05話 生きる覚悟と守る覚悟
目を覚ますと、私の側に丸まって眠るミクズがいた。夜眠れずにミクズと話していたけど、いつの間にか眠ってしまったみたいだ。私はそっとミクズの頭を撫でる。金色の毛はとてもふわふわしていて暖かかった。
私はミクズを起こさないようにそっとベッドを離れて、なるべく音を出さないようにポットからコップに水を注ぐ。喉の乾きは全くなかったが、なんだか水が飲みたかった。私はコップを握って魔力を込めてみた。するとコップの中の水から湯気が出てきて、コップが温かくなった。ふと思いついてやってみたけど、魔法で水を温めることができたみたいだ。
私は自分で温めた白湯を飲み、ソファに腰掛ける。この部屋はギルドの2階にある宿で、アウラ王国に来た日からギルドの人が私に貸してくれている。部屋には見慣れない本棚に大量の本があったけど、多分アレスさんが持ってきたんだろう。
ミクズの加護のお陰で、私の魔力はアレスさんと同じくらいになり、自分には有り余るほどのこの力をまだ自覚できていなかったけど、身体はそれを自覚しているようだった。自分の思うように魔力をコントロールできるようになっていて、私は部屋にある家具を宙に浮かせたり動かしたりすることができた。
ふと目に留まった本棚にある一冊の本を私の手元まで移動させる。まるで、幽霊が私の意思を読み取って、持ってきてくれているかのようだった。
私はミクズを宙に浮かせて、私のところまで寄せてそっと膝の上に乗せた。ミクズの暖かさが膝に伝わってくる。私は本を読みながらミクズの手をとって肉球を触っていると、ミクズが目を覚ましてしまった。
「うぅ〜ん。おはよう、ラフィー。調子はどう?」
ミクズは手で目元を擦りながら大きな欠伸をする。よく見ると金色の瞳に瞳孔は赤く光っていた。
「おはよう、ミィ。久々のベッドでよく眠れたよ」
ミクズは一瞬キョトンとしたけど、私に愛称を付けられて嬉しかったのか、九つの尻尾がポンポンと動く。ミクズって名前はなんだかこの可愛い容姿に似合わないと思ってミィと呼んでみたけど、気に入ってくれたみたいで良かった。これからはミィと呼ぶことにしよう。ミィは私の膝の上に立って伸びをする。
窓を開けるとまだ夜明け前だったので、私たちは少し外を散歩することにした。ミィは道路をぴょんぴょんと跳ねながら歩き、時々私がちゃんと着いてきてるか確認するため後ろを振り向く。
「まだ夜明け前で誰もいないけど、誰かに見られたらまずいんじゃないかな。」
(ボクはいつでもラフィーの魂と一緒になれるから誰かに見られることはないけど、会話は聞かれるから喋るのはやめた方がいいよ)
そっか。ミィはいつでも私の体に入ることができるけど、私との会話は聞かれちゃうのか。外にいる間はミィと話すのはやめておこう。ってあれ?なんかさっきのミィの声は頭の中で直接聞こえたような気がする。
(念話だよ!ボクたちの魂は一緒だから声に発さなくても会話できるよ!)
そうなんだ、もっと早く言ってほしかったな。声に発さなくてもいいってのは楽だな。どうやったらできるんだろう。私がミィをじっと見つめると、ミィは私の思考を読み取ったのか念話の仕方を教えてくれた。
(念話わね、伝えたい相手を思い浮かべて強く言葉を念じるんだよ!ボクの加護でラフィーも使えるはずだよ!)
私はミィの言葉通りに、ミィを思い浮かべてから伝えたい言葉を念じてみる。
(こんな感じでやればいいのかな?)
ミィがぴょんぴょん跳ねる。伝わったのかな?
(すごいね!一発でできるなんて!流石、ボクと契約できただけあるよ!)
ミィの反応を見る感じ、簡単にできることじゃないみたい。でも多分ミィの加護のお陰なんだろうな。私はミィと念話の練習も兼ねてもう少し街中を散歩することにした。
(ラフィーはこの先どうするの?)
(…分からない。けど、私はこれ以上大切な人を失いたくないから、もっと強くなりたい)
(うん!ボクも応援するよ!)
ミィはぴょんと私の右肩に飛び乗って、頬を撫でてくれた。
しばらく散歩を続けていると夜が開けてきたので、私たちは私の部屋があるギルドへ帰ることにした。
ギルドへ着くと、私の部屋の前にギルとアレスさんがいた。ギルとアレスさんは深刻そうな顔をしていたけど、私の顔を見るなり優しそうな顔に変わった。
「すみません。早く目が覚めたので、少し散歩に行ってました」
「そうか、剣の修行の前にラフィーに話しておかないといけないことがあってな。支度ができたらアレスの部屋まで来て欲しい」
ギルは私が勝手に宿を抜け出したことに対しては何も言わなかった。ギルとアレスさんは何か話をしながらギルドを出ていった。
私は部屋に戻って着替えとタオルを用意して、部屋に備え付きのバスルームまで持って行く。バスルームの扉を開けると真っ白な水蒸気が立ちこめていた。散歩に行く前に湯を出しておいたから浴槽にはちゃんと湯が溜まっていた。自動で止まるとは聞いていたけど、流石は魔法の国だ。湯が溢れることなく浴槽の8割くらいで留まっていた。昨日はシャワーしか浴びれなかったし、今日はお風呂に入ろう。ミィはお風呂に入るのかな。
(私、今からお風呂に入るけど、ミィも入る?)
(ボクも入る!アレスが王国に引きこもってからずっと入れてなかったんだ!っていうか無意識に使えるようになったね、念話!)
