止まり解いて事象、彼らもまた。
日明かし人
1 疾走感に拘りを持つ男の事象
突然だが、異世界と思わしき焼け野原に放り込まれた。装備は漢Tシャツ短パン、片手にはバットが。
これは――野球をしろってことだな? そう思い、バットをぶん回しながら駆けた。
俺は焼け野原を駆けた。なぜ、焼けているのかは当然知らない。まだだ。まだ速さが足りない。野球少年の魂はそんなもんじゃない!
俺は更に駆けた。全身全霊で駆けた。なんて疾走感がないのだろう。これも俺の未熟ッ!
俺は全身全霊を越えていく!
更に駆けた。途中なにか見えたが気にせず駆けた。バットのぶん回し具合もまだ足りねェ!
バットを持つ腕に力を込めた。いつの日かバットぶん回し大名の名が欲しいものだ。ふっ。
俺は全身全霊をもってしてバットのぶん回しスピードを速めた。
これで名は頂きだァ!
だが、然しまだ足りねェ。何たる未熟具合ッ! 焼け野原を風になって消すぐらいやらないでどうするッ!
うぉおおおお!!!!
俺は駆けた。奇声を発しながら焼け野原を駆けた。今の俺は完璧な風だ。風向きを読め。そしてこれでエンドレス! 終わらない風だァ! バットをぶん回しながら風になる。
これが俺の異世界転生だァ! 火が熱い。けどドンドン消えている――多分!
「おにいちゃん、ありがとう。」
俺は咄嗟にぶん回しバットを構えた。何故って。そんなん人じゃないモンスター類が喋ったからだ。
俺は完璧な風に⋯⋯なれなかったッ! 構えてしまった! 何たる不覚ッ!
「ねぇ、おにいちゃん。」目の前の黄緑モンスターが言う。
俺は完璧な風になれなかった人間だ。そんな人間に何の話があるというんだ。
「ね。ね。」
黄緑モンスター⋯⋯。こんな俺にも話しかけてくるとはッ! なんて良い奴!
「黄緑モンスター、俺は完璧な風になれなかったんだ。」
「ね?」
黄緑モンスターが首? ネチョネチョ? を傾げる。おお、反応してくれるのか! 黄緑モンスターよ!
「おに、おにいちゃん。」
黄緑モンスター⋯⋯。
「お兄ちゃん。」
黄緑モンスター⋯⋯、悪いがもう完璧な風にならなきゃいけない頃合いなんだ。
「俺は行くよ、黄緑モンスター。」
さらば! 黄緑モンスター!
「お兄ちゃん、じゃ?」
俺は駆けた。焼け野原はいつの間にか収まっていた。
俺は完璧な風となるべくまた風を読んだ。風の向きに沿って自然と動く。これが俺なりの風への理解。
さ、バットをぶん回し構えは出来た。行くぞ、完璧な風への道へ!
うぉぉおおおおおおお!!!!
「お兄゛ちゃァ゛ァアア゛ア゛ん゛」
その大声がする後方を思わず見ると黄緑モンスターがいた。それも馬鹿でかい。俺なんかひとたまりもない。
俺は思わず駆けた。あぁ、これが青春の瞬き⋯⋯。黄緑モンスターとの鬼ごっこ対決。実に良い青春だ。
俺は負けられなかった。野球少年の魂を志す俺は負けちゃならんと心に決めた。
負けては名折れだ、と。
俺は全身全霊で駆けた。全身全霊で黄緑モンスターと向き合うためにッ!
俺は駆ける。ぶん回しバットを片手に携えながら。
俺は本気で駆ける。黄緑モンスターは良い奴だから。だから、俺は奴と本気で向き合う。
「お兄゛ちゃァんじゃない。お兄ちゃァ゛んじゃな゛い。」
さァ、俺を追って来い! 黄緑モンスターよ! 俺はここで駆けているぞ!
更にスピードを速める。黄緑モンスターもそれに応えるかのように速めた。
「これが青春だ! 黄緑モンスター!」
「お兄゛ちゃァ゛んじゃな゛い。いらない。」
そうかそうか。黄緑モンスターもこの青春を楽しむべく余計な羞恥は捨てると。そうかそうか。黄緑モンスターの速さが更に速くなり、俺に追いつこうとしている。
だが然ァし! 俺も漢だ。負けるわけにはいかないッ!
俺も更に駆ける。全身の筋肉を使い切り、骨の髄まで風と化さんとすべく駆ける。
青春とはいいものだな。だが――いつまでたっても家や人影すら見えないとは。
しかたなく、俺は山に向かって駆けた。
山なら見晴らしがいい。山登りもまた青春。
黄緑モンスターはついてきていた。
そうか、一緒に山を登りたいのか。
それもまた青春だ。
俺は山を登った。黄緑モンスターにとっても山はキツイらしい。
俺は山を駆けるべく、必死こいた。黄緑モンスターもバテバテになりながらついてきていた。
そして俺は、山を更に駆けた。黄緑モンスターよりも速く、もっと速く。
そうして着いた山から見る景色は絶景だった。あぁ、綺麗だ。見惚れるも忘れべからず。
俺は人を探した。街を探した。
だが、人っ子一人見つからなかった。思わず俺は頭をゴネゴネ、ゴネゴネ悩ませた。
すると、後ろから迫りくる黄緑モンスターがやって来た。
これは歓迎の抱擁をしなくては、と手を広げた。
「黄緑モンスター!」
目の前がまっくらになった。
目を――? 開ける?
瞼を開いていくといつもの景色が広がっていた。
なんだ、夢だったのか。
そう思い、起き上がると左手にはバットがあった。まだ新品だったハズのバットにはあちこちぶつけた跡があった。
あれ? 夢⋯⋯じゃ、なかったのか?
ふと辺りを見回した。黄緑モンスターはいないし、普通に家だ。
だけど、やけに静かなような⋯⋯。
「お兄゛ちゃァ゛ん」
その声の方向を見上げると、黄緑モンスターが口を大きく開けていて――。
目の前がまっくらになった。
これは――、とある異世界にて行方不明事象2、サソイルの獣の断片から読み取れた記憶媒体でしかない。この青年の精神状態が心配である。
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