7話 透明化の魔法でしたいこと
透明化の魔法を一旦解く。
手が見える、足も見える。魔法ってやっばり凄いなぁって思う。
兎にも角にも透明化の魔法が使えるようになった。別に魔法自体は異世界でちょくちょく使っていたので、使えるようになったということに感慨を覚えることはない。どちらかというと透明化の魔法という個に対して感動している。
せっかく使えるようになったのならばこの透明化の魔王を駆使したいと思うのが人間の性というものである。
だって透明化の魔法ってすなわち「透明人間」になれる魔法ということだ。
人生で一度は考えるだろう、透明人間になれたらどうするかって。それが現実になったんだ。感動するし、これを使って色々してみたいなとも考える。
「カレナ」
「はい。どうされましたか、コヒナ様」
「少しやってみたいことがあるんだよね。透明化の魔法を使って」
「透明化の魔法を使ってやってみたいこと、ですか」
「そうそう。やってみたいこと」
頷くと、カレナは待ちわびるように私をジーッと見つめた。
「いやぁ、透明化の魔法を使ってさ、なにかイタズラをしたい。今、食料調達をしている三人に対して」
「イタズラ……ですか」
カレナは私の言葉を繰り返す。そして黙り込む。
さすがにダメだったろうか、と不安になる。
「なるほど。具体的にはどのようなイタズラでしょうか。なにかお手伝いできることがあるかもしれません。ぜひ手伝わせてください」
諭されるかなと思ったが、杞憂だったらしい。なんならノリノリである。ぐいぐいくる。勢い強くて、提案したこっちが引いちゃう。
なんでこんなノリノリなんだよとか思いながら、一呼吸置く。
「透明化の魔法で隠れて、他のみんなが私のことどんな風に思っているのか聞いてみようかなって。ウォッチングかな」
リーダーである私の前で良い顔をするのは処世術としてやって当然のことだ。ただそれは私に良い顔を向けるからという理由でしかない。だから本当はどう思っているのか。それが見えてこなくなってしまう。見えてこなくなるからちょっとしたことで調子に乗って歪みを産んで、そのまま破綻の一途を辿る。そうならないように、現実をしっかりと見つめて、受け入れて、改善していかなきゃならない。
これは上に立つものとしてやらなきゃならない仕事だ。
という建前をつらつら並べみたが、九割九分九厘は興味本位である。
「とても面白そうですね」
全肯定だった。
まるでどこぞの人工知能みたいな回答をしてくる。
「本当に思ってる? 面白そうって」
「思っていますよ」
「本当? 適当に返事してるだけじゃなくて?」
「本当ですよ」
「そっか」
「はい」
「それじゃあ協力してくれる? イタズラに」
「もちろんです。当たり前じゃないですか。全力で協力いたします。例え、死ねと言われるのであれば死ぬ……そのくやいの覚悟を持って取り組みます」
「そこまで言わないけど……」
カレナに死ねなんて言わないし、死なれたら困るし。
「そうですか」
残念です、と言いそうな勢いだった。
え、なに? 死にたいの?
カレナに協力を仰ぎ、今に至る。
私は今、透明化の魔法を使って、潜伏している。じっと食料調達に向かった三人の帰還を待つ。
透明化の魔法の持続時間を考えると、このタイミングで透明化の魔法を使ったのは失敗だったんじゃないだろうかという後悔が押し寄せてきた。早すぎる後悔。今、魔法を解除して、しばらくしてから再度使えば良いじゃん……とすぐに解決策を見つける。そのおかげで押し寄せてきた後悔は浜辺に押し寄せてきた波のようにすぐに引いていく。
「たっだいまー」
元気の良いタマの声が響いた。
どうやら帰ってきたらしい。予定よりもだいぶ早い。さすがは異世界の住人である。狩りは手馴れたものなのだろう。野うさぎを四匹、捕まえている。
「タマ走らないで。こっちかなり重たいんだぞ」
後ろからやってきたのはユキだった。
両肩にイノシシを乗っけてやってきた。重たいとかそういう次元の話じゃないような気がする。
「ふんっ、アンタたちのために採ってきたわけじゃないんだからね」
と、露骨にツンデレムーヴをしながら山菜を収穫してきたのは魔王リリスだ。山菜を採る魔王って字面はなんだかシュールだ。もっとも魔王リリスだったら様になると思うけれど。
ちなみにこのツンデレムーヴだが、この言葉の通りだ。ツンデレムーヴだがツンデレムーヴではない。カレナに「魔王リリスはもう少し役に立ってください」と言われ、山菜採りをさせられていたのだ。山菜を採るか、私たちと行動を共にしないか。その二択を迫られていた。で、選んだのは山菜採り。ある意味魔王リリス自身のための山菜採りだ。だから彼女の言葉はわりかし正解である。
「よくおかえりなさいました。危なくありませんでしたか?」
「まじゅーとかいないからだいじょーぶ、よゆーよゆー」
