episode C-4 電源再投入

「行こう」

 電源再投入。

 無事次の始まりに向けての雑音が始まり、ZTコンピューターが起動した――と、声が。

『これはこれは、桜だね』

 誰がしゃべったか分かるのに二秒も要した。男声、お父さんの寝起き程度には抑揚があるZTロボットの声。僕は右の長方形に正方形と二等辺三角形が積まれた箱の奥に立つ長身のロボット、その戻ってきた笑顔を見る。

「ロボットさん、戻ってきたんだ」

『おや、どういう意味かね?』

 僕が訊ねると、ZTロボットは困ったような顔で訊き返してきた。

「僕があなたを好きになったら、頭が痛くなってどこかの世界にいる浄瑠璃が出てきたでしょ? そしたらロボットさん、固まってたみたいだから――、戻ってきた」

 僕の説明を受け、ロボットは『二人の通信は聞こえてる。浄瑠璃は俺の所有者の息子だね』と言った。

「へえ……、ロボットさんの持ち主は僕のお父さんじゃなくて、開発した浄瑠璃のお父さんなんだ」

『浄瑠璃の父親は今夫婦で収監されている男なんだね』

 ZTロボットはそうつぶやいて遠くを眺める。ここでどの壁を見ても「遠く」と呼ぶ距離ではないが、いやそんなことより、

「え……っ、収、監――、悪いことしたの? あと、今まで気づかなかったけどどうして別の世界にいる浄瑠璃のお父さんが、ここにあるロボット、コンピューターを開発してて今も持ち主なの?」

 信じられない。夫婦で収監――浄瑠璃の両親が捕まっていることもそうだけど、ここにある機械を外の世界で開発、現在も所有しているだなんて。ロボットは隣の本体からじじじじ雑音をこぼし続ける。もしかして、僕の問いにどう答えるか必死に考えてる?

 ZTロボットはやがて斜め前の僕と目を合わせ、『その質問……答え、一つなんだよね』と言いづらそうに口を開いた。

「一つ――、関係あるってこと?」

 僕はその正面に立ち、思考をあちこちぶつけて頭を回転させる。

「――まさか、元々浄瑠璃の親がここでコンピューター使ってて、悪いことをして、異世界に飛ばされた……じゃないか」

 何とかひねり出した解答、こんなこと起こる? 異世界と通信できたから不可能ではない?

『違うね。浄瑠璃も向こうにいたじゃないか』

「あーほんとだ。ねえ、本当は何なの?」

『うん……』

 間違いをあっさり認めて訊ねると、ZTロボットは余計言葉につまる。いったい何が起きたんだ。三人で向こうの世界に行って二人だけ捕まって、答えは一つで――、全然分からない。

「ねえ、早く教えてよ。また浄瑠璃と話したいんだから。また僕があなたを好きになればいいんだよねえ」

 僕は大きな箱に顔をうずめるくらいZTロボットに迫り、その体勢のまま「だよね?」と念を押した。

『ああ、そうだね。でもだったら全部浄瑠璃に訊けばいいよね』

 返事は箱の外から左耳に届く。望ましいとは思わないものの、悪くはない提案。

「じゃあ――、浄瑠璃と通信する」

 僕はロボットに「キス」しそうな距離まで近づいて鼻がふれ合い、それでも平気な自分に〝できる〟か訊ねた。相手は動物とは構造が大きく異なる、ただその形を写した物体。金属の箱に入れられ硬い「身体」を持ち、我が家の地下室に収まる機械――それは浄瑠璃ではなく、今さら恋は難しいに決まってる。

 でも、だって浄瑠璃が好きなんだもん、彼に会いたいから頑張るんだもん。僕は箱の外に出て反応のないディスプレイを凝視する、もちろん何も起きていない。

『まだまだ、ちっとも痛くならないね』

 偉そうな態度のロボット、今すぐこいつを好きになるのだ。好き? 好きって定義は何だろう、経験の浅さが僕をあざ笑う。そうだ、その前に訊きたいことがある。

「ちょっと脱線するけど、頭が痛くなるには僕の恋心が必要って、お父さんとかお母さんにどうして教えてくれなかったの? さっき頭が痛くなった時、僕の恋だって知ってたでしょ?」

『あ、あれ……』

 ZTロボットは勢いを失いながら続ける。

『確かに今日は通信に必要な頭痛の原因は桜の恋心って分かったけどね、あれはあの時、実際に頭痛になったから初めて分かったことなんだよね』

 えっ?

 そうか――、だからあの日の両親には教えることができなかったのか。

 「何だよ、もう」

 僕は気持ちを切り替えてZTロボットの機械の瞳に意識を集中させ、好き……好き、恋、恋、しろしろと念じ始める。ここを乗り越えなければ浄瑠璃には会えない。まったく自分があんな、異世界の少年とつながるなんて――、でもあれ?

「ねえっ、頭痛で浄瑠璃とつながれることは知ってたんでしょ? あと浄瑠璃の存在とか、僕に教えてくれても良くない?」

 邪念に負けて文句を言う僕に、

『桜に余計な期待を持たせたくなくてね。過去にうまくいかなかったし通信のこと何も知らないし。頭痛になった後はいいわけだけど話す余裕がなくてね』

 ZTロボットはまるで関係なさそうに答える。それはロボットに恋したいという〝嘘〟がずぶずぶ沈むほどで、僕は一緒に落ちかけた視線だけでもと前を向く。ほら頑張れ。

「ああもう、こんなロボットにも恋しなきゃっ」

 僕の愚痴を聞いたZTロボットは頬にぎこちない笑みを浮かべ、優しさを披露してくれる。僕は喜んで受け入れるべきだろうが、あの「あなたのためになりたい」という切実な想いはなかなか浮かんでこない。ねえどうしたら、どうしたら好きになれるの?

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