかもと思ってしまうものなのかもしれない。
と、考えれば、まぁユキの思考も理解できない……って否定せずにギリギリ肯定できる。本当にギリギリだけど。ふーって風が吹いたら、簡単に倒れてしまいそうな程にギリギリ。くわらぐらしている。
「てか」
「どうしたコヒナ」
「パパと仲良くなったの?」
ユキは他の面々と違って人間だ。
だから唯一家の中を自由に彷徨くことができた。
他の三人は「家で帽子被ってるの不自然だから部屋に籠ってろ」と指示出したのだが、ユキには出さなかった。全員部屋に籠るのは、ちょっと不自然かなぁと思ったし。だからユキがリビングに行くのは想定済みだったし、テレビを見るのも想定済みだった。まぁきんぴかぴんの部屋を見てそれがデフォルトだと勘違いするのは想定外であったが。でもそれ以上にパパと気が合うのは想定していなかった。
「ああ、テレビとやらに出てきたものを色々質問していたら仲良くなったぞ」
「そうなんだ」
もしかしたら私があれこれする必要なかったかもしれない。
「で、なにを聞いたの?」
とはいえあまり信用していない。パパのこともユキのことも。だからとりあえず確認する。
「タコが1で、ハリセンボンが2、カメが3で、サメが4、エビが5で、アンコウが6、ジュゴンが7で、エンゼルフィッシュが8、そんでカニが9」
「え、なに。まって、本当になに……。暗号? 謎解き?」
えーっと。タコが1でハリセンボンが2、エビが3だっけ。
あんなスラスラぽんぽん言われたって覚えられないよ。
「謎解きってなにがだ? これはお父上に教えてもらった図柄だ」
「ず、図柄……?」
どうしよう。全く話が噛み合わない。
やっぱりこれ暗号か。暗号に関してはユキ否定しなかったし。つまるところこれはユキからの挑戦状ってわけだな。なるほどなるほど。
「ちょっと待ってね。考えるから」
「考える? なにをだ」
おーっと。
考える間もなくわかるだろ、という煽りだなこれは。
ユキもやるようになったな。
いつもカレナやタマから散々煽られていたから、煽りスキルが向上したのだろう。
「あ、あとはお父上から、財布に小銭は入れるな、札だけを入れて歩け。ということも教えてもらったな」
「ヒント……?」
私があまりにも答えに辿り着かないからヒントをくれたのかな。
改めて思考を動かしてみる。けれど答えは見えない。
ダメだ。
そもそも、こういうの苦手だ。謎解きとかなんで謎解かなきゃいけないの? そういうのは専門家に任せておけば良いじゃんとか思うタイプだ。ゴールデンタイムに放映されている謎解きとかを見てもちんぷんかんぷん。華かママに先を越される。いつもそう。
「ごめん。わかんない。お手上げ」
思考を放棄する。諦めた。
両手を上げて苦笑を浮かべる。
「……?」
ユキははてさてと首を傾げる。
「もう一回聞くね。パパからなにを教えてもらったの? そのタコとか財布の話とか、なにを見てそういう話になったの」
「あれだよ、あれ。ぱちんこってやつだ!」
「……」
「間違えたか?」
「いや、多分間違ってないよ。あってる、パチンコで」
私は頭を抱える。
こめかみを押さえる。
パパなんの話をユキにしているんだ。いや、本当に。
「パパ」
リビングでパチンコ番組を見ているパパに声をかける。
後ろにはユキがいる。
「おお、どうした小雛にユキくん」
「どうした、じゃないよ」
「おっ、今ボタンが赤く光ったな。それは熱いのか?」
ぽきゅーんっとテレビから音が鳴り、ボタンというかボタンの下の白い部分が赤く光る。ユキはそれ見て指を差す。
パパは心底嬉しそうに微笑む。
「ユキくんわかるかい」
「わかるぞ」
「さすがだな。俺が見込んだだけのことはある」
二人で意気投合。なにをしてんだ。というか、私を置いてきぼりにしないで欲しい。
「そうだ。ユキくんと小雛にはこれをくれてやる」
パパはポケットから財布を取り出し、そこから一万円札が二枚出てくる。諭吉さんが二人。
「急にお金出してくるじゃん」
突拍子のない行動に警戒しつつも、しっかりとお金は受け取る。
「これで打っておいでパチンコ」
「は?」
「これで打てるのか!」
私とユキはそれぞれ違う反応を見せた。
ユキはなんで嬉々としているんですかね。騎士たるもの、パチンコに心躍らせるのはどうかと思うが。
「お金を入れて、ハンドルを捻って、ヘソに玉を入れて、抽選が当たるのを待つだけ」
「簡単だな!」
「そう簡単なんだよ。それがパチンコの良いところだ」
パパがパチカスなのは今に始まったことじゃない。だからってユキに伝播させるのは……どうかと思う。一人の人間として。
「パパ、そもそもね。私を巻き込むのはどうかと思う」
「なんでだ? ユキくんの付き添いは小雛しかいないだろう。俺がユキくんと出歩くのはまずいだろうし」
「それはそうだよ。二人っきりで出かけたら通報もんだからね」
「……そこまで言うなよ」
「じゃなくてさ、私未成年。パチンコ屋入れないよ」
「小雛、お前まだ未成年気分なのか」
「……?」
「もう十八歳になったろ」
「え? あそこって18歳は入って良いの?」
「もちろん。入り口に『18歳未満の入場お断り』っていうポスターあるだろ。つまり、18歳は入っても良いってことだ」
