6話 この世界でも魔法は有用かもしれない

 「なるほど。お金を盗んで、馬車のような移動手段に乗り、移動しようという算段であったのですね」


 カレナに慰められながら事情を説明したところ、ふむふむと二度頷いた。


 「馬車じゃなくて飛行機ね」

 「ひこーきってなに?」

 「空を飛ぶ乗り物だよ」

 「そら? ほんと? そらってこのそら?」


 タマは不思議そうに空を指差す。


 「そう。ドラゴンみたいな乗り物だよ」

 「そんなのあるんだね。のってみたいー」

 「乗るためにお金盗もうと思ったんだけどね……お金があれば……お金があれ……ば……」


 私のせいで……って自己嫌悪に陥る。


 「しょうがないですよ、コヒナ様。コヒナ様は勇者であって、悪者にはなれませんから。そういうのは魔王リリスの役目です」

 「うへぇっ!? 私ぃ?」


 自分に話が振られると思っておらず油断していたのか、剽軽な声を出す。


 「ふふーん、私は魔王だからね。悪を愛し、悪に愛された魔族ってわけ」


 思い出したように胸を張る。多分思ってもいないことを言っている。


 「ユキ様、どうかされましたか? ずっとなにか思案されているようですけれど」


 カレナは一歩下がったところで眉間に皺を寄せているユキに声をかけた。

 若干煽り気味に聞こえるのは気のせいだろうか。多分気のせい。さすがに気のせいだと思う。


 「いやー、思ったことがあったんだがな。私のことだからなにか勘違いしてるかもなーって考えていただけだ」

 「本当に考えていたんですね。考えているふりかと思いました」


 ビックリしたような反応をカレナは見せた。どうやら煽っているように見えたんじゃなくて、煽っていたらしい。

 カレナさんさぁ……そういうところあるよね。


 「酷くない!?」

 「日頃の行いではありませんかね」


 可哀想に。なにか意見をしようとしただけでグサグサ刺されている。同情してしまう。


 「ユキはなにかんがえてたのー?」

 「お金盗まなくても良いのではないか、と」

 「ほぉほぉ。ユキ、具体的にどういうことか聞いても良い?」

 「え、う、うん……注目されるの気持ち良いな」


 ぐへーっと表情を緩ませた。そういうこと言わなきゃ良いのに。言うから大丈夫かな、って心配になる。


 「魔法を使えば解決できるような気がするわけだが」

 「魔法……?」

 「そうだ。コヒナは乗車料金を手に入れなきゃいけないと言っているのだろう」

 「そうだけど」

 「なら透明化の魔法を使えば無賃乗車できるのでは?」


 たしかに。

 すっかり頭から抜けていた。この世界で魔法を駆使して物事を解決するというプロットが私の中に概念として存在していなかった。言われて思う。その通りだと。


 いや、無理か。

 飛行機は指定席だし、新幹線の場合自由席に座ったとしてもチケットの確認をされる。ずっと透明化の魔法を使うのは時間的に難しい。

 いけるかもと思ったのは本当に最初だけで、どんどんと問題点が浮かんでくる。

 ただなにもお金を盗む、ということに意識を注ぐ必要はないと気付かされた。小さいようでとても大きな収穫である。


 「さすがユキ様ですね」

 「それ褒めてる?」

 「とても褒めていますよ」


 ユキは訝しむような眼差しをカレナへ向けた。

 褒めていないと察したらしい。

 それでもカレナはさも本当にそう思っていますよー、みたいな顔をして、ユキに褒めていると返事をするもんだから受け取る彼女は「そっか」と素直に信じ込んでしまう。

 馬鹿というか単純だよね。心配になる。


 「コヒナ、どうだろうか」


 ユキは私の方に目線を向けて問う。

 そういや返事してなかったか。した気になっていた。


 「選択肢として悪くないよね」

 「じゃあ」

 「検討しておく」


 解決の糸口になりそうなユキの提案。

 上手く活用しよう。そう思った。





 できることなら早くこの場所から立ち去りたい。

 けれど現実として中々難しい。

 福岡県に来てしまった以上、これよりも北に進むとなれば何かしらの乗り物を介さなければならない。いや、海底トンネルを使えば徒歩でも大丈夫なのかな。でもあれ車専用な気もする。東京出身の私にとって福岡県と山口県の交通事情は縁のない話だ。東京に住んでいない人はレインボーブリッジが徒歩で渡れるって知らないでしょ。それと同じ。

 と、まぁ知らないので、ここから動くというのはあまり得策ではなかった。今は急いで先に進んで詰むよりも、ここで潜伏しているべきタイミングなのだ。

 そういうわけで、特になにをすることもなくじっとしている。

 一応交代制で野生動物を狩ったり、食べられそうな山菜見つけたりというサバイバルをしながら時間を潰してはいるのだが。

 待機時間は完全に暇になる。


 暇だなぁとぼんやり木陰に腰掛けていると、隣にカレナが座った。わざわざなんでこんな至近距離に……とか思ったけれど。口に出すほど野暮な人間ではない。心の中で留めておく。

 こつんとカレナの肩がぶつかる。


 「暇ですね」

 「暇だねぇ」

 「平和ですね」

 「平和だねぇ」

 「コヒナ様の故郷。もっと楽しいことが沢山あるのかと思っていました。話を聞いている限り、とても楽しそうに思えたので。これがたまにコヒナ様が仰る隣の芝は青く見えるというやつでしょうか」