あまり周りを舐めるのは良くないよ、と言ってあげたいところだが、タマの場合は舐めているのではなくてただ事実を述べているだけ。魔法が使えて、身体能力も欠けていないこの世界においてタマに敵などいない。
多分腹を減らしているライオンにも対面で勝てるし、小国の軍隊相手でも一人で勝てる。
タマは第三者から見てそう評価できるほどに強い。だから余裕という言葉に嘘偽りはない。
「そうですか、良かったです」
「それよりもコヒナはどこに行ったんだ? どこにもいないが」
ユキはキョロキョロ見渡す。
なんだかんだで周囲を常に見ているのは騎士としての名残なのだろうか。
「コヒナ様はお出かけになりました」
「どこに? 気になるわけじゃないけど」
「街に行くと仰っていましたね。私やタマ様の耳を隠すための帽子を買いに行ったそうです」
「ふぅん、でもお金ないんじゃないの」
「そこまでは知りません。きっとなにか策があるのでしょう。コヒナ様が無策で向かうとは考えにくいですし」
「あの人案外なにも考え――いや、なんでもない」
魔王リリスは途中で言葉を呑み込んで、作り上げた言葉を出した。しょうがないね。カレナの圧がすごかったから。私が魔王リリスの立場だったら同じことをしているだろう。
「コヒナいないってことー?」
「そういうことになりますね」
タマはぴーんっと立てていた耳をぱたんと閉じた。
それと同時に嬉々としていた表情も沈む。
「つまんなーい」
「タマはコヒナ様のこと大好きですね」
「へへーん」
頭を撫でられたタマは少しだけ元気を取り戻した。
「ふむ、つまり私にはなにもプレゼントしてくれない……ということか」
真剣に悩んでいて、なに考えているんだろうかと思っていたが、そんなしょうもないことで重たそうな表情をしていたのか。ユキは。
私からのプレゼントが欲しいのならいくらでもくれてやる。ただ欲しいか? なにか。と疑問は残る。
真剣に悩んでいるのかと思えば、ぐへへと気持ち悪い笑みを浮かべる。せっかく顔が整っているのに、もったいない。
「ユキきもちわるいよ」
タマはユキの頬をつんつん突っつく。
「しょうがないだろ。コヒナが放置プレイしてくるのだからな。これはあれだ、私だけプレゼントなしという放置プ――ぐがっ」
途中でカレナに口を両手で塞がれた。
まともに口が動かせなくなったせいで変な声が出てきた。舌を噛んだのか、うへーっとさらに変な顔をする。
「ユキ様、お言葉ですがやかましいです」
「事実だぞ」
「いいえ違います。放置プレイなどではありません。あれを放置プレイと思うのであればユキ様は相当な変態ということです。タマの教育上良くないのでとりあえず離れていただけますか?」
「二人揃って酷くないか」
ユキは悲壮感を漂わせる。
申し訳ないが、こればかりは擁護も同情もできない。
「ふん、妥当だね。どうせあの勇者も同じこと思ってるだろうな」
「いや、それはないぞ。さすがに。ないな。コヒナの前では……自重しているつもりだ」
魔王リリスの言葉にユキは紡ぐように心の言葉を外に出す。
本気で言っているのかと疑いたくなるような言葉。
そう思ったのは私だけではなかったようで、カレナもタマも魔王リリスもコイツ正気かみたいな目をしていた。
「……自重、それで、自重」
魔王リリスはぽつぽつと呟く。
まるで魔王を見つけた一般市民のような反応だった。
「……?」
「いいや、なんでもない」
諦めが言葉にあった。でもしょうがない。私でも諦める。もうコイツはそういうやつなんだって。実際問題私も呆れてるんだけど。今に始まったことでもないので、こんなんだから彼女に対する評価が下がるというわけでもない。
「そういう魔王リリスはコヒナに対してなにも思わないのか。私はエ――ぐがっ……」
「コヒナ様をこれ以上卑猥な目で見るのならば、殺しますよ」
「ひぃっ、じょ、冗談だろ。ジョークだ」
つーっと汗を流しながら否定した。冗談らしい。ジョークらしい。本当かよと心の底から疑ったが、どっちでも良いか。放置プレイがどうのこうのって言っていた時点で、ユキは紛うことなき変態なわけだし。
「それはそうと魔王リリスはコヒナ様をどう思っているのか気になりますね。私たちは仲間でコヒナ様のことをお慕いしていましたから、コヒナ様の世界に着いていくのは同行者として当たり前ですけれど、魔王リリスにはそのような義務一切ないじゃないですか」
「……魔王は大大討伐してきた勇者と結ばれてきた。結婚しなければならないというような運命がある。だから着いてきた。それだけ。べ、別に好きだから着いてきたってわけじゃないんだからね」
「……」
カレナは敵を見るような目で魔王リリスを見つめていた。というか睨んでいる。
敵を見るような目をするのはある意味正しいのかもしれないが……。って、ちょっと待って。私、魔王リリスと結婚しなきゃいけないの?
