02話 魔女アレステリア
アウラ王国が帝国に派遣していた諜報員の情報によると、イグニア王国の王は、帝国のどこかで幽閉されているらしい。命の無事を知った私たちは、ひとまずアウラ王国を介して帝国と交渉をすることとなった。
私は、ギルドでの出来事で大切な両親からの愛情を思い出したが、昨晩に見た夢のせいで、それでも虚しさを抱えたままだった。もう一生思い出したくもないあの夜のこと。でも、一生忘れることは多分ないんだろう。
帝国との交渉は冒険者たちに任して、私とギルはアウラ王国の訓練場を借りて剣術の稽古をしていた。剣術を磨くには、とてつもない筋力と体幹が必要だけど、幸いにも私は魔力持ちになったので、それは全て魔力に頼っている。
ギルの剣術は特殊過ぎる。右手は普通に握り、左手は剣を逆手に握る。所謂『二刀流』という剣術らしい。そして、ギルが使っている刀は正確には剣ではなく、白夜王国の伝統的な『刀』というものらしい。剣と違って刃が少し反っており、片側でしか斬ることができないようになっている。
剣術が未経験の私にギルは木を削って刀の形にした『木刀』を4本用意してくれていた。
私は木刀を両手に握り、両腕に魔力を集中させてギルに斬りかかる。が、ギルは一歩も動くことなく私の足を薙ぎ払う。魔力を両腕に集中させていた私は、そのままバランスを崩して転けてしまう。
「魔力に頼るのはいいが、頼りっきりになっては足元を掬われるぞ?」
魔力持ちになってからまだ3日ほどしか経っていない私は、まだ魔力を自由にコントロールできない。魔力について少し勉強する必要があるなと思っていると、ギルは木刀をくるくる回しながら言う。
「少し、やり方を変えよう。私が今から攻撃をする。お前はそれを避けるのだ。」
ギルは私のほうへ飛びかかってきた。私は足に魔力を集中させてそれを避ける。と次は自分の足に絡まって転けてしまう。昨晩の夢のせいなのか、あまり集中できない。
「これでは、話にならんな。」
「…もう一度させてください。」
「いや、少し場所を変えようか。」
ギルは、私から木刀を取り上げて、訓練場を出ていく。ギルを追いかけて行った先は、魔導書が沢山並ぶ本棚に囲まれた大きな部屋だった。初級魔法から上級魔法まで様々な魔導書が並んでいる。私は本棚を一つひとつ見ていき、初級魔法について書かれた魔導書を手に取った。すると、急に上のほうから、とてつもないプレッシャーを感じた。何だろう、何かが私にのしかかるような、不快感?私は後ろに振り返って上のほうを見上げる。そこには螺旋状の階段があり、その真ん中あたりに1人の女性が立っていた。
「おや?ギルじゃないか!久しぶりだねぇ。」
私はこの女性を知っている。高身長で青髪ロングのスパイラルパーマ。とんがり帽子を被っていて、大きなローブを羽織っている。この世界で最も多くの魔法を習得し、世界最強ともいえる魔導師、魔女アレステリアだ。幼い頃、母が読み聞かせしてくれた時に絵本に登場していたが、まさか実在している人物だったとは。
彼女は、コツコツという足音を立てて、螺旋階段を降りてくる。
「久しぶりだなアレス。こいつはラフィーだ。訳ありの魔力持ちだが、魔力の扱いに慣れていないため、魔力操作について教えてやって欲しい。」
やっぱり魔女だったんだ。アレスさんは私に近づき、顔をじっと見つめる。アレスさんの瞳には五芒星が見える。絵本で見た姿と全く同じだ。
「ふぅん。訳あり…ね。もしてして、魔物の肉を食べたとか…?」
アレスさんは、ニヤリと笑みを浮かべてそう言った。全てお見通しなのか、それとも魔女の勘なのか。
「初めまして、ラフィリル・ディオーネと言います。」
「よろしくねぇ。私はアレステリアよ。アレスって呼んでね。…うん。やっぱり、私の予想は当たってるみたいね。それと、その本はあなたには役に立たないわよ。」
アレスさんは私が抱えていた魔導書を取り上げる。
「あっ。」
「大丈夫だよ。私がちゃーんと全部教えてあげるからぁ。あ、ギルはここから先は立入禁止ね!」
アレスさんは私の手を掴んで、書庫の奥にある部屋へ入って、扉を閉めた。部屋の中は汚部屋とでもいうべきか、無数の書物と紙が床と机の上に散乱している。アレスさんは散乱している書物や紙を踏みながらソファまで行き、座る。私は床が見えるところを踏みながらソファまで行く。
「さて、これで邪魔者もいなくなったことだし、ゆっくり話でもしましょ?あなたは私のことを知っているみたいだしねぇ。」
「はい。昔、母親に貰った絵本で知りました。」
「あぁ、あれのことねぇ。あれは美化しすぎてるわねぇ。私を元にした全く違う人物だよ。」
「そうなんですか?」
「ねぇ。私が魔女って呼ばれている理由は何だと思う?」
「それは、あらゆる魔法を習得しているから…ですか?」
