シューティング・スター・コスモノーツ

義為

本編

※※


 次の冬を、人類は迎えることは出来ない。

 その事実を知ってから、世界は荒れに荒れた。

 人類を滅ぼすのは、恵みの太陽。

 太陽の誕生以来最大の、10万年にわたる磁気嵐によって、電子文明のみならず、高等生物の遺伝子は破壊され、タンパク質合成はおろか、神経伝達物質のやり取りが出来なくなり、即時絶命する。

 この地球は、原始の星に還る。

 生命35億年の歴史のどこまで戻るかは未知数でも、たった700万年の人類に、チャンスがないことは明らかだった。

 あと100年あれば、隣の星系に逃げられたかもしれない。

 でも、残された時は、あと1日。

 そう、あと1日の今、僕たちは宇宙へ飛び立つ。

 磁気嵐を、逆にエネルギー変換して、青く輝き続ける永遠の星。

 人類の墓標。

 荒廃した世界が、最後に作り上げた、バベルの塔。

 名付けて、

the Graveグレイブ ofオブ the Groundグラウンド」。

 おおいなる大地の墓標。


 ごめんね。

 90億人。


 僕は、僕たちは、この塔を地に墜とす。

 この計画の真の名、二人だけの秘密の名は、

Shootingシューティング Starスター Cosmonautsコスモノーツ」。

 流星の飛行士

 

※※

 

「昨日、そんなビデオを撮ったんだ」

「なにそれ、ビデオ日誌なんて職業病、世界を裏切るのすら記録しないと気が済まないわけ?」

「はは、人類を看取るまでは、きっちこなすさ。これは、二人で眺める用」

「ねえ、今から世界を絶望させちゃわない?あんたらの墓はあんたらが息絶えた瞬間に燃え尽きますって」

「そんなつもり、ないくせに」

「確かにね」


 船内服越しに、僕の左こぶしが君の右拳にぶつかる。

 僕たち二人はバディだ。

 人類が滅びるまでは。


 歩む僕たちの前に、薄手のロングコートを羽織る男が一人仁王立ちしていた。

 黒ずくめのその男は、いかにも高級そうな、そしてもはや必要ないサングラスを派手に投げ捨てる。


「君たちは英雄だ!

 人類がここに生きた証を、人類のチカラを結集して、宇宙に打ち上げる!

 君たちのおかげで、世界は一つになった。

 ……いささか、遅すぎたかもしれないがね」


 彼は僕らのメインスポンサー。

 宇宙開発ベンチャーの社長だ。

 価値が暴落した資源を、市場システムが崩壊する寸前に買い占めた社長。

 いまや、人類の王と言っても過言ではない。

 もっとも、王に権威を与える神は、どうやら僕らだったらしいが。


「いいえ、今だったんです。

 今しか出来なかった。

 だから、必ず見届けます。人類の終わりを」


 君は使命感たっぷりの顔で言う。

 僕も同じ顔をして、社長と握手を交わす。

 船内服越しじゃあ、何も伝わらないけどね。


「最後の星になりましょう。

 世界中から見えるように。

 世界中の祈りを受けて」


 君の言葉に、社長は涙ぐんでいた。

 彼の、いや、人類の総決算が僕たちだから。

 

 僕たちのためだけに造られたエレベーターが扉を開く。

 ここからは、全世界中継だ。

 世界に夢を見せてろう。

 眠りにつくまで。


※※

 

 こんにちは。

 地球に生まれた友人たち。

 僕たちは、星になって、地球の最後の時間を、宇宙からお届けします。

 

 私からも、こんにちは。

 このプロジェクト「G.G.」で生み出される新たな星には、名前があります。

 「ノア」。

 カンザス州のクラークくん、素敵な名前をありがとう。

 みんなの思い出を、運んでいきます。


 さあ、出発の時間だ。

 安定軌道に入るまでの10分間、地上から僕たちを送り出してくれる、最高の仲間たちの様子をご覧ください。


※※


 本来飛行士でも、戦闘機乗りでもない僕らは、とんでもないGで気絶寸前に追い込まれる10分間を耐え抜いた。

 ロケットから切り離されて。

 安定軌道に乗って。

 地球を何周も回る。

 少しずつ角度を付けて、全人類が一度はこのほしを見られるように。

 

 僕たちは、冬枯れの北半球と、盛夏の南半球を行き来する。

 変わらないのは、薄青い、美しい星。


 世界最後の生放送で、ワールドツアーを行う。

 きっと、地球で流れる映像には、音楽と、祈りが、満ち満ちているに違いない。

 

 そう、美しい。

 でも、今に人類は、このを忌まわしく思うようになる。


 視界を、青い光が引き裂く。

 来た。

 滅びの光だ。


「チェレンコフ光。

 放射線が眼球内で光速を超えた粒子を発生させて、生じる光の衝撃波。

 一瞬なら美しいけれど、10万年は長すぎよね」

 

「窓を閉めよう。

 しばらく時間は稼げる」


 君の姿が、青い光に焼かれる前に。

 

 「磁気嵐で、もう地球とは通信が取れない。

 通信システムも、地上の電子機器も、どっちもお陀仏さ。

 ……やっと、自由だ」


 地球を覗く外装窓がいそうまどが、カメラのシャッターを絞るように閉じ、白色LEDで船内が照らされる。


「ねえ、どうして、この船を、ノアを地球に墜とそうと思ったの?