想像していなかった言葉や展開に頭痛がした。
離れて透明化の魔法を解除し、近くの街まで駆けた。そして古着がメインのリサイクルショップへ向かった。四人分の交通費を捻出するのは中々難しいが、安い帽子を買うくらいならさほど難しくない。ちゃんとオシャレな新品を買おうとすると足りなくなるが、贅沢しないなら余裕である。
というわけで、異世界から持ってきたバッグを一つ売った。そして微々たるお金を得る。そのお金で三つ分のカレナとタマにはニット帽を、魔王リリスにはキャップを購入。ユキには……いらないか。お金ももうないし。百円で何を買えって言うんだ。
帰路につく。
街を歩いていると港が見えてきた。
東京に住んでいた人間からすれば「福岡ってなにあるの……」という感じだが、世間的に見れば福岡は都会。超都会。港にはそれなりに大きい船が停泊している。横浜港なんかで滞在している豪華客船と比較すれば見劣りするが、それでも「うわぁおっきぃ」と妖艶な声を漏らすほどの大きさの船。
新幹線か、飛行機。その二択であったが、船で帰るという選択肢もあるのか。というか、船なら指定された客席があるわけじゃないし、チケットを逐一確認されることもない。
透明化の魔法を使って乗り込むのなら適した乗り物であろう。
そういう選択肢もあるなぁって、頭の片隅に置いておいた。
野宿していた場所に戻る。
あのあとどのような会話をしていたのかはわからない。というかあまり知りたくないかも……。
四人と目が合う。
一番最初に動きを見せたのはタマだった。私を見つけた瞬間に桜の蕾が開花したかのような晴れやかな表情を浮かべて、立ち上がり、私の元へ駆け出して、ギュッと抱きつく。
暑く、痛く、苦しさがある。だが、それ以上に私が居るだけでこんなにも喜んでくれることに嬉しさを覚えた。
単純だと思って笑われるかもしれないが、それだけで幸せだと思える。
「はい、プレゼント」
幸せすぎて死んじゃうかもしれない。
ここで死ぬわけにはいかないので、私に引っ付くタマを無理矢理剥がした。
剥がされたタマはぐへーっと変な目で私を見てくる。
その目を変えるために、買ってきた帽子を被せてやる。
おじさんが被るような安いニット帽。いくら被る者の素材が良いとはいえ、限度があるなと思い知らされる。
お世辞にも可愛いねとは言えない。けれど本人は宝くじで百万円当たったみたいな喜びを見せる。そこまで喜んでくれるのなら、あれこれ言ったり、下げたりするのは野暮というものだろう。
「カレナと魔王リリスもどうぞ」
それぞれに帽子を被せてやる。
「コヒナ、私にはないのか」
「……」
「お、おい、む、無視か……」
「……」
「おーいっ!」
ユキの叫びが木霊する。
面白いと可哀想が同伴した。
しっかりとお金が手に入ったら、ユキにだけなにか買ってあげよう。
本人に言ったら調子に乗りそうなので言わないが、そう心の中で思った。
透明化の魔法も、見た目を誤魔化す帽子も手に入れた私たちにもう止めるものはなにもない。
「じぁあ行こうか。私の実家へ」
夜が近付いてきたこのタイミングではあるが、私たちは歩き出す。
野宿とはおさらばだ。
そう息巻いて出発した。
『本日の便は終了しました』
という貼り紙を見ることになるのはもう少し先の話。
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