8話 いざ行かん東京
透明化の魔法を使い、周囲からの視認を遮断する。
この魔法の欠点は仲間の位置もわからなくなることだろう。
なぜ異世界でこの魔法が使われていなかったかがよくわかる。
何人かで連携しようと思ったら全く使い物にならないゴミ魔法だ。ぼっちなら使い所だらけだが。私はぼっちじゃないので、使えなかった。
なぜこんなことをつらつら並べているか。
それは単純明快。
「みんなどこにいるんだ!」
透明化の魔法を使って、フェリーに乗り込もうとしたのは良いものの、視認できないため四人が今どこでなにをしているのかわからないのだ。
とりあえず人の流れに紛れるようにフェリーに乗り込む。
果たして他の四人がしっかりと着いてきているのか。それにはどうしても疑問符が残ってしまう。
疑問符が残るからなにかできるかと言われれば、特になにができるわけでもない。強いて言えば、しっかりと着いてきていることを祈るくらい。
フェリーに乗り込んで、真っ先にトイレへ向かう。個室に入って、透明化の魔法を解く。それからトイレを出る。
しばらく目立つところで待っていると、背中に誰かが抱きついた。
「コヒナー!」
どかーんっと抱き着かれて、ぐらっとよろめく。
「タマ。無事に乗れたんだね」
「うんっ」
とりあえず一番心配していたタマが無事に乗車できていて一安心。
カレナもユキも魔王リリスも、各々癖の強さは人一倍だが根っこの部分は真面目ちゃんだ。タマほど心配はしなくて良いだろう。
猫の顎を撫でるみたいに、タマの顎を指で撫でてやる。うにゃーっととても気持ち良さそうな声を漏らす。なにもエッチなことはしていないが、ちょっとエッチだったかもしれない。
「コヒナ私にもやってくれ、それ」
「相変わらず気持ち悪いですよ、ユキ様。自重してください」
「な、なんでだ。そういうカレナだってやって欲しいんだろう」
「大丈夫です。私は常にコヒナ様から寵愛を受けておりますので」
「なっ……」
勝ち誇るようにドヤ顔を見せるカレナと、それに動揺を見せるユキ。
「とりあえずユキは多分勘違いしてるぞ」
あらぬ方向へ思考が一人で走っていそうだったので、チクッと刺しておく。
「それよりも魔王リリスが居ないな」
キョロキョロ見渡す。
エントランスの中央部分に立っているので、見つけられない……なんてことはないと思うのだが。
もしかしたら置いてっちゃった?
いやいや、四人の中だったら一番しっかりしている魔王リリスに限ってありえないだろう。
というか、私知らないうちにこんなにも魔王リリスを信頼していたんだな。
「ここにいるけど」
ひょこっと顔を出した魔王リリス。
「隠れてたのか」
「いや、今来たところ。透明化の魔法を解く場所を探してたら時間かかってしまった」
「そうかそうか。良かった。てっきり魔王リリスだけ乗ってなかったのかと。心配しちゃった」
「そんなヘマするわけないでしょ」
するわけないと言われれば、それはまぁそうだなぁってなる。
だらだら時間を潰すとフェリーは出港した。
大きな船体が揺れる。
異世界で乗ったハリボテみたいな船と比べれば、安定性は段違いなのだが。
それでも全く気にならないと言えば嘘になる。
気になる。
めちゃくちゃ気になる。
船酔いしない体質だったのが不幸中の幸いだ。
カレナもタマもユキも船酔いしない体質なのは知っている。あのハリボテの船でピンピンしていた三人はこっちでも大丈夫だろう。
多分馬車である程度は三半規管が鍛えられている。
「コヒナ」
魔王リリスは私の袖口をぐいぐいと引っ張った。
「どうした?」
と、声をかける。
彼女は顔を真っ青にしていた。
「ぐぷっ、き、気持ち悪い……数センチだけ浮いて良い?」
「ダメダメ、浮いちゃダメ」
どこぞのネコ型ロボットじゃないんだから。
「じゃあ吐く」
「それもダメ! と、とりあえずトイレ。トイレで吐いて」
