第3話 焼き肉の味
目が覚めて窓から外を見ると
空に浮ぶ雲が茜色に染まっていた。
そして、お約束のようにカラスが鳴いている
「またお前らか」
窓から見える電線に留まっているカラスに訴えてみる
こいつらさえ鳴いていなければもう少し眠っていられたのに····
「カーカーカー!」
あーっ!うるさいぞ!
こうなったら秘蔵のエアガンで仕留めて〜って、それは動物虐待だ
いくら相手が安眠を妨げたカラスとは言え虐待はまずい。それに〜あ!何処かへ飛んで行った、これにて一件落着?俺は納得しないぞ!第1夜まで眠るつもりだったのに
3時間位しか寝てないじゃないか
納得するしかないのか····理不尽なり。
「んあ〜ぁあっ!」
大きく背伸びをすると
部屋のドアを開けて家の中の様子を伺う「物音一つしない」
この様子だと、お袋はまだ隣の家から戻って来てないか。
夕ごはんの用意はどうなるのかな
夜まで寝ると言っておきながら
お腹が減ると、すぐコレだ。
でも仕方が無いだろ?育ち盛りなんだからさ。
それにしても彼女のお母さん随分取り乱してたなぁ〜
あんなの初めてみたぞ。
お袋は何をしてるんだろう
まだ、なだめているのかな?
それともお茶でも啜りながら世間話に花を咲かせてたりして。
「バスが突っ込んで来るなんて物騒な世の中になったわねぇ〜」
「ほんと怖いわよね〜」
「それより奥さんご存知?隣の旦那さん」
「あら、どうしたの?」
「う·わ·き、してたらしいわよ」
「まぁ〜!それ本当?」
そろそろ止めておくか。
あんな事故があった後で、さすがにそれはないでしょう。
俺も少し不謹慎でした。
ところで彼女は大丈夫かな
事故直後は顔が青ざめ
繋いだ俺の手を離さなかったけど
家に着いて別れた時はいつもと変わらない様子だった。
あくまで見た感じだけどね。
もしかしたら
俺と同じ様に心にキズを負ったかも
いや、絶対にそうだ
でなければ俺の立場がない、決して軟弱者ではないのである!
そうだ、彼女に SNS で様子を聞いてみよう
でもさ〜何て聞けばいいんだ
「お前さ、心は大丈夫か」
ド直球だな、警戒されるぞ
「さっきは慌ただしくてゴメンな、ソッチの様子はどうだ?」
よし、コレなら大丈夫だろう。
では、さっそく
スマホを取り出しアプリを見ると通知のマークがついている
「35通〜!」
そういえば警察官が学校に連絡を入れておいたと言っていた
クラスの皆んなからのメッセージかな? あ、また一通増えた。
「どらどら〜」
アプリを開くと殆どが恵茉からのメッセージだった
なんなんだ?一体どうしたんだ?
彼女のフェイスアイコンをジッと見つめる
可愛い猫のイラストのアイコンだ
そこに〈えまさんから28通のメッセージが届いています〉と表示されている。
どうする?今まで彼女からこんなに大量のメッセージが送られてきた事はないぞ?
何かがあったと考えるのが普通だよな、どうするも何も彼女がもし不安に苛まれて送ってきたのなら、すぐにでもメッセージを確認しないと。
俺がトークルームをタップすると未読のメッセージがどどどーんと表示される。
えま おーい!元気かなー!
えま おーいったら!おーい!
えま どうしたの?もしかして寝てる?
えま 起きろー!
えま 早く起きて!
えま まだ既読が付いていない
えま もしかして他の女とトークしてる?
えま そんな事ないよね?疲れて眠ってるだけだよね?
おっしゃる通りです
疲れて眠っていました
それよりも他の女ってなんだよ?
まぁ、親しい女子は何人かいるけどさ
お前ほど親しくはないよ。
えま とにかく起きて!居眠りなんていつでもできるでしょ?
えま あんたはボクの物なんだからね!
えま さっさと起きてボクの相手をして!
ボクの物と言われてもさぁ
それならば、お前は俺の物なのか?