 どうだろうか。

 ただ間違いなく言えるのはこの世界の一割も楽しさを体感していないということだ。

 この世界にはもっと楽しいこと、面白いこと、美味しいことが沢山ある。体験して欲しいことも沢山ある。そういうことをさせてあげられない苦しさもある。

 よりによって佐賀にワープしちゃうんだもんね。


 「これから楽しくなるよ」

 「本当ですか?」

 「それは保証するよ」


 山のように存在する娯楽。

 その中から一つくらいはカレナの水に合う娯楽が見つかるだろう。楽観的思考ではあるが、そう思っていた。


 「まぁ今暇なのはどうしようもないんだけどね」


 スマホはないし、ゲーム機もない。もちろん本も持っていない。異世界ではこういう時は剣の練習なんかをしていた。でもこの世界ではその必要もない。あとは寝るとかかな。ただ睡眠もしっかりととれている。だから全く眠気がない。そのせいで本当にこれっぽっちもやることがない。


 「それじゃあ」


 パンっと手を叩いたカレナはおしりをずるずると引き摺って私の前に回り込んだ。そして私の膝に両手を乗せて、ぐいっと顔を近付けてくる。ワクワクドキドキという感情が伝わってくるような表情。そしてなによりも鼻の頭と頭がぶつかりそうな距離感。あまりにも近くて、不覚にドキドキしてしまった。恥ずかしさやら緊張やらですっと目を逸らす。


 「な、なに?」


 声が上擦りながらもなんとか返答する。


 「コヒナ様、透明化の魔法ってあまり使われていないですよね」

 「そうだね。というか私使ったことないかも」

 「あっ、そうでしたね。コヒナ様魔法あまり得意じゃなかったですもんね」


 私の心の傷をカレナは刺してきた。うう、酷い。

 とはいえ事実なので咎めることはできない。

 私は魔法が得意じゃない。これは覆すことのできない事実である。

 全く使えないわけじゃない。というか人並みには使える。けれどこのパーティーメンバーと比較してしまうと、何段階にも劣ってしまう。わざわざ劣化魔法を好んで使って戦闘はしない。魔法を使って戦闘をしないから成長しない。成長しないから苦手意識がより一層強くなる。そういう負のループにどハマりしてしまっている。


 「あっ、だ、大丈夫ですよ。コツさえ掴めればできます!」


 顔に出ていたのか、カレナは慌ててフォローを入れてくれる。

 仮にただのフォローでしかなかったとしても、魔法の達人と言って差し支えのないカレナにそう言ってもらえるのは素直に嬉しい。頬が緩む。でもすぐに強ばる。


 「……」

 「どうされましたか?」

 「あのー、いつ離れてくれるのかなぁ……と思って」


 一度膝元に目線を落としてからすっと上げる。顔をグイッと近付けてから中々離れてくれなかった。


 「す、すみません。つい興奮してしまって……忘れていました」

 「離れるの忘れることあるんだ」

 「はい」


 心残りありそうながらも下がって、私の隣に腰掛けた。

 肩にまたカレナの肩がぶつかった。温もりを感じる。そして息遣いも肩を通じで感じられる。今息吸ったなとか、吐いたなとか、なんか喋りだしそうだなとか。微細なところまでわかる。


 「透明化の魔法は『妖精よ。我が身を隠せ』って詠唱しまして、透明化する意識をするだけで大丈夫です」

 「そんなんでできるの?」

 「はい。可能です」

 「じゃあやってみてよ」

 「承知しました」


 彼女はそう口にしてから詠唱を行った。その瞬間に私の隣にいたはずのカレナは綺麗さっぱり姿を消してしまった。まるでそこには元々誰も居なかったみたいに姿を消す。

 さっきまでカレナが居たところにぐーっと手を伸ばす。なにか引っかかるような感覚もない。空気に触れるだけだった。空気を一掻きして、寂しさの残る手のひらを見つめる。

 魔法の凄さ。それは異世界召喚されて、何度も……それは体感していた。

 けれど自分の身体を消すこともできる。なんでもありじゃんって思わず笑ってしまう。クスッと笑ったのと同時に、カレナは姿を見せた。


 「コヒナ様。どうかされましたか」

 「どうかされたっていうのはどういうこと?」

 「突然笑われたので」

 「あぁ……魔法ってすごいなーって思っただけだよ」

 「……なるほど?」


 と言いつつも首を傾げる。

 まぁ今の彼女にとって私の思考は理解しにくいものなのだろう。

 彼女にとって魔法はあって当たり前の存在。その魔法に対して凄いとかっていう感想は抱かない。カレナが魔法に感動するというのは、私たちこの世界の人間が車に対して「動物の力を借りずにこんな快適に移動できるなんて凄い」と感動しているようなものなのだろう、きっと。


 「私にもできるかな、それ」

 「できるはずですよ」


 ――妖精よ。我が身を隠せ。


 やってみる。一応姿を消す想像もしてみる。

 まあこれでできるのなら苦労しないよなあ……って、え、あれ?

 私の手が見えない。足も見えない。感覚はある。動かしている感覚も、風を受ける感覚もある。けれど見えない。え、できちゃうの? しかも自分からも視認できないんだ。そんなことあるのかよ。って実際そうなっているからあるんだろうけれど。


 「うおー、魔法すげぇ……」


 小学生並みの感想をこぼしたのだった。

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