ほらっ、とトイレを指差す。
魔王リリスは両手で口に覆って、短距離走の新記録を凌駕しそうなスピードで駆け出したのだった。
スッキリしたような表情を浮かべた魔王リリスが戻ってきた。
「まおーふねによわいんだ」
「普段乗らないから。たまたまなんだからね」
タマにイキってどうするんだよ、とか思いながら、壁に寄りかかる。
一旦空気が落ち着いたところで、私はこほんと咳払いをした。
なにか喋ると察したのか、皆私の方を見る。
「このフェリー。船だね。これ目的地までだいたい一日かかるから」
「そーなんだ。すぐじゃん!」
「ですね。てっきり一週間ほど要するのかと思っていました」
長いと言われることを覚悟していたので、反応に戸惑う。
けれど良く考えたらそうなるよなーってなった。
あっちの世界には新幹線も飛行機もない。基本的に移動となれば船か馬車。どちらにせよあっという間に目的地へ到着ということはない。どこに行くにしても数日は必ず見込まなきゃならない。
その感覚でいけば一日で到着するというのは短いなってなるのも納得だった。
「とにかくそういうわけだから。一日自由にしてて良いよ。あまり他の人に迷惑かけないように。あと魔法使わないように。帽子被ってる三人は絶対に外さないように」
忠告しつつ、自由時間を与えることにした。
船に乗っている間、特にすることはない。しなきゃならないこともない。
忠告をして、しっかりと返事をもらい、解散。
あとは完全に自由時間である。
「あのー、えーっと、自由時間なんですが。お金ないから売店とかはいけないだろうけど。無料で楽しめるようなのも沢山あるよ。せっかくだし行っておいでよ」
少し移動して、巨大モニターの下を陣取った。
今が十一月というのはわかるのだが、具体的に何年の十一月なのかがわからない。テレビを通して把握しておきたかった。
仮にこの世界が私の知っている世界よりも百年時が流れていたとしたら、きっと実家はもうなくなっている。そういうことも危険性もあるので、把握するのは必要なわけだが。
別にそれは何人でやる必要もない。
私一人でやれば十分。
なのに。
「タマはね、コヒナといっしょーなの」
「コヒナ様の剣となり、盾となるのが私の役目です。離れるだなんてもってのほかです」
「コヒナの近くにいるのが一番興奮する」
「三人が離れないのに、私だけ離れられるわけがない……」
各々色々想いがあるようだが、残るという選択をしたらしい。
なんて非効率な子たちなのだろう。魔王リリスは不憫だ。
『次のニュースです。昨日佐賀県内において男性四人の遺体が発見されました。身元が判別できないほど損傷が激しく、警察は事故、事件両面から捜査を進めるとのことです』
既視感だらけのニュースだった。
殺人にしては不自然な死体の傷だったから、事件ではなく事故という可能性も考えられているようだ。
魔法に脅かされて、魔法に助けられる。
つくづく、魔法に振り回されているなぁと苦笑してしまった。
『次のニュースです。東京の上空に異様な光が発生してから一年が経過しました。結局なんだったのか。専門家の方を呼んで解説していただきます』
画面が切り替わり、映し出されたのはまた見覚えのある映像だった。
その光はとある場所から射出され、空にぷわーっと広がっている。
「これってあれじゃん……私が召喚された時の」
大きなニュースになっていたらしい。
そりゃそうか。あんだけ目立ってたらニュースにもなるか。
というか、今、一年って言ってたか。
つまり、私がこの世界が居なくなって一年ってことか。
どういう顔して実家帰れば良いんだろう。
まぁ考えても仕方ないか。
とりあえず。
いざ行かん東京。
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