えま ねぇ〜お願いだからボクの相手をしてよ
えま あんな怖い目にあった幼馴染を放っておくの?
やはり怖かったのか
別れる前に一言声をかけておくべきだったかな。
えま あんたのためなら何でもするからさ〜!
俺は自分の物だと言っておいて
俺のためなら何でもする
なんか矛盾してないか?
えま デートだって毎日してあげるし
えま エッチな事だって望めばどこでもしてあげる
えま あなたの子供だって産んであげるよ
彼女のメッセージはどんどんエスカレートしていく。
「おいおい、どうしたって言うんだ?」
終わりの方は読むに耐えない内容だ
こんなメッセージに俺は何て返信すればいいんだろう?
その時新しいメッセージが届いた。
一瞬ドキッと心臓が脈打つ。
えま メッセージ読んでくれたんだね。ありがとう♡既読が付くたびに胸が高鳴って行って、今は最高の気分よ。また明日起こしに行くからね、今晩はゆっくり休んでもいいわよ。それじゃあおやすみなさい♡
おかしいぞ、恵茉はこんなキャラだったっけ?
どうしよう、返信するべきだろうか
この様子だとスマホの前で俺の返信を待ってるはずだ。
無難に、お休みの挨拶でも打っておくか。
ダイキ おやすみなさい
案の定既読とハートマークが付いた
俺の背筋を冷たいものが駆け上る。
彼女に何があったのか、今は判らない
もしかして事故のショックで心が壊れてしまったのかも知れない
明日から彼女とどうやって付き合っていけばいいんだろう。
それにしても俺は軟弱者以下だな
メッセージを読むまでは彼女が心を病んでいる事を望み、実際に病んでいるらしい事が判るとうろたえる。
我ながら情けない。でも彼女の事が心配なのは偽らざる気持ちだ、案外明日の朝になったら、いつもの彼女に戻っていたりして?
そうだな、一晩休めば元に戻るだろう
今はそれに期待するしかない。
でもさ
もし戻っていなかったら。
あーっ!どうして悪い方に考えるんだろう
たとえ、どんな彼女であっても温かく迎えよう
俺の精一杯のまごころでね。
それにしても
親父もお袋も帰り遅いな〜
スマホを見るともう18時を回っている。
お袋は隣の家。のはず
親父は····
そうか!いつも俺たちが使ってる路線バスに乗って帰って来るから。
スマホで調べると路線バスはまだ復旧していない
明日からのダイヤは
駅から事故の起きた一つ手前のバス停までの
折り返し運行になるそうだ。
そうなると親父は
駅から歩いて帰ってくるのか?
2km 以上はあるぞ。
これは親父が帰ってきたら脚をマッサージしないと。
ついでに昔の幼なじみの話と今晩の計画について話そう。
それにしても「腹減ったなぁ〜」
お袋も親父もまだ帰って来ない
親父は駅から歩きだからまだしも
今だに、お隣さんに居ると思われるお袋は何をして居るんだろう。
親父も今朝は早く出社して、疲れて帰ってくるのだろうに
夕ごはんの用意が出来ていないなんていう理由で夫婦喧嘩が始まったら大変だ。
それにしても。
親父が朝早く出社するなんて珍しい
会社で何か大事な仕事でもあったのかな。
今朝はいつもより2時間は早く会社に着いた
まだ清掃業者が廊下をモップがけしている
軽く挨拶を交わすとエレベーターへ向かう
そこで直属の上司と鉢合わせた
しかも二人きりだ。
「おはよう御座います5階で構いませんね?」
手短に朝の挨拶を済ませて5階へ向かうボタンを押した。
「おはよう、早速で悪いが今日の会議で例の提案を挙げようと思う」
例の提案、上司が半年前から計画を進めてきた新規事業案件だ。
『早く出社してくれ』昨晩のメールは、そう言う事か。
「後で詳しい資料を渡す。目を通して問題になりそうな箇所をチェックして、私に知らせて欲しい」上司の視線は俺を捉えて離さない。
いよいよ来るべき時が来たか!
