episode C-2 ラピスラズリと頭痛通信
さあ何を話そうか質問しようか、考えがまとまらない僕は逃げていた顔をやっと近づけて少年に言った。
「――でも、僕以外に生きている人がいると思わなかった」
「へ?」
彼は僕の言葉に驚いて「いない? どうして」と訊ねる。僕はディスプレイに埋め込まれたカメラから視線を落とし、
「――し、死んじゃった。死んじゃったの」
泣いた。
「…………」
「証拠はないけど、二人とも……、帰ってこない――。あっ、あの、あなた助けてくれるの? 今どこ?」
僕が再び少年を見ると、彼は「ちょっと待った」と手を突き出して話を止める。
「二人って、牧野さん夫妻ってことだよな。行方不明で帰ってこないのか……」
「あなたはどこにいるの!」
泣いたまま怒った。僕はもう両親が戻ってこないと理解していたから、この少年のそばには居続けたかった、彼を手放したくなかった。
「そうだ名前、君の名前――」
彼の問いはずれている。名前? ただ僕は怒りも泣くのもやめて答えようと思った。これで彼も素性を話してくれる。
「僕はさ……く、桜だよ」
少年は僕の言葉に軽く驚きを見せた。
「ほう、桜か――、俺は
「そうだけど、あなたはどこにいるの?」
僕は額に指を当て、一番知りたい少年――浄瑠璃の居場所を穏やかに訊ねる。
「それは……その、君にはありえない場所っていうか――、今は俺のコンピューターとそっちのコンピューターが通信してる」
彼は一旦口ごもり、困ったように答えた。
「通信? 無線っていうんだっけ。つながったんだよね、近くじゃないのはさすがに分かるよ。だけどいいもん」
僕にはそういう社会と機械の知識が不足しているが問題ではない。僕はこの世界に独りではないのだ。素敵な浄瑠璃と直接ふれあえるなら何だってするし、彼のためにもなりたかった――のに、
「桜、実はここは、君にとってありえない世界だ。遠い近いじゃなくて、桜がいる世界とは交わらない。俺と桜は別の世界にいて会えないんだ」
「えっ、何で――」
そんな、会えないだなんて……。視線を落とした彼の話は僕を強く深く闇に引きずり込む。孤独の大海で陸地を期待した僕が馬鹿だった、こんな生き地獄、最悪すぎるよ。僕は未来永劫人と会えやしないんだ。どうせなら何も起きなきゃ良かったのに、急に現れて喜ばせ最後は落とすってひどい。
――桜、死んだほうがいいなんて思ったらだめだね。
ああ。ZTロボットの言葉を思い出す。僕はそう考えているのか、死んだほうがいいと。当のロボットは見たところなおも固まったままのようで、哀しみに包まれた僕はこぶしを見えるように振り上げ、浄瑠璃の映像をにらみつける。
「ありえない世界――って、どうして、何でつながってるの?」
「それは……、頭が痛くなったから」
彼はうつむきかげんでそう答え、静かに腕を下ろす僕。頭を痛めていたのはここのZTロボットだとすぐ思い至る。
浄瑠璃は今度は僕を見て話してくれた。
「桜が使ってるそれ、開発した親父が名づけた『頭痛通信コンピューター』っていう名前恥ずかしいけど、コンピューターとつながったロボットが頭を痛めれば通信できるって分かってる。世界と世界までつなげるのは驚きだけど、明らかに超常現象的な、電子部品の本来の特性とは全く異なる作用が連鎖的に生じて起きる特別な働きの一種だから、こういうこともあるのかって。だから――、ずいぶん通信が途切れてたけど、俺は待ってた、次の通信が届くのを」
僕には難しい説明だったが、ZTロボットが頭痛になると浄瑠璃と僕がつながる――でいいのだろう。そして「頭痛通信コンピューター」はZTコンピューターのことだから、「Z」が頭痛で「T」が通信。お父さんの考えならこちらも恥ずかしい名前。
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