記録:断末魔
やどくが
No.1 “魔女狩り殺し”
ああ、ノエル、ノエル、僕は戦い続けたよ。
僕は君のためだけに、“あの日”から、この今わの際に至るまで、ずっとこの世界に抗い続けたんだ。
全ては君が“悪の象徴だった者”として、この世界にみじめに消されないために。
今、僕の胴体から血が流れていくのを感じるよ。全身は凍えるように寒いのに、そこだけが火のように熱をもって、激しく痛むんだ。……君も、あの日同じ痛みを感じていたのかな。
奴らは、“正義”とかいうキチガイどもは、「人間でありながら悪魔に加担した狂人」をようやく倒せたと思っているだろう。多分、このあと奴らは僕の死体を、「悪の滅亡の証明」として、人々に見せびらかすんだろうな。
でも、僕にとっては勘違いも甚だしい。
だって、全部、全部逆なんだから。
奴らは、正義なんかじゃない。偉そうに自身の正義を押し付けて、理不尽に他人を裁ける立場じゃない。あいつらこそが「悪」で「狂人」で、そしてそんな奴らが正義を名乗っていいのなら、僕の方がもっと偉大な正義だ。
……もっとも、僕自身も「正義」というには、いささか血に汚れすぎてしまったかも知れないけどね。でも、二十年前、君を殺したあいつらに比べれば、ずっとマシだろうって思う。
あの日、炎の上にいる君を見たとき、今までの君との幸せな記憶が、音を立てて崩れていくのが分かった。
僕の手は君に届かなかった。涙で揺れる君の瞳が、必死に僕に助けを求めているのを見た。僕の叫び声は全く聞こえなかったのに、君の叫び声は鮮やかなまま今も耳の中で響いている。君を炙る炎が、何も出来なかった僕のことを嘲笑うように、時折火の粉を吹き出しながら揺らめいていた。
みんな、ノエルは死んで当然という顔をしていた。君は何も悪いことなんかしていないのに。
あれから、僕の頭の中には、あの日の記憶だけが残っている。あれからもう二十年以上経ったはずなのに、まるでつい先程のことのように思い出せる。
あの記憶こそが、僕がこの戦いを始めた原点であり、僕を突き動かす唯一の原動力だった。あの日、君を助けられなかったことへの、果てしない罪悪感が。
ねえ、ノエル。僕はね、君を殺した、あの“魔女狩り”とかいう奴らが許せなかった。だって、奴ら、さもそれが世のため人のためみたいな顔をするんだ。
だから、全員地獄に突き落としてやった。奴らが君や他の“魔女”達にしたみたいに、見世物みたいに高く揚げて。そうして、頭と胴を切り離したんだ。僕が、全員、この手で、何人だって、何度だって、この手で、この手で!!
……後悔なんかしてないさ。これは、必要なことだったんだ。君みたいな、理不尽に殺される人々がこれ以上増えないためにはね。
それに、これぐらいしないと、もう君に向ける顔がない気がして……。まあ、結果的にもっと酷いことをした気もするけど、それで君が思いっきり僕を拒絶してくれるなら、僕はそれでもいいんだ。君はもう許してくれないんだって、諦めがつくから。
ノエル、もうそろそろ僕はそっちにいくよ。むろん、君と同じ場所に行けるとは思ってないけど。
でもね、それでいい。例え、死んだ後も君に会えず、永遠に苦しむことになったって。だって、その苦しみこそが、僕がずっと君のために手を汚した、つまり僕はそれだけ君のことを思っていたって証明になるんだから。
だから僕は地獄行きでいい。
……ああ、でも、最後に一つだけ、お願いをしていいかな。往生際が悪いって、あるいはワガママだって、君に怒られるかもしれないけど。
どうか、僕のことを覚えていて。世界はきっと、どういう形であれ、僕のことを覚えている。かなり色々なことをしてきたからね。でも、君に忘れられてしまっては、何の意味もないんだ。
だって、今も僕の中では、あの日君を焼いた炎が脳裏を焦がしている。炎から吹き出た真っ黒な煙が、罪悪感となっていつまでもへばりついている。
もし君が僕のことを「自分の死を悼んで戦い続けた誰か」として覚えてくれるなら、僕は、ようやくあの日の記憶から解放される。かつての君の親友として、ようやく相応しい人間になれる。
…………もちろん、君さえよければ、だけどね。
……ああ、思考が薄れていく。もう、限界みたいだ。
未練なんてない。ないけど、もっと清く正しく生きられたら、死んだ後も君と一緒にいられたのかな、なんて。
ノエル、ごめんね。君の幼馴染が、こんな最期を迎えることになるなんて。
ごめんね、あの日、君のことを助けてあげられなくって。
ごめんね、きみのご両親、殺しちゃったのぼくなんだ。
ごめんね、ずっとつらい思いをさせて。
ごめんね、ひとりぼっちにして。
ごめんね、
ごめんね、
ごめんね、 ―――――
―――ねえ、ノエル。
ずっと、きみのこと、せかいでいちばん、だいすきだよ。
記録:断末魔 やどくが @Garnet-Schreibt
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