04話 作戦会議
ラフィリルが森の洞窟に篭っていた間、ギルドの冒険者たちはイグニア国王の救出に向けて作戦会議を行なっていた。イグニア国王の救出に協力している冒険者たちは、ギルティウスやイグニア王国に恩があり、今こそ恩を返す機会だと皆、張り切っている。
数十人の冒険者たちと取りまとめているのは、《殺戮のギルディアス》と呼ばれている4人の冒険者だ。この4人は、たった2年半で数千人もの盗賊や犯罪者を容赦なく殺しており、ギルティウスを強く慕っていることからギルドの冒険者が勝手にそう呼ぶようになった。
《殺戮のギルディアス》と呼ばれている冒険者は、剣士のガイト、槍使いのルウ、銃使いのエリザ、そして弓使いのゼエラで王国もその実力は認めている。
「王国の諜報員によるとイグニアの王は現在、捕虜にされているようだ。ただ、肝心の居場所がはっきりとしていない。」
最初に声を出したのはガイトだった。ガイトは頭を抱えながら、悔しさを押し殺す。
「帝国の思惑が分からない限り無闇に手出しするのは危険ね。下手に動くとアウラ王国も安全とは言えなくなりそうだしね。」
「そもそも何故、帝国はイグニアを攻めたんだろう?長い間友好関係にあったのにいきなり宣戦布告だなんて。」
「剣王様は、帝国の帝王が代わってから様子がおかしくなったって言ってたわね。」
《殺戮のギルディアス》の他の3人も続けて口を開く。
「失礼します。」
そこに1人の男がやってきた。貴族が着ているような上品な服装に銀の眼鏡をかけている。胸元にはアウラ王国軍の紋章が縫われていた。
「会議中に失礼します。私はアウラ王国軍諜報部隊長のエレガーと申します。陛下のご使命により我々の部隊もこの件に協力することになりました。現在、帝国に在中している数名の諜報員からいくつか情報が入っておりますので、ご報告に参りました。」
アウラ王国の諜報部隊は世界でも一流と言われている。ただの諜報員ではなく、冒険者や商人などの2つ目の身分を持っておりそれを巧みに利用して世界の情報を集めている。万が一素性がバレてしまった際に第二の人生を送れるように保険として2つ目の身分を持つ諜報員が多い。
「イグニアの
エレガーの報告にこの場に数秒の沈黙が流れる。無理も無い。抵抗することのできない村の住人は問答無用で惨殺したのにも関わらず、王都の住人は殺されることなく解放されたというのだから。
「帝国の目的はイグニアの王だったってことか?」
沈黙を破ったのはガイトだった。
「それは断定できませんが、イグニアの王が捕らえられてから帝国軍は一方的な攻撃はしなくなったと聞いております。現在は、帝国の商人であれば王都イグニスへの出入りが可能になっています。」
「…何か裏がありそうだな。帝国の目的がイグニアの王だけってもの何か引っかかる。引き続き情報を貰えるか?」
「はい。現在、数名の諜報員を帝国に派遣しております。新しい情報が入り次第、報告に参ります。」
エレガーは「それでは私はここで。」と一言だけ残し、足早にギルドを去っていった。
「イグニアの王都に出入りできるなら、イグニスに潜入するのはアリだな。」
「ちょっと待って。私たちは今、剣王様の指揮下にあるのよ。勝手な行動は許されない。」
とある冒険者の発言にエリザが口を挟む。ここにいる冒険者たちを取りまとめているのは《殺戮のギルディアス》の4人だが、正式な指揮官はギルティウスになる。エリザの言う通り、指揮官の許諾なしで行動することはギルティウスを尊敬する4人にとっては考えられないことだ。冒険者の発言を真っ向から否定したことで場の空気は一気に凍りつく。一端の冒険者はギルティウスより『殺戮のギルディアス』の4人をとても恐れているからだろう。無理もない。
「それじゃあ、私が剣王様をお呼びしてきますね。」
ゼエラがスッと席を立って、ギルティウスを呼びにギルドを出る。