「いいや。まぁ、それもあるけど、違うね。まぁ、せっかくの客人だし、少し私の過去の話でもしよっ。ちょっと長いけど付き合ってね?」
アレスさんが片手でトントンとソファを叩くので、私はアレスさんの隣に座った。
「そういえば、あなたは何の魔物を喰らったの?」
「…ディティラスです。」
「そう。あれは不味いけど、煮込めば美味しくなるわよ。」
「食べてことがあるんですか?」
「えぇ。それはもういろんな魔物をね。一番美味しかったのはドラゴンだったかな。あの肉は最高だったね。あ、いやでも、」
アレスさんは大陸中の魔物を喰らったらしい。だけど、かなりの幸運だったのか魔物化することはなかった。それどころか彼女の持つ魔力は大陸で最も多くなり、誰も裁くことも、手出しすることすらができなかった。今は、アウラ王国の魔導士の指導と護衛を引き受ける代わりに国王から恩赦が下ったことで無罪放免となっている。
「なぜ、そんなに魔物を喰らうのですか?」
「何でだと思う?」
「魔法の習得のため…とかでしょうか」
「違うわね。そうするしかなかったからよ。あなたと同じくね。」
アレスさんは私の肩にポンと手を置く。
「私はね、家族に捨てられたの。生まれつき魔力持ちだった両親は私が魔力を持っていないことに気づいて、自分の子じゃないと思ったみたい。誰にも見つからないように森の奥底に私を捨ててどこかに行ったわ。私もショックだった。何で私は魔力を持っていないんだろうってずっと考えてた。でもよく考えれば簡単な話よ、どちらかが嘘をついていた。」
「嘘、ですか」
「そう、父と母どちらかが魔力持ちではなかった。でも、結婚するために黙っておく必要があった。嘘をついて結婚したもんだから、私を捨てるって話になった時も言い出せなかったんだろうね。私の命と引き換えに自分の幸せを得たんだよ。」
ふとアレスさんの顔を覗くと、にっこり笑みを浮かべていた。こんな残酷な思い出話をしているというのに、彼女の笑みはとても気味が悪かった。
「怒ってないのですか?」
私はアレスさんに問いかけると、彼女はふぅーとため息をつきながら首をゆっくり横に振った。
「いい?ラフィーちゃん。人はね、生きていくためには時に人を傷つけないといけないことだってあるの。帝国軍だってそうだわ。もしかしたらあなたたちを殺したくなかったのかもしれない。でも、殺さないと今度は自分が帝国に殺される。生半可な優しさだけじゃ、この世界では生きていけないわよ。」
アレスさんはとても恐ろしい顔をしていた。虚しさを抱えたままの私を勇気づけようとしてくれているのか、それともいつまでも落ち込んでる私を叱っているのか、私には分からなかった。
「私が今から教えることは、人を殺すためのものじゃない。自分や大切な人を守るために使うものなの。剣術だってそうよ。」
「…はい。」
「あ、それとこれから見るものは誰にも内緒ね。もちろん、ギルにも。」
アレスさんは「ちょっと眩しいから目を瞑っていてねぇ。」といって手のひらで私の目を総いた。私はギュッと目を瞑る。
目を開くとそこは大きな洞窟の中のようなところだった。
「ここはアウラ王国の森の奥にある洞窟の最深部よ。そして私が昔住んでた家でもあるの。ここまで歩いていくのは大変だからね。ちょっと転移魔法を使わせてもらったわ。」
こんなところに住んでいただなんて、人に会うこともないこの場所で、どうやって暮らしていたんだろう。アレスは洞窟の奥のほうへと歩いていくので、私はそれについていく。洞窟の奥のほうへ歩いていくと、ズンと右の肩が重くなるのを感じた。何かが私の右肩にのしかかっているような。目の右端に金色の毛が見える。そして、肩にはなにかぷにぷにした感触と、首にはもふもふした感触が伝わってくる。私の肩に乗ってた何かがぴょんっと私の前に飛び降りる。金色に輝く大きな耳と、尻尾が9つある小さな獣だ。これも昔絵本で読んだことがある。白夜王国に代々伝わる伝説の神獣、九尾だ。
「やぁ!アレス!久しぶりだね!」
なんとその九尾が喋り出した。絵本でも喋るだなんて書いてなかったし、いくら神獣でも喋る獣なんて聞いたことない。
「あらミクズ、まだここにいたの?」
「ここはボクの家だよ!あんたが勝手に居候してただけなんだよ!」
ミクズという九尾は9つの尻尾をピンピンと尖らせている。怒っているんだろうけど、とても可愛い。
「ちょうどいいわ。ミクズ、この子の相手してくれない?まだ魔力を上手く扱えてないみたいなの。」
「…仕方ないなぁ。久しぶりに会ったし、アレスの頼みならやってやるかぁ。」
九尾はやれやれと面倒くさそうにしているが、尻尾をぽふぽふ振っている。久しぶりにアレスさんに会えて嬉しいんだろうな。そして私はこの九尾と魔力の扱いと魔法の特訓を始めることとなった。
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