3話 野宿をしよう

 警察官から解放されたのは声をかけられてから一時間後であった。

 身分を証明するものがなかったせいで、時間を要してしまった。私含めて、全員幼さの残る顔立ちだったせいか、気をつけて帰るように、という結論に至り、解放されたのだった。これが新宿だったらそうはいかなかっただろう。

 佐賀に感謝、である。


 「コヒナ様。あの方たちは結局どなただったのでしょうか。やけにコヒナ様に馴れ馴れしく、思わず手が出そうになってしまいましたが……」

 「……!? ダメだよ。絶対に手出しちゃダメだったからね」

 「ユキ様と違って、私は自制というものが効きますから。安心してください」

 「急に私を刺すな! ビックリするだろ」


 私の前を歩いていたユキは目を見開き、振り返る。

 今のは交通事故みたいなものだ。少しだけ可哀想だなって思う。


 さて、それはそれとして、これからどうしようか。

 警察官から解き放たれたからってなにかやることがあるわけじゃない。寝泊まりする場所を見つけなきゃいけないんだけど、手段すら浮かばない。一番に浮かぶのは野宿という選択肢。

 異世界ならともかくこの世界で野宿とか論外だよなって早々に選択肢から外す。そうすると選択肢はなにも残らない。あれ、選択肢って言わないんじゃ……。


 「コヒナ。どこでねるー?」

 「あそこの方であれば野宿できそうですよ」

 「私はこっちの方で色んな人から白い目を向けられながら……おい、やめろやめろ。仲間うちからそういう目では見られたくない」

 「いや、野宿しないからね」


 異世界的思考を持っている三人に釘を刺す。

 あっちの世界では「冒険」が常であり、それに伴って野宿も当たり前のことであった。でもこの世界では違う。


 ……。


 いや、それって自分で自分を守る術がないから野宿は論外ってだけであって、私たちみたいに力があるのなら別に野宿でも問題ないのでは……?


 「やっぱりしようか。野宿」

 「ふん、野宿とか襲われても知らないんだからね」

 「魔王リリスが人の心配をしてる……だと。明日この世界滅亡してしまうんじゃないか?」

 「おい、酷いな。というか、そんな驚くなよっ!」


 ユキと魔王リリスはあれこれやり取りをしている。

 なんか……仲良いよね。この二人。






 野宿をする。

 ビルが立ち並ぶ中での野宿。異世界の野宿とはやっぱり勝手が違う。

 信号機の下には『伊万里』って文字が並んでいる。佐賀に疎いせいで、今私がどこにいるのか良くわかっていない。佐賀のどこにいるんだろうか。福岡県側? それとも長崎県側? それすらわからない。

 今はどうでも良いか。


 それよりも気になるのはどこかしこを見てもそこそこ背の高いビルが並んでいる、ということだ。野宿というよりもただの路上生活という感じがする。

 私たちの目の前を通り過ぎる死んだ目をしたサラリーマンたちは、白い目でこちらを見てくる。憐れむような瞳。多分、ホームレスと思っているのだろう。ふざけんな、ホームレスじゃねぇーよ、と強く言えないのが悲しいところ。金がなく、泊まるところもなく、頼れる人もいない。状況的には片足どころか両足ホームレスに突っ込んでいると言ったって決して過言ではない。


 「んめー、んめー」


 タマはおばあちゃんから貰ったお煎餅をパリパリ食べている。周囲の目は気にしない。一切気にしていない。というか、気にしているのは多分私だけ。カレナもユキも魔王リリスも。みんな各々が野宿を楽しむ。


 「コヒナ様」

 「……? どうした?」

 「枯葉と枝を拾ってきますね」

 「い、一応確認するけど、なんで?」

 「焚き火をするからですよ」


 それ以外になにかありますか? と直接言わないけれど、顔にそう書いてある。そうだよね。枯葉と枝を集めるって、その目的になるよね。わかってるよ。わかってたよ。というか、わかってたから聞いたんだよ。


 「ダメ」


 拒否する。

 ここで焚き火なんてしたらどうなるか。

 ボヤ騒ぎになって、消防車が来て、消防士さんや警察官に怒られるのは間違いない。なんなら放火魔扱いで逮捕される可能性だってある。こんな街中で焚き火をする行為そのものが放火に近いしな。少なくとも火遊びの域は超えている。