「判りました全力でバックアップに応ります!」
「頼んだよ、他にも声を掛けるが君には期待している」
上司からの有り難いお言葉だ
姿勢を正して黙礼をする。
エレベーターから降りると
ポケットに入れたスマホのバイブレーターが響く。
「構わんよ?」
上司はコチラを見る。
「はい、失礼します」
廊下の端に寄り
スーツからスマホを取り出すと
警察署と表示されている。
「警察?」
俺の一言に上司が反応する
ジッとコチラを見つめている
緊張するなぁ。
ピッ!
「もしもし、はい間違い有りません」
「はい、はい、判りました」
「ご苦労様です、はい」
「それでは失礼します」
ピッ!
通話を終えてスマホをポケットへ戻す。
「佐藤君、警察と聞こえたが?」
上司は少し険しい顔で聞いてきた
当たり前か。
さぁて、どう答えた物か。
「ご安心下さい」
「事件性は有りません、愚息が交通事故の現場に居合わせて」
「状況を聴くために保護しているとの事です」
最低限の情報だが、これで問題無いだろう。
上司は元の顔に戻り
「そうか、息子さんは無事なんだね?」
「はい、怪我一つありません」
内心穏やかではないが警察は無事だと言っていた、それを信じよう。
「それならば問題無い、さあ行こう!」
上司が気合を入れるがごとく声を張る。
「はい!」
俺も声を張ると
歩き出した上司の斜め後に付く
交通事故の事は気になるが
息子とお隣さんが無事だと言うのならば
今はそれで良い。
それよりも会議だ
上手く事が運んだら
今晩は久しぶりに焼き肉にでもするか
そうと決まれば集中!
うーん
2人とも遅過ぎるよ
カップ麺でも作って食べるかな
でも勝手に食べると夕食抜きにされかねない。
そうだ、聞いてみて許可を得れば大丈夫だろう
スマホの SNS アプリを開く
一瞬彼女の事が頭をよぎったが
新しいメッセージは届いていない。
「良かった」
なんだ、何が良かったんだ
さっきの一件以来、彼女の事が恐怖の対象として頭に刷り込まれているのかも知れない。
恐怖ねぇ〜
まぁ、怒らせれば恐いけど
その辺りとは違う恐怖感だ
彼女に関しては、とりあえず明日になってみないと判らないな。
その時玄関のインターホンが鳴った
ドキッ!一体誰だ?
今日は心臓に悪い日だな。
恐る恐る玄関まで行きモニターを見てみる
お袋の顔が画面いっぱいに写っていた
「お袋何やってるんだよ」
「いいから早くドア開けて!」
仕方がない、鍵を開けるとドアが開いた
お袋と親父だ
「2人とも、おかえりなさい」
「ただいま〜!」
お袋の顔には少し疲れが見える
「ただいま」
親父は両手にスーパーのレジ袋を持っている。
「二人とも鍵を持って出なかったの?」
俺が二人に尋ねると、
お袋は「昼間バタバタしてたでしょ忘れちゃったのよ」
親父は「持ってるけど、お前が家にいると言うから」
はあ。
二人は玄関に上がると、お袋はドアの鍵を閉めキッチンへ向かった
親父はスーパーの袋を俺に差し出す
受け取った袋はズシリと重い
「親父これ何?ずいぶん重いんだけど」
「肉だ今日は会社で良いことが有ったんだ」
「それに」
親父は革靴を脱ぎながら続ける
「警察とお母さんから連絡があってな」
「事故の?」俺が聞くと、親父は呆れた顔で
「他に何があるんだ?」
「聞いた話だと、お前お隣の娘さんを助けたそうじゃないか」
まぁ、そういう事になるのかな。
「助けたと言っても逃げ回ってただけだよ」俺が控えめに言うと
「お前がそう言うならそれでいい」
いかにも親父らしい答えが返ってきた。
「そこで今日は、お前の活躍を記念して焼肉だ!」
焼肉なんて久しぶりだけど、素直には喜べないな
「ハハハ、ありがとう」
親父もその辺りを察したのか
「ま、とりあえず食べてくれればそれでいい」
そんな事より。
「親父、駅前から歩いて来たんでしょ、後で俺が足をマッサージするよ」
「それに、ちょっと話したい事もあるし」
親父は一瞬怪訝な顔をしたが、革靴の手入れをしながら言った
「それはありがたい、頼むよ」
「ちょっと、お肉はまだなの〜!」
キッチンからお袋の呼び声が聞こえる
「それじゃぁまた後で」
「わかった、お母さんにはシャワーを浴びてから行くと伝えておいてくれ」
「うん」俺は軽く頷くと、キッチンへ向かった。
キッチンテーブルの上にはホットプレートが、そして肉が並んだ大皿あと忘れちゃいけない焼き肉のタレ。
今日の夕ごはんは焼き肉だ!
