5話 野宿一旦中止

 「呑気なことだなー。すぴすぴ寝やがって」

 「まぁ良いじゃん」


 魔王リリス宥めつつも、この煩さで全く目を覚まさないというのはある意味才能なのかなと思う。少なくとも私だったら間違いなく目を覚ましている。こういう所ですやすや眠れる才能はやっぱり異世界ならではだろう。


 「あれって私たちを探してるんだよね」


 魔王リリスは展望台の奥で赤く光る場所を指差す。


 「探してるっていうか、これから探し始めるっていうかぁ……」


 まだ犯人が私たちであると突き止めてはいない。けれど証拠隠滅さえまともにしていないので時間の問題かなとも思う。そうなれば捜索の対象になる。まだなだけであって、いずれ探される予定だ。


 「ほぼ一緒じゃん」

 「そうかも」

 「じゃあ今から逃げた方が良くない? 見つからないところまで逃げないと」

 「できたらそうしたいね」


 もっと遠くに。可能なら見つからないほど遠くに逃げたい。その気持ちはある。けれど今の私たちには不可能である。お金がないから、だ。世の中必要なのは金。金さえあれば九割の事象は解決できる。


 「他人事みたいな反応」

 「やりたくてもできないから。どうしても他人事みたいになっちゃう。というかならざるを得ないよ」

 「なんでよ。やりたいならやれば良いじゃん」


 ごもっともな指摘であった。ぐうの音も出ない。やりたいならやれば良い。それは大正解である。


 「お金がないからできないんだよ」

 「お金があれば逃げられるってわけ?」

 「え、う、うん。それはそうだね」

 「じゃあ逃げれば良いじゃん」

 「いや、だからね。お金がないからできないの。わかる? お金が、ないから、できないの」


 子供に説明するような感じで、くっきりはっきりわかりやすく喋った。

 さっきカレナよりも話が通じるし、物分りが良いと魔王リリスのことを総評したが、訂正しよう。人の話を聞かない系魔王です。この子。


 「お金がないのなら増やせば良いでしょ」

 「それができたら苦労しないよ」

 「できるよ、簡単に」

 「えっ!?」


 魔王リリスの言葉に対して変な声が出てしまう。上擦ってちょっとだけ恥ずかしい。


 「どうやって増やすの?」


 コホンとわざとらしさ全開な咳払いを挟んでから、問う。どうやって増やすつもりなのだろうか。多少元手があるのなら、公営ギャンブルで増やすという選択肢もあっただろう。倫理的にどうかは置いておいてね。選択肢としては一択となりうる。

 しかし、元手がゼロ。真っ白だ。あるものを増やすのは容易いが、ゼロからイチを生み出すのはそう簡単なことではない。というか普通に難しい。

 元手ゼロからお金を増やす方法。ちょこっと考えてみても思い浮かばない。


 「盗めば良いじゃない」

 「え?」

 「盗めば良いじゃない」

 「いやいや聞こえてるし、わかってるよ」

 「……?」


 首を傾げる。なにかおかしなことを言ったか、そう目が訴えてきた。

 言ったよ、言った。めちゃくちゃ言ってるよ。

 本人の自覚がないのが恐ろしい。


 「良いかい? 魔王リリス」


 優しい先生が真面目な生徒を怒る時みたいな口調になる。


 「なにがよ」


 と、反応したので続ける。


 「ひとのものをとったらどろぼう! だよ」

 「知ってる」

 「知ってて言ってるの?」

 「うん」

 「もしかしてわたしを犯罪者にしたい系?」


 合法的な方法という縛りを除けばゼロからであっても簡単にお金を増やすことができる。できてしまう。けれど犯罪をする、というとは私のポリシーに反する。というか普通に犯罪者になりたくないだけ。そもそも意図して犯罪をする勇気もない。


 「というか、もうなってんじゃん。犯罪者」


 え、いや。あ、あれ? たしかに。

 人殺ししてるわけだし。したのはカレナだけどさ。だから綿密に言えば犯罪者ではない。けれどこうやって一緒になって逃げている時点で共犯者ではある。じゃあやっぱり犯罪者ってことかな。考えれば考えるほどわけがわからなくなるし、頭の中がこんがらがる。ぐちゃぐちゃになる。


