第2話 辰馬、異世界に流れ着く(後編)

サモンの服のおかげで、キヨラに勝てた。

つまりは、着ていないと勝てない。実力自体は、たった一週間で上がるわけがないのだ。

服に頼らずキヨラに勝てるようにならなければ、おそらく今後生き残ることは難しい。常にサモンの服=殺しの衣装を着ているわけにはいかないから。

殺しのシチュエーションは多岐に渡る。変装して潜入する場合も考えられる。

タツマは、その厳しい現実に打ちのめされる思いであった。

「一人じゃ、無理か。キヨラに聞いてみるか」


闘技場から礼拝堂に上がると、キヨラが祭壇の前で恍惚した表情で自分の胸を揉みしだいていた。

「おい、んなことやるなら、自分の部屋でやれ、この淫乱」

キヨラは手を止め、潤んだ目でタツマを睨んだ。

「あなたの仕上がりに歓喜していたのに、あなたが邪魔してどうすんの?」

「知るか!」

「まぁ、いいわ。で、なに?」

「俺以外の人間、誰か雇っているか?」

「…仲間ってこと?」

「ああ」

「いないわ。みんな死んじゃったから。だから、あたしが頑張ってたの。さっさと本来の元締め稼業に戻りたいんだけど」

「単身で殺しなんざ、特攻みたいなもんだ。いつ死ぬかわからねえ。で、俺は、その確率を下げるために仲間と組む。そうやって仕事をこなしてきた」

「確かにね。何度か、あたしも死にかけたけど…奥の手もあるし、大丈夫よ。しばらくは、あたしが手伝うし」

「奥の手?」

「内緒よ。奥の手だもの」

これ以上聞いても無駄かと、タツマは黙って、自室へと戻っていった。


「ひぃ」

ジュリの姿を見た人間が、悲鳴を上げて逃げていく。

尋常でない殺気を放つ獣人。それは危険な存在でしかない。

昏い目つきで周囲を見回し、路地で酔いつぶれている男に歩み寄り、その胸蔵を掴み上げた。

「この辺で獣人が集まる場所は、どこ?」

「へ?ぐ、おい、離せ」

「だ・か・ら・どこ?」

もがく男をものともせず、ジュリは手を離さない。

「き、北側に獣人が集まって住んでいる集落がある」

「わかった」

ジュリは無造作に男を路地の奥へと放り投げ、歩み去った。


朝になり、礼拝堂へタツマが行くと、祝福モードのキヨラが朝の礼拝を終えたところだった。

「タツマももう少し早起きして、礼拝に参加してほしいのだけど」

「信じてもいない神様に祈れってか?」

「不信心なのに教会に居ついている小間使いなんて、怪しいと思わない?」

「昼と夜で顔も性格も違う女よりは怪しくない」

「まぁいいけど、今のところ、グータラなヒモ扱いよ、あなた」

「そういう存在がいてもおかしくないと思われてるキヨラが悪い」

「はぁ…」

キヨラは深くため息をつき

「その達者な口を閉じて、周りの掃除でもしてきてくださいね、ヒモさん。朝食の準備しとくから」

「はいはい」


キヨラが自室へと戻ると、室内に置かれた置物の瞳が赤く点滅していた。

こちらの世界には無いはずの、大黒様を模した木彫りの像である。

その大黒様が手にしている小槌を引き抜き、キヨラはそれを耳に当てた。

「朝早くからどうしたのかしら?」

キヨラが大黒様に向かって話すと、耳に当てた小槌から、声が聞こえてきた。

それはまさしく電話機であった。

「わかりました。仕事の準備に入るわ」

キヨラは小槌を元の位置に戻すと、部屋を出た。


ジュリが獣人集落にたどり着くと、そこに生きている者の姿は無かった

「なに…これ…」

一軒の家は火事でもあったのか燃え尽きていたが、それ以外の家は何かものすごい力で破壊された様相を呈していた。

そして集落の中央には、うず高く積まれた獣人の死体、死体、死体。

しかも、何者かに食い散らかされたような、引き裂かれたような、荒々しい断面をさらしていた。

ジュリが茫然自失の状態で立ちすくんでいると、物陰で何かが動く音がした。

ジュリがそこへ駆け寄り見つけたのは、獣人の子供だった。

4~5歳の男の子。

ただ、その右腕は、噛みちぎられ欠損していた。

この子供は助からない。ジュリは一目でわかったが、持ち出していた傷薬を、その子供に塗ってあげた。

「怪我を治すお薬だから。大丈夫だよ」

「…怪物が…ぼくを…齧って」

「うん、あたいが怪物やっつけてあげるからね。大丈夫だよ。あたい、強いんだ」

ジュリがそう言い終わる前に、子供は、こと切れていた。

子供の頬に流れた涙を、ジュリはそっと舐めとった。

「やること、増えちゃったよ、お姉ちゃん。でも、多分、繋がってる気がする。それに、この匂いは」

ジュリは子供の遺骸をその場に横たえ、集落を後にした。


いつものように掃除を終え、タツマが戻ると、キヨラが夜の顔になっていた。

「まだ日も高いのに、何事だ?」

「あなたの出番が近そうなの」

「ほぅ、仕事か」

「まだ裏取りが必要な段階だけどね」

「ヒモ稼業してるよりは、いいさ。俺は何をすればいい」

「事件は起きているけど、依頼者がまだいない。そんな状態」