そういえばそうだった。ここにはミィ以外誰もいないのに、つい楽だから念話を使ってしまった。まぁ、ここも誰かに聞かれている可能性もあるからこれからもミィと話す時は念話を使おう。
私はミィを抱えてバスルームに入る。シャワーノズルを手にとって、お湯の設定温度を確認してからタッチスクリーンのボタンを押す。するとシャワーヘッドからお湯が出る。先にミィにかけてあげようと振り向くといない。パッと顔を上げるとミィはすでに湯船の中にダイブしていた。
(こら、先に体を流さないと!)
(アレスも同じこと言ってたけど、ボクは基本汚れない体質だからいいんだよ!)
汚れない体質なんてあるんだ。そういえば、ミィの体を撫でてた時を思い出すと、ブラッシングする必要もないくらいサラサラでふわふわな毛並みだったな。
私はシャワーで体を軽く流してから湯船に浸かる。ひさしぶりのお風呂は私の疲労を吹き飛ばしてくれた。ミィも体を浮かべて気持ちよさそうにしている。あと何回私はこうやってお風呂に入れるのだろうか。イグニアの人たちは今も必死に逃げ続けているのかもしれないのに、私はこうして悠々としていると考えると何だかすごく罪悪感が湧いてきた。私はじっとしていられなくなり、湯船から立ち上がって出る。
(もう出るの?)
(うん。ギルに呼ばれているしね)
ミィも私に続いて湯船からぴょんと飛び立った。バスルームから出ると置いてあったタオルで体の水分を拭き取り、用意していた着替えを着る。ミィの体も拭いてあげようと思ったけど、ミィは少したりとも濡れていなかった。汚れない体に濡れない体って少し羨ましいな、なんて思っていたらミィはもうそこにはいなかった。私は自分の魔力がどんどん膨れ上がっていくのを感じた。ミィが私の魂と同化するとミィの魔力が全て私のものになるらしい。
部屋を出て階段を降りると、ギルドの入口に一人の女性が立っているのが目に入った。長い赤髪が陽の光に反射してとても綺麗で、早朝の人の少ないギルドではすごく目立っていた。高身長で腰に2丁の魔法銃をつけているその女性は入口の柱にもたれかかって外をじっと見つめていた。それはどこか悲しそうな顔というか、何か重いものを背負っているような運命に抗うような覚悟のある顔にも見えた。私が入口のほうに歩いて行くと、ふと彼女がこちらを向き、目が合った。私はどうしていいか分からず軽く会釈をすると、彼女は笑みを浮かべて私に話しかけてきた。
「初めまして、剣王様のお弟子さんよね?私はエリザっていうわ。よろしくね。剣王様にアレス様の部屋までお連れするように命を受けたの、一緒に行きましょう」
「ラフィリルといいます。よろしくお願いします」
私は少し返答に時間がかかった。私の幼馴染の名前と一緒だったから。そう思うと、どこか幼馴染のエリザに似ているようにも感じた気がした。容姿のことじゃない、話し方とか所作がリーダーっぽいというか、優等生っぽいというか。一人でいる時はすごく悲しそうな顔をして空を眺めているが、私や友達に会うと一転して優しそうな可愛い笑みを浮かべて明るく話しかけてくれる。
私は一度アレスさんの部屋まで行ったことはあったけど、この街は広くてあまり道を思えていなかったからエリザさんと一緒に行くことにした。ギルは私が道を覚えていないことを知っていたのかな。ギルにあってから私は色んな人に優しくされてきた。アウラ国王も私の滞在を許可してくれたし、ギルドの人たちも私に部屋を用意して、服までくれた。
「あなたはアレス様のご友人の元で修行をしていたそうだけど、どんな人だったの?」
エリザさんの質問に私は困る。ミィのことを言ってるんだろうと思うけど、アレスさんには口止めされているし、なんて誤魔化そうかな。そんなことを考えているとエリザさんは何か察してくれたのか、ふふっと笑った。
「いいわよ、アレス様に口止めされてるんでしょ。あなたすごい人に教えてもらってたのね」
ちょっと違うけど”すごい人”って言われたミィが私の中で何だか嬉しそうにしてる気がした。声は聞こえてないけど、なんだか、そんな気がした。私たちがアレスさんの部屋に着くまで、エリザさんは気さくに話しかけてくれた。
「でも、なんか安心したわ。最初にあなたを見た時は、死んだ顔をしてたから心配してたけど、今はちゃんと覚悟を決めた顔をしてる」
そうだ。私は故郷を失ってから空っぽだった。これ以上大切なものを失うことが怖くて、生きることを諦めようとも思った。だけど、私には死ぬ勇気なんてなかった。臆病で小心者で意気地なしな私には自殺することすらも怖かった。
そんな時にミィと出会った。ミィという大切な友達ができてからは不思議と勇気が湧いてきた。もう、これ以上大切なものを失わないように私がみんなを守るんだって、考えられるようになった。それは、きっとミィがずっと一緒にいてくれているからだと思う。ミィが私に”生きる勇気”を分けてくれているんだと感じている。
「新しい友達ができたんです。その友達が私に”生きる力”を貸してくれました」
「へぇ。やっぱりすごい人なんだ。っていうか友達になったの?!」
あ。言ってしまった。アレスさんから口止めされていたのに、なぜか勝手に私の口が動いていた。無意識のうちに。私がまずい顔をしていたのか、エリザさんは「大丈夫、黙っておくから」と言ってくれた。
アレスさんの部屋に着いた私たちは、2人からとんでもないことを聞くことになる。まさか私がイグニスにせんにゅうするなんて、この時は微塵も思っていなかった。
銷魂のラフィリル 稲光あらた @arata_1732
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