D  浄瑠璃の指示で作った

episode D-1 ロボットのくせに

 誰かのためになりたい。

 僕は誰かのためになりたい、

 誰か、のためになりたい。

 その〝誰か〟は百パーセント浄瑠璃でここに立つ長身のロボットではなくて、僕の全ては異世界の彼に奪われていて。好きになれー好きになれーとZTロボットの顔を必死の視線で見つめ続けるけど、これではまるで相手にお願いしているよう。懸命に闘う僕はその必死さゆえに苦痛ばかり、胸は痛くとも僕の〝恋〟は何も変わらない。僕はただ親を失った孤独から誰かのためになりたかっただけなのに、それを恋だと判断されて結局これ。だいたいロボットごときが生意気なんだよ。

「もうあのさっ、さっきの答えが一つって何? むかついたからやっぱり教えてよ」

 人間は気が変わりやすい。僕は早口でまくしたてた。

『そっ、それ――ね、その……』

 ZTロボットが言いよどみ、箱のふちをつかんだ僕は「答え、一つなんでしょ? 教えてよ!」と止まらない。

『だったら浄瑠璃につないで――』

「うううもう! どうせ自分で言いたくないから浄瑠璃にやらそうとしてるんでしょ、ロボットのくせに何うじうじしてんの!」

 あっ。言ってすぐ後悔、ロボットを収納する金属製の箱を離れる。ロボットのくせに――僕が口走った言葉は汚く、この世界で唯一の〝仲間〟に使うべきではなかった。目の前がずうんと暗くなっていく。

『分かった――。俺からね、話すよ』

 しかしZTロボットが受け入れてくれ、闇も静かに晴れる。僕はロボットの顔を見つめて本当は怖がっている真実の吐露を待った。

『――桜、いいかね?』

 うん。神妙な表情のロボットに覚悟のうなずき。

『実は……、浄瑠璃の両親が収監されているのも、この機械が違う世界にいる浄瑠璃の父親の持ち物なのも、どちらもある事故が原因なんだね』

 ぞくりとした。事故――、何の? 僕は事故というものに遭遇した経験がない。ZTロボットは淡々と続ける。

『浄瑠璃の親が建てた研究所で、サーバーが大事故を起こしてね――。あの日、研究所には桜の両親が来てて、その事故による不具合で、今桜の家になってるこの建物ごと異世界に飛ばされたんだ。そこには俺、このコンピューターも置かれていたから、一緒に飛ばされて……。それが全ての始まりだったね』

 えっ、どういうこと? うつむいた僕は「この家、家ごと異世界に、飛ばされて、お父さん――」と口に出して話を咀嚼しようとする。

 途中で歯を食いしばり、顔を上げた。

「じゃあ僕のいるここのほうがありえない世界なんじゃない……。そっか、そうだよね、誰もいないんだもんね」

 ZTロボットは沈黙している。考えてみれば当然だった、今ひとりぼっちで孤独なのは誰? 僕、親を失った少女牧野桜。実の親を除いた星中の人間が両親と同じ病気で死んだ? 最初からいなかったが正解。逆に健全な世界の浄瑠璃にはたくさんの仲間がいて、きっと少女も多いだろう。彼に恋するなんて無謀もいいところ、分をわきまえなければならない。

 ただ、大きな謎が残っている。

「でも今、僕の家って、だからロボットさんがいるのは分かったけど――、僕は?」

 根拠のない恐怖に取り込まれそうな僕は恐る恐る訊ねた、僕に別の世界にいた記憶はない。実の親のことは訊けなかった。

『桜は……、知らないほうがいいね』

 ああまた逃げる。僕はZTロボットの顔目がけて「ここまで来て僕は逃げない!」と言いきり、

「だって僕はひとりぼっちなんだよ? ロボットさんはいるけど、この状況で真実を知らないなんて!」

 感情に任せて訴えた。もう頑張るしかない。

 物理的には〝逃げられない〟ロボットはぼそり反論したようだけど、それが何か分かる前に隠すのをやめてくれた。

『――そうだね、分かったよ』

「う、うん……」

 情けない。本当の僕は高まる緊張で相槌が精一杯。ZTロボットが『桜はここで生まれたね』とほほ笑み、なるほど僕は問題の事故を本当に知らないのか――。

 ロボットがわずかに口をゆがめた。

『でも、事故が起きたのは二年前なんだね』

「え? だって、十何年かは経ってそうだけど」

 僕は鏡で見た姿により想像できる自分の年齢から考えた。ロボットははっきり『違うね』と言う。

『研究所の事故で桜の両親とコンピューターの俺が異世界に飛ばされ、その責任をとらされて浄瑠璃の両親は収監された。それでこの世界から俺を使って、桜の両親は研究所に残された浄瑠璃と通信したわけだね。残念ながらここがどこか分からないし、二つの世界の間は二度と移動できないだろうと結論が出た。桜もここまでは理解できるね?』

 いよいよ僕も過去の暗い光にのまれ、耐えてこくんとうなずいた。どうして僕が二歳以下なんだ、正直なところ続きを聞かされるのは嫌だった。

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