ゼエラはギルティウスがいそうな王国の訓練場へ行ったが、そこにギルティウスはいなかった。近くにいる兵士に聞くと「剣王様は魔女様の元へ向かわれましたよ。」と言うので、今度はアレステリアがいる魔道図書館へ向かう。
魔道図書館へ入り、広い車庫の奥にある扉をノックする。アレステリアが返事をしたので、ゼエラはその重い扉を開けて中に入る。そこには、困った顔をしたアレステリアと不安そうな顔をしたギルティウスがいた。アレステリアはゼエラの顔を見るなり、彼女の後ろに隠れて言う。
「助けてよぉ。ギルが私を問い詰めてくるよぉ。」
ギルティウスは深いため息をつく。
「お前は本当に薄情だな。ラフィーのことを頼んだのに森の洞窟に放置してるだなんて。」
「あらぁ、それ旧友にも言われたことがあるわ。でもね、私も別に放置してるわけじゃ無いんだよ。ちゃんと計画があるんだから黙ってなさいよ。あそこには私の結界もあって安全だし。でも、今頃は魔力が私と同じくらいに膨れ上がって苦労してるだろうねぇ。」
「一体何をしたらそうなるんだ…。変なことはしてないんだろうな?」
「さぁね?魔力操作ができるようになればいいんでしょ?」
「あれからもう半月も経ってるんだぞ?食事はどうしてるんだ?」
「大丈夫よ。私の旧友に頼んであるから心配はいらないよ。」
「…もういい。」
このまま続けても意味がないと悟ったギルティウスは話を終わらせて、ゼエラに話しかける。
「それで、お前は何の用だ?」
「お忙しいところ失礼します。今ギルドでイグニア王救出に向けての会議をしておりまして、剣王様にも参加していただきたく、参りました。」
ゼエラの声はとても震えていた。イグニアの生き残りだったあの少女がアレステリアと同じくらいの魔力量になっていると言う話を聞いてしまったからだ。いくら魔女と恐れられるほどのアレステリアでも、今までそんな教え子はいなかった。世界で見てもアレステリアと同じ魔力量を持っているのは人間でも聞いたことがないので、第二の魔女が誕生したと言っても過言ではなかった。
「わかった。一緒に向かおう。」
ギルティウスとゼエラは、アレステリアの部屋を後にしてギルドへ向かった。アレステリアはすごく嬉しそうに手を振って2人を見送った。ギルティウスの問い詰めから解放されて清々しているのだろう。
2人がギルドへ着くと、ガイトが会議で話した内容を全てギルティウスに説明した。もちろん、エレガーの報告も。ギルティウスが一連の話を理解したのちに、ゼエラがイグニアの
「お前らはここで待機しておけ!イグニスへの潜入は私とラフィーの2人のみで行く。」
「待ってください!お弟子さんはまだ13歳の少女でしょう?剣王様のお力は十分承知しておりますが、お弟子さんはあまりにも危険すぎではありませんか?」
《殺戮のギルディアス》の4人もラフィリルを知っている。ギルティウスと一緒にこのギルドへやってきて、泣きじゃくっていたか弱そうな少女を見ていたので、心配しているようだった。ただ、ゼエラだけはラフィリルのことを全く心配していなかった。ついさっきあんな話を聞いてしまったからだ。
「剣王様のお弟子さんは、アレス様のご指導でかなりの実力をつけていると先ほど聞きました。問題はないでしょう。」
ゼエラが少し内容を濁してみんなに伝えるが、それでも心配の声がやまない。当然のことだ。まさか、あのアレステリアと同じほどの魔力を手に入れているだなんて誰も思えない。ついにギルティウスが痺れを切らしてしまった。
「ゼエラの言う通り、私の弟子はアレスの指導でかなりの実力を手にいている。私もまだわからんが、もしかしたらお前ら4人でかかっても勝てんかもしれんな。」
