一章『日本のはじっこ』
1話 親切な田舎の婆
私は根本的なことに気付いてしまった。
そもそも日本に帰ってきた確信がないってことに。座標は地球上でランダムだったとしたら、全く知らない国に飛ばされている可能性もある。
浜辺から見えるこの景色は日本っぽさが所々にあるけれど、海外だと言われればそういうもんかーって納得できる程度の日本っぽさでしかない。
だからなおさら探ろうと思う。
空き家の方へと歩く。二車線の道路を渡る。
「すんごーくくーきおいしー」
「自然。田舎じゃない」
「それがいいんだし。まおーリリスはやっぱおかしーね」
「なっ。猫耳がなにを!?」
「魔王リリス。この世界に一緒に来てしまったので今更とやかく言うつもりはありませんが。コヒナ様とタマ様への悪態は私が容赦しませんよ」
「カレナ。私は? 私が抜けているんだが」
「ユキ様は良いんじゃないですか」
「酷い……カレナがずっと辛辣だぁ」
ワイワイガヤガヤしながら歩き、すぐに空き家に辿り着いた。
ふむ、日本に帰ってきたっぽい。
この雑草ぼーぼーな空き家を見て、とりあえずそれだけ答えとして出てきた。
そういう見解を得た理由は何個かある。一つ目は道路の造りだ。進行方向左側に見覚えのある制限速度の看板が設置されている。つまり、この二車線道路は左側通行だってことだ。地球において左側通行の国ってそう多くない。それだけでだいぶ国が絞られる。二つ目は空き家の表札であった。この空き家には表札が残されていた。そこには『岩間』という漢字が表記なされていた。岩間さんが住んでいた家、ということだ。
ここまで日本の要素が詰め込まれて、日本じゃないと疑うのは馬鹿のすること。疑うことは大切であるが、やりすぎは良くない。なんでもそうだがほどほどってのが大切だ。
「……見た事のない形の住宅ですね」
「ワフー建築とやらだな。元の世界でも見たことがあるぞ」
ユキは珍しく至極真っ当なことを言った。その通り。これは和風建築という括りになるだろう。っても、日本に良く見られる一般的な家というだけであって、ガチガチの和風建築ではない。本当の和風建築っていうのは神社や寺みたいな木材を主流にした建築物のことをさす。私たちの目の前にあるのは……木材を主流にしているようにも見えるし、木材に見える他の材料を使っているようにも見える。詳しくないからよくわからん。
「タマはみたことなーい」
「ちびっこだからな」
「魔王リリス」
「ひぃ。カレナ。そういうつもりじゃないんだ」
なんかもうカレナは魔王リリスの手網を握っているらしい。やるなぁ。いや……なにしたんだ。
まぁいいや。とりあえず手がかりを探るために、まずこの空き家にお邪魔しよう。そう思って、扉に手をかけようとした時だった。
ガラっ。
扉が開く。
ビクッと肩を震わせ、一歩後ろに下がる。
反射神経に衰えはない。どうやら異世界で身に付けた身体能力や胆力は引き継いでいるようだ。異世界に召喚される前だったら、きっとビビってひぃぃぃぃなんていうか弱い声を漏らして、逃げようとするけど足が震えて棒になる。みたいな哀れすぎる状態になっていただろう。
「おやおや、騒がしいと思ったらお客さんかね」
私の目の前に現れたのは初めましてなおばあちゃんであった。生気が失われたような真っ白な髪の毛に、しわしかないじゃんってくらいしわくちゃな顔。それに背中に腰かけることができそうなほどに腰が曲がっている。
「こんにちはー」
「あいあいこんにちはぁ」
誰だよ。てか、ここに人住んでるんだ。空き家じゃないんだ。ってか本当に人? この人幽霊だったりしない? 孤独死して成仏できない幽霊……みたいな。と、あれこれ考えている間に、タマが元気に挨拶をして、名も知らぬおばあちゃんも挨拶を返す。
悪い人ではなさそう。
というか、おばあちゃんからしてみれば私たちが悪い人? に見えているのかも。
「こんななんにもないつまらないところにわざわざ若い人たちがなにをしに……」
「つまんなくないよー。しぜんきもちーもん」
「そうですね。私もこういう雰囲気は好きですよ」
タマの言葉にカレナは続く。
あっちの世界に似たような雰囲気がここにはある。だから落ち着くのかもしれない。
おばあちゃんの目線はタマの頭へ向けられていた。正確には耳。猫耳へと向けられている。
「最近の若い人はそういうファッションとやらが流行っているんかね」
「ふぁっしょん……?」
タマは不思議そうにぴこぴこ耳を動かす。
「動くんかい。ほぇー。最近の機械ってのはすんごいもんだねぇ」
感心している。
なにも気にしていなかったが考えてみれば当然だった。猫耳の女の子が突如目の前に現れたらビックリする。この世界には獣人もエルフも魔族もいないのだから。
タマもカレナも魔王リリスも。人間にはない特徴的な部分がある。猫耳しかり、長い耳しかり、魔族特有の巻き角しかり。
今回は相手がおばあちゃんということもあって、勝手に色々勘違いしてくれた。それにこのおばあちゃんには拡散力もない。だから良かった。けれど今後もこのスタンスというのは少し考えものだ。少なくともこのままいけばいつか痛い目を見るし、良からぬことに巻き込まれる。物珍しさで誘拐しようとする者も出てくるだろうし、付き纏うものも出てくる。場合によっては国に狙われる危険だってある。研究対象に……って、ファンタジー過ぎる思考かもしれないが、絶対に無いとは言いきれないのが怖いところだ。
せめて帽子で隠す、くらいのカモフラージュは必要だろう。
とはいえ今ここで慌てて隠すというのも不自然だ。とりあえずはなにもなかったかのような対応をしよう。
「すみません。実は私たち迷子で」
「迷子?」
「はい。しばらく歩いていたらここに辿り着いたんです」
「なるほどねぇ。そいぎー疲れとーじゃろー。休んでいくかい」
「良いんですか」
「若い人ば放り出すほどねまった人間じゃなか」
こうして私たちは誰かも知らぬおばあちゃんの家にお邪魔することになった。
行く宛てもなければ、なにも手がかりがない。だからなにかのきっかけになればと思う。
「コヒナ様。少し嫌な予感がします」
カレナは耳打ちしてきた。
「ということ?」
「こんな親切な方普通いません。きっとなにか裏があるのではないでしょうか」
「そっか。そうだね。ちょっと警戒しようか」
とは言いつつも、このよぼよぼのおばあちゃん相手ならけちょんけちょんにできるし、この人になにかできるとも思えない。
それに日本には平和ボケしてしまった人たちが山のようにいる。平和ボケのおかげでお人好しが大量発生しているわけで、そう思えば別にこれもへんなこととは思えない。でもやっぱり異世界の常識に照らし合わせると不自然だから。少し警戒するくらいはしても良いのかもしれない。
◆◇◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇◆◇
ご覧いただきありがとうございます。
沢山のブックマーク、レビューもありがとうございます。モチベになっています。
ランキング上位狙えそうなので、まだの方はぜひ「ブックマーク」と「レビュー(☆マークを三つ付けるだけ)」をどうぞよろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます