番外編 悪い大人の幸せな悩み

 ナオを拾ったとき、誠也はこの子どもを無事に育てられるか自問した。

 中学生とはいえ、一人の子どもを引き取って育てるのだ。もちろん責任を感じたし、しばらくは目も離せなかった。

 けれど当初の誠也の懸念とは裏腹に、ナオは自立も自律も出来た子どもだった。コンロが使えないとか、一部の生活能力の欠如はあったものの、優秀で真面目で、普通の子どもよりよほど手が掛からなかった。

 ナオは高校三年生のときにボス直々の仕事を任されて、大いに活躍もしてしまったので、誠也の心配は増えた。けれど誠也が勧めたとおり大学に進学もしてくれて、ちゃんと自分の未来も見ていると安心した。

 立派なものじゃないか、俺の手なんてじきに要らなくなるかもな……。そんな一抹の寂しさはあったものの、成長したナオを頼もしく感じていた。

 ところがナオが大学を卒業する頃、思いもよらない悩みが誠也を襲った。

「綺麗になったな、ナオ」

 ある日ボスが、誠也に何気なくそう言った。

 誠也は背中を冷たい汗が流れたが、強張った表情を動かさないように気を付けながらボスに返す。

「……子どもですよ」

「そうか? なかなか見ない美人になった。若い連中も騒いでいる」

 誠也は決してうなずきたくはなかったが、内心ではボスに同意していた。

 大学に入った頃からナオは髪を伸ばし始めて、豊かな胸と引き締まった腰の、抜群のスタイルに成長した。それでいて目じりのすっと切れた禁欲的な目をしていて、若い連中などはナオと目が合っただけで相好を崩す者も現れ始めた。

「お前がそう思っているならいいが。気を付けていないと、横からさらわれるぞ」

 ボスは結婚間近の婚約者の世話を日々甲斐甲斐しく焼いている。今更他の女に手を出すとは思えないが、他の連中はそうもいかない。誠也はボスの言葉を耳に痛く聞きながら、どうしたものかと頭を悩ませた。

 事務所から抜けてシマを見回りに行けば、案の定若い連中がナオに声をかけるところに出くわす。

「ナオさん、俺と今度食事に行ってください!」

「いいよ」

 ナオは自分より年下の連中の面倒見がとてもいい。余裕のある微笑みをこぼしながら、下から覗き込む。

「何にしよっか?」

「え、えっと。ナオさんの好きなもので」

「決めていいんだ。ふふ、迷うなぁ」

 ナオは、大学に入って表情も豊かになった。喉の奥を鳴らして笑う声は、少し色っぽくもあった。

 男はそんなナオの表情にすっかり目を奪われて、顔を赤くしながら待っている。

 その光景を見るに堪えかねて踵を返しかけた誠也に、ナオが気づいて声を上げた。

「誠也、見回り? 自分も行く!」

 ナオは年下の少年に、じゃあまたね、と笑って、誠也の横に並んだ。

 ナオは高校生の頃から、夜の街に出るときは黒服を着てタイを締めている。けれど近頃はそれが艶やかにも見えて、他のシマの連中も声をかけてくるようになった。

 誠也はナオに近づくそんな連中を目線でけん制しながら、ナオに忠告じみたことを言う。

「食事はいいが、どこかに引っ張り込まれるなよ」

「あの子は大丈夫。自分、相手を見て言ってるから」

 隣を歩くナオは、別に香水をつけているというわけでもないのに、花に似た髪の匂いがした。

 実際、ナオは仕事に忠実で、軽々しく遊びに手を染めない潔癖さを持ち続けている。そんなナオを信用していないわけじゃないが……何かあったらと、心配でたまらなくなる。

 ……本当、閉じ込めたくなるぜ。まさか自分がそんな願望を持つ日が来るとは思わなかったが、今はわりと本気で思うときがある。

「誠也になら、されてもいいかな」

「え?」

 まさか気が付かないうちに願望を口にしたのだろうか。誠也が思わず立ち止まると、ナオは悪戯っぽく笑って誠也を見上げた。

「……大体のこと。されてもいいってことだよ?」

 それを聞いて、誠也はどくりと心臓が動くのを感じた。

 誠也はナオを、しっかり育てなければと自分に課してきたつもりだったが。

 いつの間にか小悪魔じみた誘いまでかけてくるほど、成長していたようだ。

「悪い子に育ちやがって」

 誠也がぼやくと、ナオは笑って、誠也の首に飛びついた。

「うん! 自分、悪い大人の家族だからね」

 ナオは子どものように、ぎゅっと誠也の背中を抱きしめた。

 幸せそうに笑うナオの背中に腕を回して、誠也は観念したように息をついたのだった。

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野良猫少女と保護者ヤクザ 真木 @narumi_mochiyama

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