第2話 朝の惨劇
東の空が白み始めて
すずめがチュンチュン鳴いている
それに混じってカラスの鳴き声も
相変わらずうるさいぞ、少しは空気を読め
····カラスにそれを求めてもムダか。
そして
これから起き出す家族のために
朝ごはんを作っているのだろう
町内の各家からは美味しそうな朝ごはんの匂いが漂って来る。
かく言う俺の家も例外ではない
朝ごはんの匂いが俺の部屋まで漂って来る
これは魚を焼いているのかな?
今朝親父は会社の都合で早く家を出ると言っていたので、朝ごはんに何を食べたのか推測の域を出ないけど
俺の朝ご飯には焼き魚がつく。これは確定だな!
できれば開きは勘弁して欲しいところだ
とはいえ、お頭付きのタイが出てくることはまず ありえない····
そうなるとサバ、サケあるいはホッケ
この3つのいずれかの切り身になるのか?
あとは味噌汁、わかめがいいなぁ〜豆腐とわかめ
漬け物はきゅうりの浅漬けかなぁ〜たぶん
朝から少しやりすぎじゃないかって?
いや、日本の朝はこうでなくてはならない
そんな事を考えながら寝ぼけ眼で
部屋を見ていた。
枕元にはラジオが有る
昨晩は謎の存在に不眠を心配されてしまった
よけいなお世話だって言うの。
ラジオの電源ボタンを押してみる
軽快なピアノのメロディが聞こえて来る
変な声は聞こえて来ない
さすがに明るくなると出て来ないのかな
少しほっとした。
ちなみに、
今日の天気は晴れ時々曇りだそうだ
降水確率は20%
まず雨は降らないだろうけどさ
万が一降っても言い訳は出来る
『20%と言っておいたでしょ』てね
····折り畳み傘を持って行くか
ラジオの電源を切る。
「ぐう〜きゅるる」
お腹が鳴る
今朝も快調だ
すぐにでも起きて朝ごはんにありつきたい所だが、昨晩の一件で寝不足だ
もう少し眠っていよう。
おやすみなさ〜い····
ゆさゆさ
「なんだよ〜」
ゆさゆさ!
「まさか、サキュバス!」
ムクリ!何者かに身体を揺すられて目を覚まし上半身を起こす
目の前には一人の少女がいた
「何だお前か」
そこにいたのは隣の家の幼馴染、恵茉。
彼女が一気にまくし立てる
「せっかく起こしに来てあげたのに何だお前かとはどう言う事よ昨日だって一緒に帰る約束を破ってさボク1人で校門の前でずっと待ってたのよ今日は一緒に学校行くのよね!」
うるさいなあ〜それに行くのよねって断定されたぞ?俺に選択権はないのか!
「それと、サキュバスってなによ?」
彼女は訝しげな視線で俺を見る。
俺はデスクの上を指でちょんちょんと指し示めす。そこには1冊のコミックがあり、彼女はそれを手に取るとタイトルを読み上げる
「サキュバスに起こされた」
そしてパラパラとページをめくり始める
チラリと俺を見た。嘲笑の色が交ざった目で
タイトルをもう一度読み上げる
めいいっぱいの可愛い声で
「サキュバスに起こされた」
顔が熱くなってくる
俺は何も恥ずべき事はしていない、なのになぜこんなにも屈辱的な立場に追いやられている?
恵茉はコミックを置いて右手をデスクの上に、左手を腰に当て俺をジッと見つめる。そのからかっているかのような視線に少しの苛立ちを覚えた。
とは言え、朝からトラブルはゴメンだ
ここはこちらが折れた方がいいだろう
元はと言えば昨日約束を破った俺が悪いんだし。
「判ったから少し部屋から出てくれ」とりあえず制服に着替えない事には、学校に遅刻してしまう。
「どうして出て行かなきゃならないの?」
どうしてって言われても
お前は俺の着替えに興味があるのか?