 地球最後の二人になる一瞬の時間で、十分じゃない?

 宇宙一の贅沢だよ」


 君の疑問はもっともだ。

 でも、それを説明するために、この時間が必要だったんだ。


「これを、見て欲しい」


 取り出したのは、古いスマートフォン。

 もう通信する相手もいない、最後の端末。

 それが、なんだか愛おしくて、笑えてくる。


※※


 地球は終わる。

 その頃、秋の終わり……なのは、日本だけか。

 ともかく、宇宙物理学者たちは気づいてしまった。

 太陽からの極大の磁気嵐。

 僕は、素材屋だからね。

 生き延びる術は、実は見つけてしまったんだ。

 でも、そのためには、地球表層にある、とある元素を全て使い切らなきゃいけない。

 そうして、6畳くらいの空間を囲めるシェルターを作れる。

 つまり、やっぱり人類は終わりってこと。

 でも、僕は、思いついたからには、実証したいんだ。

 このビデオは、僕の計画がうまくいったときにだけ再生するよ。


※※


「この宇宙船、広く見積もって4畳半ってところだけど?」

「理論値通りにいかないのが実験的試みなのさ」


※※


 あのトンデモ社長を乗せられたのは良かった。

 あの人はこういうロマンが好きなんだ。

 悪いけど、僕のロマンに付き合ってもらうよ、世界。

 ……うまくいかなかったら、南の島にでも行こうかな。

 きっと、良い旅になる。


※※


「もうこの辺りは知ってるんだけど」

「ごめんごめん、次が大事なんだ」


※※


 このビデオは再生できません


※※


「ちょっと……」


 君が眉間を揉む。

 そりゃそうだ、僕も、こんなにとは思っていなかった。

 いつの間にか、船内は暗くなっていた。

 もう、この船の電子回路はすべて死んでいる。


「じゃあ、ここから先は見てもらうのが早いかな。

 宇宙放射線は、この船だけじゃ防げないんだ」

「それなら……」

「ほんの数分、地球の磁場や大気よりも長持ちするだけの防壁さ。

 だから、プロジェクトチームはアナログな操縦システムを用意してくれたんだ。

 最期の時間を、自由に生きられるように」


 もう、視界が青い。

 チェレンコフ光が発生している。

 君の瞳も淡く、青く光っている。

 もう時間はない。

 操縦方法の分かる、丸いハンドルを手に取る。

 このハンドルを回す腕の力が、そのまま外壁を動かし、磁気嵐を受け止める帆となって、進行方向を決めることが出来る。


「最期に、地球の本当の姿を。

 君と見たいと思ったんだ。

 青い光に塗りつぶされずに、見るためには。

 大気圏に再突入して、外壁を加熱する必要があったんだ」


 地球の引力に引き込まれていく。

 手動で操縦席の外装窓がいそうまどを開けると、青い星が眼前に迫っていた。


「ほら、青い光を退けて、青い星を見る。

 こんな贅沢、ない、でしょ」


 涙が、溢れている。

 僕が死ぬのも。

 君が死ぬのも。

 怖い。

 緩慢に迫る青い星。

 それが、恐ろしくって。

 不意に、目が塞がれる。

 君の、柔らかい手。


「ねえ、もう、いいよ。

 貴方がそんな顔するなら、そんな贅沢、いらないよ」


 君の手も、声も、震えている。

 暗かった視界が、青に染まっていく。

 眩く。

 白く。

 きっと、じきに脳も焼かれて死ぬのだろう。

 この宇宙うちゅうは、寒くて、震えて。

 でも、だから、この温もりには、応えたい。


「ありがとう。

 君の言うとおりだった。

 世界に二人だけの時間。

 それだけで、この上ない贅沢だったんだ」


 目を覆う手に、手を重ねる。

 世界中の人間と、動物たちと、同じ光を見て、僕たちも終わるんだ。

 もう、何も感じないや。

 この雲一つない宇宙ふゆぞらも、寒くない。

 青白い、その光は、なんだか、なんだろうな。

 思考が、混ざる。

 時間が、乱れる。


「ありがとう」


 だれか、の、こえ。

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