「依頼人を探せばいいのか?」

「依頼人が自ら恨みの祠に来て、仕事を頼まない限り、動けない。それが掟。悪事を見つけて片っ端から殺してたら、キリがないし」

「その辺は、俺の世界と変わらないのか。で、金は?」

「恨みの祠に置いていける限りの額を置くことになってるわ」

「わかった。そんじゃ、出番はまだ先ってことだな」

「事件が起きてるのは確かよ。急に来るかもだから、覚悟はしておいて」

「慣れた覚悟さ」


「なかなか良い働きをするな、お前は」

ジェルムの前に膝まづくのは、全身つぎはぎだらけの巨大な獣人だ。

そいつはグルルルと唸った。

「聞き分けもいい。やはり知能は大事だな、うん」


「さてさて、ジェルムめ、下品なキメラを作ったものだ。こうも皆殺しにされちゃ、仕事にも繋げられない。このままなら、あの猫女も返り討ちにあって終わりだろうし、さて、仕方がない、か」


ジェルムの隠れ家の屋根の上にいたスライムが溶けて流れ落ちた。


あの獣人の集落を壊滅に追いやった存在。その匂いの後をたどり、ジュリは一軒の石造りの廃屋へとたどり着いた。

見かけは廃屋だが、中からは強烈な腐臭や血臭が漂ってくるのがわかる。

そして、姉マァリの匂い。

失われた姉の首。ここにあるのか?

なぜ?

ジュリは脳裏に浮かぶ疑問を怒りで塗りつぶした。

「必ず。殺す」

姉の仇がここにいるのは間違いないはずだ。

金色に染まった右目が鈍く光る。右腕の爪が鋭く伸びる。

姉の惨殺がショックだったのか、あれ以来、以前のようには全身を狂戦士モードへとすることはできなくなっていた。

その瞬間、廃屋の扉を突き破り、すさまじい殺気とともに、強烈な打撃がジュリを襲った。

なんとかガードは出来たが、態勢を整えることもできず、吹っ飛ばされた。

肺の中の空気が絞り出され、悲鳴も上げられない。

廃屋の中から姿を現した存在。

複数の獣人の身体を繋ぎ合わせた巨大な怪物。

その頭部がマァリであった。

ジュリは驚愕に固まった。

再度、怪物の打撃が来たが、ガードすることも出来ずに吹っ飛ばされた。

肋骨が折れたのがわかる。

内臓に刺さったか、口から血が溢れる。

「お、ねぇ、ちゃ」

三度、怪物が腕を振り上げた、その時、怪物が吹っ飛ぶのが見えた。

それきり、ジュリの意識は途絶えた。


キヨラから幾ばくかの金をもらい、タツマは街の酒場へ来ていた。

「ホントにヒモだな、こりゃ」

と、独り言ちつつ、酒をあおる。

特に飲みたいわけでも酔いたいわけでもなかった。ただ、自分で情報を見聞きしたかったのだ。

こちらから積極的に情報集めはしない。目立つからだ。周囲の会話から、必要な情報を手に入れる。

日の高いうちから飲んだくれているような連中だ。まともな連中ではないはず、だ。

「獣人どもの集落が一つ消えたって」

「なんだ、聖騎士が難癖付けて乗り込んだのか?」

「いや、違うらしい」

「魔物絡みか」

「そうかもな。獣人どもだからいいが、こっちに来られちゃたまらんな」

などという男たちの会話を気にしつつ、もう一人、その会話に耳をそばだてている男がいることに気づいた。

それは相手も同じようだった。

その男は、タツマを見てニヤリと笑うと、そのまま酒場を出て行った。

無精ひげの男。追うべきか。

タツマは一瞬の逡巡の後、無精ひげの男の後を追い、店を出た。

そう、この感覚だ。危険に、死地に赴く時の感覚をタツマは思い出していた。

「お兄さん、誰かお探しですか?」

日の当たらない路地の暗がりから、声だけがする。

「だ、誰だ…で、出てこいよ」

タツマがビビりまくった演技をすると、暗がりから無精ひげの男が姿を見せた。

「獣人の案件に、ずいぶんと興味をお持ちのようで」

仕事になる可能性がある限り、この男をここで仕留めるのは得策ではない、とタツマは判断し、演技を続けることにした。

「い、いやぁさ、その獣人の集落がわかれば、何か金目のものでも残ってるかと、さ」

「コソ泥、火事場泥棒、ですか…まぁそういうことにしといてあげますよ。次はないですから、首を突っ込まないように、ね」

と、無精ひげの男は再び暗がりへと姿を消した。

(いきなり主犯候補格かよ。ついてるのか、ついてないのか)

タツマはびびっている演技を継続しつつ、その場を離れた。

(あの無精ひげの男は問題ないが、その背後から異様な殺気をぶつけてきたやつ…鳥肌もんだ)


路地の暗がりの中、デンロはほっと溜息をついた。

「ダン、バン助かりましたよ。あなたたちが殺気をぶつけてくれなきゃ、こっちが殺られてたかも、です」

暗がりの奥で、ダンとバンがうなづく。

「あの男、このまま引いてくれればいいんですが…邪魔するようなら、うん」


ジュリが目を覚ますと、知らない部屋の知らないベッドに寝かされていた。

折れた肋骨や傷ついた内臓も治療された形跡がある。

人間の匂いが、一人分。

男、だ。

助けられたのか?それとも姉のように弄ばれるのか?

「おや?目を覚まされましたか」

いつの間にかベッドの脇に、赤い服を着た男が立っていた。

ジュリは戦闘態勢に入ろうとするが、身体が動かない。

「治癒するまでは動けませんよ。大人しく寝ていてくれると助かります」

「おまえ、なにもの、だ」

ジュリは喉から声を絞り出した。

「喋れるんですか。なるほど。わたくしはサモン。仕立て屋です。とある友人が、あなたを拾ってきましてね。興味をそそられたんで、助けてみました。感謝してください。費用は後で請求しますが」

わけがわからない。この男は、姉を怪物の材料にした奴の仲間ではないのか?

「あ、性的にあなたに興味はありませんのでご安心を。とりあえず、もう少し治癒が進むまで、眠っていてください。そうすれば、会話もスムーズにできるようになりますから」

性的に興味はないといわれても、安心も信用も出来ないし、真実だとしても気に食わない。

ただ、今はこの境遇を甘んじて受け入れるしか、先に進む道はない。


デンロはジェルムの元を訪れた。

「ちょいと、困ったことになりそうなんで、ご報告っていうか、ご忠告っていうか」

「今は特に依頼はないぞ」

「話聞いてくださいよ」

デンロは内心舌打ちをしながら、顔だけは媚笑いを浮かべた。

「集落を襲わせましたよね?あの件を嗅ぎまわってる輩がいましてね。脅してはおきましたが、厄介ごとになりそうなら、あなたとは縁を切って、とんずらさせていただきます」

「ふむ。それは困るな。お前には、これからもパーツの供給を手伝ってほしいからなぁ」

「多分、それもバレちま、ガッ」

いつの間にか忍び寄っていた怪物が、デンロを抱き上げるように捕縛した。

「我が愛しのキメラ1号はどうだね?素晴らしいだろ?2号、3号も見てみたくなるだろう?」

「ふざけ…ぐぇ」

「1号、力を加減してやれ…デンロ、お前への恨みの感情が残っているのかもな。ふむ、興味深い事案だ」

すると、キメラ1号はその場で回し蹴り。こっそり近づこうとしていたダンとバンを蹴り飛ばした。

「デンロへの忠義も大事かと思うが、もっと大切なのは強者を見極める、ということだよ、ダン、バン。1号、離してやれ」

ドサリ、と床に落ちるデンロ。

「じゃあ、改めて依頼しよう。1号と同じようにパーツを集めてくれ。ああ、今度は人間でも構わんよ。うん」


タツマは教会へと戻ると、キヨラに状況を報告した。

「いい情報ね、ヒモさん」

「ヒモ扱いすんな」

「その獣人殺しが仕事になるなら、だけど」

「可能性はゼロじゃないだろ。だから、その男も見逃したんだし」

「護衛にビビっただけの話かと思ったけど?」

「手ぶらで勝てる相手じゃなかったのは確かだがな」

「そう。あら?」

窓から黒い鳥が飛び込んできて、キヨラの手に止まると、その姿が手紙に化けた。

(陰陽の式神なのか?こっちで?)

「驚かないのね。こういう術を知ってるのかしら?」

「まぁ、知識としては、な」

「…今夜依頼人が動くそうよ」

「協力者だか情報屋だか、そいつの話は信じられるんだろうな?」

「日頃の付き合いとお金と相手の気分?」

「それはあてにならない部類だと思うが」


ジュリが目を覚ますと、身体のあちこちの痛みが和らいでいた。感覚からして、数時間しか寝ていないはずなのだが、どんな治療を自分はされたのか。

「起きましたね」

とタイミングを計ったかのように、赤い服の男、サモンが部屋に入ってきた。

「さて、いい提案をしましょう。あなたの姉殺しの犯人への敵討ちの、ね」

「おまえに話した覚えはない。なぜ知っている」

声もスムーズに出ることに驚きながらも、ジュリは戦闘態勢へと入った。

「寝ている間に暗示をかけてあります。こっちだって得体のしれない猫を治療するわけにもいかないので」

「なにをっ!」

「で、そこで、わたくしを襲えないようにしておきました。大人しくしてください」

確かに、サモンへ殺意を向けようとすると、不自然に感情が胡散霧消する。

敵意が消えてしまう。

「まずは、今回の件、猫一匹じゃ解決できるはずもないので、裏稼業の方へ依頼します」

「あたしが、あいつを、殺すんだ!」

「猫の技量じゃ無理だと言ってるでしょ?で、今回あなたは依頼人になってもらう。そう、裏稼業の人間に頼む立場に」

怪物と化した姉に殺されかけたのだ。自分の技量が怪物に及ばないのは分かる。だが、他にもいるはずだ。裏で糸を引いている奴が。

「あの怪物だけじゃないんだろ?」

「ふん、頭はそこそこ回るようですね。そいつらは狡猾です。少なくとも、協力者なしじゃ、無理。だから、頼みなさい。あの討士に」

「と・う・し?」

「晴らせぬ恨みを代わりに晴らす裏稼業。こちらでは特に決まった呼び名は無いようなので、殺し屋でも暗殺者でも、まぁ、そんな稼業に頼みなさい、ということです」

「どうすれば、いい?」

「わたくしの指示する場所に行って、指示したように依頼を言って、有り金全部置いてきなさい」

こんな詐欺師としか思えない男の言う通りにするしかない自分の現状に腹が立つが、ジュリは従うことにした。

どうせ、この先の生など、ありはしないのだから、と。


「ダンもバンもすみませんね。あんないかれた野郎の依頼を受けちまったせいで」

ジェルムの隠れ家から、這う這うの体で逃げてきたデンロは、ふらつく身体をダンとバンに支えられて歩いていた。

ダンもバンもデンロの詫びに黙って首を振った。

「このまま逃げちまえばいいとも思うんですが、あの1号とかいう怪物を追手に出されたら厳しいとも思うんですよ」

なんという怪物作りに手を貸してしまったのか…デンロは獣人たちを殺害し、遺体を提供したこと自体には何の後悔も罪の意識も感じていない。依頼者とは50:50の関係でいたのが、脅されて動かざる得なくなったのが悔しいのだ。

「しかし、あんな怪物とはいえ、魔王には手も足も出ないであろうことは明白ですよね。何を企んでいるのやら。あのイカレ医者は」


ジュリがサモンに指示されて向かった祠は、何の因果か自分と姉の家の近くにあった。

確かにランウッドの森には、そうそう人は近寄らない。こうした依頼をするにも向いているのだろうが、今まで自分たちは全く気付かなかった。

祠の中は何もなかった。ただ、黒と白の煙のようなものが混じり合わずに渦巻いているだけ。十分不気味なのだが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

「えーと、ナ・ムア・ミダ・ブ・ツ。我が恨みを晴らしてください。ナ・ムア・ミダ・ブ・ツ。我が恨みを晴らしてください」

すると、黒と白の煙が左右に分かれ、その間から何かがこちらを覗いていた。大きな目だ。大きな一つの目が、ジュリを見つめていた。続く言葉を促すように。

「闇医者のジェルム。殺し屋のデンロ、バン、ダン。あたいの姉を殺して、首を取って、化け物に変えた。あいつらに鉄槌を」

ジュリは祠の中へ、持っていた硬貨を投げ込んだ。3000シリン程度のわずかな額だ。硬貨は音を立てることもなく、大きな一つ目のある空間へと消え、目を消え、黒と白の煙も消え、最後に祠自体も消えた。

「…詐欺じゃないよね?」

わずかとはいえ、持ち金全部取られて、何もないではシャレにならない。

ジュリが急いで引き返すと、森の入り口にサモンがいた。

「終わりましたか?」

「祠、お金を入れたら消えちゃったんだけど、大丈夫なんだよね?ね!」

「ふぅ、端金のために、わざわざこんなことしませんよ。それに相手は神様です。受け入れたなら叶えてくれる、はずです」

「それじゃ、あたいはあの怪物を仕留めて、お姉ちゃんの首を取り戻す」

「おい、あの怪物の件、依頼してないのか!?」

「口調変わってるよ…あいつだけは、あたいがやらなきゃ」

「まったく歯が立たなかったのに?」

「次は負けない」

サモンは頭を抱えたくなった。

獣人は直情傾向にあるものだが、ここまでとは思っていなかった。

「ならば、勝てるかもしれない程度には、あなたの能力を上げてあげましょう。実験台になる勇気があるなら」

「いいよ、好きにして。ど、奴隷みたいなことでも、するから」

「結構です。実験台にだけなってください」


「来たわよ」

キヨラがそういうと、祭壇のご本尊、というか黒白煙の部分から声が聞こえてきた。

「闇医者のジェルム。殺し屋のデンロ、バン、ダン。あたいの姉を殺して、首を取って、化け物に変えた。あいつらに鉄槌を」

依頼人の声だろうか、女の声がし、続いて金が吐き出された。

「幾らなんだ?」

妙に小銭っぽいが。

「えーと…2000シリンね」

「酒代にもならないじゃないか」

「儲かるとでも思ってた?」

「はぁ…元の世界でも振れ幅大きかったしな。どこも変わらんな」

「そう割り切ってくれると、助かるわ」

しかし、こんな調子で、キヨラと言い、この邪教と言い、どうやって生活運用できてるんだ?