自らを奮い立たせるための心の叫びも、どこか虚しい。
親父の俺に対する心遣いはありがたいけど
皿に並んだ生肉を見ると、今朝の事故を思い出す。
道路の血痕、バスに轢かれた遺体
俺は大丈夫だと思っていたけど
やっぱ気になるよな。
彼女の様子がおかしくなるのも判るような気がする
夕ごはんをしっかり食べられたかな。
そう言えば学校にスクールカウンセラーが常任してたっけ
本来はイジメとか学業の悩み事の相談に当っているのだけど、今回の事故は相談対象になるのかな〜。
後でスマホを使って調べてみよう
そして相談可能ならば
明日学校へ行ったら彼女と2人でスクールカウンセラーに相談してみるか。
でもなー
俺がその気でも、彼女が応じるかな
昼間スマホに送られて来たメッセージの内容から察するに
彼女は心の異変に気付いて無いぞ。
その時は俺一人でもカウンセリングを受けよう。
一度体験すれば、その経験から
彼女の異常をある程度理解出来るかも知れない。
でも。
理解してどうするんだ
俺は素人だ
仮に理解出来ても解決は出来ない。
困ったな。
そんな俺の事情はお構いなしに
熱くなったホットプレートの上にお袋が肉を並べていく
「ジュッ! パチパチ!」
肉の焼ける音がすると、香ばしく旨そうな匂いが漂ってくる。
どうして焼き肉はこんなにもエモいのか?
もうダメだ、食欲には抗えないぞ
お袋が焼きあがった肉を菜箸で手際よく親父と俺の皿の上に乗せていく
しかも俺の大好物、タン塩だ!
でも食べられるのか
箸に取ったら口に運ばなければ
そして口に入れた肉を戻す事は許されない
当たり前の事だよな
俺は何を困っているんだろう。
「ゴクン」
生唾を飲み込む
箸が肉に向かって動く。
「いただきます」
焼き上がった肉を一枚口に運ぶと不安という名のリミッターが吹っ飛んだ。
焼けたネギ塩の甘み、程よい歯ごたえの肉と溢れ出る肉汁、旨い!旨いぞー!
もう箸が止まらない、焼きあがった肉を次から次へと口へ運ぶ。
ふと親父の方を見ると、一枚ずつ味わうように食べている
俺はチョット意地汚いかな?
箸が止まるのを見たお袋が一言
「お肉は沢山あるんだから遠慮しなくてもいいのよ」
そして親父も
「肉を買ってから、これはミスチョイスかと思ったが」
「やはり焼き肉は旨い!そうだろう?」
微笑みながら俺の方を見る。
「ハハハ、親父ありがとう!」
今までの不安感は何だったのだろう。
「さあ、ドンドン食べよう!冷めてしまうぞ」
親父の号令でお袋も焼けた肉に箸をつけ始めた
「野菜も食べてね」そう言いながら
エプロンで目を押さえていた姿は見なかった事にしておこう。
タン塩に始まりカルビ、ロース、ハラミにホルモン
次から次へとホットプレートの上で肉が焼かれていく
どれも美味しい!