すると彼女はしたり顔で
「はは〜ん判った!これだから男の子は」
「仕方がないわね5分だけ待ってあげる、それが終わったら手を洗ってね!」
何か誤解をしているようだが?
「これから着替えるんだよ、俺の裸見たいのか」
彼女はなぜかドヤ顔で
「夏に海水浴行った時、岩場の影で一緒に着替えたじゃない?な〜にを今更言ってるのよ」
そう言えば、そんな事もあったっけ
「でも俺はお前の着替を見てなかったぞ」
普通はそうだろう。
「判ってる、ボクはあんたの後ろ姿を見ながら水着に着替えてたから」
おいおい!お前は変質者か?
「とにかく、ちゃっちゃと着替えてよ」
仕方がない、ベッドから出てモソモソと着替え始めた
「遅〜い!朝ごはん食べる時間なくなるよ」
ヤジを飛ばすな!
こっちを見るな!
しかし言う通りだ、さっさと着替えないと。
「ほら、終わったぞ」
彼女を見ると俺の学生カバンに教科書やらノートを詰め込んでいる
「ハイ、これ持って。それから顔洗ってね」
カバンを受け取ると俺は廊下を通って洗面所へ向かった。
鏡の前に立つと昨晩の事を思い出す
すかさず頭を振り記憶を追い出した
「プシッ!」
洗顔ムースを手に出して顔に塗り広げ、髭剃りを手に取り顔に当てる
「ジョリジョリジョリとね」
う〜ん、毎朝の事とは言え面倒だ
俺も脱毛しようかな
でも年を取って髭が欲しくなったら
どうすればいいんだろう。
髭を剃り、顔を洗って
タオル、タオルと。
その時。
洗った顔を拭いていると俺の背後に何者かの気配が!慌てて後ろを振り返ると恵茉がいた
「なんだお前か〜脅かすなよ」
彼女はにっこり笑うと
「びっくりした?大〜成〜功!」
全く趣味が悪いぞ?そうだ昨晩の事を話してみるか。
「なあ、幽霊とかお化け信じるか?」
「見た事ないから判らないよ」
即答か、この調子だと話してもバカにされるだけだ
「何の事?」
おや?彼女が食い付いてきたぞ
「いや何となくね」
先の事も有るので軽く流す
「ボクが悪戯したから?」
おっ、これは都合のいい応えだ
「そんなところだよ」
決まったな
「ウソ!何か有ったでしょ」
なにぃ!女の勘、侮り難し
「判った後で話すよ」
信じてくれると期待しよう。
その時キッチンの方から、お袋の声が聞こえた
「早くご飯食べちゃって!片付かないじゃない」
「は〜い」
何でお前が返事するんだよ
とにかくキッチンへ急ごう。
テーブルの上には朝ごはんが用意されていた
ご飯、味噌汁、焼鮭の切り身それに海苔の佃煮
まぁこんな物だろう、浅漬けが無いけど
朝ごはんが食べられるだけ有りがたいと思えば。
「いただきます」
「もぐもぐ、ズズズッ、パクパク」
母上、今朝も美味しゅう御座います
「ハイ、お茶」
目の前を湯のみが横切る
「ありがとうございますお母様」
恵茉が笑顔で受け取る。
お母様か。
いつか本当のお母様になる日が来るのだろうか?いや、俺が婿になる可能性もある
どちらの家も一人っ子だからな
結婚なんて事になったら揉めるぞ?