こういうのは深堀詮索しない方が身のためだと知ってるけどな。


「裸になって、そこのシリンダーの中に入っていただけますか?」

サモンは以前タツマに言ったのと同じように、ジュリにも言った。

「ここで?脱ぐの?」

「はい」

「向こう、向いてて」

「以前も言いましたが、性的にあなたに興味はありませんのでご安心を」

「そう言われたからって、ホイホイ脱ぎたくないんだけど」

「そもそも治療の時に隅々まで見てるんで、気にしないで」

「するんだってば…隅々?」

こうして自分相手に軽口を叩けるくらいには暗示がよく効いていることにサモンは満足しつつ

「急がないと、依頼した連中が動き始めますよ」

「わかったよ、もう」

ジュリは服を脱ぎ捨て、シリンダーへと入った。

「まずは解析液で中を満たします。呼吸は出来るのでご安心を」

「え?液って、ニャッ」

シリンダーいっぱいに謎の液体が瞬時に満たされる。

「そのまま呼吸してください。体内に取り込む必要がありますので」

ジュリは覚悟を決めて液を吸い込んだ。そこに思っていたような息苦しさは皆無。

「はい、そのまま…完了です」

瞬時に液体の存在感が消えた。

「はいはい、出て、服を着ていいですよ」

ジュリは恨めし気にサモンを睨むが、サモンは最早、自分の方を見ようともしない。

「さっきの部屋に戻っててください。急ぎ仕上げますから」

ジュリは納得のいかない表情をしつつも部屋へと戻っていった。

「さて面白い。獣人の強化というのは、なるほど、超人の更なる超人化。あれを超えることは無理だが、タツマ、いずれ君を超えるぞ、あの猫は」


「ジェルムは、あたしが。デンロとダンとバンは任せるわ」

「不公平じゃないか?」

「何が?」

「人数だよ」

「こっちの初仕事。出来るところを見せて頂戴。今後の査定材料として」

「普通、初仕事は楽な方任せないか?…で、連中の人相書きみたいなものは?そもそも、標的の連中は何やったんだ?殺しただの、化け物に変えただの、いまいち」

「そのうち資料が届くはずよ」

「はぁ、気が長いね。被害者増やしたいのか?」

「何、偽善者ぶって」

「そういうつもりはないが、まあ、従うよ。も・と・じ・め」

「そうね、従ってください。ひ・も」


色々あった挙句に脱がされるわ、雑に扱われるわで、ジュリはさすがに神経が参っていたらしく、部屋の隅でうずくまるように眠っていた。

「準備できましたよ…っと、眠り猫ですか」

サモンは、そういうなり、持っていた物をジュリの頭の上に載せた。

「なっ!」

さすがに飛び起きて、即座に戦闘態勢に入るジュリだったが、頭の上の物がずり落ちて顔にかかっていた。

「その服で強くなれますよ」

サモンは、そのまま部屋から出て行ってしまった。

ジュリが顔にかかった物を広げて見てみると、それは黒い皮のような素材で作られたツナギだった。

「…着て、みるか」

そのツナギは妙になめらかでタイトながら着やすく、ジュリの身体にフィットした。

動きにも支障は無さそうだ。逆に動きやすくもある。

「それじゃ、部屋の奥に階段を準備しましたので、それを降りた先で待っていてください。テストの相手を準備します」

姿は見えないが、サモンの声だけ聞こえてきた。逆らっても仕方がないので、ジュリは言われるがまま、先ほどまでは無かったはずの階段を下りた。

その先にあったのは広い空間。まるで、闘技場のような。

「お待たせした」

という声とともに、突如背後に出現した異様な人物。

顔は、マスクをしていてわからない。その全身はオレンジ色の炎のような光が明滅し、いまいちハッキリしないが、かなり筋肉質で背の高い男だとはわかる。

「我が名は炎翼超人サンバーン!サモンの依頼で、君を試しに来た」

もう訳が分からない。超人?サンバーン?

