第2話 実家

 「華。とりあえず家入っても良いかな。これらも含めて、結構目立つし、ちょっと恥ずかしいから」


 行方不明になっていた私が突然やってきて、妹は私に思いっきり抱き着いて、私の後ろには見たこともない顔立ちが良すぎる四人組が待機している。

 周りの家から不思議な目で見られるのも不思議じゃない。関わりが薄いんだったらなんて思われても良いし、そもそもこっちに関心なんて寄せないだろう。けれど、この辺はご近所付き合いが盛んだ。ママ友ネットワークも張り巡らされている。コンビニで買ったアイスを食べながら歩いているだけでママに告げぐ、じゃなくて情報提供がなされているのだ。

 良くいえば色んな家庭が色んな子を見守っている。

 そんなんだから今のこの状況は目立つ。どこから見られているかわからないけど、注目を浴びることになる。


 「入るよ」


 華の抱擁からするすると抜け出して、実家に足を踏み入れた。




 実家特有の香りが私の鼻腔を擽る。

 懐かしい。帰ってきたなぁという気持ちをより強めてくれる。


 「すんすん、コヒナのにおいがするー」

 「やめ、恥ずかしい……」


 注意するけど、タマはやめない。


 「立派な家だな」

 「ふん、このくらいの大きさがちょうど良いなんて思ってないんだからね」


 ユキとリリスは周囲を見渡しながら、それぞれ感想を口にする。

 どちらも王城住まいだった。片方は魔王城なのだが。

 なにはともあれそういうわけで、気を遣わせているのでは? とか考えてしまう。

 きっと考えすぎ……なだけだよね。うん、きっとそう。そうであって欲しい。


 「……ここでコヒナ様は育ったのですね。コヒナ様が成長なされた場所で生きられること大変嬉しく思います」


 カレナは感動しながら辺りをキョロキョロ見渡す。

 別に普通の家なんだけどなぁ。


 「え、こひねぇ……コヒナ様なんて呼ばせてんの。さすがにきもいよ、それは」


 華は私から距離を置く。つーっと逃げられる。

 心の底から出た言葉なのがわかる。

 軽蔑が混ざったような目線を向けてくる。

 言葉よりもその視線が辛い。やめて、やめろ。仮にも私姉だぞ。そんな目で見るな。


 「いいえ、私が勝手に呼んでいるだけです」

 どう反論したものかと考えていると、カレナが先にフォローしてくれた。



 「そ、そうなんだ。変なの……」


 もっともすぎる感想だ。

 でもきっと、もっと変だと思うことがこの先起こる。信じられないと嘆きたくなるようなことが、夢であって欲しいと思うようなことが。

 まぁ、まだ明かさないけどね。


 「もしかして、そういうプレイ? なら過激だね」

 「実の姉を変態扱いするのはやめなさい」


 ぽふっと華の頭を優しく叩く。


 うーむ、やっぱりぜんぶ明かしてしまおうかな。






 華が知らないうちにパッパとマッマに連絡していたらしい。仕事を途中で放り投げて帰ってきた。行方不明になって、もう見つからないものだと思われていたらしい。あの仏壇は私用だって言ってた。たしか普通失踪で死亡判定が下せるようになるのって七年だったと思うんだけど。戸籍上では生きてるけれど、家族内では死んだことになっていたってことか。ちなみに遺影もある。自分の遺影を見ることになるなんて思ってもいなかった。

 まぁまとめると感動の再会、という形になったわけだが、割愛させてもらう。


 カレナを含めた四人は無一文で九州に辿り着き途方に暮れていた私を保護してくれていた人たちってことにしておいた。


 今この段階で、一から説明しても良かったんだけど、説明したところで納得してもらえるのかが怪しかったので、徐々に情報を開示していく方針を固めた。





 四人を受け入れてもらえた。

 我が家は一軒家。部屋数だけは余っている。だから各々に個室を与えることができた。

 まあ、元々異世界で同室なんてなんども経験あるので、嫌というわけじゃない。むしろ慣れっこだ。

 とはいえ個室があるのはやっぱり嬉しい。


 自分の部屋でぐてーっと気を抜く。

 一年という期間だったからか。それとも死んだわけではなく、行方不明のままだったからか。

 私の部屋は片付けられたりすることなく、しっかりそのまま残されていた。

 何年も過ごしてきたこの部屋。感慨深さは桁違いだ。


 「えぐ、懐かし……」


 走馬灯のようにありとあらゆる思い出が駆け巡る。

 ぐるぐると回り、駆ける。


 きっと、いつか、異世界に召喚されて、勇者になって、世界を救ったことも懐かしいと思える日が来るのかな。

 ぼんやりとそんなことを考えた。






 実家でゆっくりと身を構える。

 一年間という時間は短いようでとても長いし、大きい。

 高校は中退になっちゃったし、やってたアルバイトも退職扱いになっている。というか飛んだと思われているので顔出せない。

 つまり、そう。

 こっちの世界に戻ってきたのは良いもののやることがないのだ。

 年齢的にはピチピチの女子高生。なのに暇を持て余している。

 青春を異世界に費やした女の末路だ。


 とりあえずやることはない。やりたいこともないし、やらなきゃいけないこともない。


 暇だし、暇だし、それに暇だった。


 どうしたものかと仰向けになりながら考える。異世界の天井は黄ばんでいたり木製だったので、真っ白な天井って結構久しぶりに見たかもなぁと思いながら。


 「あ、やりたいこと見つけた」


 呟く。

 やりたいことというか、やらなきゃいけないことという表現の方が正しいかもしれない。


 異世界から連れてきた四人にある程度この世界の常識を叩き込まなきゃならない。エルフは居ないよとか、猫耳のついた人間なんて居ないよとか、魔族なんて居ないよとか、魔法なんて存在しないよとか。

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