 「どうせ捕まるんだったら全力で逃げて捕まるべきじゃない?」


 たしかにと思った。思ってから、本当にそれで良いのか、と自問自答をする。私の倫理観、私が思っている以上にぶっ壊れているのかも……。

 異世界は法治国家という名の無法地帯であった。そっちの感覚に慣れてしまっているらしい。人って簡単に変わるんだね。怖い、怖い。ほんと怖い。


 でもここらでぐるぐる逃げていても時間の問題。あっちは何億円ってお金をかけて捜索してくるのだ。なのにこっちはゼロ円生活。背に腹はかえられない。なによりもせっかく異世界から帰ってきたのに、こんなところで豚箱送りは勘弁してもらいたいものだ。それに私にはこの世界を生きてきた人間として、この可愛い寝顔たちを守りきらなきゃならないという義務がある。


 「魔王リリスの言う通りだね。さすが魔王様。考え方が悪どい……」

 「え、い、え……そ、そうよ。その通り。私、魔王リリスなのだからそれくらい当然のことよっ!」


 困惑、吃驚、真顔、ドヤ顔、ところころ表情が変化していた。顔面サイコロかよってくらい変わっていた。ちょっと面白いと思ったのはここだけの話、ということで。


 「じゃあ起こすかなぁ」

 「その方が良いでしょ。ちょっと忍びないけれど」

 「あれ、魔王リリスにも人の心ってあるんだね」

 「当然よ」


 むふんと胸を張る。


 どうやって起こすか少し考える。このあまりにも騒がしいサイレンの音で起きないのだから「おーい起きろー」と声をかけたところで起きないだろう。かといって、ビンタとか暴力をして起こしたくない。ビンタとか炎上しちゃうし。あとは擽るとか? 起こせるとは思うけれどあまりにも非効率だし、なによりも私の負担が大きい。暴れられた暁には私はきっと天に召されることになる。死んだら異世界転生できるかな。実家帰るっていう目的を達成していないからしたくないけど。というかまだ死ねない。


 「なにを悩んでるわけ」

 「どうやって起こそうかなって」

 「簡単に起こせる方法あるでしょ」

 「え?」

 「はぁ。私たちの世界でどうやって生きてきたわけ……って、勇者様だからそういうこともなかったのか。甘えてるな」


 突然の罵倒にビックリした。けれど甘えてるのは否定できない。こっちの世界でも異世界でも周りの環境や、己の過剰な力に頼って甘えていたという自覚がある。


 「こうやって起こせば良いんだよ」


 魔王リリスは口元に両手を当てて、即席拡張器を作る。


 「敵襲っ! 敵襲だ!」


 サイレンに掻き消されないほどの大きな声を出す。

 その瞬間に三人は目を覚まし、臨戦態勢をとった。寝起きだというのに殺気が凄まじい。殺気だけで一人殺せるんじゃないかってほどの圧。怖い。


 「どこですか。敵はどこですか」

 「ふぁぁぁぁぁ、ねむー、てきさーん。どこー 」

 「……っ。チッ」


 三人はキョロキョロ見渡す。一人、いつもとキャラが違うし殺気の種類も違う。まぁ、うん、寝起きだからしょうがないね。どっちかっていうと私も低血圧で寝起き辛いのでイライラする気持ちは良くわかる。