あくまでも可能性の話だけどね。
でも毎朝のように
この光景を見ているとさ
現実感がハンパない。
俺と彼女は将来どうなるんだ
今のところはタダの幼馴染みかな。
だから、それ以前に別れてしまってはどうにもならないけどね
女心と秋の空って言うし。
でも俺は彼女と別れたくない
彼女と一緒に居ると楽しい
このまま関係を進めて
コクハクするんだ
『お前が好きだ』ってね。
「もぐもぐ」
「ずずずー」
問題はコクハクするタイミングだよな。
学校では無理っぽいかな?気の利いた場所に呼び出して、思いを告げるのは定番のような気がするけど。まぁ人の目もあるしね
そうなると、休日一緒に遊びに行く時か。
でも最近の彼女は部活動で忙しい
休日も部活に参加している。
確か、もうすぐ記録会だか競技会が
有るって聞いたぞ
このタイミングでのコクハクは辞めた方がいいかもな。
『成績が振るわなかったのは、あんたのせいだ』
何て事を言われかねない。
コクハクは当分の間お預けかな。
「ごちそうさま」
空いた食器を流しに持っていく
「そこに置いといてね」お袋の一言。
そして世間話しに戻っていく
チラリと目をやると
恵茉はお袋とお茶を飲んでいる
急いでたんじゃなかったのか?
まぁ、いいか
「歯を磨いてくるよ」
「行ってらっしゃ〜い」
お茶をすすりながら、のんきに返事をする恵茉。
もう一度。
急いでたんじゃなかったのか?
朝日が高くなり始めた
新しい一日の始まり
退屈な一日の始まり。
今朝もカラスがうっとうしい
わたしの周りに集まって
うるさく鳴いている
電磁波を発生させて追い払った。
やがて各家から仕事あるいは学校へ向かう人々が出てくる
「あんな小さな家の中に一体どうやって住んでいるのだろう?」
逆に彼の家は三人で住むには少し広いのではないか?と思っていた。
それにしても昨晩は久しぶりに
楽しい思いをした
結果的に彼は不愉快だった様だけど
わたしの正体はまだバレていない
もう少し遊んでもいいかな。
でも
その後はどうしようか。
いくら彼に気が有ると言っても
飽きてくるのは目に見えている
わたしが何時までもこのままならね
その時は
ひと思いに彼を殺めて
この街を去ろう。
空中に張り巡らされた
電線
その内の一本の中で
わたしはそんな事を考える。
せめて電線から出られて
自由になれれば良いのに
そうすれば····
「ほら、早くしないと遅刻だよ!」
その時、彼の家から一人の女の子が飛び出してきた
「ギリギリまでお茶を啜ってたのは誰だっけ?」
彼も続いて出て来た
「も〜う、そういう事言わない!」
あの子がわたしの代わりという事なのか····
気に入らないわね
彼とあんなに親しげにして
彼はわたしの者なのに!
そうだ、良いことを思い付いた
わたしに上手くできるかな?
「急ぐぞ!」
俺は恵茉の手を取り走り出した
「わわわ!ちょっと待ってよ」
何だ?急ぐんじゃなかったのか
彼女はスカートの後ろに手を入れパンツを直している
「テヘヘ、ずっと座りっぱなしだったからね」
走っていれば同じ事だと思うんだけど
「それじゃあ行こう!」
彼女の号令で俺も走り出す
とりあえずバスに間に合えば遅刻は免れる
バス停までは歩いて約20分
走れば約5分
次のバスが来るまで約7分だから
なんとか間に合うって所かな。
彼女と手をつないで早朝の街中を走る
2分ほど走ると、早くも息が上がる
脚も重い
つったく日頃の運動不足のツケが回って来たか
彼女をチラ見するとテンポの良い呼吸で難なく走っている
さすが、競泳部のエースは伊達じゃないって事か。
しかし。
俺だって負けてはいられない
「うおおおー!」
気合で走るピッチを上げる。
「ちょっと、そんなに急がなくても」
彼女の声が聞こえるけど
これは俺自身との闘いだ!
負けん、負けんぞー!
全力疾走でバス停へ向かう。
バス停が見えてきた
何人か並んでいるぞ
バスはまだ来ていないのか? あるいは乗り遅れたのか。
バス停に着き彼らの顔を見てみると、いつものバスに乗り合わせる人達だ
「ハア、ハア、ハーッ」彼女と二人で乱れた息を整える。
「なんとか間に合ったみたいだぞ」
もう俺はヘロヘロだけどね。
「そうみたいだねー」
彼女は余裕だ。
バス停に並ぶと
彼女は制服の乱れを整えながら鏡を見て前髪も直している
器用なもんだな俺はどうでもいいや
しかし、そういう訳にも行かないらしい。
「ほら、ネクタイ緩んでるよ」
そうか?ギュッギュッ
俺はネクタイを締める
「も〜う!シャツのボタンを留めてから!」
面倒だな、ネクタイを緩めボタンを留める
再びネクタイを締める
「これでどうだ?」
「おっけー、あ!バスが来たよ」
右手の方を見るとバスが速度を上げながらこちらへ向かってくる。
スピードを上げている?
バスも急いでいるのかな。
バス停に近付くとハンドルを切った
目指すは並んでいる人たちの最後尾。
俺たちのいる場所だ。
運転席を見ると運転手がハンドルに突っ伏している!明らかにおかしい状況だぞ!
バスがグングン近付く。
俺は恵茉の手を取り、走り出した
突然のことに彼女が転びそうになる
強引に彼女の手を引き俺の方に抱き寄せる「恵茉、走るぞ!」強い口調で言うと彼女も何かを察したのか首を縦に振り俺と一緒に走り出した。
その直後。
背後で衝突音が聞こえた
振り返って見ると
ガードレールが曲がってバスが突っ込んでいて
列に並んでいた人の何人かが歩道に倒れている。
俺も彼女も無言のままその様子を眺めていた
やがてバスの非常口から乗客たちが降りてくる
怪我人もいるようだ。
その時バスがゆっくりとバックを始めて再び俺たちの方へ向かって走り始めた。
非常口からは人が転落して
車内からは悲鳴が聞こえる。
バスは左側面をガードレールに擦りながら、俺たちの方へ向かって来た
ガリガリと接触音が近づいてくる
「どうすればいいの!」
彼女が俺に聞いてくる
どうするって、当然こんな時の対処法は学校では習わない。
「そうだ!」車は前後に走行できても横には走行できないぞ
俺は彼女の手を引いてバスの横へと走り出す。ガードレールを挟んでバスの側面に付く
バスは前後の動きを繰り返していたが、やがて止まった。
俺は震える彼女を抱きしめて
「もう大丈夫だから」
そう言って背中をさすってあげた。
····空中に張り巡らされている電線
その内の一本の中にて。
「仕損じたか」
大きな車はコントロールが難しい
それに予想を上回る惨状だ
現場には何台もの救急車が来ていて
救急救命士がケガ人を運んでいる
死んだ人もいる見たいだね。
この手段はもう使えないかな
考えてみれば
もし、エマと言ったかな?彼女が死んだら彼が悲しむ
彼を絶望させるのは、わたしの本意ではないし。
でも彼と彼女の関係を認める訳には行かない
わたしはわたしなりの方法で彼へのアプローチを続けよう。
警察が道路封鎖をしていて
その事故現場の中で、二人は警官に何かを聞かれている。
何を話しているんだろう?事故現場はやかましくてよく聞こえない
わたしは警官の携えている無線機に意識を集中した。
「だから、明らかに俺たちを狙って来たんだって!」
「君と彼女の二人だね?」
「そうです」
この警察官もさっきの警察官と同じ事を聞いてくる
「それは君達が列の最後尾にいたからではないのかな?」
そら来た!
「その後バスが逃げる俺たちを追って来たんですよ」
警察官は人差し指でこめかみを搔くと、俺の目を見ながら
「しかしね有力な目撃証言が無いんだよ」
黙って俯向き俺と手を繋いでいた恵茉がボソリと呟く『ドライブレコーダー』
そうか、ドラレコの他にもバスには色々なカメラが付いてるぞ!
「バスのドライブレコーダーに何か写っていませんか?」
警察官は少し間を置き「今調査中なんだ」
恵茉は繋いだ手に力を込めた。俺も強く握り返す
「ふーっ」思わず溜め息をつく
いい加減疲れたよ。
そう言えば気になる事が一つ
「バスの運転手さんは?」
俺の問いに警察官は小声で答えた
「先ほど死亡が確認された」
さらに続ける
「君達とバスの乗客の証言それと医師の報告から」
「事故が起きる少し前にはすでに亡くなっていた」
「だからバスを運転する事も君達を追いかける事もできるはずがないんだ」
俺と彼女は沈黙した。
「詳しい事は今後の実況見分で明らかになって行くと思う」
「ご両親と学校には警察から連絡が入っているから」
「君たちは自宅で待機しているように」
やっと解放されるのか。
「判りました」
幸いな事に俺と彼女に怪我はない
事情聴取が終わったのなら帰るしかないだろう。
「ここに何時までも居たってさ、もう家に帰ろう?」
彼女は黙って頷いた
「それじゃぁ、お世話になりました」俺は警察官に頭を下げると歩き始めた
「ああ!待って、車で送るから」
車って、まさか!
警察官は1台のパトカーを指さしていた
「パ、パトカー?」
俺と彼女は唖然とした。
パトカーの中で俺と彼女は終始無言だった
頻繁に二人の目線が合うので
お互い話したい事は山ほど有るのだけれど、緊張して声が出ない。
二人ともパトカーに乗るなんて初めての経験だからね。
無事家に着くと
パトカーから降りた彼女にお母さんが飛びついてワンワン泣いている
うちのお袋は少し目頭を押さえていたけれど、警察官に話しかけられると俺の事を手招きした。
「なあに?」
近づく俺にお袋より先に警察官が話しかけてきた
「大変な目に遭った所で悪いんだけどね、今後行われる実況見分に際して君にもお願いしたくてね」
面倒な事になったな。
「俺学校があるんですけど」
すかさずお袋が
「何をガラでもない事言ってんのさ!」
「一日だけだって言うから協力してあげなさい」
さらに警察官が畳みかける!
「事故原因の解明のため、君の力が必要なんだ、もちろん任意だから無理にとは言わないが····」
「事故の直接の目撃者が少なくてね、困っているんだよ」
そこまで言われたら断り辛いな
彼女の方をチラリと見ると
まだお母さんに抱き締められている
俺と目が合うと困ったような表情をした
あちらの方も大変なようだ。
「判りました、お願いします」
ここは仕方がない
俺も事故の原因が気になる。
「ありがとう、ご協力に感謝します!」
警察官はニコニコしながら敬礼をした。
「それで、いつ始めるんですか?」
出来れば記憶が鮮明なうちに行なってもらいたい。
「事故現場は混乱しているので、数日中としか言えません」
「日程は決まり次第こちらから連絡します」
「それでは本官は現場に戻りますので」
「どうぞ、お気をつけて」
警察官は彼女の方にちらりと目を配る
まだ抱き締められている。
「それでは失礼します」
警察官はパトカーに乗り、走り去っていった。
「あんたは家に入って休んでなさい」お袋はそう言うと彼女のお母さんの方へ向かって歩いて行った。
彼女の方を見ると苦笑しながらこちらに向かって手を振っている
俺も軽く手を振り返すと
家の中に入った。
ドアを閉めてカギをかける。
家の中の様子が一瞬歪んで見えた
手で目をこすり頭を左右に振る
何だかボーッとしてきたぞ
心ここにあらずと言った感じだ。
それじゃぁドコにあるんだろう。
俺は今
自宅の玄関にいる
そうだよな?
だったら心も俺と一緒にある
はずだ。
いや、待てよ
心はまだ事故現場にあるんじゃないか?
だったら現場に戻らないと困った事になるぞ
もし他の誰かに持って行かれたら!
俺は慌てて振り返る
だが、立ちくらみに襲われドアに額を打ち付けた
「痛っ!」
そして、その場に崩れ落ちる。
「ハーツ、ハーツ、ハーツ」
息が乱れているのは判っている
でも
どうしようも無いんだよ。
こう言う時はどうすれば良いんだ
当然、学校では習っていない。
「うっうぅぅっ」
口を手で覆い嗚咽
涙が流れる
止めどなく流れる。
ひとしきり泣いて、気持ちは落ち着いた
ポケットからハンカチを取り出し
顔を拭う。
しかし。
心をどこかで失くした感じは未だに続く
俺はどこかがおかしく成ったのかも知れない
すべてあの事故のせいだ
幸い身体にケガはない、でも心には?
心のキズだって癒して行かないと
でも、どうやって?
俺はゆっくりと立ち上がる
身体の軸はブレていない
「大丈夫だ俺は今まで通りにやって行ける」
制服に付いたホコリを手で払いながら自分に言い聞かせる。
気休め程度にしか成らないけどね。
それでも
このまま負の感情に流されるよりはマシだと思う
原因不明な事故に対しての俺なりのささやかな抵抗かな。
「ぐう〜」
ところで腹が減ったな、今何時だ?
スマホを見ると13時25分!
弁当でも食べるか。
キッチンへ向かう途中、スマホが震えた。
「何のアプリの通知だろう」
スマホを見るとニュースアプリからの通知だった
今朝俺達が巻き込まれた事故だ。
一瞬背筋がゾクッとしたが、被害者としては見ない訳にはいかない
「どらどら?」
本日午前6時18分
路線バスが衝突事故
死者5人
負傷者37人うち重傷者8人
バス乗務員は死亡しており
現在事故原因を調査中
最後に警察発表によると有る
マスコミの取材発表は探しても見つからない
どういう事だろう? マスコミの取材は許可されなかったと言う事だろうか。
まぁ、俺としてはそちらの方がありがたいのだけど
マスコミが動き回れば当然俺の家にもやって来るだろうし。
そして嫌な事をアレコレ聞かれる
面倒な事は勘弁してほしい。
それよりも昼飯だ。
キッチンに着くと大きめの皿を取り出し弁当箱の中身を皿に移した
それを電子レンジの中に入れる
どれぐらい温めればいいんだろう?
とりあえず600 W で2分にしておこうか
スイッチポン!
「ヴゥゥゥゥ······」電子レンジが低い唸り声を上げる。
「うーん······」
実況見分なんて初めてだから何をすればいいのやら?彼女も一緒に行くのだろうか。
でもさ〜
出来れば彼女には事故の事を忘れてほしい
今朝の事がトラウマになって、もうバスには乗りたくない!なんて言い出したらどうしよう?日々彼女と一緒に学校へ通うのを密かな愉しみとしている俺としては大いに困る。
まぁ、その辺りに関しては今夜 SNS で話し合ってみるか。
「チーン!」
おっ!
弁当が温まったぞ
「ガチャン!」電子レンジの扉を開けて中の皿に指を当ててみる
ちょうどいい温まり具合だ
皿を取り出しテーブルの上に置き電子レンジの扉を閉める「バタン!」
席について〜
それではいただきまーす!
「パクパク、モグモグ、ゴクン」
やっぱり温かい弁当の方が美味しい
どうして学校には電子レンジが無いのだろう?
実はここだけの話、職員室には有るんですよ奥さん!
不公平だとは思いませんか?
「ハッハッハ」
何をつまらない事考えてるんだか!
「ぱくぱく、もぐもぐ、ゴクン」
腹が膨れて来ると不安感も薄れて来る
一気に食べて嫌な事なんか忘れてしまえ!
その時、
「ピシッ!」
何か聞こえたぞ?
「パシッ!」
何の音だろう、ラップ音かな?
以前の俺なら確実にビビっていた所だが、あんな事が有った後だからね
それにしても何だろう。
まさか謎の存在か!
心を落ち着けて感覚を研ぎ澄ます
何者かの視線を感じる
どこだ、どこから見てる?
ゆっくりとキッチンを見回す
注意深く観察するけど、特にコレと言った変化は無い。
見た目じやぁ無い
相手の気配を感じるんだ。
目をつぶり、さらに感覚を鋭敏にする
「どこだ、どこに居る」
俺の座っている所から左斜め前
そこから何かを感じるぞ。
目を開けると
一つの使っていないコンセント。
そこから何者かの気配を感じる。
じっとコンセントを見つめる
勘違いとか思い込みじゃない
確かに視線を感じる。
そう言えば。
洗面所にも使っていないコンセントが有った
鏡のある壁の反対側つまり後ろだ。
昨日の親父の言葉を思い出す
「電柱というより電線だな」
もし、もしもだ、
謎の存在が電線の中にいるとしたら
我が家に引き込んで有る電線から家の中に入る事だって出来る!
「そういう事だったのか」
俺はコンセントに向かって言い放つ
「いつまで見てるんだよ!」
その瞬間俺の感じていた気配も視線も消えた。
また消えやがったか
でもカラクリが判れば、なんて事はない!今度はこちらから呼び出してやる
今夜辺り試してしてみるか?
でも
その前に親父の意見を聞いてみたい所だな
俺の出した答えが空振りという可能性もある。
識者の意見を聞いておいて損はないだろう。
「もぐもぐ、ゴクン」
遅い昼食を済ませた
食器を流しで洗って片付ける。
「ふわぁ〜あ」思わずあくびが出た
今日は色々あって疲れてるんだな
今夜に備えて昼寝をしておこう。
待ってろよ謎の存在!
昼食を済ませて
洗面所で歯を磨く
念のためにコンセントを確認
特に変わった所は無い。
部屋に戻ると
ベッドの枕元には昨晩のラジオが置きっぱなし
電源プラグはコンセントに刺さったままだ
このラジオは謎の存在と会話をする時に使えないかな?とりあえず持って行く事にしよう
プラグを抜いてデスクの上に戻した
ふと一冊のコミックに目が止まる
今朝の出来事が、まるで昔の話のようだ。
逢いたい、今すぐ逢いたい
でも今の俺の心持ちだと彼女を混乱させかねない
少し早いけど、夕方まで一眠りしておこう。
制服から部屋着に着替えて
ベッドの上に大の字になる。
「ふーっ」
大きく息を吐いてリラックス
今ひとつ効果が無いな
もう一度「ふーっ」
「よし!」いい感じだ、
これで目を閉じれば理想的な睡眠にって、まてまて!一応今晩の計画を立てておかないと。
まず親父が帰って来たら今日の出来事を話す
心配しているだろうからな。
それから今晩の計画を話す
もし許可が下りなかったら今日は諦めよう。
許可がおりれば作戦決行。
場所は洗面所だ
用意するものは、あのラジオと感電防止にゴム手袋とゴム長靴
録画か録音用にスマホも持って行きたいが、ゴム手袋では扱え無いよね
それに万が一壊されたら替えが無い
謎の存在はどんな能力を持っているかまだよく分からない
用心するに越した事はないからね。
「こんな所かな?」
後は目的か。
ただ会話をするのか
それとも正体を突き止めるのか
まてよ?俺はアホか!
会話が無ければ正体も判らない
まず会話まで持っていく事が重要だ
しかし、一体どうやって?
謎の存在が食い着きそうなネタは?
「うむむむむ〜」
そういえば!
初めて洗面所で声を聞いた時、聞き覚えが有るような気がしたぞ?
どこで聞いた声だろうか。
色々な所で聞いた声を思い出してみる
ダメだ、もしかして学校かな?
でも学校ならば思い当たる節もありそうな物だが。
高校、中学、小学校
関わり合いのある女子に似たような声の人はいない
もちろん隣の家に住んでる恵茉の声でもない。
恵茉か、今頃何やってるかな
まだお母さんに抱き付かれていたりして····! 待てよ、あいつ確か小学校に入学する少し前に引っ越して来たんじゃなかったっけ?
そうだ、確かにそうだよ!
でも幼稚園の頃から遊んでいたような記憶があるぞ?
