3 電車にて

 茉莉さんと研究結果を交わし合った。正直、彼女の対処法はどれも視点が鋭く、此方としても良い勉強となるものだった。


「では、行きましょう。」

「あぁ、ちょっと待ってね。」


 研究を照らし合わせる。すると何かの文字、いやあの異世界の文字と近しいものが浮かび上がった。


(うーん、偶然かな?)


「早く行きますよ!」

「うん、行こうか。」


 目は死んでいるものの、元気溢れる後輩につられ足を進める。

 今日向かうは事象が起きてしまった後の場所だ。というか、大体が遭遇出来ないと思って丹念に調べ尽くし、対処法を試してたら遭遇しちゃったパターンなんだよね。


「西田先輩、事象に遭遇することが出来なかったらどうやって対処法を試すんですか?」

「あぁ、普通に痕跡かな⋯⋯。」


「痕跡⋯⋯。なんか地味ですね。」

「意外とズバズバ言うねぇ。」


 苦笑しつつ軽口を叩きつつも電車を乗り換え、事象へと向かう。後輩と一緒に吊り革に掴まり電車にガタゴト揺られる中、コソコソ話が聞こえてきた。


「事象課? 何かまた事象が起こったのか?」

「いや、あれ自己責任がモットーの生命知らず隊じゃね? ほら、バッジ。」

「マジじゃん、あそこの隊こわいんだよなぁ。」

「マ? 俺は推してる。見ててスカッとするし。」

「そうかぁ?」


 と話し声が聞こえた。


(うちの隊も随分と有名になったものだね。)


 差された隊別で異なるバッジを自分は見た。中でも隊長、副隊長と課長、課長代理はまたバッジが違う。それくらいややこしいので制服で一目で事象課だと分かるようになった。

 事象課の制服といえば紺に紅ラインものというのが世間一般の認識である。


「あの隊っていえばやっぱり謝花じゃはな えつだろ。ほら、あの生粋のマッドサイエンティスト。」

「あぁ、あの。え、お前推してんの?」

「いいや。推してないけど。」

「じゃあ、何で言った?」


「俺が推してんのは、宮川みやがわ 由佳ゆか。」

「あぁ、あのお淑やかさんか。」

「そ。」


 その会話を聞く中、自分は思った。これ、宮川が聞いたらぶっ倒れそうだねぇ、と。


 暫く電車に揺られていると、電車の電球がチカチカ言い始めた。


「茉莉さん、事象かもしれないよ。」

「事象――、絶対殺す。」


 いや、そんな殺戮兵器みたいな。なんて自分が思うことも露知らず。茉莉さんはギラギラと目を輝かせ、闘志を燃やしていた。


「ころ? 新人かな? あの人」

「あの手品の西田に着いていて、見かけたことがないってことは新人だろ。」

「だよね。また、クレイジーそうな隊員だな。」


「ま、あそこは大体ネジがぶっ飛んでなきゃやれないからな。」

「宮川 由佳さんはぶっ飛んでないよ?!」

「え、あ。まぁそうだな。」


 事象が湧いているというのになんて危機感のない会話だろうね。ま、我々を信頼してくれてる証と思おうじゃないか。そう思い、思考を回す。

 電球がカチカチ。電気系統と見なしてほぼ間違いないだろう。それじゃあ、危険なのはスマホ関連かな。


「茉莉さん、呼びかけて欲しいんだ。」

「分かってます。」


 すると、思いのほか冷静だった彼女はひと息吸ってから口角を上げた。


(笑った?)


「皆様! この事象は電気系統と思われます! ご自身の安全を保つ為にも、電気が通っているものは手放すか、スマホの電源をお切り下さい。」


 その言葉を皮切りにみなさん急いで次々とスマホの電源を切って行く。これも、当時彼女が事件から生きて帰ってきて事象について報告してくれたお陰だ。世間一般の認識が、神隠し・異世界転生から出くわすと死よりもヤバいものへと変化していった。


 我々、事象課は彼女に恩があると言っていいだろうね。


「マジかよ。スマホ使えないってよ。」

「電気関連のものって何だっけ?」


 カチカチ音が増す中、混乱が広がる。だけど彼女は混乱を招いてしまった。混乱している人が多いときはもっとしっかり提示しなければならない。例えば――


「電気伝導体は銅・銀・アルミニウム・鉄だね。人間も電気を通してしまうから、絶縁体であるゴム・ビニール・ガラス・プラスチック・木・紙・油を出来ることなら被ってもらいたいものだよ。」

「え、ちょっと先輩――」


「え、人間って電気通すの?」

「通すらしい。ほら、人体って水分がさ。」

「あぁ、終わった。感電死して終わるんだ。」

「ほら、西田のことだしさ。きっと――」


「ていうか木被るって何?」

「さぁ?」


「み、みなさん落ち着いて下さい!」

 後輩が自分を少し睨み、みなさんに静止をかけた。誰も手がないとは言っていないんだけれど。


「そう、何にも手がないとは言ってないからね。」


「ほら、西田だから。」

「うん、そういえばそうだったわ。あいつ、ああいう奴だった。」


(そこ、聞こえてるよ。)


 自分はみなさんの顔をしっかりと見た。彼らは期待に満ちた表情、死を覚悟する表情、逆に死を望んでいる表情、疲れ切ってそんなこと聞いていないなどなど、様々だった。


「どうせ、西田お得意のマジックだろ?」


 そう一人がボヤいた。マジックか⋯⋯、何だか罪悪感が湧く。彼らは彼らであって、所謂事象操作とかではないからね。彼らも自分の職業に誇りを持っている。一緒にするなど烏滸がましい。けど、一緒にしなければ頭のおかしい人と化す。


(困ったものだねぇ。)


 思わずクツリと笑みが溢れる。それに少しの動揺が広がる。叫び声はヒドくなり、電球も更にカチカチ音が増した。


(大丈夫だとも。君らを無下にする気はないよ。)


 バチバチッ。合図だと言わんばかりに電気が数回点滅し落ちていった。


「まっくら! 何も見えない!」


 などと大勢の悲鳴と奇声と割れんばかりの泣き声が上がる中、自分の目は電球に引っペ着くソレをしっかりと捉えていた。

 手はしっかりと形成することも儘なっていない。目は潰れている。鼻はやけに小さく口は歪としか言えない。足は指先がない。それらのことから察することが出来た。


(実験でしか⋯⋯ない、か。)


「西田先輩! 方法って何ですか!」


 そう叫ぶ可愛い後輩の声がする。ここで躊躇っても、奴には理性がない。あの異世界についての情報も聞き出すことは出来ないだろう。


(仕方ないね。殺ろう。)


 マジック演出はなし、小手調べもなし。まさにないないだらけの取り繕いもなしだ。これが見えなくて良かった⋯⋯。


 左手の革手袋を外す。これは恩恵、そして執着の証。癪だけど、この方が早いし一般人も巻き込まれない。そう思うや否や、直ぐに右手を蠕動ぜんどうし暴れんとする奴に向ける。


(お願い、奴を貫いて。)


 その瞬間、一閃が雷の如く奴の腸を貫いた。それと同時に左手の証、いや幾何学のような丸のようなびっしり詰まった執着の紋様が広がっていくのを感じ取った。


(面倒な。)


 はぁーとため息をつき溢し、不意に力が抜けて咄嗟に地面に手を着くもたてずに座り込むこともなく。


(あれ? 景色が横になっていく。)


 意識が朦朧とし、自分を眠気が襲った。


「――!」


 少しだけ明るくなっていくのが見えた。


(あぁ、よかった。)

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