「……」
ポスターとかは良くわからないけれど。
年齢のせいで法律的に無理です、という最強の盾は知らず知らずのうちに奪われてしまっていた。
「コヒナ、行かないのか?」
ユキはぐいぐいと袖口を引っ張ってくる。
カッコイイ系の顔立ちのくせして、時折こういうあざとい行動してくるの本当に卑怯だと思う。人間という生き物はギャップに弱い。ころっと殺されてしまう。
実際、私も今、ずきゅーんって心射抜かれそうだった。
「ほら、行ってやれ。ついでに小雛もデビューだ」
「行こう、コヒナ」
今この場に止めてくれる者はいない。
「……わかった。行こう」
「感謝する、コヒナ」
まぁ良いか。私のお金じゃないし。人のお金だし。
こうして私はパチンコ屋へと向かうことになった。
いや、なんで? お、おかしい。こんなはずではなかったのだが。
ぎゅいーんと自動ドアが開く。入店すると騒がしさに耳がやられそうになる。
「ユキ」
「……」
「ユキっ!」
腹から声を出さないと相手に声が届かない。
「どうした」
「どうしたじゃないよ。どれで遊ぶの」
「コヒナ。これは遊びでなく、勝負だ。お父上もそう言っていたぞ」
「あんな奴の言葉なんて真に受けなくて良いんだよ……。で、どれで勝負するの」
膨大な数、台がある。
「そうだな。お父上の助言通りに行くなら最初はやっぱり海ってやつだな」
「海ってなんだよ」
「さっき言っただろ。タコとかハリセンボンとかのやつだ……あれだな」
指は差さない。目線だけつーっと向ける。
「じゃあコヒナ、やってくるぞ」
「え、やってくるぞって……お、おーい」
手を伸ばすが、ユキに届かず空振りしてしまう。
ホールで一人、取り残された私はどうしたら良いのかわからず、辺りをキョロキョロして、空いている台に座った。
よくわからないが、一万円札がゼロ円になった。
あっという間に終わってしまって、なにが楽しいのかさえよくわからなかった。ハンドルを捻っているだけでお金と時間が減る。これに楽しさを見出すのは中々難しい。
一方で、ユキはホクホク顔であった。
聞かなくてもわかる。なにか良いことがあったんだなと。顔にそう書いてある。
「コヒナ、戦果はどうだった」
偵察から帰ってきた私に問うてるわけではない。
パチンコ屋のホールで遭遇して、問うてきている。
「……お金がなくなったよ」
「そうかそうか」
ぐへへ、と汚い声を出し、笑みを浮かべる。
「私はな、勝ったぞ」
ビギナーズラックというやつか。
もう顔付きがギャンブラーみたいになっている。
初めて出会った時の凛々しさは完全に無くなってしまった。誰のせいなのだろうか。私のせい……私のせいなのかな。
騎士団長を務めていたユキは今や、変態で雑に扱われるギャンブル好きな元騎士団長というあまりにも情けない称号を手に入れている。
……。
責任を持って、私が面倒見てあげよう。
ちょっとそうしないと罪悪感が拭えない。
出玉を景品交換して、換金所で景品を交換する。
嬉々とした表情を浮かべながら換金所から帰ってくる。
なんか異世界でもこんな顔みたことあるな……。あ、あれだ。戦いで先陣切ったユキが圧勝した時にする顔と同じだ。
戦の勝利とギャンブルの勝利、同じ扱いなの? マジ?
「どうだコヒナ!」
三倍以上に増えたお札をふふーんと見せてくる。
「すごいねー」
適当に褒めておく。
棒読みで明らかに適当だってわかるはずなのに、ユキは嬉しそうだった。
「コヒナ、どこかご飯食べて帰ろう。もちろん奢りだ」
ふふんと胸を張る。
「この国にはたくさん美味しいものがあるとお父上が言っていたからな。それにパチンコで勝った金で食べるご飯は格別だとも言っていた」
「……」
「コヒナオススメの店に行きたいな」
「オススメって言われてもなぁ」
「いつも行くところでも構わないぞ。オススメでなくて好きな店でも良い」
パパ本当になにしてんのとか、ギャンブルで勝ったとはいえユキに奢られるのはなぁとか色々考えてしまう。というか思うところがある。こっちの世界で生きてきた人間としてのプライドももちろんあるし。
とはいえ、ここでああでもないこうでもないと頭ごなしに指定するのもどうだろうか。
と、考えに考えた結果、ぜんぶ押し殺して大人の対応をするのが正解だっていう結論を導き出す。
「もしかして、ないのか、なにも」
つまらない人生送ってるな、みたいな目線を送られる。
カレナやリリスにやられるのなら我慢できるが、ユキ相手だと癪に障る。なんでだろうね。よくわからん。
「ないことはないけど」
「じゃあそこに行こう」
「まぁ良いか……」
某ハンバーガーチェーン店に連れていくことにした。
大衆向けなのでオススメもなにもないだろうと思うが、外れることはない。
「これは絶品だな! 味が濃くて王城を思い出すぞ。ポテトの塩っけも最高だ。コヒナ、とんでもない店を紹介してくれたな」
と、たいそう喜んでいたので、結果オーライだ。
いや、変態で雑に扱われるギャンブルとジャンクフードが好きな元騎士団長になっちゃったわけだし結果オーライじゃなくね。
そんなことを思いながら、ハンバーガーを頬張った。
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