ギルティウスの言葉に冒険者たちは固まってしまう。あの恐れていた《殺戮のギルディアス》が全員で戦っても勝てないかもしれないなんて、失神してしまってもおかしくはない。ましてやあのか弱そうな少女の姿を一度見ている冒険者からすれば、想像もつかないだろう。中には半信半疑の冒険者やはなから信じていない冒険者もいたかもしれない。しかし、ギルティウスの言葉を否定することができるような命知らずな冒険者は1人もいないため、この件に関しては丸く収まった。
それからは、イグニスへ潜入するギルティウスとの連絡手段について考えることとなった。アウラ王国の諜報員は全員帝国に在中しているし、これ以上無闇に諜報員を増やしたりイグニスへ異動させると、帝国に勘づかれてしまう可能性がある。そうなれば、アウラ王国への報復措置もあるかもしれない。なので、アウラ王国の諜報員に頼ることなくこのメンバーで連絡を取れるようにしなければ、情報の交換ができない。
「王道的なのは伝書鳩だが、時間がかかるんだよな。」
「それに、万が一届かなかったらもっと時間がかかってしまうよね。」
「ここに思念伝達はどうだろう?ここに使えない人はいないだろ?」
「それも考えたが、イグニスには妨害用の結界がある可能性もある。少なからず、帝国軍に傍受されることは間違い無いだろう。」
「なるほど。暗号を作ったとしても傍受されたら内通者がいることはバレてしまうってわけだ。」
皆が頭を抱えながら代替案を考える。場には沈黙とため息が流れる。
「あらぁ、なんだかお困りのようね?」
急な女性の声に皆が振り向く。ギルドの入口の柱にアレステリアがもたれかかって立っていた。
「なんだアレスか。なぜここに来た?お前には関係ないことだろう。」
「あら?そんなこと言っちゃうの?私にラフィーちゃんのこと任せたのに。」
ギルティウスは何か言いたそうな顔をするが、何も言わなかった。「お前は放置してるだけだろう」と言おうとしたが、さっきのように話が終わらなくなってしまうため飲み込んだのだ。
「まぁまぁ、私は朗報を持ってきたのよ?傍受されない思念伝達って知ってる?」
普通の人がこの言葉を聞くと頭が狂ったのかと思うが、アレステリアが言うのであれば、皆納得だ。なんでも世界で最も魔法を知っている《魔女》だから。ただ、そんな未知な魔法を使える者などいないし、アレステリアほどの魔力と知識があるから使えるのだろう、というのがここにいる人たちの見解だ。
「また新たな魔法を創り出したのか。どうせお前にしか使えないのだろう?お前を連れて行くわけにはいかないからな。」
「そうね。現状は私しか使えないけど、もう1人その魔法を使えるようになる人がいるかもねぇ。」
「ラフィーか…。」
ギルティウスは呆れた顔でため息をつく。アレステリアは相変わらずニヤけた顔でいる。ギルティウスの言葉にギルド内は騒然とする。アレステリアが創り出した魔法を他者が使えるというのは前代未聞だったからだ。騒めくギルドの中でアレステリアはは一つ訂正を入れる。
「あぁ、これは私が魔法じゃないよ。昔に旧友から教えてもらった魔法なの。今頃はラフィーちゃんの相棒になってるんじゃないかしら。」
ギルドは静まり返る。アレステリアが言う"旧友"というのはミクズのことだ。もちろんギルティウスも含め、この場にいるすべての人間がミクズのことを知らない。だが、その旧友がアレステリアと同じように未知の魔法を使えるということに皆は固まってしまう。
「お前がさっきから言ってる旧友ってのは一体何者なんだ…。俺は会ったことないぞ?お前に友達がいたとはな。」
「私以外、誰にも会ったことないわよ。あの子、人間嫌いだからねぇ。でも、ラフィーちゃんとは相性が良かったみたいね。」
「…まぁいい。では、イグニスへ潜入中の諸連絡はラフィーとアレスに任せる。」
「流石ギル、理解が早くて助かるわぁ。」
アレステリアは笑みを浮かべてギルの後ろから両肩をポンポンと叩く。
「お前、まさかこれが狙いだったわけじゃないだろうな。」
「もちろんよ。私もアウラ王国を危険に晒すようなことは見逃せないからねぇ。このまま放っておくと、ギルはラフィーを放ってイグニスに行っちゃいそうだし。」