 「そうですか」

 「ふっふーん。カレナ甘いよ、甘い。こんな発展したところに焚き火できるほどの枯葉や枝があるわけないだろう?」


 両脇腹に手を当てて、顎を引く。そして綺麗なドヤ顔。人間そんな綺麗なドヤ顔ってできるんだって感心してしまうほどに綺麗なドヤ顔であった。


 「なるほど。それはたしかに一理ありますね」

 「じゃー、まほー? ぶきゅーん、しゅっぱーん、ぱっぱぱーんって」


 カレナは素直に納得しているし、タマは変なオノマトペを出す。


 「そういう問題じゃないし、大体魔法禁止だからね。この世界」


 そもそも使えるのか、という疑問はある。

 身体能力は身体が覚えているものであるが故にこっちの世界に来ても力が失われない。それは理屈として十分理解できる。そういうもんだろうなって納得も可能だ。しかし、魔法はそういうわけにはいかない。魔法の力は外部要因によるものであるからだ。異世界と同じように魔法が使える確証はない。ぶっちゃけ私は、この世界では魔法を使うことは難しいのではないかと思っている。だから魔法禁止とわざわざ明言する必要はなかったかもしれないが、念には念を、ということだ。もしかしたら、万が一、億が一使えるかもしれないし。使えたとして、魔法を使ってなにか問題を起こしたら、それこそ大騒ぎになる。猫耳の女の子がいるとか、長い耳の女の子がいるとか、巻き角を生やしている女の子がいるとか、そういうの以上に大騒ぎになってしまうのは間違いない。


 「えー、じゃーどーすんの。さむいさむいだよ」


 猫耳をぴたんと閉じて、ぶるぶると小刻みに震える。

 ほぼ十一月の真夜中。寒いのはその通りだった。

 はぁっと息を吐いてもまだ白い息は出てこない。けれど寒いのは寒い。


 「おい、あそこに女がいるぞ」

 「うへへ、しかも五人いて五人とも可愛いじゃねぇーか」


 声のする方へ目線を向ける。

 そこにいたのは男四人組。金色に染めていたであろう髪の毛に黒色が混ざっていて、端的に言ってしまえばダサい。ズボンもなんかずぼずぼだし、一昔前のヤンキーというような風貌であった。


 「人気も少なくなってきたし、チャンスだな」

 「お前らに選択肢をくれてやるぜ。一つは『俺たちと遊ぶ』ことだ。もう一つは『一人ずつ痛い思いをする』ことだ。さあ選べ」

 「リーダー、それぜんぶ同じじゃないっすか」

 「あたりめぇーだろ! このレベルのチャンス、こんなド田舎に居たら人生一度あるかねぇーかだぞ」

 「そ、そっすね、たしかに……」

 「ハロウィン様様だなぁ!」


 女五人だから余裕で勝てる。そう思われているのだろう。実際、ただの女五人であったのなら勝てていた。というか抵抗すらせずに、諦めていただろう。

 けれど私たちは違う。

 死ぬ覚悟を持ち続けながら戦ってきたのだ。

 この男たちよりもよほど屈強な男や魔物ともたくさん戦ってきた。

 そんな脅しに屈するような女じゃない。


 残念、相手を間違えたな。


 「チッ。コヒナ様に無礼な真似を……」


 カレナは舌打ちをして立ち上がる。ぐぐぐと睨みつける。

 なんか嫌な予感がする。気のせいだったら良いけど。嫌な予感しかしない。


 「風の精霊よ。我が腕に力を宿し、切り刻め。ウィンドカッターっ!」


 カレナは躊躇することなく、男たちに向けて詠唱を行い、魔法を発動した。

 こちらが止める隙もなかった。

 まるで手癖のように放った魔法は男たち四人を簡単に殺してしまった。無抵抗に魔法に傷付けられ、血を流し、四肢を切り離している。


 「ちょっ、カレナ……まじぃ?」


 魔法使えるんだという驚きももちろんある。けれどそれ以上に、ヤバい、人殺しちゃったよという焦りの方が強い。異世界ならまぁ良い。あそこは人の命が軽すぎる世界だから。人を殺しても「魔物に襲われて死にました」とか「魔族に殺されました」で片付けられる恐ろしい世界だから。けれどここは違う。法治国家。法治世界。人殺しなんて極刑。そういう世界だ。

 このまま放置っていうのは絶対にありえない。

 けれど証拠隠滅をするとして、どうするの? という問題が浮上する。

 四つの死体をどうやって消すの? この流れてる血は? 臭いは? 問題は山のようにある。


 「……」


 うん、ダメだ。無理だ。証拠隠滅はできない。


 「よし、みんな」


 私は声をかける。すると、彼女たちは不思議そうに私を見る。


 「逃げよう。犯人ってバレなきゃセーフだからね。全力で逃げよう」


 とりあえずこの場所から離れよう。どこか遠くへ。

 それしか策として浮かばなくて、ただただ思いっきり走り出した。


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