03話 新たな友達
アウラ王国の近くの森の奥底にある洞窟で、私はミクズという九尾と追いかけっこをしていた。小さい体でぴょんぴょんと軽く飛び回るミクズを捕まえようとするが、素早さが格違いで、間に合わない。走り続けていると目眩がし始めてきて、あの日のことを思い出す。かれこれ5時間くらいは続けている気がする。とうとう私は体力の限界が来て、そのまま仰向けに転がって動けなくなってしまう。息が苦しい。呼吸を整えようとするが、頭が痛くなってくる。
「あらら!もうギブアップかい?」
ミクズが私の額にぴょんっと飛び乗る。ミクズの柔らかい肉球で頭が冷える。
「魔力を一気に使いすぎなんだよ!暴発してる。もっとこう、少しずつ使おうよ!」
そんなこと言われてもどうやって少しずつ使うか分からないからどうしようもない。
「おっけー!じゃあ、やり方を変えよう!こっちに来て!」
小さい手で手招きするミクズについていく。
「ここに座って!ボクが今から君に魔力を込めるから、暴発しないようにするんだよ!」
「どうやって暴発しないようにするんですか?」
ミクズは小さい腕を組んでうーんと唸って考えこんでいる。
「うーん。感覚でやってるボクには分からないなぁ。後発的に魔力持ちになったアレスだったら分かるんじゃない?でも、もうアレスはいないけどね!」
私は辺りを見回すが、そこにアレスさんはいなかった。
「ほんとアレスは薄情だなぁ。用事があるからってボクに押し付けるなんて。」
なんでこんなところに連れてきたんだろうと思っていたけど、用事があったんだ。というかここにまだミクズがいることを知ってたのか。それとも、また魔女の勘なのか。まあアレスさんがいたとしても「気合いで!」とか言われそうだけど…。
「さあ、やるよ!君ももうこれ以上大切な人を失いたくないでしょ?なら、いち早く力をつけて守れるようにならなきゃね!」
そんなこと言われてしまうとやるしかなくなってしまうじゃない。私は目を閉じて集中する。背中に柔らかい肉球の感触と、そこから入ってくる魔力を感じる。自分の魔力とミクズの魔力が体内で混ざって気持ち悪くなる。まるで米とチョコレートを一緒に食べているみたいな。強い吐き気を抑えて、どんどん私の身体に注がれる魔力をギュッと抑えようとする。
「そうだよ!その調子!いいね!じゃあ、もっと込めるよ!」
その瞬間、私の身体は物凄く熱くなる。今にも身体から炎が燃え上がりそうだ。ミクズの魔力に全神経を研ぎ澄ませて耐えていると、身体の熱は徐々に消えていった。
「いいね!これを無意識にずっと出来るようになればグッドだよ!」
そんな無茶な。たった1分ことでこんなに疲労してるのにこれをずっとするだなんて、それこそ死んでしまう。まぁ、それはそれでアリか。でも苦しみながら死ぬのは嫌だな。せめて死ぬならサッパリ死にたいな。そんなことを考えていると、ミクズはパッとなにか閃いたような顔をする。
「そうだ!いいこと思いついた!ボクと契約しようよ!もちろん簡単なことじゃないけど、君にもメリットはたくさんあるよ!なんたってボクの加護を受けられるんだからね!」
契約については昔読んだ絵本で少しだけ知っている。かつて世界を脅かしていた暴れ狂う九尾をリョウマという青年が召喚獣として従えたことで、世界は平和となり富と名声を手に入れたリョウマは白夜王国を建国し自分の従えている九尾を”白夜王国の神獣”として祀ったとか。絵本に出てくる九尾とミクズは同じなのだろうか。到底、世界を脅かしていたとは思えない容姿だけど。
「契約ってどうやってやるんですか。昔、絵本で読んだことはありますが、よく分かってないです。」
「む!リョウマのことか!懐かしいな!あいつも今となっては英雄扱いだな!まぁ、契約はリョウマが作った魔法の一つだしね!ボクの直感だと君はリョウマにどこか似てる。」
「そうですか」
「うん!リョウマも君と同じく死んだ目をしてた。あの時のボクと同じように消魂してたよ。でもリョウマはボクに”生きる意味”を教えてくれたんだ!」