「君に会うのは、実は二度目だ。キメラ1号とかいう怪物から助けたのが我、だ」

「え、あ、そう、でしたか…ありがとうございます」

相手にしたくはないが、せざるを得ない状況なので、ジュリはぎこちないながら、礼を言った。

「トゥ!」

サンバーンは掛け声とともに、ジュリの頭上を飛び越え、距離を置いて正面に立った。

「では、始めようか。バーニングスマッシュ!」

サンバーンがジュリに向かって拳を突き出すと、その拳から炎の球が放たれ、ジュリに直撃し、吹っ飛ばした。

ジュリは慌てて飛び起きた。

衝撃で吹き飛ばされはしたが、炎によるダメージは感じていなかった。

「好きに反撃したまえ。バーニングシュート!」

今度はジュリに向かって蹴りを繰り出すサンバーン。そして、その足先から放たれる、先ほどとは倍ほども大きさの違う炎の球。

ジュリがほぼ無意識に左腕を振ると、炎の球は跳ね飛ばされ、遠くの壁に当たって霧消した。

「その調子だ。次は格闘と行こうか。爪を出して構わん」

ジュリは本格的に戦闘態勢へと入った。攻撃形態になるのが相変わらず右半身だけなのがもどかしい。

「殺す気で、来い!」

暗示は本当にサモン相手のみのようだ。ジュリの右目が狂的に光を帯び、サンバーンへと殴りかかる。

そのパンチを軽くいなし、サンバーンは回し蹴りを放つ。

ジュリは両腕でガードするが、壁際まで吹っ飛ばされた。

「軽いな。まぁ、女性は軽い方がよいのかもしれんが」

「うるさい!無駄口を!叩くな!」

ジュリは壁を蹴って、その勢いでサンバーンを右手の爪で切り裂く。

が、その爪は体表面で滑り、傷を負わせられない。

「我でなければ、切り裂かれていたな。うむ。大丈夫だ。励むがいい」

と言うなり、サンバーンは光の球となって、空間の奥へと消えた。

「なん、なの…」

ジュリはその場にへたり込んだ。


「結果は重畳。さて、標的の資料を送りますか。まったく、半端な依頼をするから、手がかかりますね、あの猫は」


祭壇のご本尊な煙から、標的の顔写真や居場所が記載された資料が吐き出された。

「FAXかよ」

標的の資料、似顔絵ではなく、明らかに写真である。

技術のバランスがおかしい。しかし、自分のような漂流者が絡んでいるならば、アンバランスさ加減もわからないではない。先ほどの式神との使い分けがよくわからないが、ここまで来たら、あるがままを受け入れるしかない。

タツマはデンロ、バン、ダンの資料を受け取った。

キヨラはジェルムの資料を手にすると

「さぁ、行きましょうか」

と、タツマを促した。


タツマは部屋に戻ると、自分の装備を再確認した。

深呼吸。深呼吸。頭の中がさえ渡っていく。

あの時の…いつもの仕事に戻る。その準備は整った。


キヨラは部屋で一度全裸になり、直接黒いコートを羽織り、腰のベルトを締めた。

「バードゥ様。これより悪党に鉄槌を下します。どうか御加護をお願いします。ナムアミダブツ」


ぼぉっと宙を見つめるジュリにサモンは話しかけた。

「彼らが動きました。あなたも出番ですよ。キメラは、先日と同じ場所にいます」

ジュリの瞳の焦点が、ゆっくりとサモンに合う。

「わかった」

「せいぜい頑張ってください」

「言われなくても」

ジュリはゆっくりとした歩みで出て行った。


明かりもない、裏路地をタツマは走った。

大通りをまっすぐ歩くキヨラ。その目立つ出で立ちながら、誰も彼女を気に留めることはなかった。彼女にまとわりつく、白と黒の煙のせいだろうか。

家々の屋根の上を走っていくジュリ。物音を立てずに、猛スピードで。


デンロたちがいるのは、昨夜と同じ酒場。

さて、どうするか?

タツマは酒場の窓の隙間から中を窺うと、デンロは一人飲んでいた。

つまり!

タツマが素早く下がると、そこに突き立てられた二本の剣。

ダンとバンは外にいるってこった。

無表情で距離を詰め、斬りつけてくるダンとバン。

タツマは両腕の仕込み手甲で防戦一方。

打ち合う音だけが路地に響く。

さて、討たせてもらう。

タツマは両腕の手甲から剣を振り出した。

ダンとバンの口元がわずかにゆがむの見える。

笑ったのか?

まぁ、楽しいなら結構なことだ。

タツマがダッシュして距離を詰め、ダンの首を一瞬で斬り落とした。

身体が軽い。剣は切れ味がよく、楽に骨まで斬れる。

タツマが壮絶な笑みを浮かべる。

これだ。この感覚。この血の匂い。

「結局、辞めらんねえんだ」

タツマは飛び上がり、バンに剣を振り下ろす。

止めようと構えたバンの剣を折り飛ばし、そのまま袈裟懸けに斬り下した。

崩れ落ちるバンの血しぶきを飛びよけ、タツマは酒場の屋根へと上った。


ジュリはキメラ1号と対峙していた。

姉の顔、姉の瞳が、殺意に燃えてジュリを見下ろす。

「お姉ちゃん」

ジュリはそうつぶやき、右拳を振り上げる。

キメラもまた、待っていたかのようにジュリに合わせ、右拳を振り上げる。

キメラの拳がジュリの左頬を、ジュリの拳がキメラの腹を捉え、ぶつかり合う。

互いに吹っ飛ぶ。

血を吐くキメラ。

ジュリは頭を振って立ち上がる。口元からは一筋の血が垂れる。

「うぉぉぉぉぉ!」

「ぐるぁぁぁぁぁぁ!」

ジュリとキメラの叫びがこだまする。

そして始まる壮絶な殴り合い。

ただ、ジュリは、頭部への攻撃はしないでいた。姉の顔はきれいなままにしたいので。


キヨラはジェルムの隠れ家の外で激しく戦うキメラとジュリを横目に、屋内へと忍び込んだ。

案の定、ジェルムは窓からキメラとジュリの様子を眺め、興奮していた。

「いいぞ、キメラ1号。おまえは、そんな獣人風情に負ける存在じゃない…あぁ、何をしてるんだ!きちんと防げ。それができる肉体は与えただろうに…そうか、戦い慣れしていない頭部か。それで反応が」