 「ほら、別にアンタのためにやったわけじゃないけど」

 「はいはい」


 適当に流す。

 若干不満そうではある。別に「じゃあ誰のためにやったの?」とかいじわるな質問をしても良いんだぞ。

 ツンデレっ子にそんな仕打ちをするほど鬼ではない。


 「……」


 じとーっと私のこと見てくる。カレナさえも。

 それに耐えられなくて、すっと魔王リリスを指差して「私じゃない。魔王リリス」と口にした。

 指を差された魔王リリスはきょとんと私のことを見つめる。


 「おい、魔王リリス! やって良いことと悪いことがあるぞ」

 「コヒナ様、魔王リリスは敵です。ここで置いていきましょう」

 「タマもやー」


 三人から猛攻を食らう魔王リリス。


 「えぇ……いや、その……」


 アンタのためにやったわけじゃないと啖呵をきったせいで、本当のことも言えなくなっている。詰みだった。

 だからオロオロする。オロオロして、どうしようもなくなって、諦めたようにしょんぼりとする。


 「まぁ良いじゃん。もう少し様子見ようよ。魔王だけどさ、実害ないし」

 「ありますよ。今、こうやって無闇矢鱈に起こされましたし」

 「今はむしろ起きてくれて助かったから」

 「え、あ、そ、そうなんですか」

 「そうだよ。とりあえず隣県まで逃げなきゃだから」

 「隣県ってなんですか?」

 「あーっとね。隣の村ってこと」

 「なるほど」


 当然のように日本語を使っているが、所々通じない言葉があるのは致し方ない。それはそれとして上手く誤魔化すことができた。

 三人を起こしてもらった借りを早速返したってことで。






 寝る間も惜しんで隣県までやってきた。明太子が有名な福岡県。

 走ったり歩いたりを十時間ほどノンストップで繰り返した。日は昇り、眠気はかなり強めに襲ってくる。


 「ふぁぁぁ」


 と、あくびをする。


 「コヒナねむねむ?」

 「寝てないからね。眠いよ」

 「まだまだね。私は一週間寝なくても生きていけるから」

 「魔王様と比べないでもらっても?」


 私はただの人間だ。一徹したらそれだけで体調不良になるし、目元も重くなる。異世界の一部を統べていた魔王と一緒にしないで欲しい。


 「コヒナ様、と魔王リリス。仲良くなっていませんか?」

 「ふんっ、勇者と仲良くなる魔王がどこにいる」


 魔王リリスは即座に反応した。

 ちょっとだけ心開いてくれたかもと思っていた自分が恥ずかしい。


 恥ずかしさを紛らわすために咳払いを挟む。


 「一旦遠くまで逃げてきたし。件を股げば警察って連携に時間かかるって聞いたし。一旦休憩挟もうか」

 「すみません。どういう意味かわかりませんがわかりました」


 言い訳じみたことを言ったが、伝わらなかった。ただだらだら喋っただけになってしまった。ちょっとばかし恥ずかしい。

 それはそれとしてかなり眠い。

 これからお金をどこから盗る。果たしてこの身体の状態でこなせるか。疑問が残る。万全を期して望むべきだろう。


 「ちょっと眠いから寝る」


 木陰で寄りかかり、目を瞑る。ぐらっと意識は揺れて、すぐに意識を手放した。








 「私、ふっかーつ!」


 目を覚ました。

 外は真っ暗だった。何時間寝ていたのだろうか。軽く二桁に乗っているのは太陽が顔を出していない時点でわかるんだけど。


 四人は私を囲むようにして座っていた。


 「あれ、みんな寝てないの?」

 「見張り役は必要ですから」

 「一人で良くない? 効率悪いでしょ」

 「効率は悪いですけど、誰も譲らなかったので」


 自分な守らないとって思われるくらい信用されていないってこと? さすがに悲しくなる。いや、みんなに比べたら私弱いかもしれないけどさ。これでも一応勇者として召喚された経験あるんだよ。

 もしかしたら舐められているのかもしれない。


 「わかった」

 「なにがー?」

 「私が行こう。お金盗みに」


 これくらいはできるってところを見せておかなきゃならない。じゃないと本格的に舐められる。コイツこっちの世界じゃなんにもできないんだって。


 「コヒナ様。私も同行いたします」

 「いや、大丈夫」

 「くっ、騎士道に反するが、コヒナがそう言うのなら仕方ない。私が付き合おう」

 「他の人なら良いって問題じゃないからね」


 これはプライドの問題である。

 私一人でできる。そういう証明をしてみせる。






 一人で野宿していた場所から出てきた。南方に歩く。この山奥にやってくる間にぽつんと一軒家があった。そこに押し入ってお金だけ盗ろう。


 「あったあった」


 家から光が漏れている。

 在宅中か。

 空き巣だったら良かったのに。人がいるとなるとどうしても躊躇してしまう。


 庭に入り込み、窓から中を覗く。

 見知らぬおばあちゃんが呑気にテレビを見てお茶を飲んでいた。


 ……。


 こっちの世界に戻ってきて助けてくれたおばあちゃんとその姿がどうしても重なってしまう。

 今からこの人の家に押し入ってお金を盗む……。

 考えれば考えるほどできなくなる。足が動かなくなる。


 「あっ、これ無理だ……」


 この世界の倫理観に縛られている私にとって、家に入りお金を盗むという行為は難しいことであった。

 お金盗まなきゃ東京の実家に帰れない。けれどお金を盗む勇気も出ない。

 二の足を踏んで、諦める。


 「というか、強盗とかできる人の倫理観どうなってんだ。覚悟決めてきたのに、やっぱ無理ってなっちゃうのに。躊躇なくできる人、絶対に心ぶっ壊れてんじゃん」


 ぶつぶつ文句を言いながら四人の元へ帰る。

 カレナに慰められたのはまた別のお話。

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