ミクズはなんだか懐かしそうにそしてとても嬉しそうな顔をしていた。”生きる意味”か。私の生きる意味は何だろう。何で私は生きているのだろうか。生きているというよりは生かされているに近いかもしれない。神に生きることを強いられているような気もする。
「リョウマは世界の平和のために、同じ世界に生きる人々のために生きてるって言ってたね!リョウマが亡くなってからもずっと神獣として王国を守ってたけど、退屈だったから1,000年前に王国を抜け出してきたんだよ!」
「勝手に抜け出して良かったんですか?」
「もうボクも伝説上の神獣になっちゃったし、なによりもう平和だったからね。でも、帝国のせいでその平和が奪われつつあるでしょ?だから今度はボクと君で世界の平和を取り戻すんだよ!どう?君ももうこれ以上大切な人を失いたくないでしょ?」
不覚にも私はアウラ王国に来てからそれがずっと気がかりだった。私を歓迎してくれた冒険者のみんなやアウラ王国の人々がこの戦争に巻き込まれてしまうのではないかと。ギルやアレスさんはとても強いけど、大規模な戦争となれば話は変わってくる。私はこれ以上大切なものを奪われないためにも強くなる必要がある。大切な人たちを守れるくらいの強さが。私はグッと拳を握ってミクズの目を見た。
「うん!覚悟はできたみたいだね!じゃあ、契約について教えるよ!ボクには九つの魂があるんだけど、その一つを君の魂と融合させるんだ!」
「そんなこと私にできるんですか?」
「できるよ!さっきボクの魔力に耐えれたんだから!ささ!それじゃあやるよ!」
ミクズは目を閉じて何かを念じているようだった。ミクズの体は金色に光だし、宙に浮く。そして九つの尻尾から九つの丸い魔力の塊のようなものが出てくる。その一つがものすごいスピードで私の胸に入ってきた。その瞬間、私の心臓がとても熱くなって、その熱は身体全体に広がっていく。でも、それは暖かさにも感じた。
「終わったよ!」
ミクズは足で顔をポリポリと掻きながら言う。魂を融合するとか言うからさっきみたいにめちゃくちゃ熱くて痛いのかと思ったけど、意外にもすぐに終わったしそんなに苦しくもなかった。なんなら、身体中にぬくもりを感じて、気が楽になったようにも感じた。
「さすがだよ!ボクと契約しようとして気を失わなかったのは初めてだよ!リョウマも気を失ってたし、アレスはそもそも契約すらできなかったのに!」
アレスさんでも契約できなかったのに、なんで私はこんなにも簡単に契約できたんだろう。アレスさんに知られたら怒られそうな気がする。私はアレスさんの悍ましいオーラを思い出して身震いしてしまう。
「そういえば君の名前聞いてなかったね!なんていうの?」
「ラフィリル・ディオーネと言います。」
「ラフィリルね!じゃあ愛称はラフィーだね!これからよろしくね!ボクのことはミクズって呼んでいいよ!」
その後、ミクズは契約したことによるメリットを教えてくれた。契約する前に教えて欲しかったけど、どちらにせよ契約してただろうし、まぁいいや。ミクズの魂と私の魂が融合したことで、私の魔力は膨大になり、ミクズが死なない限り死ねない体になってしまった。もちろん、ミクズは9つの魂を持ってるからミクズが9回死ぬと私も死んでしまうそう。でも、ミクズの魂はすぐに復活するらしく、事実上私は不死になってしまったみたい。ただ、私が心底から死にたいと思った時は、ミクズが責任を持って殺してくれると言ってくれた。
「さて、これでボクがラフィーの魔力を操作できるようになったら、魔力の扱いに関しては解決だよ!これからはボクたちの息を合わせる特訓だよ!」
それから私とミクズは息を合わせる特訓を始めた。最初は息が合わずに私の魔法は何度も暴発した。この前、ギルの前で魔法を唱えた時とは比にならないくらい魔力が増えてるから、私の暴発した魔法は洞窟を破壊しかねなかったが、どうやらこの洞窟にはアレスの結界が施されているみたいで、洞窟が破壊されることはなかった。ミクズの魂と融合したことで食事の必要がなくなった私は、何日も何も食べることなく、寝ることもなく特訓を続けた。
