第4話 数百年ぶりの電車通学
「行ってきまーす」
「辛くなったら、途中で帰ってきなさいよ」
「うん」
母の心配を受け、家を出る。
私の通う高校は、中、高、大とエスカレーター式の私立学校。
おかげで、本来なら受験期真っ只中の私も穏やかに最後の一年を過ごすことができる。
…その分、12歳にして10倍近い倍率を潜り抜ける必要があったけれど。
小学校時代の苦い記憶を想起しつつ、私は3日ぶりに自転車にまたがる。
「よっこらせ」
加齢臭のする文言とともに、姉が後輪の上にある荷物置きに腰掛ける。
条例違反である。もし姉が見えていたとしたら、私の財布から5000円札が消えるか、受けたくもない講習を受ける羽目になる。
が。家の前で注意する気にもなれず、私はそのままペダルに力を入れた。
「いつぶりだろうな、学校に行くのは」
「ついてくるのは構わないけど、後ろからは降りて。危ない」
「心配しなくていい。某青たぬきのように、数ミリ浮いて横移動しているからね」
確か地面からちょっとだけ浮いて、足が汚れないようにしているんだっけか。
小学生の頃に読んだ単行本の隅に書かれた設定が頭に残っていることに驚くも、私は意識を背後の条例違反者に戻す。
「飛べるなら普通に飛んで」
「別にいいじゃないか、数百年ぶりのスキンシップくらい」
「スキンシップに怒ってるんじゃないの。
TPO考えてって言ってんの。私からしたら気が気じゃないの」
「またまた。お姉ちゃんのこと大好きなくせに」
言って、腰に手を回す条例違反者。
自分が重度のシスターコンプレックスを患っていることは否定はしない。
でも、本人から指摘されるのは腹立つ。
逆襲と忠告の意を込め、鼻っ柱に当てるように、軽く頭を後ろに倒す。
「ぶっ」と呻き声が響くも、姉は腰に手を回したまま、私の自転車から降りなかった。
「何してんの!?」
「危ないって言ったじゃん」
「今のは明らか故意だったじゃん!?絶対狙ってやったじゃん!?」
久方ぶりに姉の口調が崩れた。
姉がぎゃーぎゃーと騒ぐ声を聞き流しつつ、私は晴れやかな気持ちで駅へ自転車を走らせた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ここの駅から電車に乗るのも懐かしいな」
「ほら。おばあちゃんみたいな感想言ってないで、さっさと行くよ」
「おばっ…、おばあちゃんか…。
そりゃそうだよな…。もう何年怪異やってんだよって話だもんな…」
駐輪場に自転車を停め、元からついていた鍵とダイヤル式のロックをかける。
田舎駅の無料駐輪場に停まった安っぽい自転車を盗むような輩も珍しいが、用心するに越したことはない。
懐古に浸る姉をよそに、私はテナントへと足を踏み入れ、改札へと向かう。
柱のように聳える改札機にカードを読み込ませると、ちらほらとしか人のいないホームへと出た。
これ以上人が増えることはない。
今日は私が一番最後か、と思いつつ、気づかれないようにあたりを見渡す。
姉はここいらでは有名人だ。
バラバラにされて殺された、可哀想な女子高生として。
それが生きて、私の隣に立っている。
そんな光景を見られて、騒ぎにならないわけがない。
今のところは姉を視認できている人は居なさそうだが、これから来る電車の中がどうかはわからない。
学校近くの駅は新幹線も停まる大都会。…いや、東京の人からしたら田舎の部類に入るのだろうけど、それでもここよりも人の通りが多い。
姉の死を知っている人がたまたま姉を目撃して、錯乱しないとも限らない。
私はその心配を少しでも和らげようと、姉に問いかける。
(…ねぇ。お姉ちゃんが見えてるのって、私だけなの?)
