4話 野宿を続けよう

 はぁはぁはぁはぁ……息を切らす。周りを見ると息を切らしているのは私だけだった。五人中四人はケロッとしている。かなりの距離を全力疾走してきたのだが。基礎体力の違いを思い知る。私は勇者……といっても元々はこの世界の人間である。この世界で生きている時は並よりも少し体力が少ない持久走もシャトルランも大っ嫌いなごく普通の女の子であった。

 それが異世界に召喚され、身体能力が向上し、ランニングをやらざるを得ない状況に陥り、渋々走り込みをするようになった。だからこの世界という前提があれば体力があると言えるが、異世界も含めると自信を持って体力があるとは言えない。この状況がなによりの証拠である。


 「お疲れ様です。コヒナ様」


 どこからか取り出した白いハンカチを私の額に当てて、汗を拭う。

 一昔前の私であれば「汚いよ」とか言って、気遣っていたのだろうけれど。カレナにこうされたのは今日が初めてではない。むしろ何回やられたのか数えられないくらい何回もやられた。だから気遣わない。


 「ありがとう」


 と、迷わずに感謝の言葉を告げる。


 「コヒナ、どこへ向かっているのだ? こんな山奥になにか用事でもあるのか?」


 息が整い始まった頃、ユキは問いを投げてきた。

 辺りを見渡す。

 たしかに言葉通り山奥であった。

 街灯がなく、暗闇に包まれていたうえに疲労も相俟って、山奥に迷い込んだという自覚すらなかった。


 「野宿するならこういうところの方が良いでしょ……うん。良いよね」

 「さむーい」


 ぶるぶると震えているタマ。

 街中よりも寒さは増した気がする。走ってポカポカしていた身体も一瞬で温もりは失われてしまった。残るのは肌寒さのみ。


 「コヒナ様」

 「うん?」

 「こうすれば寒くないですよ」


 カレナは私に抱きつく。ピタッと身体をくっつける。金色の髪の毛が私の頬を擽る。肌寒さは引いていく。芯からぐるぐるじゅわーっと温かさが広がっていく。


 「そうだね」

 「えー、カレナだけずっるー。タマもタマも」


 むぎゅっとタマもくっついてくる。ピコピコと目の前で耳が動く。可愛いなぁと頭に手を伸ばそうとした時だった。


 「わっ、私も寒いぞ! えいっ」


 騎士団長だった人間とは思えないほどぎこちない動きを見せながら私にぐいっと抱きついてくる。動かそうとしていた私の手はユキの全身に包み込まれ動かせなくなってしまった。もぐっとただユキからの抱擁を受け入れる。

 カレナの時はちょうど良い温かさが私を包んだ。

 タマの時は若干暑苦しさがあったけれど、タマの可愛さに注目することで暑苦しいという意識から目を背けた。

 そしてユキ。さすがに三人から抱きつかれるというのは苦しい。身体を自由に動かすことができなくなるというあまりにも不要な特典付き。


 「あったかいですね」

 「ぽかぽかー」

 「だいぶ和らいだな」


 と、私に抱きついてきた三人は満足そうであった。こうも満足感を前面に押し出されてしまうと、暑苦しいとか離れてくれとか言い難くなってしまう。

 だからしょうがない。詮無きこと。そうやって自分に言い聞かせて、受け入れる。そうするしかないって諦める、の方が正しいかもしれない。


 「……」


 三人に埋もれそうな中、ぷはぁっと顔を出す。

 少し離れたところで冷たい視線を送っている魔王リリスと目が合った。しばらく見つめ合う。

 それからぷいっとそっぽを向かれてしまう。

 なんだこの勇者一行とか思っているのだろうか。まぁそれに関しては思っていてくれて構わない。だって私も思う。寒いから暖を取るために抱き合う勇者一行ってなんなんだって。