間違いないぞ確かに俺は幼稚園の頃、隣の家の女の子とよく遊んでいた
その子は誰だ?今はどうなった?
「うぬぬぬぬっ!」
頑張れ俺! 喉まで出かかってる。
「ぐううううっ!」
もうすぐ、もうすぐだ。
「うおおおおっ!」
思い出したぁーっ!
そうだよ確か赤ん坊の頃から仲良くしてたってお袋から聞いた事が有る
幼稚園に一緒に通った記憶も!
そして彼女は父親の仕事の都合で引っ越して行ったんだ。
なんで今まで忘れていたんだろう。
それだけ今の幼馴染の印象が強烈という事か。
色々な意味でね。
しかし声がなぁ〜
謎の存在の声は俺と同じ年頃の感じだぞ
幼い頃とはだいぶ違うなぁ〜
しかし一度聞いた時、直感で聞覚えがあると感じた。
それに他に思い当たる女子は居ない
俺はこの直感を信じる
謎の存在の正体は、おそらく昔の幼馴染だ。
それならば話しは早い
引越し先を突き止めて
連絡をとれば済むことだ。
俺はデスクの貴重品をしまって有る
引き出しを開けた。
ここに何か手掛かりはないか
引き出しをあさると
一枚の写真と二通の手紙に当たった
写真には俺と幼馴染みの家族が写っている
裏を見ると、つたない文字で
(だいきくんまたあおうね)と書いて有る。
懐かしいなぁ。
でも、これは手掛かりにはならない
手紙のほうは?
あきらかに子供の字で俺の名前と
住所それに幼馴染みの名前が
書いてある。
でも、肝心の差出人の住所が
どこにも書いて無い
手紙には俺の返信が無い事を悲しむ文章が有るけどさ
これでは返信出来ないだろう〜
当時の俺も困ったと思うぞ。
振り出しに戻る、か。
でも声が似てるんだよなー
第一、懐かしいと感じている
コレだけだと少し弱いけど
謎の存在は昔の幼馴染みと言う事で
問題無いんじゃないかなぁ。
そうなると、なぜ今になって
俺の前に現れたのかな
そして、なぜ電線の中を行ったり来たりしているんだ?
特殊能力でも身に付けているのだろうか
あるいは、
既にこの世の者では無いとか?
一瞬背筋にゾクリと来た!
やっぱり俺取り憑かれてる?
そしてジワジワと精気を吸われて
やだやだ怖い怖い!
俺はまだ死にたくないよ!
だから、
その辺りもハッキリさせよう。
だってさー
俺はもっと長生きしたい
そして今の幼馴染と添い遂げるんだ!
····添い遂げるねぇ。
いつの時代の男だ?
もっと気の利いた言葉はないのか。
ダメだ思い付かない
俺の語彙力はこの程度か
まぁ、いい
要するに恵茉が好きって言う事だ。
好きか。
あらためて考えると恥ずかしい
こんなので彼女にコクハク出来るのかなぁ。
コクハクか。
今は普通に手とか繋いでるけど
これは彼女が引越して来た日に
彼女のお母さんに
「仲良くしてあげてね」って
無理やり繋がされたんだ
俺は恥ずかしくて離そうとしたけど
彼女が強く手を握り返して来て離さなかった。
小学校へ通う時はもちろん
校内でも俺の隣に来て
手を取って強く握ってきたんだ
それをクラスメイトに冷やかされて
俺も、そして彼女も
恥ずかしかったけどさ
彼女が手を離さないんだ。
今にして思えば
彼女は寂しかったのかも知れない
その思いを
何時でも会えるお隣さん
つまり俺と共有したくて
手を繋いで来たのかもね。
それじゃぁ今は?
俺は彼女が好きだよ
でも、彼女はどうだろうか。
「うーん」
思わず唸ってしまう
そう言う話しは、した事が無いし。
ところで、
そんな事よりもう眠いよ〜
「ふわぁ〜あ」
大あくびが出た所で
おやすみなさ〜い。
続
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