キヨラは溜息をつき、興奮にキリが無さそうなジェルムの肩を叩く。

「ん?お、おまえ、どこから!」

キヨラは、すっとコートのベルトを抜いた。

前が開け、キヨラの裸身が露になる。

「な?おまえ?」

動揺するジェルムの首を目掛け、ベルトを振る。

シュっと首に巻きつくベルト。

キヨラはベルトを引き、ジェルムを自分の方へと引き寄せた。

「バードゥ様のお導きを」

そう、ジェルムの耳元で囁くと、さらに強くベルトを引いた。

ジェルムの脛骨がへし折れる乾いた音が響く。

崩れ落ちるジェルム。

「あとは、アレ、ね」


酒場の扉を開け、ほろ酔いのデンロが姿を現した。

そして路地の片隅に転がる、ダンとバンの死体を認め、懐に手を入れた瞬間、屋根にいたタツマが目の前に飛び降りてきた。

「きさま!」

タツマはニヤリと笑い、右腕の刃をデンロの鳩尾に刺し、捻り、抜き去った。

「ふぅ。いつまでも呑んでんじゃねぇよ。ダンとバン、だいぶ先に行っちまったかもだぜ」

タツマは彼らの死体をそのままに走り去った。


キヨラがジェルムの隠れ家を抜け出し、近くの高台から、キメラ1号とジュリの戦いを眺めていると、いつの間にか隣に立っていた男。

「あら、サンバーン。久しぶりね」

炎翼超人サンバーン、であった。

「我は出張りたくないのだが、あいつがな」

「失敗したときの後始末?」

「成功しようが失敗しようが、やることは大差ない」

「助けはしないのね」

「助ける意味もあるまい?」

「そうね」


キメラ1号は疲弊していた。

全力で戦っているつもりだが、どこかでブレーキがかかっているような、スッキリしない感覚があり、不快だった。

「お姉ちゃん、そろそろ終わりにしよう」

ジュリがボツリと呟いた。

そんなジュリの左腕はキメラ1号の攻撃のガードに徹したため、すでにボロボロで動かすことも出来ない。

事ここに至っても、右半身しか狂戦士化出来ない歯がゆさ。

しかし、ジュリは、ありったけの気力を右腕に注いだ。

手の甲の獣毛が硬質化され、爪がさらに鋭く伸びた。

「あぁぁぁぁぁ!」

雄たけびを上げながらキメラ1号に駆け寄るジュリ。

ジュリはその心臓を貫くために右腕を突き出す。

それを阻止すべくキメラ1号の両腕がガード態勢に…入るのを途中で止めた。

ジュリの右腕がキメラ1号の胸を貫いた。

「お・ねえ・ちゃん」

「じゅ…」

キメラ1号がジュリの名を呼んだのか、死に際に息が漏れただけなのかはわからなかった。

ジュリはキメラ1号の胸から腕を引き抜き、再び振り上げ、一気に振り落とした。

ジュリは、姉マァリを取り戻した。


キヨラはキメラ1号の首を抱え込んで座り込む、ジュリの様子を眺めていた。

「あれで、燃え尽きちゃうんじゃないかしら?」

「そうしたら、姉と一緒に埋めてやる。我がな」

「お優しいのね、超人様は」

「このまま使えそうなら、お前に引き渡す」

ジュリが首を抱えたまま立ち上がり、ゆっくりと歩きだした。

「それも込みの今回の依頼だから、いいんだけど。言うこと聞くのかしら」

「あの討士疾風を手なずけたのだろう?猫の一匹程度わけなかろうに。それに仕込みもしてある、らしい」

「タツマとお知り合いとは知らなかったわ」

「一方的だがな」

「ふぅん。それじゃ、期待しないで待ってるわ」

キヨラは歩み去った。

サンバーンは音もなく宙に浮かび上がると、

「バーニングクラッシュ!」

サンバーンは自らが炎の球となり、キメラ1号の遺骸を、ジェルムの隠れ家を焼き尽くし破壊した。

そんな炎や爆発音を気にも留めず、マァリの首を持って苦しそうに歩くジュリの追跡を、サンバーンは空中から開始した。


背後に上がる爆炎にキヨラは一瞬足を止めた。

「自分に都合が悪い分だけは、隠滅するのよね、まったく」

あの爆炎で余計な衆目を集めかねない。自分にはバードゥの加護による隠ぺいの術があるとはいえ、キヨラは足を速め、その場から姿を消した。


キヨラよりも先に教会に戻ったタツマは、自室に戻り、そのまま床に膝をついた。

「なんなんだ、この昂りは。神蟲はもう、いないんだぞ、くそ!」

殺しを終えたのに、異様な興奮状態が続いている。

かつて、元の世界にいたときに神蟲という特殊な寄生虫を宿し、超人的な能力を手にしていた頃は、その能力を使って殺しを行うと、反動ともいえる、極度の興奮状態に陥っていた。神蟲の猛り、と呼ばれるそれを鎮めるには、女性と交合うしかなかった。タツマはそんな自分自身が恐ろしかった。

