2話 実家に帰るためには

 カーンカーンと何十年前の時計なんだってくらい古そうな掛け時計が午後三時を知らせる。掘り炬燵を真ん中にして私たちは座る。目の前には名前も知らないおばあちゃんがよいしょという声を漏らしながら腰掛ける。


 部屋を見渡す。なにかここがどこなのかの手がかりがあるんじゃないかと期待しながら。でもこの部屋にあるのは白黒の写真と仏壇。良い意味で古臭さが感じられる部屋には似合わない薄型テレビ。あとは細々とした小物である。

 どれもこれもここがどこなのかの手がかりにはならなさそう。テレビはお昼すぎのニュース番組を映し出す。十月三十一日、十五時という日付時間の表記の隣に、地域の天気予報が小さく映し出されている。そこには地名が並んでいるのだが、どの地名も聞いたことがないものばかり。唯一の手がかりはあってないようのものである。だからないってことにした。


 「コヒナ様。すごいポカポカしますね、これ。革命的です」

 「まるくなりたくなるねー」

 「くっ、屈しないぞ。こんなものには……」

 「ふんっ。暖かくなんてないんだからね」


 四人は炬燵に対して、それぞれ面白い反応を示している。あっちの世界には存在しなかったものだ。感動するなっていう方が難しい。

 それはそうと、魔王リリスの発言はちょっと無理があるんじゃないかな。炬燵に入って暖かくなんてないんだからねは……強がりというか、ただの馬鹿? かな。


 炬燵に興味を示し、そこから流れるようにテレビに興味を示す。

 この世界における技術発展の代名詞みたいなものたち。存分に楽しめば良い。と、ただ生きていただけで別に作ったわけじゃないのに謎の優越感に浸る。


 ぼけーっと額に入って壁に並んでいる白黒の写真を眺めていると一つ気になるものがあった。

 謎の陶器を持って満面の笑みを浮かべるおっさんの写真。目を凝らすとその後ろにはかなり人がいて、似たような陶器も大量に並んでいる。なにかのイベントであると察することはできた。


 「どがんした?」

 「いや、あの写真なんだろうなぁって思っただけです」

 「ありゃあ夫の写真だ。もう死んどーばってん」


 そう言って、仏壇を指差す。そこには陶器を笑顔で持つおっさんをさらに老けさせたようなおじさんの写真が飾られていた。


 ……。


 って、知りたいのはそこじゃない。

 あの人がこのおばあちゃんの旦那さんなのかなってのはなんとなく察せたし。

 知りたいのはこれがどこでどういう祭りなのか、だ。


 祭りというのは地域の特色が色濃く出る。個性の塊なのだ。


 「あれはお祭り……ですか?」


 祭りという確証はあまりなかった。

 私の地元にはだるま市と呼ばれる、だるまがいっぱい売ってるような市があった。っても、出店は沢山あるし、市という名を被ったお祭りではあるのだが。


 「お祭り……みたいなもんだなぁ」

 「そうなんですか」

 「そぎゃんばい。ありゃあ有田陶器祭りちゅう今でん続いとーお祭りばい」

 「有田陶器……っていうのは有田焼っていうやつですか」

 「そぎゃんばい」

 「……」


 有田焼。どこかの名産だったよな。

 思い出せない。教養がないせいで思い出せない。

 もっとちゃんと地理の勉強しておけば良かった。今の時代、地理なんて覚えなくても地図アプリでどうにでもなるしって馬鹿にしなきゃ良かった。

 自業自得である。


 「有田焼ってどこの名産でしたっけ」

 「有田焼は佐賀の誇りばい」


 佐賀……佐賀……さが、サガ……えっ。佐賀? じゃあ、なに。ここ佐賀っていうこと?

 ちょっと待って。落ち着こう。焦りすぎて頭が痛くなってきた。オッケー、おっけ。とりあえず深呼吸。


 佐賀県。私の地元である東京都とはかなり距離がある。それこそ徒歩で向かうなんて無理なくらいに遠い。いや、異世界基準で考えれば別に難しい話でもないとは思うけれど。でもやっぱり簡単ではない。良かった、佐賀なら帰れるって楽観視できるような場所ではない。だって佐賀だし。


 今の私には金もないし、スマホもない。もちろん、佐賀に知り合いもいない。

 助けを求めることはできない。


 ……。


 あれ、これ詰んだんじゃね。一生佐賀暮らし?


 せっかく異世界から戻ってきたのに異世界(佐賀編)が始まっちゃうじゃん。


 「コヒナ様。どうかされましたか? 顔真っ青ですよ」


 異変に気づいたカレナは一目散に私の体調を気遣ってくれる。

 ありがたい。

 それにこんなところで立ち止まっている暇はない。


 せっかく異世界から帰ってきたんだ。ここで諦められるわけがない。実家に絶対帰ってやるんだ。


 「大丈夫。何秒息止められるか遊んでただけだから」

 「タマもやるー」

 「危ないからやめときな。死ぬよ」

 「むー、コヒナだけずるい」

 「私は大人だからね」


 高校生という名の大人であるが、細かいことは良い。


 それよりも、だ。


 ここから東京に帰る策をなにか考えよう。


 「長々とお邪魔してもあれなのでお暇させていただきます」

 「もっとゆっくりしていってん良かとばい」

 「いえいえとんでもないです。これ以上はご迷惑になりますから」


 情報収集。

 これに関してはミッション達成。次は帰還方法の模索だ。

 それを探すために家を出た。








 七時間くらい歩いた。

 異世界にいたせいだろうか。五時間歩くことになんの抵抗も抱かなくなっていた。あっちの世界では丸一日歩き続けるとか平気でやっていたから。


 「……」


 後ろにいる四人を見る。


 もう少しで人の多そうな街に到着するわけだが。

 エルフと猫耳族と魔族をそのまま連れて歩くのは……さすがにまずい。なにかカモフラージュしなきゃ……。ユキも剣を持ち歩くのはまずいか。


 「そういや……待てよ」


 今日は十月三十一日。

 ハロウィンの仮装ってことにすればどうにでもなるか。

 エルフの仮装、獣人の仮装、魔族の仮装、騎士の仮装。うん、いけるな。


 「街に行こう」


 こうして私たちは比較的人の多めな街へと足を踏み入れた。






 街に足を踏み入れて数秒。

 前方から帽子を被り、青い服を着ているお兄さん達に「お嬢ちゃんたち、ちょっと良いかな」と声をかけられた。


 「お嬢ちゃんたち。ハロウィンだから外を出歩きたい気持ちはわかるけど、未成年はこの時間はダメだよ。未成年が出歩いちゃ」

 「はい……すみません」

 「……にしても良くできた仮装だねぇ。特にこの騎士の剣なんて本物みたいだ」

 「みたいじゃなくて本物だぞ。斬れるからな」

 「こっちの獣人の耳もまるで本物の猫みたいですよ」

 「やー、さわるなー」


 えーっと、はい。

 警察に補導されました。


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