 目を逸らした魔王リリスであったが、ちらちらと隙があればこちらを見てくる。

 え、なに……。

 もしかして。


 「魔王リリスも来る?」


 ありえないかーと思いつつ、問う。

 すると、彼女はこくりと頷き、私に抱きつく。


 あっれぇー? おかしいなぁ。どうしてこうなった。








 彼女らに解き放たれたのは十分くらいしてからだったろうか。

 負担大きい中、抱きつかれる。しかも長時間。そりゃ汗くらいかく。

 風邪引そうだ。

 せめてシャワー浴びて、服着替えたい。

 贅沢な願いというのはわかっているのだが。望んでしまう。


 満足しまくった三人はもう寝ている。野宿に慣れているということもあって、カレナ、タマ、ユキは気持ち良さそうに眠っていた。ベッドで寝てるのかなって錯覚してしまうほどに気持ちよさそうな寝顔であった。


 「勇者コヒナ。結構苦労してんだな」


 ツンツンでもなければ、デレでもない。押し出されるように出てきた感想を私は耳にする。

 最初は苦労……? となったが、寝ている三人を見て、あぁそういうことねとすぐに理解した。


 「その分楽しいから良いんだよ」


 すぐ近くにあった展望台のようなところにやってきて、柵に腕を置く。ぼーっと地上を眺める。夜なのにちかちか輝いている。東京と比べれば控えめな輝きであるが燦然と輝いていないからこそ逆に綺麗と思える。品がある。


 「ふぅん、そういうもの?」

 「そういうものだねぇ」


 振り回されて、時には迷惑をかけられることもある。

 というか、今日も当然のように私の作戦を潰されてしまったわけだが。それも含めて楽しいと思える。不思議なものだ。


 「……もしかして私邪魔だった?」


 私の隣に並んだ魔王リリスは柵の上に座って、不安そうに訊ねてくる。

 いや、まぁ……邪魔か邪魔じゃないかと言えば邪魔になるんだろうけど。ただ魔王リリスが着いてきたという時の恐怖やら不安やらを鑑みれば、今彼女に対する気持ちというのは比較的穏やかなものになっている。


 「邪魔じゃないよ」

 「別に不安だったわけじゃないからね」

 「うへー」

 「な、なによその反応っ!」


 ぷんぷん怒る。

 不安がったり、怒ったり、忙しない。


 「それよりも」

 「……?」

 「なんかうるさいね」


 サイレンが遠くから鳴り響く。一つ一つは力の弱い大人のだが、何個にも音が重なり、さらにパトカー、消防車、救急車の音が混ざるせいで、圧を感じる。

 照明で照らされていた街並みは一瞬で赤色に染まる。


 赤くなった原因。


 考えるまでもなくわかる。


 「見つかっちゃったなぁ……」

 「なにが」

 「死体だよ」

 「見つかっちゃっダメなわけ?」

 「ダメでしょ」

 「え、なんで。あっちが悪かったんだからなにもやましいことなんてないでしょ」


 ひょいっと柵から飛び降りて、私の隣に並ぶ。

 表情は本気である。真面目そのもので、冗談を言っている様子は一切ない。


 「そりゃそうなんだろうけどさー」


 魔王リリスのそれはもっともなものだった。

 けれど。


 「この世界のルールだからねぇ」

 「ルール?」

 「そっ。人は絶対に殺しちゃいけないの」

 「えっ!? なにかされても?」

 「うん」

 「殺されかけても?」

 「どうなんだろう。正当防衛に……なるのかな。でも過剰防衛って言葉もあるし……。やっぱり殺しちゃダメだと思う」


 面食らっている。

 異世界の価値観からすれば、信じられないのだろう。異世界にいたからわかる。


 「それってすんごく窮屈じゃ」

 「今はそう思うよ。自分の身は自分で守らなきゃいけないのに殺しちゃダメってなんだそりゃって感じだし。でもこの世界ではそれが当たり前だからね」

 「当たり前だから窮屈に感じるとか、感じないとかそれ以前ってこと?」

 「話が早いね。そういうこと」


 魔王リリス、カレナ並に話が通じる。なんならカレナ以上に物分りが良いかもしれない。


 「犯人がバレたらどうなるの?」

 「何十年も牢屋に入れられるね。場合によっては死罪」

 「こっち殺しただけなのに!?」

 「この世界じゃ殺しただけ、じゃないんだよね」


 命の重さの違い。それをより強く感じる。


 「逃げなきゃじゃん」

 「そうだよ。だから逃げてる」


 私の焦りを分かち合える仲間ができて、少し心が軽くなった。ような気がした。

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