親父とお袋は何か談笑をしているけど俺は肉を食べるのに夢中だ
おっと、野菜も食べないとな。
そして、
楽しい夕ご飯の時間が終わり。
親父はウーロン茶を飲みながら、スマホの画面とにらめっこ
新聞の電子版を読んでいるようだ。
お袋はお茶を啜りながら
ホットプレートに残った肉のかけらをつついている
随分と焦げているけど美味しいのかな?
さて、俺は今晩に備えて少し早いが歯を磨いておこう
「ごちそうさまでした」
「親父、また後で。居間でいいのかな?」
親父は俺の方をチラリと見ると
「そうだな、頼むよ」
そしてスマホに戻る。
親父は家に帰って来た時
朝の事故について警察とお袋から連絡が有ったと言っていた
今も事故の情報を集めているのかも知れない。
この様子なら事故の事は少しだけ話せばいいのかな?メインになるのは脚のマッサージと昔隣に住んでいた女の子の事そして謎の存在に接触するための作戦立案。
問題は、親父がその子について何か覚えているかどうか
昼間は会社に行って、当時は帰りも遅かった
休みの日もPCに向かっていたし。
今と異なり俺とも余り接点が無いのに
隣の子なんて覚えているとは思えない
洗面所に着いてからも
その事だけが気になっていた。
そして気になると言えば
もう一つ。
明りを付けて、念のためにコンセントを調べる。
気配も視線も感じ無い。
今のところは大丈夫なのか
今日はもう現れ無いのか
出来れば今後は一切現れ無いで欲しい
この事について
親父にはどこまで話すか。
なにしろ、この事に付いて直接関係が有るのは俺だけだ
親父にとってはタダの不可思議現象
説得力に欠ければ、鼻で嘲笑われかねない。
それでも話せる事はすべて話しておくか。
とにかく、俺にとっては知りたい事がてんこ盛りだ
ここは親父のキャパシティを信頼するしかない。
果たして当時の事をどこまで覚えているか
そして、俺を巡る状況に関心を示すか
頼みましたよ、父上!
洗面所を出て居間へ向かう。
廊下を歩いていると色々な思いが頭をよぎる
クラスメイトのくだらない話し
恵茉と繋いだ手のぬくもり
本屋で目に付いた参考書
将来への漠然とした不安。
俺は、これからどうなるのかな?彼女は競泳を続けると言う
そうなると進学先は体育大学か、俺は運動ニガテなんだよな〜
でも俺はいつまでも彼女と一緒に居たい。
そうなると
俺が競泳の盛んな大学を選んで
彼女を誘うとかね
こちらの方が現実的か。
今度、彼女と話し合ってみよう。
まぁ、これから親父に話す事とは全く関係ないけどね。
いや、少しは関係有るか
進学するにもお金がかかる
両親が言うには『お金の心配はするな学びたい事に熱中しろ』
でもさ。
バイトで俺の小遣いくらいは稼がないとね。
でも、どこで働けばいいんだろう
無難に考えれば花屋だよな
なにしろ園芸部員だし。
彼女はどうするのかな
このまま部活で良い成績を残して行けば
すんなりと進学出来るよな。
何しろ今でも引く手あまた
『勧誘がしつこくて部活に集中出来ない』
俺にしてみれば贅沢な悩みだ。
「ふーっ」
大きくため息をつく。
この廊下を歩くと、ナゼだろうか余計な事を考えてしまう
俺たちの過ごしている日常も謎と不思議に満ちているのであった。
なんてね。
そんなこんなで居間に到着。
ノックをするけど反応が無い
もう一度、その時部屋の中からすすり泣きが微かに聞こえた。
いったい部屋の中で何が起きているんだろう
「入るよ」
少し緊張気味に引き戸を開けると
部屋の中に親父はいない
お袋がハンカチを強く握りしめ
韓流ドラマを見ている。
「あれ、親父はどこ?」
俺が問いかけてもお袋はこちらを見ずに
「あんたの部屋へ行ったわよ」
テレビに夢中だ。
「そう、ありがとう」
俺は静かに引き戸を閉めた
ここでは込み入った話はできないな
それで親父は俺の部屋へ行ったのか
待たせる訳にはいかない急いで部屋へ向かおう。
そして
ただ今、自室のドアの前に立っているんだけど。
やけに静かだぞ、人の気配がしない····
ノックをしてみるか?しかしなぜ自分の部屋で。
コンコン!
応答なし
親父いないのかな〜
ガチャ!ドアを開けると、親父がいた。
あぐらをかいて何か雑誌を読んでいる
「お前はドアの前で何をやっているんだ」
親父は雑誌を脇に置くと俺の方を見た
「いや、人の気配がしなかったからさ」なぜ俺は責められているんだろう
「お前の部屋なんだから遠慮なく入ればいいだろう?」
そうなんだけどさ親父がいると言うから、気を使ったんだよ
「俺に気遣いは無用だ」親父はそう言うけどさ、まぁいいか。
部屋に入るとドアを閉めた。
そして何気なく親父の脇に目をやると、ベッドの下に隠しておいた秘蔵の雑誌じゃないか! 親父〜家宅捜索は止めてくれよ〜
俺の視線に気付いた親父
「ん、これか?暇だったから見せてもらっていたぞ」
「お前は目の付け所がイイ」
俺は褒められたのかな、とりあえず
「ありがとう」
すると親父は
「何がだ」
あれ、違ったかな
「目の付け所がどうこうって」
「ああ、別に褒めた訳じゃないぞ単なる一般論だ」一般論?ソレは何に対してですか、まだ若い俺には判りません父上!
親父はパラパラと雑誌をめくりながら
「それにしても皆んな水着じゃないか最近はこういうのが流行りなのか」
「親父····俺の歳じゃぁ、まだそれ以上は買えないよ」
そう、どんなに興味が有っても越えてはならない一線が有る
ソコで立ち止まれ無いヤツは
タダのケダモノだ。
「それもそうだな」親父は雑誌をベッドの下に戻すと立ち上がり
「でも、スマホも PC だってあるだろう」そう言って PC のあるデスクに向かった。
そして片っ端から PC のファイルを漁っている。
「親父、期待しているような物は入ってないよ」
俺が言うと親父はがっかりしたような様子で
「なんだ、つまらん男だな」
堅物の親父から放たれた一言。
まさか、こんな事で格付けをされようとは
それとも父上は俺に道を踏み外せと言うのか。
俺は一体どうすればいいんだ?
その時。
「おっ、これは!わたし不審人物じゃ無いよ?」
昨日届いた例のメールだ
親父には話してなかったっけ。
「そのメール PC だけに届いたんだ」
「昨日町内会の伝言板に、俺が出会った謎の影の事を書き込んだ後に」
親父は PC のモニターを見ながら
「確かに伝言板の時間と、メールの届いた時間は何らかの関係があるように思えるかも知れない」
「内容も整合性はあるな」
「お前は例の影が送ったと思っているんだな?」
こちらを見て尋ねてきた
いつになく真剣な眼差しだ。
「俺はそう思っているよ」
そして昨晩の出来事を一通り話した
親父はそれを聴きながら何やらスマホに熱心に打ち込んでいる。
「親父、何をしているの?」
親父はスマホに向かいながら
「記録を取っている」
「お前は記録に残してないのか?」
そう言われてみれば残してない。とんだ失態だ「ごめんなさい、これからは気を付けるよ」
「謝るほどの事じゃない」
「昨日の事は粗方把握した。で、問題は今日の出来事だ」
親父はデスクの椅子に腰掛けて
俺はベッドに腰掛ける
「今日の事故だが、おそらくお前が遭遇した存在と関係があると思う」
「辛い思い出かもしれないが少し話してくれないか?」
俺は軽く頷くと、
事故の状況そして運転手が死亡していた事を話した。
「運転手が死亡していた?」
親父は少し考え込むと
一言「まさかな」
俺は警察官から聞いたと話した。
すると親父は「そうじゃ無い」
「お前の言う謎の存在が運転手を殺害する可能性の事だ」
「ここから先は推測の域を出ないが」
俺は思わず生唾を飲み込む。
「強力な電磁波を運転手の頭の周りに発生させれば脳にダメージを与えることは十分可能だ」
「謎の存在がそれを出来ればの話だが」
俺の考えとは少し違うので、先ほど気が付いたバスの運転手が装着しているマイク付きイヤホンの話をした
すると親父の目がキラリと光る。
「それが有ったか、なかなか目の付け所がいいぞ」
「しかし」
しかし?
「あの細いケーブルで一度に大量の電気を流せる物だろうか?」
ケーブルの太さと流せる電気の関係?
自分で言っておいて理解出来ない。
「悪いがこの件に関しては少し考える時間をくれ」
仕方がないか
何しろこんな事は初めてだからな
ところで親父、
「電磁波って何?」
親父は呆れ顔で
「お前は電子レンジを知らないのか?後で検索してみろ」
「う、うん判った」
どうやらその辺りは世間の一般常識らしい。
目覚まし時計を見るともう10時だ
謎の存在の正体を突き止めるのは明日以降にした方が良さそうだ。
そうだ、一つ聞いておこう。
「親父、昔隣に住んでいた女の子のこと覚えている?」
親父は大きく背伸びをしながら
「覚えているぞ?今頃何してるんだろうな」
「引っ越してから連絡を取った事は有る?」
ここは重要だ、親父が連絡先を知っていれば
謎は一気に解けるはずだ。
「いや、無いぞ」
「当時は仕事が忙しくて、たいした付き合いも無かったからな」
「それが、どうしたんだ」
やっぱりな〜
この件については、お袋に聞こう。
でも、親父にしか言えない事も有る
謎の存在、その正体について
俺は思い切って言ってみた。
「謎の存在の正体は彼女じゃないかと思うんだ」
親父は俺の目をじっと見て
「今のところ直接会ったり声を聞いているのはお前だけだ」
「お前がそう思うのならば言う通りかも知れない」
「本当の事はこれから徐々に明らかになっていくだろう」
「新しい情報が入ったらまた教えてくれ」
そう言うと大きくアクビをした。
俺も、もう眠いよ。
「わかった今日はありがとう。おやすみなさい」
それを聞いた親父は
「眠るのはまだ早いぞ?脚のマッサージはどうなった」
そうだった!
「ごめん親父すぐ始めよう」
「頼む」
親父はそう言うと俺のベッドにうつ伏せに寝た
ふくらはぎが少し張っている
まずはここからだな。
「よっと、どう?こんな感じでいいのかな」
「いい感じだ、続けてくれ」
····
1時間ほどのマッサージが終わり親父は部屋を出て行った。
脚だけのハズが
肩と腰も揉まされた
まぁ良いか、俺は指が痛いけどね。
指をほぐしながら考える
謎はそのまま残ったけど、親父に話して俺を覆っていた霧は少し晴れたかな
『徐々に明らかになっていく』
それまでは困難が続くかも知れない
一介の男子高校生に切り抜ける事が出来るのかな。
でも、幸い俺は一人では無いぞ
厳しい時は誰かの助けを借りれば良い
よし、こうなったら何でも来い!
気合を入れると、大きなアクビ。
今日は色々な事が起こり過ぎた、もう疲れもピークだ。
謎の存在に迫る計画も立てられずじまい
明日で良いかな?
今のところ俺に差し迫った危機的状況は無い。と思う、いや思いたい。
だってさ、猛烈に眠いから。
部屋の明かりを消してベッドの布団に潜り込む、おやすみなさ〜い。
部屋の明かりが消えた、彼はもう眠ったのかな?今日は大変だったからね。
おやすみなさい。
大変な1日だったのは、わたしのせいだけど
もう済んだ事だよね····たぶん。
でも怪我をした人達にとっては始まりかな?それに亡くなった者達はどうなるのでしょうか
わたしには····
今のわたしには謝る事も出来ない
電線の中をさまようだけ
ふふっ
ふふふっ
さまようだけ?
あれ程の大事故を起こしておいて!
とりあえず彼に謝罪する方法を考えておこう。
続
忘れじの君は電線の中から 小野ショウ @ono_shiyou
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