あれから何日経ったんだろう。数千回、いや数万回ほど繰り返し特訓した私たちはようやく息が合うようになり、暴発することなく魔力のコントロールが効くようになった。一級魔導士でも難しいとされている、魔法を唱えながら走ったり動いたり、喋ることもできるようになった。
私は魔力を捏ねて造った刀で、1人で剣術の練習をしていた。ミクズは流石に疲れたといって私の中で休んでる。急に私の胸に飛びかかってきた時はびっくりしたが、私の身体に入ることができるらしい。魔力のコントロールができるようになった私はいち早くギルと剣術の特訓をしたいが、私をここに連れてきたアレスさんがいないとここから出ることができない。アレスさんによるとここは森の奥底だって言ってたし、洞窟から出れたとしても確実に森の中で迷子になってしまう。私はアレスさんに忘れられてしまってる可能性に怯えながら、ひたすら刀を振るっていた。
しばらくして私は洞窟の大きな岩にもたれかかって休んでいた。何か食べたいなぁ。いくら食事せずとも生きられる体になったとはいえ、流石に何日も飲まず食わずだと何か食べたくなってくる。ぼーっとしていると目の前がパッと明るくなり、私は眩しさで目を閉じる。
目を開くとそこにはアレスさんがいた。アレスさんは私の顔を見るなり、ニッコリと笑みを浮かべた。
「あら、上手くいったみたいだねぇ。魂もちゃんと融合してるし、ミクズはあなたを信頼しきってるみたいねぇ。これでミクズも独りぼっちにならずに済むわ。」
全てアレスさんの思惑だったみたい。この人、何を考えてるのか全く分からないし、恐ろしいな。
「ラフィーちゃんも、魔力の扱いはもう問題ないわよね。魔力量も私とほぼ同じくらいになっちゃってるし、ミクズが魔力の管理をしてくれてるみたいだしねぇ。」
ミクズと契約したことで、魔力量が増えたのは分かってたけど、まさかアレスさんとほぼ同じくらいまで増えてるとは思わなかった。
「さぁ、それじゃギルからの頼み事も済んだし、帰ろうか。」
アレスさんは私の手を掴み、私は目を閉じる。
アレスさんの部屋に戻ってきた。アレスさんの部屋は2度目だし数日ぶりだけど、とても懐かしく感じた。私はアレスさんに連れられて高級そうなレストランへと向かった。多分、口封じのつもりなのだろう。
久しぶりの食事はとても美味しかった。アレスさんによると私たちは1ヶ月間も洞窟に篭ってたらしい。体感だと2週間程度かと思ってたが、やはり陽がないと分からないものなのかな。
食事を終えた私はアレスさんと別れて、ギルがいるというギルドへ向かった。ギルは私の顔を見るなり、一目散に私の元に駆けつけてきた。
「久しぶりだな!ラフィー!アレスに魔力の特訓をつけて貰ったか?」
「はい。魔力操作は完璧だと思います。」
「そうか。じゃあ今日は休んで明日から剣術の特訓を始めるぞ。」
私は1ヶ月ぶりにベットに横たわった。でも、なかなか眠れない。私はミクズに話しかけてみるが、返答はない。ミクズはまだ私の中で眠ってるのだろうか。
「なんだい?」
声のするほうを向くとミクズが机の上にいた。いつの間に出てきたんだろう。
「なかなか眠れなくて。ミクズはどうして私を信じてくれたんですか?私が何者かも分からないのに。」
「ボクは人を疑えない馬鹿じゃないよ!ただ、信じられる心があるだけ!リョウマが教えてくれたことだよ。あと、ボクはアレスを信用してるからね!アレスもラフィーのことを信用して、ボクのところまで連れてきたんだろうし。」
「リョウマさんってとてもいい人だったんですね。」
「優しい人だったよ!人間嫌いになってたボクに優しさを教えてくれたからね!というかボクに敬語は要らないよ。ラフィーはボクの友達なんだから!」
ミクズは少し恥ずかしそうに言う。友達…か。私が故郷を失ってから初めて友達ができたのか。人間じゃないけど…。でも、友達ができるなんて思いもしなかったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます