2 新入り後輩の事象話

「えー、今回行方不明となった青年は熊沢高等学校野球部所属の村越むらこし かつ。17才。自宅にて失踪しています。」


 画面の中の女性警察官が言った。毎日のように警察が会見をやるというのももう見慣れた異例だ。


「やはり最近、相次ぐ失踪事件と何か関わりはあるのでしょうか?」

「今のところ、何も分かっていません。」


「最初に行方不明になったのは警察だそうじゃないですか。信用問題、どうするおつもりです?」

「我々も全力を尽くすつもりです。」


「答えになっていませんね。それに――、いつも肝心な質問には答えずいつまで責任を逃れるおつもりですか?」

「判明次第、公表するつもりです。」


「警察は今後どう動くつもりなんです?」

「詳しい説明は後ほどとなっています。」


「失踪事件ですよ? ネットでは神隠しだなんだと噂されていますが、警察も動く気配が一向にない。ご家族にはどう説明するおつもりですか?」

「すみません。今のところは⋯⋯。」

「すみませんじゃ済まされないのよ! もう起こってんの! 分かってる?」

「分かってます。事件の詳細が分かり次第、追って会見致します。」


 群がる記者の質問に応える女性警察官。思わずテレビを消した。

 ここ最近は、こんなニュースが連続で報道されている。行方不明、先ほど言っていたように神隠しだなどと。そんなわけないというのに。


(はぁー、嫌になる。)


 ソファから起き、気晴らしに出かけようと玄関に向かおうとすると


知佳ちか。あんた、学校今日休みでしょ? 頼むからお母さんの目の届く範囲にいてちょうだい。」

「分かってるよ、お母さん。」

「そう⋯⋯。それならいいの。」


 本当に心配な表情でお母さんは言った。その手はカサついていて、目も何処か疲れている。にも関わらず私の心配をしてくれるお母さんが私は好きだ。


「心配症だなぁ、お母さんは。」

「だって! 突然と消えるんでしょう?」

「でも、目の届く範囲にいても消える事例もあるって。」

「そうだけど、少しでも懸念を減らしておきたいの。」


「分かってる⋯⋯。」


 そう言ってしかたなくゲームをした。


 でも最近の生活は窮屈で仕方ない。トイレにもお母さんが着いてくる。勿論、ドア越しで。2秒毎にいるかいないかの確認が入る。


 あまり意味がない気もする。


 最近は何処の家もこんな感じらしい。友達のまーちゃんもそうだってメールで言ってたし。はぁー、一部では異世界に行けるんだ、とか舞い上がる人も出る始末。そんなわけない。それは幻想でしかない。あったとしても得体が知れなくって怖くないのか?


 会見だって体裁を取りたい奴らの我儘で行われている。もし、本当に異世界があるというのならこの目で見てみたいものだ。ま、ないだろうけど。


 然し、終わりそうだな⋯⋯この世の中。


 警察は、動きたくても証拠も何もなく突然消えるし、対処はバラバラ、年齢もバラバラ。そりゃどうしろって感じだろうし。この事件が収束することってもうないのかな? そう思いながらこっそり部屋に入ってドアを閉めた。ベットに寝転がり、物思いにふけていると


「――ヴーヴッ。ヴー、ヴーッ。」


 スマホのバイブ音が鳴った。


(ん? 電話か。)


 手に取り、スワイプして出る。


「はい、も――」

「助け゛て。」


 助けて? その言葉に通話相手を慌てて確認した。いし ⋯⋯。まーちゃんだ。


「ど、どうしたの? まーちゃん」

「お願い! 助け゛て!」


 その声のカラカラ具合に思わず思案する。これ、ほんとうにまーちゃんか? 、と。


「どうしたの? 声カラカラだけど。」

「お願い゛。助け゛て゛。」


 同じ言葉を繰り返す。ふと頭に事象という言葉が過った。

(これ――、まーちゃんじゃない。)

 慌てて切った。スマホの電源も落とす。


 行方不明になる内の一つ、同じ言葉を繰り返す人からの電話。その人物はヒドく声が枯れていて、元の人物の声とはほど遠い。つまり、次に起こることは――。


 慌ててカーテンを閉め、じっと息を殺して待つ。息遣いが聞こえないよう、少し押し殺しつつも鼻で空気を取り込む。


「お願い゛、助け゛て゛。」


 来た。部屋の真ん中にいる。行方不明事象2に当てはまる。警察の事象課に所属するお姉ちゃんが言っていた。

 行方不明事象2は人の精神状態により姿形が変わる、らしい。私の場合は――、まーちゃんか。

 顔を見上げて確認した姿は、制服姿のショートヘアに茶目。瓜二つ、いやそのまんまのまーちゃんだった。


 ここでは喋ってはいけない。音をたてるのもダメ。足に自信があるのなら音をたてずに走れ、と。

 当然、ゲームばっかりの私には無理な話。だから息を潜め、音をたてずに裏口から脱出。裏口はお姉ちゃんが付けた。多分、大丈夫。


「お願い゛、お願い゛。お兄゛ちゃァ゛ん、俺は風゛にな゛る、お姉゛ちゃァ゛ん、助゛けて゛、あ゛の子゛を。」


 コイツは食べた人間を学習する、とお姉ちゃんが言っていた。風になる人はラノベの読み過ぎ。


「どう゛して゛私が゛!」

 手当たり次第喋って数撃ちゃ当たるってくらい部屋のど真ん中で行方不明事象2は叫ぶ。残念、私が喋ることはない。けど――、もし今お母さんが来たらマズイ。


 どうする⋯⋯、裏口から出てったらお母さんが取り残される。お母さんを見捨てるような真似はしたくない。電話⋯⋯は、無理か。メールも電源切ったせいで出来ない。いや、音をたてちゃマズイから正解なんだけども。

 もし、お母さんがこの声に気付いていたら寄ってくることはない。お母さんも事象についてよく知っているし、それに賭けるしかないか。そう思い、移動を試みていると


「ね゛ぇ、お姉゛ちゃァ゛ん。」


 また喋った。私はあんたのお姉さんじゃない。⋯⋯にしてもここ最近の社会は何なんだ。こんなものが産まれて――、行方不明者は数知れず。


 はぁー、嫌になる。


「ね゛ぇ」


 ガン無視を決め込み、足音をたてないようゆっくり移動した。床に穴が開いているところへそっと移動する。行方不明事象2を注視しつつ、足元を見て移動する。だんだん行方不明事象2が見えない距離になってきた。それが更に恐怖を増す。


 一旦、止まろう。息が上がったらマズイ。足を留めた。辺りを音をたてないように見回した。


(今のところは大丈夫。)


「――りちゃァ゛ん」


 そう遠くから聞こえる感じだし、多分大丈夫。

 またゆっくり慎重に歩みを進めた。奴らを銃でやれるのかとか気にはなるけど、これまで試しようがなかった。

 それにここから先は逃げ切れた人もいたけど、些細な音をたてて逃げ切れなかった人もいる。逆に本人の足が速すぎて逃げ切れた事例もあるけど、私にとっては宛にならない。


(ッ、外だ。)


 慎重に、慎重に出る。慎重に隣に用意してある板で出口を覆った。少し離れた場所にお母さんが。


(よかった⋯⋯、お母さん無事だったんだ。)


 お母さんはこっちに近寄らない。当たり前だ。近寄ってきてたら怒ってた。ゆっくり音をたてずにお母さんの方へ歩く。ゆっくり、ゆっくり。ゆっくり、ゆっくり。

 歩いていくとお母さんが手を握って来た。私も握り返した。またゆっくり、ゆっくりと家を離れていく。奴が聞き取れない範囲まで。

 奴は暫くは、一度狙った人間しか追わないから多分他の人は今は大丈夫だ。ゆっくり、ゆっくりとまた離れていった。


 息が詰まる思いで、公園まで来た。もう大丈夫だとお母さんに声をかけようとし、お母さんの顔を見た。


(ッ、お母さんはお母さんじゃなかった。さっきはお母さんだった。お母さんだったのに!)


 声が出そうになった。声を荒げそうになった。だけど、その行為は許されなかった。お母さんじゃない、まーちゃんの顔が乗ったお母さんが私の口を手で抑えたからだ。


 それを見てあることが思い浮かんだ。人の記憶は受け継がれるという。もしかしたら――、そう考えて私は。


 わざと声を荒げた。


「お母゛さん! ま゛ーちゃん゛!」

「⋯⋯。」


 終始無言だった。お母さんじゃないお母さんが言葉を返すことはなかった。お母さんじゃないお母さんはどうやら私を連れて行く気はないらしい。


「なん゛で!」


 お母さんじゃないお母さんは急に自らの手をへし折り遠くの地面に投げ捨てた。すると何処かへと歩みを進めた。どうして行くんだ、私があの時声を上げていたらこうなることはなかったのかッ!


 そんな声ももう出ない。泣き声と嗚咽音しか出ない。けど――


「返せ゛! 返せ゛よ゛!」



 そう目の前の彼女は語った。彼女の表情は無で、目に光もない。彼女はそれから2年高校生活を送り卒業後、直ぐ警察学校で10カ月過ごしてから姉伝てに自らここを志願したらしい。


 彼女の名前は――平敷ひらしき 茉莉まり。今日から自分と同部隊。


「あれから行方不明事象2は小賢しい手口を使うようになりました。行方不明事象2は必ず私がこの手で殺ります。」

「成果を期待しているよ。」


 どうも、奴らは事象でもあるけどそれだけで解決出来る問題ではない気がするよ。もっと、何か裏があるような⋯⋯。発生源はもしかすれば――、あの異世界かもしれないね。


「よろしくね、茉莉さん。」

「よろしくお願いします、西田先輩。」


「ところで、茉莉さん。」

彼女を見定める為の一声を上げた。

「何でしょう?」


「この部隊は研究し対処法を絞る部隊だ。時たまに自力で赴き対処を試す。要は生命いのち知らずの部隊。通称、自己責任がモットー。それを承知で入ったのかな?」

意地悪く、去れどにっこりと聞く。


「勿論です。」

その彼女の答えには迷いも曇りも一切がなかった。

「それなら僥倖だよ。君に出会えて。」

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