ギルティウスは図星だったようで、ムッとした顔をする。
イグニア王国とアウラ王国間の通信手段は整ったが、次に出てくる問題はイグニアの王都イグニスに立ち入る際の"身分証"だ。エレガーは、帝国の商人であれば立ち入ることができると言っていたため、帝国の商人ギルドから発行された身分証が必要である可能性が高い。
「商人ギルドの身分証か…。」
ガイトがふぅーとため息をつく。商人ギルドが発行する身分証は国によってデザインが異なるため、アウラ王国の商人ギルドが発行する身分証は使えない。
「こればかりは諜報部隊を頼るしかないな。」
ギルティウスは長いこと考えていたが、良い案が思いつかなかったのか、諦めて諜報部隊を頼ることにした。帝国に在中していたギルティウスでも、商人ギルドの身分証なんて見る機会はないため、偽造しようがない。ただ、帝国に数人の諜報員を派遣している諜報部隊なら知っているだろう。
「そうねぇ。じゃあ、私に任せてちょうだい。」
アレステリアは、颯爽と光を放って消えていった。ギルティウスが何か言いた気だったが、もうそこには彼女の姿はなかった。
アレステリアは王城の地下へと転移したのだった。王城の地下はとても薄暗く、たとえ方向感覚が鋭い人でも迷ってしまうような迷路になっていたが、彼女は一つも迷わずに歩いていき、立ち止まる。その先には壁があり、行き止まりだったが、その壁にそっと手を翳すとそのまま壁をすり抜けて行った。その先には、洒落た部屋があり、エレガーがソファに座って珈琲を飲んでいた。
「久しぶりねぇ。エレガー。」
「お久しぶりでございます、アレス様。此度は何用でございましょうか。」
アレステリアの声にエレガーは反射的に立ち上がり、手に持っていた珈琲を溢しそうになる。エレガーはそっと珈琲を受け皿の上に置く。この通り、アレステリアはとても恐れられている存在だ。古くからアレステリアを知っているギルティウスは例外だが、彼女の過去を知らない王国の人たちは素性の分からない彼女に恐怖を感じている。特にエレガーは昔アレステリアに半殺しにされかけたことがあるため、特別に恐れているのだ。
「少しお願いがあるのよぉ。帝国の商人ギルドが発行してる身分証を2人分作って欲しいの。」
「まさか、帝国に潜入するのでしょうか?現在の帝国はとても危険なため、お控えいただいた方がよろしいかと…。」
エレガーが震えながら丁重に断る。
「違うわよ。ギルとそのお弟子さんがイグニスへ潜入するんだってさ。あ、止めようと思っても無駄だよ。ギルは絶対言うこと聞かないから。」
エレガーは、アレステリアが今回の件でブチギレて帝国に報復でもしに行くのかと思っていたようで、安心したのか軽く深呼吸をして、ソファに腰掛ける。
「なるほど、イグニスへの潜入ですか。我々もイグニスの状況は把握しておりませんので、命の保証はしかねますがよろしいのでしょうか。特に剣王様のお弟子様はまだ未熟な少女だとお聞きしましたが。」
「あぁ、その心配はないわよ。逆にギルの方が危ういかもねぇ。」
アレスは冗談のように言ったが、実際のところ神獣であるミクズによって事実上の不死身となったラフィリルと比べたら、ギルティウスのほうが命の危険があると言えるだろう。もちろん、エレガーは彼女の言葉を信じるわけもなく、冗談として受け取った。
「弟子の命は師匠が守るべきですからね。私には関係のないことです。かしこまりました。身分証の偽造に協力しましょう。少し時間がかかりますがよろしいですか?」
「構わないわ。ラフィーちゃんもまだ修行中だし、第二の修行も待ってるしね。」
そうやって、ラフィリルのいないところで勝手に潜入作戦が始まり、知らないうちにラフィリルもそれに巻き込まれることとなった。
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