第9話 手合わせと魔族領
マイナの言葉通りにローエンは動き出し、集会所前の広場にてセイナとハッシュの手合わせが行われる事になった。
「まさか女性と手合わせする事になるとは…… 俺はそちらの男性を想定していたのだが……」
「先ずは私がお相手します。それで満足出来なかったらマモル兄さんと手合わせしてもらいます」
セイナの言葉にハッシュはフッと笑い
「なるほど、手の内を見せぬようにか。だが分かった、手加減はしないぞ」
そう言って木剣を構える。
「セイナお姉ちゃん、頑張ってーっ!」
ユナたちから声援が飛ぶ。それにニッコリ笑って手を振るセイナ。
「随分と余裕だな。先に教えておこう。俺のレベルは特級だ。もうすぐ初段になる」
「あら? 手の内を教えてくれて有難うございます。私のレベルはまだ教えられないわね」
「フンッ、俺のレベルを聞いても動揺しないならば二級〜一級あたりだろう? しかし、一級と特級の差は大きいぞ!」
舌戦が繰り広げられていたがそろそろ観客(他の護衛や村人たち)たちも焦れてきたようだ。
「マモル兄さん、合図をお願い」
「分かった。それじゃ双方、用意はいいな! 始めっ!!」
マモルの合図と共にお互いに木剣を構え、そして互いに向かって走り出した。
「ドリャーッ!!」
大上段から振り下ろすハッシュの木剣は速い。しかしセイナは左前に更に踏み込みながらそれを躱すとハッシュの胴に向けて木剣を振る。
それをハッシュはジャンプして躱す。
無防備な空中にいったハッシュに向けてセイナは振った木剣を自分の方に引きつけながら振る。
「ムッ! オリャッ!!」
ハッシュは腕力に任せてセイナの木剣を弾こうとしたが、逆に押されて自身の木剣が脇腹に当たった。
「クッ! 力負けするとは思わなかったな!」
「力で負けたと思ってるならあなたの剣の腕前もまだまだね」
セイナの言葉にカッとなるハッシュ。
「俺の剣がまだまだだとっ!! ならば見せてやる! 剣神技【神突】!!」
それまでとは次元の違う速さで繰り出されたハッシュの刺突はしかし
「
セイナの静かな一言と共に絡め取られ、ハッシュの手から木剣が離れ天高く舞った。
「なっ!? 何っ!!」
そのままセイナの木剣はハッシュの胸、心臓の位置に突きつけられていた。それに気づいたハッシュは
「参った! 俺の負けだ!!」
潔くそう叫び、攻撃の意思が無いことを示す為に両手を上に上げて静かに下がった。ハッシュからの如何なる攻撃も届かない位置まで下がったのを確認してからセイナも木剣をおろして後ろに下がる。
「勝者、セイナ!!」
マモルの言葉に村人たちの歓声が上がり、カラムとベータは驚愕の表情を浮かべていた。
「まさかハッシュ様、いや、ハッシュが敗れるとは……」
「フフフ、カラム。大丈夫よ、私は知ってるから」
カラムの失言に気づいたマイナはそう言う。
「マイナ様…… ご存知でしたか。しかし、どうかローエン村長や村人たちには内密にお願い致します」
「分かってるわ、後でハッシュも連れて領主館に来てちょうだい」
「はい、必ずや……」
敗れたハッシュはマモルの方を向き、
「おい、こうなるとお前さんの実力も知りたい! 恐らくこのお嬢さんよりも上なんだろうな…… 手合わせして貰えるか?」
そんな事を言い出した。途端に慌てるマモル。
「い、いや、僕は争い事は苦手で…… そんな見せるような実力なんて…… っ、そうだ!? ハッシュさん、その木剣で僕に好きなように打ち込んで下さい。僕は全て無傷で防いで見せます!」
慌てながらも自分のスキルを思い出したマモルはそんな提案をした。
「いいのか? 本当に? さっき見せた刺突も出すぞ!」
「はい、大丈夫です!」
マモルが断言したので、ハッシュもその気になったようだ。あわよくば傷の一つでもつけてやるという気概も見える。
「なら、本当に…… 行くぞ!!」
そう言いハッシュは木剣でマモルに打ちかかる。マモルはそれを躱しもせずに待ち受ける。村人の女性や子供たちから悲鳴が上がる。
「マモルお兄ちゃん!!」
「キャーッ、セイナ様、止めて!!」
しかしハッシュの木剣がマモルに届く事は無かった。マモルの体の一ミリ手前で木剣が止まるのだ。ハッシュもそれに気がつき、矢継ぎ早に剣を繰り出す。
が、その全ては届かずに木剣が折れてしまった。
「カアーッ、どうなってんだ、マモルの体は?」
折れた木剣を手に途方に暮れたようにハッシュが言う。
「内緒です」
マモルは自分のスキルがレベル特級の攻撃を簡単に防いでくれた事に内心で安堵しながらも、スキルについてはまだ言えないと思いそう答えたのだった。
こうして手合わせが終わり、それぞれが家に戻る事となったが、カラムとベータ、護衛たちは集会所に一晩泊まり、明日の朝に帰る事になった。
「ハッシュ、本当に見事な腕前でした。この二人が相手でなければ貴方が勝っていたでしょう。それで、少しだけ貴方とお話したいからカラムと一緒に領主館まで来てくれるかしら?」
「ハッ! 有難うございます。是非ともお伺いさせていただきます!」