「今のところはね。怪異はその習性上、『誰かに認識されてる』ことを知覚できる。
私のことが見えているのは、今のところこゆきだけだよ」
(………ならいいけど。
見えてる人が居たら教えて)
「わかってる」
少年漫画のように、ぽんぽんと人が生き返る世界観だったら、ここまで気を揉む必要もなかったのかもしれない。
朝からの気疲れに辟易していると、聞きなれない放送が響いた。
『大変申し訳ございません。尾木田駅にてお客様と列車の接触により、遅れが発生しています。
6時32分大宮行き以降の電車は、約50分の遅れとなります』
「え゛っ」
最悪だ。
しかも、接触事故ということは、これから1時間や2時間は確実に遅れる。
ただでさえギリギリの電車だったのだ。
経験上から推測するに、到着は早くて二限目の途中。最悪の場合は四限前になる。
先生に呼び出されていたんだが、この調子では後日に回されるだろう。
「これだから電車通学は」と頭を抱えていると、姉が私の肩を突いた。
「やーい、遅刻確定〜」
(遅刻魔が指摘すんな、腹立つ)
遅刻回数で言えば圧倒的にそっちが上だろうに。
もしかすると、こいつの呪いなのだろうか。
お祓いとか行っておくべきかな、などと思っていると。
背後に並んでいた男子数人の会話が、不意に聞こえた。
「あれ?昨日も尾木田じゃなかったっけ…?」
「よく覚えてるな、お前…」
「いや、3日連続聞かされてるんだぞ?いい加減覚えてるだろ」
「ごめん、俺、どうでもいいことは3日で忘れることにしてるんだ」
「言い訳のレベルが小学生だぞ、お前」
(3日…?)
その三日間は学校を休んでいたからわからないが、同じ駅で三日連続人身事故があったなんて言われても信じ難い。
怪異の仕業だろうか。それとも、ただ単に不幸が重なった結果だろうか。
(お姉ちゃん、どう思う?何か覚えてない?)
「無茶言うな、何百年前の記憶だと思ってる。
ヤマノケはそこそこ有名だったから覚えていたが、駅関係の怪異なんて腐るほどあったからどれか特定できんぞ。
中には『目的地まであと6駅くらいのところで猛烈に腹を下す波動を放つ怪異』なんてふざけたやつもいたくらいだ」
(それ怪異なの…?)
「あとはアレだ。どんなに誠実な人間でも痴漢がしたくなる念波を垂れ流す怪異とか、ネットミームもびっくりな勢いで叫び散らしたい衝動を引き起こす怪異とか」
(だからそれ怪異カウントでいいの!?)
「しょうがないだろ、ほんとに居たんだから」
社会的に人を殺す怪異なんて知りたくなかった。やり方が陰湿極まりない。
いや、殺し方に清廉さを求めても仕方ないことではあるんだけど。
そんなのが生活の中に入り込んでるのか、と呆れていると。
姉がふと、ある一点へと視線を向けた。
「…………見られてる」
(え?)
「見られてると言ったんだ」
(今?)
「今」
言って、姉が駅の入り口へと向かっていく。
改札機と姉の姿が影になって顔は見えないが、着ている制服からして同じ学校の子だろう。
そして、ここいらで同じ高校に通っている人間は少ない。女子ともなればたった3人。姉を入れて4人だけだった。
唐突に近寄った姉に驚いたのか、その少女は尻餅をついた。
「な、え、えっ…?しお…、えっ…?」
「ん?んー…、んー…。ふ、ふじ、ふ…。
ふじ…、あっ。不二蔵か。久しぶり」
「え、へ?へぁあ…?」
不二蔵なんて名字の女子は1人しか思い浮かばない。
私はため息を吐き、出入り口の方へと向かう。
そこにいたのは、薄い茶髪でおさげを作り、メガネをかけた垢抜けない少女。
そんな彼女の頬をぺちぺちと叩く姉を軽く蹴り、私は手を差し伸べた。
「不二蔵さん、大丈夫?立てる?」
「ご、ごべっ…、ごめっ、ひぐっ…。ご、ごめんなさい、ごべ、ごべんなざい…!
お願いだからバラバラにしないでぇえ…」
「………お姉ちゃんなにしたの?」
「いや、なんにもしてないぞ。どっちかと言うとされた方だ」
「された方?」
えぐ、えぐ、と嗚咽し、泣きじゃくる少女を尻目に問いかける。
思えば、この時点で姉の態度、少女の錯乱っぷりから察しておくべきだったのだろう。
そんな後悔を抱くことになるとは知らない私に、姉はあっけらかんと言い放った。
「私が死んだ理由の一端だからな、こいつ」
「……………は?」
柊木姉妹の怪異殺し 〜二周目の姉と死ねない妹〜 鳩胸な鴨 @hatomune_na_kamo
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