episode B-2 隠されていたロボット

 人間じゃない?

「えっ、ちょっと、誰? 生きてるの?」

 長方形、正方形、三角形を積み重ねた箱の奥にいる長身の男は喜びと驚き半々の僕をにらみ下ろし、『これが俺の一つの面だね』と言った。そう、ZTコンピューターの声。

「一つの面って、でも、じゃあコンピューターもあなた……ってことか」

 僕は服を着た、箱の手前四十センチほどを空けて立つ人間そっくりな姿に手を伸ばし、人差し指で蒼白い頬を押してみた。

「うわっ、え?」

 この硬さは脊椎動物の肉体ではない。自分はもちろんお父さんお母さんとも違うロボットのような無機質さ。しかし口や表情は動きその奥、箱の向こう側の面に多くのコンセントと穴、三つの小さな扉があるのだけど、ケーブルや管が延びて「ロボット」の背中とつながっているのはその半分ほど。横壁に並ぶのは文字の記された多数のスイッチ類――。

 僕は曖昧な位置で揺れる扉に手を掛け、中の「身体」に訊ねた。

「どうしてこんなとこに入ってるの?」

 率直な疑問。それを聞いて何を思ったか本体のほうからじじじじがががと雑音がもれ、やがてコンピューターが「ロボット」の口に合わせて『他に置く場所がないよね』と答えた。

「置く場所って?」

 僕は一歩引いてZTコンピューターの巨大な機械群を眺める。確かに機械だろうが何だろうが不使用時の置き場所は必須、僕だって寝る時はベッドがいるんだし。

『ここはロボットを入れる場所だね』

 おっと、本人が「ロボット」と言いだした。この大柄な男性型ロボットは声こそZTコンピューターのディスプレイ横に設置されたスピーカーから出ているが、見た目は本物の人間そっくりまぎれもないロボット。ただ首の上は男でも中性的で、見知った顔ではなかった。目は僕を追っているから視覚は正しく瞳にあるのだろう。

『そう、俺は歩けないね』

「えっ?」

 ロボットが続けて口にした言葉に驚かされる僕。思わずその足元を見やり、顔を背けて「そ、そっか足動かないんだ……」と言った。

『手も足も動かない。俺が完成しても、ここからどくことができなかったよね。俺のシステムは電源がつながってないとだめで、はずしたら口も動かなくなるんだね』

 何と、たとえ足が大丈夫でもここを出たら電源を失うのか。視界の隅で表情ばかり変化させる「ZTロボット」に僕は何も言えなくなる。我が家の電源は全て屋根上の太陽光発電とここ地下室の四分の一ほどを埋める蓄電池でまかなっており、それらが今も稼働しているからこそ地下でも光を得られるのだけど、いつまで使えるかメンテナンスはどうすべきか、お父さんが生きるための情報を残してくれなかったため僕には分からなかった。

『――おや、怒っているのかね?』

 ZTロボットが優しく訊いてくる。僕は口を結んで首を大きく横に振り、あれをもう一度確認しようとディスプレイに近づいた。そうっとマウスをつかんでデスクトップ上の「桜へ」フォルダーを開ける。緊張で息が重かった。

『どうした?』

 すぐそばのスピーカーからなおも問いかけるロボット。結果はフォルダー発見時から変わらず、「桜へ」の中は真っ白なままだった。これで何回確認した? 時間とともに変化するなんて期待はただの妄想でしかない。

『そこには何もないよ』

 僕の気持ちが分かるみたいにZTロボットが言った。

「え? そっか、あなたは分かるんだ」

 コンピューターと中身がつながっていれば当然である。はっとした僕はロボットの前に立ち、「ねえ、このコンピューターの中に、僕への、牧野桜へのメッセージはない? お父さんからでもお母さんからでも」と訊ねた、きっと僕より確実で速い。しかしロボットはしばし目をぱちくりさせ、

『どうしたんだね』

 と訊き返してきた。

「あの、二人とも……、いなくなっちゃって。ずっと、帰ってこなくて――、それで」

 僕がうつむき苦しみ答えると、ZTロボットは『そんなことになっているのか』と驚き茫然とする。自分はどこまでこの機械を困らせるのだろう、僕は無言で頭を上下させて何かにいらだっていた。やがてロボット――コンピューターも本体がじじじ……と響くだけとなり、考え中調査中の音が続いてさすがに無理かと顔を上げかけた時、そっけなく結果は出た。

『ないね』

 ああ。そうだよね、ああ――。

『ごめんね。桜、あまり気を落とさないでね』

「だけど……」

 下を向くとため息がぽろぽろ落ちた。気を落とすなといくら言われようと探すのが相変わらずのくり返しであろうと、嫌いな憂鬱は心の中に巣食って僕を逃がさない。

「ごめん、苦しいよ。僕はもう――」

『桜、死んだほうがいいなんて思ったらだめだね』

 何と。思わず顔を上げる僕、こんな人間に寄り添ってくれるロボットはなかなかないだろう。僕は久々に人の優しさにふれた感動で――まだこの星に取り残されて半月も経たないのだが――、相手の瞳に一度は捨てた笑顔を投げかける。動けない機械は表情をぎこちなく〝生きた〟ほほ笑みに近づけ、『笑うのはいいことだね』と喜んだ。ZTロボットはあくまで人間が作った道具だけど、人間と分かり合えないと誰が決めたっていうの?

 誰かのためになりたい、僕の大切な目標。たとえ冷たい機械だろうと意思表示できるロボットなら――、勇気に小さな光が灯りだした時だった。

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