ハッシュの返事を聞いて頷いたマイナは
「それじゃ、カラム。これから直ぐでも大丈夫かしら?」
カラムにそう確認をする。
「はい、ベータに残ってもらうので大丈夫です」
カラムの返事を聞いて「それじゃ、行きましょう」とマイナが言い、領主館に向かって五人で歩き出した。
なお、戻る途中で必死に走って広場に向かってきていたミアーナに出会い、「私も手合わせを見たかったです〜……」と恨みがましく言われたのには流石のマイナも完全に忘れていたので、「本当にごめんなさい、ミアーナ!」と平謝りしたようだ。
領主館に着くとさっそく話を始める。
「それで、なぜ貴方が護衛なんてしているのですか? ハシュルウム第二王子殿下」
マイナの言葉にマモルとセイナも驚き問われたハッシュも驚いている。
「えっ!? なんで? 気づいたのか! マイナ嬢と会ったのは十一年前の一回だけだぞ!」
ハッシュの言葉にマイナは
「私は物心がついてから見た人の顔は覚えています、ハシュルウム様。それにハシュルウム様も私を覚えていらっしゃるじゃないですか?」
そう答えてハッシュはため息をついた。
「ハッシュ様、先ほどの手合わせの際に私が失言してしまい、マイナ様も確信されたようです。申し訳ありません」
「いや、良いんだカラム。俺が覚えていたのは名前だけだよマイナ嬢。まさかとは思ったけど幼い頃の面影もこうして見るとあるな」
それからハッシュは素直にマイナの質問に答えだした。
「俺がここにいるのはエドガルム王の動向を少しでも探る為だよ、マイナ嬢。最近というか一週間前に送られてきた魔王あての書状でこれより貿易は止めると書いてあったのでな。その理由を探る為に来たんだ」
「そうですか、父は既にそのような書状を……」
少しだけ逡巡した後にマイナは決意を込めた眼差しでハッシュに語りだした。
「ハシュルウム様、父は領土拡大の為に魔族領を攻めるつもりです。その為に勇者様召喚の儀式を行いました。何名の勇者様が来られたのかは私は知らされておりません…… 私は父と姉から魔族領を攻める足がかりとなるこの地を開拓せよと命じられて領主としてやって来ました。けれども私はそのようなつもりはありません。私は国が魔族領を攻めるのを止めるつもりでこの地を開拓していく考えです。そのお力になって下さるのが、マモル様とセイナ姉さまです。お二人も召喚された勇者様です。私の考えに賛同してくださりお力を貸して下さります」
マイナの言葉にハッシュは少し考えて
「その召喚された勇者たちが攻めてくるのはいつ頃だとマイナ嬢は思う?」
マイナにそう問いかける。
「分かりません…… 早ければひと月かと考えておりますが」
そこでマモルが口を挟んだ。
「召喚された勇者は僕とセイナを外せば男子十二人、女子十人の二十二人だよ。それと訓練をしてレベルを上げてから攻めてくるんだろうけど、僕たちの住んでいた国は平和な国だったから、みんな戦いの為の訓練なんてした事がない。中には不真面目な者も多いし不平不満ばかりを言って真面目に訓練をする人は少ないと思う。だからマイナちゃんの言う早ければひと月というのは無いかな。僕の考えでは早くて三ヶ月、遅くて半年というところだと思う」
マモルの言葉にハッシュは「ほう〜」と少し安堵したように息を吐いた。
「マモルがそう言うならばその可能性は高いのか? どっちにしても最低でも三ヶ月、いや二ヶ月と少しは時間があるのか…… それにマイナ嬢の考えも分かった。俺から魔王にエドガルム王が攻めてきてもこの村は攻撃しないと言っておく。俺は明日、戻って直ぐに今聞いた事を魔王に報告するよ。エドガルム王国の王都にも間者を送らないとな……」
そう言うハッシュにマイナは一つ頼み事をした。
「ハシュルウム様、一つお願いがございます。召喚された人を元の世界に戻す方法を魔王様はご存じないか聞いていただけないでしょうか?」
「ん? そうか、元の世界に戻せるならば戻してしまえば勇者の脅威は無くなるな…… 分かった、それも魔王に聞いておこう。それと、セイナ嬢」
「はい、私?」
突然ハッシュに話しかけられ戸惑うセイナ。
「さっきは教えてもらえなかったが、レベルを教えてくれないか? 勇者との力の差を測りたいんだ」
そう言われて素直に答えるセイナ。
「私は五級だよ」
「なっ!? ご、五級!」
「そうだよ。でも私とマモル兄さんは参考にならないかも。マイナが言うにはかなり能力値が高いみたいだから」
「そ、そうか…… 分かった、有難う」
聞くんじゃなかったという雰囲気になったハッシュだが、急ぐ必要があると思い今日は泊まらずに先に一人で魔族領に戻ると言い出した。
「分かりました、ハッシュ様」
カラムも了承し、急ぎ魔族領へと戻る事になったハッシュ。
「もしも平和的な解決が出来た時は一度は魔族領に来て欲しい」
そう言って領主館を出ていったのだった。
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