最終話 月と星
バカだね、私は。
私が初めて恋したあの日。ドラマチックでも、ロマンチックでも無い出会い。
そもそも、出会いと呼んでいいのだろうか。ただ、すれ違っただけの、そんな出会い。
一目惚れってことは、どんなに美化しても、結局は見た目が好きだっただけ。私に告白してきたあの男の子達とおんなじで、中身なんて関係無かった。
でも言い訳するのなら。
あの子と話して、私はもっと好きになった。
ああ、でも。
もしかしたら、私は否定したかったのかも。
外見だけに惚れたのでは無い、と。そう思い込むことで、あの子の内面も私の好みだと、そう自分を騙したのかもしれない。
そういう疑心は常にあった。
今でも、もしかしたら、と。それを疑ってしまう。
散々外見だけに騙されて告白してきた男子に嫌気がさしていたのに、彼らと同族である事を否定する為だけに、私は本気であの子を好きになったんだ、と。そう意地になっていたのかも。
それに気づかないように、私は彼女に対する恋心の熱に浮かされていた。
そういう可能性が、猜疑心が。無かったといえば、嘘になる。
でも、バカだね、私は。
友人たちが言うように、やっぱり私はバカだったよ。
だって、そうでしょ?
あの子が——星香が不恰好な走り方で駆け寄って来た姿を見て。
私はこんなにも愛おしいと、感じているのだから。
初めから私は、心の底から、星香が好きだったんだ、と。胸を張って言えるだけの、恋をして来た。
◇
「あの……、那月……先輩っ……」
普段から余程運動をしていないんだろうな。息も絶え絶えに、肩を激しく上下させて呼吸を繰り返す星香は、何かを伝えようとするが、上手く言葉が出ていない。
「ねぇ、見てよ、星空」
と、私は空を見上げる。
星香は、息を整えながらも、私に倣って空を見上げた。
星があって、月があって。
あとは、夜の空。
「私、初めて知ったよ」
「何が……ですか?」
「夜空って、単なる真っ暗って訳じゃないってこと」
僅かに明るい。
画用紙に絵の具で夜空を描くとする。でも、そこで使う絵の具の色は、黒よりも紫色の方が本物に近い。
「でも……あれは……多分街の灯りがそうさせてるんだと思います」
「……そうなんだ。……あはは、カッコつけようと思ったけど、やっぱりダメだね」
「そういうところ、那月先輩らしくて、私好きです」
カッコつかないところが、私らしい、か。
落胆すべきか、それとも好意だけを切り取って喜ぶべきか。
微妙なところではある。
それでも、私はまだ、この恋を終われない。
「ね、星香。私さ、君に一目惚れしたんだ。こんな事を言うと、ガッカリさせちゃうかも知れないけど。本当の最初は、星香の見た目に惚れた」
「それでも、嬉しかいですよ。私、中身の方が自信ないですから」
と、自虐的に星香は笑う。
違う、私はそういう笑顔を見たい訳じゃない。
「例えばあの星。あの星がどんな星で、火星に似てるのか、木星に似てるのか、ここからじゃ分かんないでしょ?」
「……えーっと、恒星なんで、多分太陽みたいなやつですよ。火星とか木製って光らないですから」
「………あ、そうなの?いや、まぁ、それは置いといて」
何だかイマイチカッコつかないなぁ。
今更自分の馬鹿さ加減にうんざりしながら、話を続ける。
「それでもさ、どんな星なのか分からなくても、何となく好きな星ってあるでしょ?それとおんなじで、私は星香を好きになった」
「……」
「そして、星香と話すようになって、ますます星香に惹かれた。海で告白した時までは、ありきたりな青春の1ページに相応しい、微笑ましい恋心だと思ってたよ」
「今は違うんですか……?」
「うん。今、星香に会って、ようやく分かった。私のこの気持ちは、大人になって振り返って懐かしむような恋じゃない。そんなんじゃ満足できない恋なんだって。私は本気で星香が好き。多分、星香じゃなきゃ、私はダメなんだよ。だから、もう一度言うね」
と、私はもう一度星香に気持ちを伝えようとするも、星香は私の開きかけた口を手で塞いだ。
相変わらず不器用で、彼女の手は身長差の所為もあって届いていなかったけど、その先をまだ言わないで欲しいという意図は伝わった。
「ごめんなさい、私も先輩に言わなきゃいけないことがあるんです」
どうやら私は思っていた以上に緊張していたらしい。彼女に想いを伝えるのは二度目だというのに。
そう思ったのは、いつの間にか星香が全力疾走で上がった息を落ち着かせていたことに気付いたからだ。
「——私は、いつも自分の至らない部分を何かの所為にしてました」
「……」
「生まれとか、友達とか、環境とか、時代とか。本当はそんな事関係ないのに。だから、私は自分が嫌いでした」
「それは、ダメな部分がある星香を?それとも、それを何かの所為にしてしまう星香を?」
「……どっちかって言うと、何かの所為にしてしまう自分が、嫌いでした」
「……そっか。そうだったんだね」
「あはは、そうだったんです。だから、何かの所為にしなくても生きられる人が羨ましかった。お姉ちゃんとか、那月先輩とか」
そんなことないけど。
と、否定するのは簡単だ。でもこれは彼女の主観の問題であって、私の思うことは関係ない。
「そういう羨ましい気持ちがあったので、私はずっと先輩を苦手だと思ってました。でも、私の苦手は、羨ましいから来てる気持ちって事を思い出したんです。羨ましいってこと、憧れてるって事で……」
「憧れ?私に?」
「憧れ……っていうとちょっと違うかも知れませんが。でも、似たような感じです。だから、ですかね。こう思っちゃったんです。『そんな人が、私みたいな人間を好きにならないで欲しい』って」
何だか重い話をしているっぽいけど、頭の悪い私には、彼女が言いたい事をひとつも理解できなかった。
「でも、それって私の押し付けなんですよね。私は私が嫌い。だから、私を好きになる人は、好きになれないって思ってたんです。ええと、だから、つまり……」
星香の話を何とか理解しようと努めてみるが、どうやら私にはそれが無理なようだ。
頑張って何かを言おうとしている星香に、それを伝えると呆れられるだろうか?それとも、嫌われるだろうか?
先程まで訳分からない程に緊張していた私だが、不思議と冷静になっていくのを感じる。
それと同時に、妙な勢いと表現しても良い何かが私を突き動かした。
私は星香の手を掴んで、少し強く引っ張る。
「えっ!?」
と、彼女は予想だにしない私の行動に素っ頓狂な声を上げて、身体のバランスを崩した。
そのまま私の胸元に顔を埋めるような形で、私は彼女を引き寄せた。
「ごめんね、星香。私バカだからさ、こういう訊き方しか出来ないんだ」
「え?えと、へ?」
「私は星香が好き。君の恋人になりたい。だから、私の恋人になって欲しい」
言いながら私は星香の目を見つめる。
彼女は私を見上げるようにしてから、顔を赤らめて、小さな声を出した。
「え、あの……。はい、私も、先輩のこと、好き……です」
彼女の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、私は唇を寄せた。
星香は少し驚いた後で、私を受け入れる。
よく仲睦まじい恋人に使われる慣用句で、二人だけの世界というのがおるけど、あれは比喩でも何でもないと思い知った。
そこにあったのは、夜空に浮かぶ、星、月。
——それから星香と私だけだったから。
星、月。それから君 カエデ渚 @kasa6264
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