その猛りを鎮めるためだけの存在であった女は敵との戦いの中で死んでいった。

このままキヨラの姿を見たら、襲いかねない状態だ。あの頃のように。


ジュリはおぼつかない足取りながら、ランウッドの森のマァリの墓の前に到着した。ジュリは黙々と墓を掘り直し、そこにマァリの首を安置した。

「お姉ちゃん。仇は、討ったよ」

ジュリの頬を流れる涙が、マァリの顔に落ち、マァリも泣いているかのように見えた。

「あたい、化け物になっちゃったんだ。身体半分の狂化が解けないの。どうしたらいいのかな?もう、普通には生きられないし、やることはやったし、やっぱりもう」

「お前はまだ死んではいけない」

突如、そう背後から声をかけられ、驚いて振り向くと、そこにはサンバーンが立っていた。

「あんたか。気持ち悪い。消えて」

「ふむ。断る。サモンからの伝言だ。治療費、服の仕立て代を併せて1200万シリン。払い終えるまで死ぬことは許さない」

「1200万?勝手に助けて、利用して、ふざけないで!」

「おかげで仇は討てたのだ。受け入れよ。仕事先はバードゥ教会。内容は、お前が祠で祈ったようなことを、今度は叶える立場として、だ」

「そう、気味悪いとは思ったけど、あれはバードゥ教の…で、人殺しさせたいんだ」

「この生き地獄の西ガンドで、わずかな救いの手となる。高尚な汚れ仕事だ」

「意味が分からない。あたいはお姉ちゃんの元に行くわ。放っておいて」

「自害は出来ない。そう暗示を入れたとサモンが言っていた」

ジュリは右手の爪を自分の首に突き立てようとしたが、寸前で手が止まってしまう。

「よくも…あたいをおもちゃにして」

「おもちゃではない。おまえはサモンの債務者だ」

「…わかった。ここでは…今は死なない。死ねない。サモンを殺すまで」

「目標を持つのは人生に必要なことだな。さぁ、行くぞ」

「え?」

「教会まで送ってやる」

と言うや否や、サンバーンはジュリを小脇に抱え、宙に舞った。


キヨラが教会へと戻ると、暗がりの中、タツマが息を荒くしてうつむいていた。

「…発情してるの?」

「はぁ、はぁ…おまえら、俺に何をした」

「あたしは何もしてないわ。サモンじゃない?どうせ」

「どうせって、キヨラ、おまえ」

「ふふ、仕方ないわね。来なさい。相手をしてあげる」

キヨラはコートを脱ぎ捨て、その裸身をタツマに晒した。

タツマは内に溢れる衝動を抑えきれなかった。


サンバーンは教会の前に降り立つと、雑にジュリを放り投げた。

下手に転がることなく、ジュリは受け身を取ったが

「なにすんのよ!」

「着いたからな。我の仕事はこれまで」

「ちょ、ちょっと、あたいはどうすれば…」

「話は通っている」

サンバーンはそのまま、再び宙を舞い、姿を消した。

ジュリはしばし茫然としていたが、気を取り直し、教会の中へと入った。

「あら、やっぱり来たのね」

と、全裸の女性に出迎えられた。

「ちょ、ちょ、ここ、娼館?」

「失礼な猫ちゃんね。ここはバードゥ教会よ」

「なんで裸なのよ!…しかも…生臭い」

「あはは、終わったばかりだし、勘弁ね。一人の男を救ってたから」

ジュリが見回すと、うつ伏せで気絶しているらしき男が一人。やはりこいつも全裸だ。

「こんなところで、働きたくない!」

ジュリは引き返そうとしたが、素早く女性に腕を掴まれた。

「あたしはキヨラ。あなたがこれからやる仕事の元締め」

ジュリは動けなくなった。

「く、これも、あのクソ野郎の暗示…」

「うちも人手不足でね、使えないようなら、このまま帰しても良かったんだけど、さっきの戦い方を見た限り、有望なのよね。手放したくないわけ。わかって?」

「自害も出来ない。面倒な奴に逆らうことも出来ない。もう、好きにして!」

ジュリは切れるくらいしかできない自分が悔しかったし、そうしたサモンへの恨みは募るばかりだ。

「で、あなたのお名前は?」

今頃?という顔のジュリ。

「あたいの名前はジュリ。よろしくね、元締め」

「普段はキヨラって呼んでね。で、ジュリの部屋はあっちの角。今夜はゆっくり寝なさい。細かいことは明日から説明していくから」

「わかった…」

ジュリは指定された部屋に向かう途中、倒れている男の前で立ち止まった。

「そいつはタツマ。朝には挨拶させるから、今は無視して部屋に行きなさい」

ジュリは恐々といった感じでタツマをまたぎ、速足で部屋に入っていった。

「タツマ、そろそろ起きて部屋に戻って。まったく、みっともないとこ見せちゃって」

「う…る・さ…い、この、ば・け・も・の」

「女性に向かって失礼じゃない?抜かれたりないの?」

タツマは無言で自室へと這いずっていった。

キヨラはそんなタツマを見送り、そして自分の股間へ手を入れ、口元へもっていくと、指先に着いたタツマの残滓を舐めとった。

「サモンも余計な副作用を付けてくれたものね。料金、値切らせてもらおうかな。…相性は悪くなかったけど」

キヨラは含み笑いをしながら、自室へと入っていった。


無人になった礼拝堂。

祭壇のバードゥの本尊が白と黒に明滅した。

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漂流者は標的を必ず殺す 高城剣 @deadlyspawn

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