C  久し振りに話す人間

episode C-1 初めての少年

 僕はディスプレイ中央に姿を現したウインドウの白い空間をじいっと凝視する。頭痛に苦しんでいたZTロボットもコンピューター本体も音を出さず沈黙しており、僕の「桜へ」フォルダーとも関係はなさそう。何が起こるんだと歯を食いしばった時、その純白の四角いウインドウの中に、

「ひっ」

 室内と思われる灰色の壁が現れた。これは何、本物感が絵やイラストじゃない。もしかして「カメラ」ってやつ? 僕はディスプレイに近づいて観察する。時間を取り込まず動かない「写真」か時間の経過で動く「映像」、僕にも録音や合成による「音声」なら経験あるのだが、とにかく見えるものが動かないから写真だろうか。

 では場所はどこだろう、ここと似てはいる。お父さんが撮ったのかな――と、「写真」が時間で変化する。

「え? え……」

 何と見知らぬ人間がぬっと外から入り込んできた、「映像」だった。人がいる。

「びっくりした!」

 笑顔に合わせてスピーカーから発せられる家族ともZTロボットとも違う声。男声ながら高くどこか未完成で、男らしい粗さが弱い。蒼い髪に蒼い瞳を持つその姿は過去に見たイラストから想像するに少年と思われる。久し振りに見る人間、初めての他人。その大きな瞳も整った鼻すじも美しく若々しい。これ、これは――とても思いっきり喜ぶべき展開では? ねえ、ねえ今僕すごいところにいない? 誰? 誰か分かんないけど僕と話してくれるとしたらうれしい!

「俺、びっくりしたっていうかやっとだよ」

 当の少年、彼はにやにやこちらに目を向けたと思ったら満足げに話す。見られているとは限らないから桜よ冷静になれ、そんな命令は通用しそうにない興奮状態の僕。これはロボットへの昂りを上回っているのではないか、だって相手は人間だもの。

 その彼は「ちょっと待った」と白枠ウインドウの下にかがみ、何やらがちゃごちゃ作業を始める。不安に包まれる僕、もし二人それぞれに現在の相手が見えているなら――すなわち現実の同時双方向のやり取りだったら、この機会は何が何でも逃したくなかった。久し振りに見る人間をまた〝久し振り〟にはしたくない。頻繁に会える相手が僕には必要だし、それが自分と同年代と思われる少年なら気になるのは当たり前。僕は少女で――、彼の美しく蒼い瞳にどう映っているのだろう、そう考えたら恥ずかしくなってきた。

 ずっと人に会わなかったからって変な服、格好してないよね。一応自分の身体を見て確認。その前に僕映ってる? 向こうはともかくどうやって映してるの? このZTコンピューター、見たところどこにもカメラらしき物はないのだが、真ん中付近で彼と目が合っていたように見えた。

 ああそうだ、ここ……。ディスプレイ中央、デスクトップを表示させた時「桜へ」フォルダーが置かれる辺りに、実は微妙に他と異なる部分があるのだ。色味はほとんど変わらず表面に凹凸もない。違うのは透明感と少々の暗さ、だから内側の素材や構造の差ではないだろうか。

「よし、終わった――」

 少年が身体を起こし、戻ってきた。再びひっ、と驚いた僕はディスプレイ表面をなでていた手をどけて顔は羞恥で遠ざけ、「これ、ここにある、カメラじゃない?」と必死に訴える。ただの劣化ではないだろう、何か別の機械だよこれ。透明の平たい板の奥に埋め込まれたカメラ、本物のカメラってこんなに小さくできるんだ。

「確かそこだったと思うけど、気にすること?」

 素敵な声の少年は明らかに僕に呼応しており、これは現実の同時双方向のやり取り確定。まだ人がいたんだ、生きてたんだ。良かった……。僕は彼から距離はとれても目を奪われたまま、この興奮に動揺はもうZTロボットとの経験で知っている、超えている。

「――えっ、どうした?」

 彼が不思議そうにこちらのディスプレイをのぞき込み――実際は向こうにあるカメラか何かに近づいて――、反対に僕は余計ディスプレイから離れる。ああじっくり見たいのに情けない。

「あはは、怖がらなくていいよ。画面の向こうにいるんだし」

 本当に素敵な声をロボットと同じくスピーカーからばらまく少年、その大切なものが僕の全身だけでなく周囲に〝ばらまかれている〟事実が僕の胸を痛くし、少しでも自分の中に取り込みたくなる。

「あの……、いい?」

 彼は僕の苦し紛れの一言に吹き出して手をたたき、「何が? いいに決まってるじゃん」と右手の親指を立てる。まったく、気さくというか陽気な子。うらやましい。


 * * * * *


▽半分まで来ましたぁ! 読んでいただき本当にありがとうございます。


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